GOD EATER Reincarnation 作:人ちゅら
筆記試験を終えて休憩室で待たされること二十分。お次は能力試験ということでアナグラの外にある地上の施設へと移動する。シェルター並みに分厚い外壁を持つその建物の中、案内されたのは、バスケットコート2面分ほどの広さと十メートル近い高さを持つホール。シンは母校の体育館を思い出した。
普段はゴッドイーターたちが戦闘訓練を行っているそうで、床や壁にはさまざまな傷跡が残されている。
「すまんな」
「気にするな」
先に到着して待っていたリンドウが、手を上げて挨拶代わりのように謝罪の言葉を口にした。口調こそ軽いものの、その表情には後悔の色が浮かんでいる。
シンはまだアナグラでの立場がはっきりしていないため、リンドウが名目上の後見人となっていた。リンドウはただ情報提供者として連れてきたつもりだったが、この捉えどころのない青年はクソッタレな支部長に目をつけられ、既にフェンリル極東支部の新戦力として期待されてしまっている。
リンドウの肩を軽く叩き、シンはそれを笑って流した。元よりゴッドイーターになって働くことも、自分の能力を
そう。この時シンは、
能力試験と銘打たれているものの、今回シンが受けているものは単なる身体能力測定である。ゴッドイーター志望者に対し、通常、このような試験は行われていない。
ゴッドイーター志望者は防疫室の各種センサーを使った
(ちなみに適合試験に失敗して死亡した者は、そのまま検体として研究局で
ゴッドイーターになれば身体能力は飛躍的に向上するため、非ゴッドイーター時の身体能力を測る必要など、本来は無い。これは簡易検査の結果がオレンジ、つまり最上だった人間がゴッドイーター化した際、どの程度能力が向上するのか、そのデータを欲した研究局の強い要望によって実施されている。
なにしろこれまで適合率最上級のサンプルなど、シックザールの秘蔵っ子であるソーマただ一人しか居なかったのだ。そしてそのソーマのデータは支部長の占有となっている。新しいサンプルの発見に研究局は色めき立ち、シックザールも拒否はできなかった。そういった裏の事情もある。
かくして試験は順当に開始された。
そしてすぐに問題が発生した。
最初の試験は握力測定。
握力はシンが人間だった頃、どちらかといえばインドア派だった彼が、密かに得意としていた能力である。だからシンは、今の自分がどの程度かつての自分から逸脱してしまっているのか、興味がわいた。
試験に使用される握力計は、見た目こそ一般的なものだが、実際には千キロ、つまり一トンまで測定できる特別製だ。ゴッドイーターたちは、重い神機を振るえるだけの握力を身につけている。この握力計は、そんな彼らのパラメータを測るために用意された特注品であった。
最大値を示す千の目盛りを、小数点を含んだ百キロだろうと誤解したシンは、流石にこれでは測りきれないだろうとアッサリ握りつぶしてしまった。
呆気にとられる研究員たちの様子に、シンは思わずリンドウにアイコンタクトを図る。肩をすくめ、苦笑いを浮かべるリンドウはジェスチャーを交えながら応えた。
(マズかったか?)
(もう少し抑えてくれ)
(分かった)
これにより、シンは以降の試験は控え目にしようと心がけ……しかしてそれは徒労に終わる。
アナグラに来るまでの道中で見たリンドウの能力を、平均的なゴッドイーターのそれと誤解したままだったこと、そしてゴッドイーターが超人的な存在であることを知らなかったことは、加減を誤った大きな要因の一つだ。
だが最大の要因はシン自身の特性――即ち生きるための戦いをくぐり抜け、圧倒的な力を以て頂点にたどり着いた彼には、
そのための
それが彼が闘争の只中にあり続けた最大の理由であったのだから。
続けて行われた重量挙げ、肺活量の試験も、当然のように破壊された。
そろりそろりと周囲の様子を見つつ下手な演技を試みたが、その都度シックザールが「真剣にやってくれないか」「正確な数値が出ないと困る」と口を挟んだためだ。
それでも加減はした。だから
反復横跳びをすれば堅固に造られた床材を歪め、垂直跳びはゆうゆう天井に届く。万事その調子であった。
中でもパンチ力測定では力加減を完全に誤り、測定機器どころかその向こう側の壁にまで巨大な衝突痕を作ってしまった。人修羅の拳はあらゆる障害を打ち破り、押し通る。それは正しく神殺しの
それらと比べれば他のゴッドイーターと比べても大差なかった短距離走などは、相当に大人しい結果だったと言える。もっと早く走れたなら、あの学ラン剣士からも逃れられたかもしれないのだが。
果たして能力試験は終了した。ほとんどの項目に「
* * *
「流石にこれほどとは……」
「いやはや、とんでもないね彼は」
ゴッドイーターが戦闘訓練を行うシミュレーションルーム。
アナグラの中でも地下シェルターの次に頑強なそこで行われた
「だがこれで、彼には別の嫌疑がかけられることになったわけだ」
「どういうことだ……!?」
「おやおや、気がついてないのかい?」
大きな丸眼鏡の位置を直すふりをしてもったいぶるサカキ。シックザールは苛立ちを露わに、彼を睨みつけて詰め寄った。
その様子に気付かぬふうで、サカキは飄々と言葉を続けた。
「
シンが聞いたらどんな顔をするだろうか、えらい言われようである。
だが、二人は真剣そのものだった。
「確かに、な。だが人型のアラガミなど……」
「アラガミは取り込んだ細胞の遺伝子情報から都合のいいものを取り出し、その特性を獲得する単体進化の生命体だ。中には人型を選ぶアラガミだっているかもしれないじゃないか」
「その可能性にはゼロがいくつ付くんだ? よしんば人型を採ったとしても、生物として脆弱な人類種に寄せることはないだろう」
「そうかもしれない。だが我々人類が
このやりとりも、かれこれ五年以上は繰り返している。平行線から一ミリたりと動こうとしない互いの頑固さに、そしてこのやりとりの不毛さに二人が二人ともため息を吐くと、シックザールは眉間のシワを揉みほぐし、サカキは肩をすくめておどけて見せた。それが二人の間で決められた、休戦協定の合図だった。
シックザールは一度席を外し、ホールの外にある自動販売機で缶コーヒーを二本買うと、ホールに戻って一本をサカキに投げ渡す。
何度かお手玉をしてようやく受け取った缶を見て、サカキが苦々しげな表情を浮かべる。徹夜続きの研究局御用達、それは一口で目が覚める濃厚ブラックコーヒーだった。甘党のサカキにとってはもはや薬品カテゴリーに属するものである。
それでもサカキは一口だけ口をつけて渋面を浮かべ、もう要らないとばかりにシックザールに突き返した。
そのやりとりでシックザールは溜飲を下げ、正式にオフサイドとなる。
これまたいつものことだった。
「どうする。オラクル細胞の反応は無かったはずだろう」
「簡単なことだよ、ヨハン。彼にゴッドイーターになってもらえばいい。どうせ最初からそのつもりだったんだろう?」
破壊っぷりについては、『ワンパンマン』のヒーロー試験を受けたサイタマのイメージで。