GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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#030 ブギウギ

 小さな雷球が不規則な起動でいくつも飛来し、片足を失ったゴッドイーターの身体を焼き尽くさんとするその刹那。

 この戦いの中で、初めて彼女(レイチェル)が目を瞑った。

 それは彼女が諦めた瞬間であり、この奇妙な体験(ビジョンクエスト)の中で初めてシンが肉体の主導権を得た瞬間であった。

 

 全身に付けられた幾つもの傷、そしてちぎれた右足首の断面から流れ出た(おびただ)しい流血は、その肉体から生命の源、すなわちマガツヒが失われてゆく証でもある。肉体(レイチェル)の死が近付くにつれ、シンの意識も薄れてゆく。だが――

 

 

――【メディアラハン(集団完全治癒)

 

 

 瞬く間に失われてゆく生命力と、何より自身の意識をつなぎとめるべく、シンは即座に魔法を発動した。肉体のいかなる損傷をも即座に直しうるその権能が、レイチェルの負傷した肉体をコンマ秒の速度で万全な状態まで戻す。

 それと同時にその肉体に一つの変化が現れた。青黒い幾筋もの模様が浮かび上がり、左右の首筋に角のような突起が突き出したのである。それは一人の少年が生きるために人間と(たもと)を分かった象徴。人に似て人に非ざるもの。悪魔に似て悪魔に非ざるもの。即ち人修羅の証であった。

 

 シンは瞬時に肉体の制御を確保すると、取り戻した足で大地を蹴って、辛くも飛来する雷球を躱すことに成功した。崩れきった体勢から無理に飛んだため、高さが足りずにつんのめって前転する羽目になったが、ひとまず体勢を整える時間を作ることは出来たので良しとする。

 

 改めて自分の状態を確認する。

 レイチェルの肉体の支配権を得て気付いたのだが、この肉体は先程まで認識していた強さ(ステータス)よりも随分と脆弱だ。全力で動いたら一瞬で四肢がバラバラになってしまいそうな危うさが有る。飛び退く際にも力を入れすぎたのか、足首に痛みが残っていたので、もう一度【メディアラハン】をかけて回復しておいた。

 どうも支配権を得るまでは元の肉体の感覚に引きずられるらしい。いや、受肉したことで対象の肉体に引きずられる、という方が正しいのか。

 

 

 余談だが、【ディア】系の魔法に折れた精神を癒す効果はない。彼女が我に返り、再びこの肉体の主導権を取り返すまでには、まだしばらくの猶予がある。

 それまでにケリを付けることにしよう。

 シンはそう決めた。

 

 

*   *   *

 

 

 勝利を確信していたヴァジュラ(巨獣)は、この戦いの中で初めての状況に戸惑っていた。

 

 眼下に現れた小癪な人間(エサ)を上等な敵手と見定め、慎重にダメージを与えながら動きを鈍らせていた。

 そのはずだったのだが、トドメの一撃を打ち込んだ瞬間に今まで見たこともない動きをして、それを回避してしまったのだ。

 

 それだけではない。

 これまでの戦いが全て無かったことになってしまったように、疲れもダメージも感じさせない機敏な動きを取り始めていた。

 

 ……そしてなんだか少しだけ()()()()が変わったような。

 

 とにかく、これまで相手にしたことのない頑丈さだ。

 アレを食えば、もっと強くなれるかも知れない。

 そう思った瞬間に身体が震えたのは、きっとその期待のためだろう。

 自分の身に起こった異常を、(ヴァジュラ)はそう判断した。

 

 

 慌てる必要はない。

 この戦いが始まってしばらくの間、あの敵手の近くに寄ると時折おかしな攻撃を受けたし、左手が向けられると硬い何かが飛んできてぶつかることが有った。

 

 だが、それだけだ。

 あの敵は飛び抜けて頑丈だが、自分を傷つける力はない。

 彼はそう判断し、持久戦を再開した。

 

 

 いや。

 

 

 再開()()()()()()

 

 

 距離をとった(エサ)に、遠間から駆け寄って飛びかかる。

 自分の巨体がそれだけで、相手を跳ね飛ばす凶器と化すことを知っている。

 

 だが飛びかかろうとしたその瞬間、あの左手から飛び出す硬い何かが踏み降ろされる前足にぶち当たり、オラクル細胞が反応して緑の閃光を放った。その威力がこれまでのものとは段違いで、ヴァジュラはこの戦いで初めて()()を感じ、身を引いて体勢を立て直す。

 

 何が起こったのかは分かる。

 しかし何故そうなったのかが分からない。

 

 だが分からないことについて深く考える必要性を、分かる必要性を、ヴァジュラは見出だせなかった。同じような見てくれの人間(エサ)を喰ってから、時折()()()()()()()はあったが、常に答えは同じ。「目の前の生命(エサ)を喰らえば良い」であった。

 

 それでも分からないことに気付くことを、彼はただ無駄だと思っていた。

 

 

*   *   *

 

 

「なるほど」

 

 自身の血で滑らないよう、レイチェルが自分で左手に縛り付けた拳銃型神機。興味を持ったシンが地面に向けてトリガーを引いてみると、魔法を使ったときと同じ感覚――自身の肉体から微量のマガツヒが抜け出すそれ――に気がついた。

 要は魔法の射出機だか発動体だか、そういったものなのだろう。

 

 「神機=擬似マガタマまたは疑似悪魔」という自論にまたひとつ確信を持ったシンは、右手首の腕輪と左手に持った拳銃型神機を見やる。

 

 この拳銃型神機も良い。()()()()()という体験が出来たことに、ちょっとシンは浮かれていた。アナグラの訓練場ではぶら下げるように構えるバズーカじみた巨砲や、力を入れると壊れてしまいそうなスナイパーライフルしか撃てなかったので、あまり面白くなかったのだ。

 だがこの肉体が弱いせいか、あるいは拳銃型神機がよほど頑丈なせいか、気にせず引き金を引き絞ることが出来た。シンのかつて男の子だった精神が浮き立つのも、仕方のないことだろう。

 

 

 浮かれ気分でいるシンに水を差すように、巨獣が助走をつけて飛びかかってきた。

 うるさげに見やるシン。あの程度の獣にぶち当たられても大したことはない。()()()()()()()この拳銃の威力を見てみたい。

 そう考え、銃口をヴァジュラに向けると無造作にトリガーを引いた。

 

 狙いをつけるという感覚は無い。

 反動を抑制する事も知らない。

 当たり判定が大きめなゾンビシューティングゲームの感覚で、なんとなく銃口を向けて三連発。デタラメに撃った弾は一発だけが当たり、残り二発はかすりもしなかった。だがその一発が牽制となったのか、ヴァジュラは飛びかかる直前で身を翻し、再び距離をとった。

 

 

(そういえば)

 

 拳銃を使った戦いを、シンは以前、見たことがあることを思い出す。

 あのボルテクス界に現れた、怪人黒マント。なんとか童子とかいう猫を連れていた、目付きの悪い男。

 

(たしかこんな感じで……)

 

 記憶の黒マントを真似して、ろくに狙いも付けずにトリガーを引きまくるシン。

 テンションが上ってきたのか鼻歌まで歌いだし、自身の魔力でブーストされたバレットを無差別にばらまき始めた。

 




拳銃型神機の開発再開フラグが立ちました。

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