GOD EATER Reincarnation 作:人ちゅら
「まったく予想だにしなかった体験だったとも!」
宝重【万里の遠眼鏡】により偶発的にあの
「ゴッドイーターの戦いというものを、これ以上無いほど間近で見ることができた。偵察班の仕事ぶりも、求められる力も、アラガミを前にして一歩を踏み出す勇気も。これまでの私は知らなかったことだ」
そこ声音はどこまでも前向きで、楽しげだ。
反省にも聞こえる言葉にすら、後悔の色など微塵もない。
知らなかったことを知った。
知る機会のなかったことに触れることができた。
それが何より嬉しいのだと、彼の認識する価値あるものはそれだけだという喜色が、今や彼の内側のすべてを満たしている。
「しかし、あの時のソーマくんは
「何故そう思った」
「ソーマくんにあんな力は無い。あればシックザールが黙ってはいない」
「なるほどな」
サカキ博士の
その理由は、シンにも分からない。
強いて思い当たる可能性を考えるのなら、あの荒野に満ちた犬どもの仕業かもしれない。
「それから、
「ああ、あいつらか」
「『力あるものが現れた』そうだよ。『彼とともに歩むか、彼と道を分かつか。
「……………」
「あれはどういうことなのかね?」
「……さァ、な」
韜晦するシンを、サカキは黙ってじっと見つめていた。
その視線に耐えきれなくなったわけでもなかろうが、シンの次の言葉はどこか言い訳じみた空気を帯びていた。
「俺もまだあの変な体験は、数えるほどしかしていないからな」
「あれはあれで視た神機の持ち主の、ゴッドイーターの“死の
「……多分だが、少し、違う」
「違うのかい?」
「【万里の遠眼鏡】は
「レコード──つまりあれは、客観的な事実だと」
「多分だが」
「つまりあれは本当は死の記憶の
「
「なるほど……」
サカキは思考をそのまま矢継ぎ早に口から吐き出していく。
もしもシンが律儀に一つずつ回答していなければ、そのままずっと思考の海に沈んでいってしまいそうな勢いだ。
「そういえば、君が成り代わっていたということは、ソーマ君も死んでいたのかい?」
「そういう感じではなかったな」
「君は、あの中で死んだことはあるのかい?」
「いや」
「それはそうか。そもそも君は、アクマというのは死ぬものなのかね?」
所在なさげに彷徨わせた視線で、否、もはや何も見ていない──おそらく思考の彼方に焦点を合わせているのだろう──瞳で、
「ここでも同じかは知らないが」と前置きをして、シンはそれを自然科学の常識であるかのように言葉にした。
「悪魔は概念存在だ。世界から全ての記録が失われない限り、いつか
「そういう君は、死んだことはあるのかい?」
「無い」
当然だ。
ボルテクス界で戦いの日々を潜り抜けた
だが。
「……いや。あったか」
「君が、死んだのか?」
「
「なるほど」
かつての東京が死んだ日。
──一人の少年が死に、
──一匹の悪魔が生まれた。
「それが“人間だった君”というわけか。そしてそれが死に、今の君、
「
「君は
「ああ」
サカキが何かに気がついたように、なにもない虚空へと視線を逸らす。
特に視線の先に何があるわけでもないことを知るシンは、その様子も気にかけず、サカキの反応を待っていた。
自分の手のひらをジッと見つめ、またシンを凝視し、ふらふらと視線を彷徨わせながら思考をまとめたサカキが次に口を開いたとき、そこにひとつの確信があった。
「そして今またここに、一度死に、蘇ったものがいる。彼もまた、自分が作り変えられる実感を伴っていた。かつての君と同じように。これは偶然かな?」
「俺には分からない」
「ふむ。では質問を変えよう。君がこれまでここで視てきた死の記録。その当事者の名前を教えてくれないか」
「覚えている範囲でなら……」
そうしてシンの口から語られたのは、ゴッドイーターの歴史の中でも飛び抜けた才能を持った英雄たち。
先進文明としての機構が瓦解し、情報の伝達一つとっても正確さと現実味が失われてしまったこの時代においては、既に伝説化した“英霊”たちの名前であった。
「みな、そう大した戦士たちでは無かったが」
「それは君にとってはそうだろう。だが
「─────」
「いや……逆、なのか。君があれを体験した、死の記録をやり直したことで歴史が変わったんだな。君が言うところの大したことのないゴッドイーターが死に、その歴史が神機に記録され、君の宿った英雄的戦闘へと改変された。そして死んだゴッドイーターは、生まれ変わって英霊となった。となると今現在、フェンリルに記録された事実も、私が知る
過去を改竄するなどまさしく神の所業であろう。
時を遡ることすらできない
「だが、死んだものが生き返り、歴史が変わってしまうなら、生きていたものが死んでしまうこともあるのではないだろうか。あるいは生まれてくるはずだった者が生まれなかったことにすら──」
サカキの瞳が剣呑な光を帯びて、シンの眼を静かに見つめる。
「そして君があの体験、死の記録に触れれば、死の事実は無かったことになってしまう」
「らしいな」
「君がいれば死者はいなくなるのかな?」
「それは無いな」
「どうしてだい?」
「あれはレッドマン。ネイティブ・アメリカンの戦士たちの魂だ。彼らが受け継ぐものは戦士の魂で、それにしか対応できない。戦士でないものの死の記憶を見ることはできはしない」
そう、あれはレッドマン。
ネイティブ・アメリカンの戦士たちの魂だ。
戦士を、祖先を、魂を、すなわち生き様を重んじる彼らは、時に生死の境を超えて想いを伝えるという。
それが何故、地縁も薄いはずの極東の地に姿を現したのかまでは分からないが。
「つまり」
「あの体験で復活させられるのは、戦士だけ。おそらくゴッドイーターだけだ」
「……検証するべきだ。そうだろう?」
「必要か?」
「使えるものは何でも使うさ。そうしなければ
理知と狂気が手を取り合うとき、条理を覆して時代を進めることがある。
狂える天才科学者の瞳に、
おそらく彼は【守護神】を得ることだろう。
そしてここに、新たなコトワリの萌芽が生まれる。
* * *
シンには簡略に伝えたが、サカキの頭脳は夢うつつに見たその言葉をはっきりと覚えていた。
──力あるものが現れた
──人に似て人に非ざるもの
──悪魔に似て悪魔に非ざるもの
──金星の影
──孤高の王
──太陽を奪ったもの
──大地の
──彼はかつて人の世界を人ならざるものに売り渡した
──彼がふたたび人の世界に現れた
──渇望するもの
──頂点に輝く星よ
──お前は選ばなければならない
──王の翼を得て安寧の地へと至るか
──二本の足で自ら王となる道を目指すか
(あれはどういうことなのかね?)
※本作における〈悪魔〉の生死に関するルールは『妖魔夜行』の〈妖怪〉のイメージです。
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入院中に使っているノートパソコンが水没事故でお亡くなりになり、当然HDDもご臨終に。
気軽にネットに接続できない環境であることが災いし、下書きや設定、雑多なメモなど地味に大事なデータが軒並みすっ飛んでしまいまして。
一度はエタらせても良いかと考えたんですが、思い入れのある作品なので、未練がましく続けていこうかと。
半年前のプロットまでしかデータが残っていなかったので、魔法科ともども再開まではまだ時間がかかると思いますが、気長にお付き合いいただければ幸いです。