GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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#034 三つの選択肢

 先日、間薙(かんなぎ)シンの一言に端を発した超常技能実験。間薙シンが神機を介し、()()()()()()()()()()()()()()()を披露してみせた記録映像は、研究班を大いに驚かせた。そして間薙シンから抽出された“変異”偏食因子――こちらは便宜上「P53(プラス)」と命名された――に対する研究班の情熱は、今や天井知らずだ。

 

 まずはP53+を保有するオラクル細胞の培養を行い、パレット上で一般的な投薬、耐熱、加圧などの基礎データの検査後、そこからP53型との相違点を洗い出した。

 これについては「オラクル細胞が生成する熱量(エネルギー)波形が、従来の大きくなだらかに増減するものと異なり、規則性はあるが複雑な波形になっている」ことが分かっている。これは従来型の波形に、脈動のようにオンオフが極端な波形が重なっているのでは? という仮説が立っているが、現在のところ単純な熱量以外に類似するパラメータを検出できていないため、本当のところは分かっていない。

 

 そしてそれ以外の差分は、ゴッドイーター適合試験前に採取したシンの体細胞とほぼ同一のパラメータを示しており、新たな発見は無かった。むしろそのパラメータがその他のゴッドイーターから抽出されたパターンともほぼ一致していたあたり、シンは適合試験前からゴッドイーターに近い体組織を持っていたことが予想された。

 

 そして次のステップ。

 ここで問題が生じた。

 

 従来ならば次のステップはマウスに対する投薬実験。これは厳重な隔離処理が行われた施設で行われる。ここでもP53型との相違点の洗い出しが行われ、一定の安全が確認されるか、または安全を確保する手段を講じることが出来て、初めて投与実験へと進むことが出来る……はずであった。

 だが既に説明したとおり、実験用に飼育されていたマウスは、この世界がボルテクス界へと変じた直後から死に始め、既に残っていなかったのだ。

 

 

 そうした状況下で研究班から二通の嘆願書が提出されたのは、ゴッドイーターによる神機を介した超常能力行使実験の実施から、わずか3日後の出来事だった。

 

 

 一つは「一足飛びに最終実験を行うべきだ」というもの。最終実験とはつまり人体実験のことだ。こちらは約二割の研究員が署名して嘆願書と、合わせてP53+投与実験用アンプルがシックザールのもとに届けられた。

 対抗するように提出されたもう一通は「人体実験をするにはデータが不足している。実行すべきではない」という嘆願書。こちらは前述の急進派の倍、約四割の研究員の署名がされている。しかもご丁寧にドクター・サカキを介して持ち込まれた。

 

 

「さて、どうしたものだろうね」

 

 

 デスクに置かれた二通の嘆願書を前に、フェンリル極東支部局長ヨハネス・フォン・シックザールはため息を吐く。責任者というのは厄介なものだ。

 研究者たちが善悪を超越して好奇心に忠実であることは、彼らがたしかに人類圏の防衛を担う最精鋭であることの表れだと、自身もまた研究者であるシックザールは信じている。だがその才能の表れを、人類社会が常に歓迎するわけではない。むしろ歓迎されないことをしようとするからこそ、彼らは天才なのだ。

 

 同僚であり同志であった研究者のペイラー・(さかき)がP53偏食因子を発見し、しかして数多の実験案をことごとく却下されて以来、そうした天才(タレント)――あるいは天災(ディザスター)――と人間社会をつなぐ役割を、彼は自らに課している。あの時だって、それ以前の予算案が通っていれば何もあんな()()()()()に出ることはなかったのだ。だから彼は、安全のために誰かが彼ら“天才”の暴走を制御しなければならないと信じていた。

 誰に褒められることもなく、むしろ忌み嫌われることの方が圧倒的に多い仕事だ。しかもそれは常に難解なことばかりで、その身をすり減らしてようやく成し遂げることのできる偉業であった。

 

 

 その彼の眼前にある選択肢は、全部で三つ。

 

 

 ひとつは安全な実験のためにマウスの代用になるものを調達すること。

 ただしそのためには、マウスのように人間よりも弱く小さく寿命の短い生物が必要となる。だがこのフェンリル極東支部(アナグラ)の管理圏内に、もはやそんな弱者は残っていなかった。いや、おそらくこの閉ざされた世界のどこを探しても、結果は同じだろう。対アラガミ防壁によって守られている各地のフェンリル支部を除けば、アラガミの侵入を防げる構造物など存在しない。

 間薙シンはアナグラに投降した折、彼が発見される直前まで維持されていたシェルターがあった、という欺瞞情報(カバーストーリー)を証言したが、そんなものが実在するはずが無い。それが分からないシックザールではなかった。彼を受け入れたのは、リンドウや一部局員に対するメンタルケアと、シンの素質を見込んでのことに過ぎない。

 

 だが、あくまで安全第一とするのであれば、これしか無い。無いものを探し、迂遠に時間と資源を浪費する。それでもこの案を採るのであれば、魔法なる力はあくまでシン個人の特性として扱い、最大戦力としての彼に状況改善を期待することになる。

 あるいは彼ならば、単独で世界を救うことすら可能なのではないか。そう思わせる何かを、シックザールはシンに感じていたが、彼はそれに賭けてしまえるほど、捨て鉢にはなれなかった。

 

 

 次の選択肢は、マウスの代わりに人間を被検体とすること。要は人体実験だ。

 新規にゴッドイーターになる者、簡易(パッチ)テストで適合者と出た人間に協力を要請する。これならば、損失はただの人間が数人という最小限で済む。

 人間の数もだいぶ減ってしまった。アナグラ構内の生産プラントは可能な限り食料品の生産に回しているが、アナグラで暮らすフェンリル職員と、周辺の村々(サテライト)への配給分で本当にギリギリだ。配給のトレーラーがアラガミに襲われた分だけ、人類は減る。もはや事態はそこまで切迫していた。

 故に人体実験そのものに対する反対は、人道という美徳を除けば、おそらくそう加熱することはない。

 

 ただしゴッドイーター適合者は、既にあらかた適合試験を実施済みだ。集落への食料供給の対価として、パッチテストで適合率が四割以上だった者は適合試験を受け、ゴッドイーターとなることを義務付けている。今更新しい適合者が見つかるかどうかといった問題がある。

 それにフェンリル本部との連絡が途絶える前、内偵(スパイ)の送ってきた最後の情報によれば、彼らは優秀なゴッドイーターの集まるこのアナグラに対して、些か歪んだ好奇心を持ち始めているらしい。現状ではこちらに手出しをする余裕もないだろうが、状況が改善した際、サテライトの支持を失っていれば彼らの介入を招くことになりかねない。

 

 

 三つ目の選択肢は、ゴッドイーターを被検体とした実験を行うこと。

 既に偏食因子を投与済みのゴッドイーターへ、新たにP53+型偏食因子を投与する。間薙シンのオラクル細胞と他のゴッドイーターのオラクル細胞は、同じシャーレの中に入れると「全滅」「棲み分け」「吸収」などの結果となる。吸収するタイプのゴッドイーターなら、もしかしたらP53+型が全身のオラクル細胞を塗り替えてくれるかも知れない。

 

 だが、これはもっとも危険な賭けだ。P53+がどのような変化をもたらすかも分からない。万が一、間薙シン相当のパワーを持つアラガミが生まれてしまったとすれば、抗う(すべ)など無い。おそらく人類文明はその時点で終焉する。

 

 

 シックザールの現状認識に間違いは無い。

 無論、彼の知るところではなかったが、ボルテクス界による意志なき者の淘汰は、既に終わっていた。この地上で生きていると言える者は、もはや人間とアラガミしか存在しない。

 

 

 だからこそ悩むのだ。

 どちらを選んでも「正義は我に在り」と言い張るに値する。それがたとえ、現実から目を背けるための詭弁であったとしても。

 

 

「人道的には当然、人体実験などするべきではない。それに現状でもゴッドイーターは人類圏の防衛をやってのけている。急ぐ必要はない、はずだ……」

 

 

 だが、とフェンリル極東支部長・シックザールは逡巡する。

 彼には過去に、安全性の確認を怠った人体実験を行った経歴がある。それも愛する妻となるはずだった女性と、幸せな家族を築くはずだった息子の二人に対して。

 

 結果は強力なゴッドイーターと変じた息子と引き換えに、最愛の(ひと)を失った。

 

 

「人道。人道か……」

 

 

 嘆願書を持ってきた折の、()()()()()()の覗き込むような瞳を思い出し、シックザールは机に拳を叩きつけた。

 




いや、その……シックザールが憎いわけじゃないんですよ?

むしろシックザールは好きなキャラで、部分的ながら救済されてるSS(「私は偵察班なのだけれど」とか)好きなんですが。こう、設定を煮詰めていくと全てのしわ寄せが彼に集中してしまうので。

ゲームのシナリオ的な都合もあるんでしょうけど、極東支部って活動規模の大きさに比べて組織としての規模が妙に小さいから……

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