GOD EATER Reincarnation 作:人ちゅら
「ふむ。なにやらガッカリさせてしまったようだね。だがそれが私という存在だ」
「正直に話してくれただけで、十分だ」
「そうかい」
関心を失ったシンと、冷静さを取り戻したサカキ博士。
二人とも続く言葉を忘れたのか、他に誰もいない食堂は、無人の静けさを取り戻したようだった。
シンはこれで話も終わりかと思い、席を立とうとする。
だがサカキは安手のパイプ椅子に腰を落ち着けたまま、シンから目を離そうとはしない。
どうやら続きがあるようだ。シンは再び座り直した。
「さて、では話を戻してもう一度尋ねよう。君はゴッドイーターなのかい?」
「分からない。自分にその、オラクル細胞だったか? それが混じっているかどうか、調べたことなど無いからな」
シンの言葉使いはぶっきらぼうだが、内容はいかにも冷静で論理的ですらある。
ふと、似たような少年のことを思い出したサカキは、頬が緩みそうになるのをどうにか我慢した。ソーマ・シックザール。今はまだ年相応の少年だが、ある一点を除けば意外と冷静で、物事の真理を突く眼力がある。科学者であった父の後を追ったならば、あるいはこうした人間になるかもしれない。
自分の隣で研究に勤しむ少年の未来を思い浮かべ、在りし日のちっぽけな研究室を思い出し――今は空想にふけるべき時ではないと浮かぶ笑いを噛み潰し、小さく頭を振った。
サカキを見つめ、言葉を待つシンに、サカキは頷いて言葉を続けた。
「ふむ。
「どうなった?」
「アラガミ化した」
「なるほど」
要はアラガミを食べた、ということだろう。
それが自発的な一個人の行為によるものなのか、それとも実験室の中で衆人環視の下に行われたことなのか、シンは敢えて問わなかった。わずかに歪むサカキの表情を見れば、それは一目瞭然であったから。
「ひとつ質問なんだが」
「なんだい?」
なによりシンには、そんなことよりもずっと重要な、確認すべき事柄が思いついていたということもある。
つまり――
「確たる証拠もなければ可能性も限りなく小さいが、それでも俺がアラガミではないかと疑う人間がいる、ということか?」
「正解」
ある種の確信をもって疑っているのは、そう応えたペイラー・榊ただ一人なのだが、彼もそこまで正直に教えはしない。
「で、その疑惑を晴らす方法はあるのか?」
「ある」
「どんな?」
「君がゴッドイーターになればいい」
* * *
時は戻ってシンのゴッドイーター適合試験、改めゴッドイーター化手術。
全ての出入り口が対アラガミ防壁シャッターで閉ざされ、薄暗くなった室内。
その中に一人ぽつんと立つシンの目の前はひとつの台座。
そしてそこに鎮座ましましたるは、
シックザールの声に指示された通りにその柄を掴めば、右手首から何かを注入された際の感覚。それは忘れもしない、シンがあの病院で初めてマガタマを飲み込んだ時のものだった。
とは言えあれから既に二十四回は繰り返したことだ。入手し、飲み込む都度、肉体は少しずつ変容する。これが二十五度目。その痛みにとうに慣れてしまったからなのか、それとも実際に痛みが軽減されているのかは分からないが、とにかくシンにとってそれは軽い不快感、それ以上のものではなくなっていた。
「今、君の体にオラクル細胞が埋め込んでいる。その腕輪は肉体と融合し、生涯外すことはできない」
シックザールは丁寧に、その作業工程を一つひとつ説明してゆく。彼にとって、また被験者にとっても、これはある種のセレモニーだ。ゴッドイーターという新たな生物へと生まれ変わる。そしてフェンリルの支援の下、人類の盾となる。ゴッドイーター適合試験は、謂わばその記念式典であった。
だがこのあたりの工程は、実のところ前日の段階でサカキ博士から既に聞いていた。そう驚くことでもない。
シンにとって驚くことではなかったが、もう一方の人々にとっては驚かずにはいられなかったようだ。
彼の知るべくもないことだが、今まさにこれまでの適合試験と異なる光景が展開されていたのだから。
オラクル細胞の移植は、被験者の肉体を丸ごと作り変えることと同義だ。その激痛は強靭な意思を持ってなお、耐え難いものだとされてきた。根性が自慢のとあるゴッドイーターも、適合試験だけは二度と受けたくないとうそぶくほどに。
だが、シンが苦痛を感じている様子は無い。
それどころか自身の右腕の変化を、極めて冷静に観察している。
それは異常事態と言っても過言ではない。
「痛みはないか?」
「血が逆流するような気持ち悪さはあるが、痛いというほどでは無いな」
シックザールが努めて冷静に問いかけるが、問われたシンは、これまでと同じ調子で答えた。
オラクル細胞を埋め込まれてなお平然としているシンの有様を見ていた研究員は、驚嘆を隠せずに居る。
隣接する監督室は軽いパニックに包まれていた。
「P53偏食型オラクル細胞、移植できているのか?」
「間違いありません。パラメータには従来通りの遷移が見られますし、センサーにも異常はありません」
「なら何故痛みを感じない!」
「無痛症ということは」
「ありえない。彼の触覚が正常なことは確認されている」
「じゃあなんで!」
「分かりませんよそんなこと!」
「適合率オレンジとはそれほどのものなのか……」
「静かにしたまえよ君たち」
それまで傍観していたサカキ博士が口を開いたことで、それまでの狂騒がパタリと静止する。
皆、彼の言葉を、アラガミ研究の第一人者であるペイラー・榊の言葉を待っていた。
「適合率によって痛みの程度が変わることは、十分なデータで示されているだろう? 適合率オレンジ、理論上の最高値を記録した彼なら、こういうことだってありうるさ」
「そう、なのですか」
さも当然のこと、予測の範囲内であると断言するサカキに、研究員たちも半ば無理矢理に納得する。
そこに畳み掛けるようにして、サカキは
「ああ。彼の体細胞はP53と特別相性が良いんだろう。少ないがサンプルも提供してもらっている。今はまだ培養中だが、それが済んだら研究チームを編制してもらうよ。いいよね、ヨハン」
「あ、ああ。もちろんだ」
* * *
一方、被験室に一人放置されていたシンは、自身の肉体が改造されていく様子をじっと観察していた。
シンにはすでに分かっていた。
神機、腕輪、そして注入されたオラクル細胞は、合わせて一つの、謂わば
これを完全に取り込んでしまえば、人間は確実に
たぶん。
それを制御するのがこの腕輪の役割なのだろう。
前日に受けたサカキの
監督室の騒ぎが収まるより前に、シンに対する施術は終わった。
シンの右手首に真紅の腕輪を残して、台座の天蓋が再び開いてゆく。
なるほど、これがリンドウの付けていたモノかと理解する。
そうしてここにまた一人、新たなゴッドイーターが誕生した。
書き溜めが尽きたので、次の更新まではまたちょっとお待ちいただくことになるかと思います。(もう一本の方もそろそろ再開したいですし)
【余談】
サブタイ「朱い腕輪」にして俺屍をこっそり咬ませようか(朱ノ首輪を奪われると神の姿を取り戻すアレ)と思ったりもしたんですが、朱とはちょっと色が違いすぎるんじゃないかということで断念しました。