GOD EATER Reincarnation 作:人ちゅら
「情報提供、感謝する」
検疫室を出て十分と少し後、シンは支部長室にいた。
大きく重厚なデスクの向こう、これまた重厚な革張りの椅子に腰掛けた男の名は、ヨハネス・フォン・シックザール。かつての日本国神奈川県藤沢市に建設された
人類最後の帝国と揶揄される
荒廃した西暦2068年の地上において権力というものに格付けをするならば、おそらくは世界の十指に入るのだろうことはシンにも想像できた。
そんな世界規模の最重要人物に、ソファに腰掛けたシンは軽く頭を下げて応じる。
応じてから、シンは首を傾げた。たぶん墜落事故の件なのだろうが、あれがこうしてVIPから感謝されるほどのことだったのか? あるいは口封じ、口外法度の念押しか。
その様子に、ふむ、と小さく頷いたシックザールは席を立ち、背面の壁に飾られた地図を示しながら語り始める。まるで学校の授業のように。
「リンドウ君は外部での活動範囲が広い。ここがアナグラで、ここから、ここ。あとはこちらに出て、だいたいここからこの辺りまでが、彼の作戦域だ。自然、外部で生き延びてきた人たちと出会うこともある。そして彼はその、とても優しい人間だ。同じようにここに辿り着いた人間はそれなりに居るんだ。ああ、もちろん我々も、救える人間は極力救いたいと考えている。だが我々の資源も限られていて、既にこの都市で暮らしている人々への責任もある。誰でも受け入れることは難しい。分かるかい?」
要は情報提供者という口実で自分を歓迎する。そういうことなのだろう。
シックザールの講義はゆっくり大きな手振りを加え、しかしその目は一瞬たりとシンから外されることがなかった。落ち着いた語り口に、強い意志を持った瞳。そこには明確な統治のあり方をイメージしていることが伺える。
それはかつてのボルテクス界における若ハゲ……もといシジマの総司令・氷川を思わせる強かさだ。ただし彼の頭部の輝きは金色の長髪によるものだし、何よりその弁舌には熱意があった。諦め、切り捨てることでコトワリにたどり着いた氷川とは違う。
コトワリの種はここにあり。
されどまだ芽吹くには至らず。
「あなたが統治者として努力していることは――」
理解した。臆面もなくそう告げると、シンはゆっくりと頷く。
言われたシックザールは大きく瞠目した後、目をつぶって小さく息を吐く。善意を押し付けることによって後の交渉を有利に運ぼうと考えていたのだが、まさかここまで真正面から評価されるとは思っていなかった。
シックザールは椅子に腰掛けると頭を軽く振り、両手の指を組んで顎を乗せる。疲れの見える面差しには、自嘲するような苦い笑いが浮かんでいた。
「ありがとう。そう言ってもらえると救われる。なかなか理解してはもらえないものでね」
* * *
今後のスケジュールについて簡単なレクチャーを受けた後。
シンから質問が投げかけられた。
「一つ聞きたい。あなたは、この世界がいかなる姿であるべきだと考える?」
この面談が始まるまでシンに対してスパイ疑惑を強く持っていたシックザールだったが、言葉を交わすうちにそうした気持ちは薄れていた。それは彼が、親友たるペイラーとよく似た距離感を持った人間、傍観者であると感じられたから。
だがその問いによって、再び疑惑は持ち上がる。
それは少なくともシックザールが見てきた
「それは一体」
「大した話じゃない。目指すものがあるのかと思っただけだ」
どう答えたものか。
どう答えるべきか。
虚を突かれた形ではあったものの、すぐに精神を立て直したシックザールは冷静にシンを観察する。
特に気負った様子の無い自然体。
だがその問いに何らかの価値を見出しているらしく、こちらの答えをじっと待ち構えている。
下手な言質を与えることはできない。いや、どちらにせよ答えは一つなのだが。
「人類がアラガミに怯えることなく、争うことなく安心して生きてゆける。そうあって欲しいと願い、そうなるようできる限り行動しているつもりだ」
そう。その願いは真実だ。
いつの時代も人類は平和を願う。
“私が傷つきませんように”
その思いに偽りはない。
問題となるのはいつだって手段なのだ。
「ありがとう」
思考の海に沈みかけていたシックザールに、シンは深々と頭を下げた。
なにか彼の琴線に触れるようなことでも有ったのだろうか? 彼にはわからない。だがその感謝はごく自然に受け入れられるものだった。
* * *
不思議な男だ。
彼が出ていった部屋で、シックザールは思い返す。
どこまでも自然体だった。
外で生き延びていたというのに、疲れも、諦めも、喜びも、感じられなかった。
そこにはただ、なにかを見極めようという意思だけが存在した。
まるで絶対の裁きを下す、旧文明における「神」のように。
静謐な瞳だった。
力強い瞳だった。
小揺ぎもしなかった。
例えるなら、それは一つの天体、一個の惑星そのもののようにすら感じられた。
シックザールは熱力学第二法則のような、強固な方程式を思う。
それは研究者であった自分が追い求めたものではなかったか。
ふっと強く息を吹くと、机の上の書類が震えた。
自分にはやらねばならないことがある。
彼は協力してくれるだろうか。