GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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三人称ですが、人修羅さん視点の話になります。



#028 白昼夢(2)

――なんなんだこれは?

 

 整備局の神機保管庫の隅に座りこんで万里の遠眼鏡を覗いていたはずのシンは、いつの間にやら先日行ったばかりの()()()()とかいう廃墟に立っていることに気がついた。

 しかも耳元から中年男の喧しくがなり立てる声が聞こえる。神経の細さと傲慢さを兼ね備えた声だ。贅沢と金勘定が好きに違いない。きっとオーカス(悪食の豚)メルコム(魔界の徴税人)と話が合うだろう。

 

『レイチェル君。そいつは新型だ。しかもほとんど未調査の。この意味、分かるね?』

 

――さっぱり分からん。

 

 そもそもレイチェル君とは誰なのだろう?

 この声の主は誰と話しているつもりなのだろうか。

 

 声を払いのけるように軽く手を振るが、そちら側には誰も居ない。そうしてようやく、それが耳に付けた通信機(インカム)から聞こえていたことに気がついた。

 五感のすべてがどこか作り物めいていて、まるでマネカタの体にでも入ってしまったように感覚が鈍い。

 

「このクズが!」

 

 思わず口をついた言葉も、どことなく自分の意志からズレているような気がする。

 

 クズと罵られた耳元の通信機が、先程に輪をかけて何かをがなり立てている。

 

――やかましい。

 

 騒音の元を親指と人差指で摘み取ると、そのまま手のうちに握り込む。今となっては貴重品であるはずの石油製品(強化プラスチック)の外殻はあっさりと割れ、中の部品もろともに圧壊したそれを無造作に投げ捨てた。

 静かになった耳元に満足すると、シンは改めて現状確認を始める。

 

 そしてすぐに気がついた。

 

 敵意でも害意でもない、ただの()()が周囲に撒き散らされていることに。

 

 

 何者かとその発信源を見れば、「流木のように太く節くれだった角を生やした巨大なトラ」とでも言おうか、いまいち言葉にしづらい合成獣(キマイラ)めいた動物が、コンクリートの瓦礫の上に居座っていた。

 

 かのボルテクス界(トウキョウ)ではお目にかかったことのない悪魔だ。

 やはり()()()の悪魔は何かが違うらしい。

 

 妖獣か、魔獣か、それともまさかの神獣か。

 獣系の悪魔は、見るからにその(レベル)にふさわしい風体をしているものだが、だとするとアレはどの程度だろうか? 地獄の番犬(ケルベロス)くらいはあるのか、それとも見掛け倒しのわんちゃん(オルトロス)だったりするのか。

 

 どんなものか興味が湧いたシンは、万里の遠眼鏡で見てみようと考えたのだが、そこでフと気がついた。

 

 

――人修羅(おれ)の手、どこいった?

 

 

 いかなる障害をも打ち砕いてきた無骨な鉄拳が、見れば運命の三女神(モイライ)どものように細く荒れた手指に成り果てていた。

 

 

*   *   *

 

 

――意識だけアマラ回廊に落ちたようなもんだな。

 

 シンは置かれた状況を、そう理解した。

 元よりボルテクス界では理解できないことがよく起こるのだ。そして理解不能な出来事は、概ねアマラ回廊の気まぐれか、金髪野郎(ルイ・サイファー)の悪ふざけ、さもなくばハゲ頭の仕業であった。飽きるまで付き合ってやって、気に入らなければ後で殴り飛ばしてやれば良い。

 あの戦いの日々の中でも、転輪鼓(ターミナル)を通じて助言を寄越したあの男に「そういうものだ」と言われてしまえば、「そうなのか」と納得するしかなかったのだし、今さらだ。

 

 シンはあの長かったのか短かったのか今となっては判断のつかない戦いの中、そう理解し(あきらめ)ていた。

 

 

 そんなことよりも現状把握だと、シンは気持ちを入れ替える。

 なにが出来て、なにが出来ないのか。それを理解しておかなければ、いざというときに殴り飛ばせないではないか、と。

 

 

 まずは宝重(アイテム)

 それらを取り出すことは出来なかったが、使おうとすれば使えるようだ。実際、万里の遠眼鏡を握るように右手を筒状に丸め、覗き込んでみたら大トラの名前が分かった。

 

 名を「()()()()()」と言うらしい。

 あの愛らしさすら感じられる単純明快なオウガテイルと違って、由来が良く分からない。誰が付けたのだろうか?

 

 ヴァジュラといえば、たしか雷帝インドラの武器の名前だ。雷神トールのミョルニルみたいなものだろうか。シンはインドラとは直接の面識こそ無かったが、ヴァジュラは仲魔のシヴァが持っていたので見せてもらったことが有る。その記憶と比べてみても、全然似ていないと思うのだが、一体なぜそんな名前になったのやら。

 

 

 次に権能(スキル)だ。

 シンが身に携えていた二十五のマガタマの存在は確かに感じ取れるし、時間が経つにつれて馴染んできた身体の能力は()()の時とほぼ変わりなさそうなのだが、実際に行使しようとしてもマガタマは一切反応しなかった。

 無意識下に行使できる【貫通】や【食いしばり】あたりがどうかは分からないが、【至高の魔弾】や【地母の晩餐】、【気合い】、【雄叫び】あたりも反応がない。

 

 だがこれについては思い当たる節があった。

 

 思うように肉体を動かせないことと、関係があるのではなかろうか。

 

 

 意識()()がアマラ回廊に落ちたような状態。

 

 シンがそう理解したのは、急に場所を転移させられたとか、見知らぬ状況に投げ出されたとか、それだけが理由ではなかった。

 肝心の肉体が、自分(シン)のものではなかったのだ。

 

 

 肉体の持ち主の名前は()()()()()()()()()

 どうやら極東支部に属するゴッドイーターのようだった。

 

――道理で動きにくいわけだ。

 

 自分のものではないだけでなく、それが骨格から違っているのだから、動きにくくても当然だ。しかもこの肉体にはレイチェル自身の意識もあり、優先権はそちらの方が強いらしい。いかにシンが動きたいと思っても、レイチェルがそれを拒否すれば指一本、動かすこともままならない。

 お蔭でシンはこの一時間ばかり、ずっと瓦礫の影に隠れながらあの魔獣を眺めているしかなかった。

 

 実のところ、初遭遇のヴァジュラに興味のあったシンは、あれやこれやとレイチェルを唆してはいたのだが、そちらはまるでナシのつぶて、レイチェルは断固反対、聞く耳を持たないとばかりにシンを無視していたので仕方がなかった。

 もしもここに金髪の老人が居たなら、人間の耳元で囁き、唆して悪事に誘うなど、悪魔(ルシファー)の所業そのものではないかとため息を漏らして首を振ったことだろう。

 

 

*   *   *

 

 

 だがまあ時間をかけたお陰で、分かったことも有る。

 ヴァジュラとやらがあんな外見をしている理由だ。

 

 あれには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 およそ地上よりも魔界の方がお似合いなあの合成獣(キマイラ)めいた外見は、これまで食ってきたモノの中からあれやこれやと使えそうなものを継ぎ接ぎ(パッチワーク)にしたものらしい。だが混ぜものが多すぎて、もはや個としての来歴を知ることは出来なかった。たぶんオウガテイルの由来が知れなかったのも、そのせいだろう。

 

 だからどうした、と思わなくもないが、分からなかったことの一つが分かってスッキリしたので良しとする。

 

 ツギハギのイメージから、シンはかつて出会った気弱な男のことを思い出していた。自己主張の仕方が分からず、加減を誤り暴発した心優しい少年。まあ同族殺しはやりすぎだったと思うが、偽善者ぶった耳たぶ男よりは万倍も好感の持てる男だった。

 彼も既にシンの仲魔であり、悪魔全書にもその名が記されている。思い出して召喚しようとしてみたが、やはりというか彼が現れることはなかった。

 

 

 あのヴァジュラとか言うアラガミとの()()()()は、都合一時間ほど続いただろうか。

 しばらくはキョロキョロと周囲を警戒するように見回していたが、レイチェルが動かないので飽きたのか、瓦礫の山に座り込んで、眠るように項垂れたり、欠伸でもするように体を反らせたりするようになった。シンは隙アリと思ったが、レイチェルはその挙動の一つ一つをメモに取るだけで行動に移そうとはしなかった。

 

 ヴァジュラは()()()にチラリと視線をやると、口の端を持ち上げて牙をむき出しニヤリと笑った。そして立ち上がってもう一度伸びをすると、()()()()()()瓦礫の山を、わざわざもと来た方向へ、つまりレイチェルの反対側へと歩き出した。

 

 合わせてレイチェルも、この機を逃すまいと動き始めた。

 

 だがデータを送信するため手元の機械を操作する刹那の間、ヴァジュラから視線を逸してしまっていたレイチェルは、魔獣の笑みに込められた意図を見落としてしまったようだ。

 

 

 フェンリルの歴史(データベース)に残る“英雄”レイチェル・アダムスの受難(だいかつやく)は、これより始まる。

 




次回、ヴァジュラとの初バトル。
戦闘表現は得意ではない(特大オブラート)もんで、ちょっとお時間をいただくことになるかもしれません。

(事務所と自宅のW転居でテンヤワンヤであります)

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