GOD EATER Reincarnation 作:人ちゅら
――なんなんだこれは?
整備局の神機保管庫の隅に座りこんで万里の遠眼鏡を覗いていたはずのシンは、いつの間にやら先日行ったばかりの
しかも耳元から中年男の喧しくがなり立てる声が聞こえる。神経の細さと傲慢さを兼ね備えた声だ。贅沢と金勘定が好きに違いない。きっと
『レイチェル君。そいつは新型だ。しかもほとんど未調査の。この意味、分かるね?』
――さっぱり分からん。
そもそもレイチェル君とは誰なのだろう?
この声の主は誰と話しているつもりなのだろうか。
声を払いのけるように軽く手を振るが、そちら側には誰も居ない。そうしてようやく、それが耳に付けた
五感のすべてがどこか作り物めいていて、まるでマネカタの体にでも入ってしまったように感覚が鈍い。
「このクズが!」
思わず口をついた言葉も、どことなく自分の意志からズレているような気がする。
クズと罵られた耳元の通信機が、先程に輪をかけて何かをがなり立てている。
――やかましい。
騒音の元を親指と人差指で摘み取ると、そのまま手のうちに握り込む。今となっては貴重品であるはずの
静かになった耳元に満足すると、シンは改めて現状確認を始める。
そしてすぐに気がついた。
敵意でも害意でもない、ただの
何者かとその発信源を見れば、「流木のように太く節くれだった角を生やした巨大なトラ」とでも言おうか、いまいち言葉にしづらい
かの
やはり
妖獣か、魔獣か、それともまさかの神獣か。
獣系の悪魔は、見るからにその
どんなものか興味が湧いたシンは、万里の遠眼鏡で見てみようと考えたのだが、そこでフと気がついた。
――
いかなる障害をも打ち砕いてきた無骨な鉄拳が、見れば
* * *
――意識だけアマラ回廊に落ちたようなもんだな。
シンは置かれた状況を、そう理解した。
元よりボルテクス界では理解できないことがよく起こるのだ。そして理解不能な出来事は、概ねアマラ回廊の気まぐれか、
あの戦いの日々の中でも、
シンはあの長かったのか短かったのか今となっては判断のつかない戦いの中、そう
そんなことよりも現状把握だと、シンは気持ちを入れ替える。
なにが出来て、なにが出来ないのか。それを理解しておかなければ、いざというときに殴り飛ばせないではないか、と。
まずは
それらを取り出すことは出来なかったが、使おうとすれば使えるようだ。実際、万里の遠眼鏡を握るように右手を筒状に丸め、覗き込んでみたら大トラの名前が分かった。
名を「
あの愛らしさすら感じられる単純明快なオウガテイルと違って、由来が良く分からない。誰が付けたのだろうか?
ヴァジュラといえば、たしか雷帝インドラの武器の名前だ。雷神トールのミョルニルみたいなものだろうか。シンはインドラとは直接の面識こそ無かったが、ヴァジュラは仲魔のシヴァが持っていたので見せてもらったことが有る。その記憶と比べてみても、全然似ていないと思うのだが、一体なぜそんな名前になったのやら。
次に
シンが身に携えていた二十五のマガタマの存在は確かに感じ取れるし、時間が経つにつれて馴染んできた身体の能力は
無意識下に行使できる【貫通】や【食いしばり】あたりがどうかは分からないが、【至高の魔弾】や【地母の晩餐】、【気合い】、【雄叫び】あたりも反応がない。
だがこれについては思い当たる節があった。
思うように肉体を動かせないことと、関係があるのではなかろうか。
意識
シンがそう理解したのは、急に場所を転移させられたとか、見知らぬ状況に投げ出されたとか、それだけが理由ではなかった。
肝心の肉体が、
肉体の持ち主の名前は
どうやら極東支部に属するゴッドイーターのようだった。
――道理で動きにくいわけだ。
自分のものではないだけでなく、それが骨格から違っているのだから、動きにくくても当然だ。しかもこの肉体にはレイチェル自身の意識もあり、優先権はそちらの方が強いらしい。いかにシンが動きたいと思っても、レイチェルがそれを拒否すれば指一本、動かすこともままならない。
お蔭でシンはこの一時間ばかり、ずっと瓦礫の影に隠れながらあの魔獣を眺めているしかなかった。
実のところ、初遭遇のヴァジュラに興味のあったシンは、あれやこれやとレイチェルを唆してはいたのだが、そちらはまるでナシのつぶて、レイチェルは断固反対、聞く耳を持たないとばかりにシンを無視していたので仕方がなかった。
もしもここに金髪の老人が居たなら、人間の耳元で囁き、唆して悪事に誘うなど、
* * *
だがまあ時間をかけたお陰で、分かったことも有る。
ヴァジュラとやらがあんな外見をしている理由だ。
あれには
およそ地上よりも魔界の方がお似合いなあの
だからどうした、と思わなくもないが、分からなかったことの一つが分かってスッキリしたので良しとする。
ツギハギのイメージから、シンはかつて出会った気弱な男のことを思い出していた。自己主張の仕方が分からず、加減を誤り暴発した心優しい少年。まあ同族殺しはやりすぎだったと思うが、偽善者ぶった耳たぶ男よりは万倍も好感の持てる男だった。
彼も既にシンの仲魔であり、悪魔全書にもその名が記されている。思い出して召喚しようとしてみたが、やはりというか彼が現れることはなかった。
あのヴァジュラとか言うアラガミとの
しばらくはキョロキョロと周囲を警戒するように見回していたが、レイチェルが動かないので飽きたのか、瓦礫の山に座り込んで、眠るように項垂れたり、欠伸でもするように体を反らせたりするようになった。シンは隙アリと思ったが、レイチェルはその挙動の一つ一つをメモに取るだけで行動に移そうとはしなかった。
ヴァジュラは
合わせてレイチェルも、この機を逃すまいと動き始めた。
だがデータを送信するため手元の機械を操作する刹那の間、ヴァジュラから視線を逸してしまっていたレイチェルは、魔獣の笑みに込められた意図を見落としてしまったようだ。
フェンリルの
次回、ヴァジュラとの初バトル。
戦闘表現は得意ではない(特大オブラート)もんで、ちょっとお時間をいただくことになるかもしれません。
(事務所と自宅のW転居でテンヤワンヤであります)