GOD EATER Reincarnation 作:人ちゅら
「君、もしかしてアラガミなのかい?」
広々とした食堂を照らすLEDライトを反射し、主の表情を隠していた大きな丸眼鏡の奥で、ペイラー・榊のどこを見ているのかすら定かではなかった糸目がハッキリと開かれていた。貼り付けたデスマスクのような、柔和であってもどこか不気味だった微笑みも、いつの間にやら消えている。
シンの【眼】には、彼のマガツヒが煌々と輝いて見えた。それは彼の意志の強さ。身にまとっていた仮面、即ち
それは紛うことなき
『人に似て人に非ず、悪魔に似て悪魔に非ず』とうたわれた人修羅が、最後の戦いで
彼は今、その力、自身を人間たらしむる力を一時的とは言え、捨て去ろうとしている。
それは自ら悪魔になろうとするようなものだ。
その愚を犯してもなお、その問いの答えを得たいということか。
……いや、そんな自覚はないのだろうが。
なるほど、彼は間違いなく
リンドウの人物評は、少なくとも彼については正しかったようだ。
命を賭した問いだ。真摯に答えねばなるまい。
シンは正面からペイラーの目を見据え、はっきりと答えた。
「俺はアラガミではな――」
「ではゴッドイーターなのかな?」
やはり矢継ぎ早と言った感じで、シンが否定し終えるよりも早く、次の質問が浴びせられる。
「その問いに答えるには、知識が足らない。ゴッドイーターとは何だ?」
「ふむ……それはとても難しい質問だね」
質問を返されたことによって、
彼は丸眼鏡の位置を直すと、そのモジャモジャ頭をボリボリと掻き散らかす。乱れた髪は、もはや無残としか言いようがない有様だ。
* * *
その問いを真正面から問われたのは久しぶりのことだろうかと、ペイラーは大きく息を吐いた。それについてシックザールと最後にやりあったのは何年前だったか。
人類の守り手。アラガミを狩るもの。造られた超人。フェンリルの
どう答えたものか。
大きな丸眼鏡に手をやり、その位置を直すほんのわずかな時間で、ペイラーはその問いに対する答えをまとめ上げる。声が上ずったりはしていないだろうか。我に返ったペイラーは、先ほどまでの自身の振る舞いに気付いて気まずげに頭をボリボリと掻いた。
「実のところ、僕も全ての答えを知っているわけじゃあない」
「ほう」
「ここでは私の立場、科学者としての見地から尋ねたものと思って欲しい」
「なるほど」
「で、その定義だが。基本的にはオラクル細胞を保有し、偏食因子を投与され、フェンリルと契約を結んで腕輪と神機という装備が貸与された人間が、そう呼ばれる。だがまあ、フェンリルとの契約については、フェンリルのデータベースに君の情報が無かったことから、無いのだろうと判断した。隠されている可能性は、否定出来ないけどね」
「……」
ごく短時間にまとめられた定義だが、必要十分条件は整えた。
これで伝わるかどうか、シンの論理的思考力に対する簡単なテストのつもりだった。
短い中にも情報量は十分にある。
さて、彼はどう反応するだろうか。
「質問はあるかい?」
視線を彷徨わせる
彼は少し考える素振りを見せてから、幾つかの質問を行った。
「アラガミとゴッドイーターの身体的な違いは、その偏食因子ってやつだけ、なのか?」
「少なくとも、僕が知る範囲ではそうだね」
「じゃあ次。人の姿をしたアラガミがいるのか?」
「存在は確認されていないね」
「なるほど。可能性はある、と考えているわけだ」
「話が早いね」
嬉しげに手を叩くペイラー。
「そしてその存在こそが、貴方が探し求めているものだと」
「うん。将来の可能性として、関心があることは否定しないよ」
研究者ならまだしも、文字通り在野の、それもこれまでフェンリルの存在すら知らなかった外部の人間が、ここまでスムーズに思考できるということに。最後の質問はいささか論理的飛躍を感じたが、勘所を掴んだ良い質問だと言えるだろう。
だからか、次の問いには虚を突かれる思いだった。
「一つ聞きたい。あなたは、この世界がいかなる姿であるべきだと考える?」
* * *
シンは好奇心と、なにより違和感から、問うてみることにした。
「一つ聞きたい。あなたは、この世界がいかなる姿であるべきだと考える?」
ペイラー・榊。
この珍奇な
その彼が、アラガミ殲滅を望むシックザールの下にいる。
ならば普通は、彼もまたアラガミの殲滅を望んでいるのだろうと思ったのだが……
先ほどまでのやり取りの中で、ペイラー博士はアラガミに対して好奇心めいた関心は有っても、敵と見做す思考は見られなかった。
そもそも自分に「君はアラガミなのか?」と尋ねていたが、もしそうだとしたら、どうするつもりだったのだろうか? アラガミが人類の敵であるなら、その場で喰われてもおかしくはない。人型アラガミなる存在がどのような知性を持つに至るかは分からないが、わざわざ擬態して敵地に潜入するような存在であるのなら、口封じという思考も当然あっただろうに。
だが彼は、己の身を捨ててその問いを投げかけてきた。
それが単なる知的好奇心の為せる業なのか、それとも何かしらの意図があってのことか。もしかしたら彼もまた、シックザールとは異なるコトワリを持っているのかもしれない。
シンはそれを期待した。だが――
「難しい。とても難しい質問だね。私はただ、この
「観察か」
「そう。もちろん私は死にたくないし、私の知人にも死んでほしくはない。だがそれとは別に、この世界の、この惑星のがこれからどうなるのか。それが知りたい、この目で見たいという好奇心を否定できない。私には
どれほど強い
無論、今が
だが今のところ、この眼鏡だらけの男は注目に値しないその他大勢の一人に過ぎないということだ。
シンはあからさまに関心を失い、ただ「そうか」と呟いた。