GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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グロ表現があります。


#010 奇妙な死体

 一台の装甲車が砂埃を巻き上げ、荒野を駆け抜けてゆく。

 

 シンにとって、車両での移動は久しぶりだ。その感覚は、前のボルテクス界では得たくても得られなかったものである。砂埃に汚れた窓から荒廃した大地を眺めて失われた世界(かつての日本)に思いを馳せるが、あまりうまくはいかなかった。

 シンはあのハゲ頭を鉄拳で叩き潰した瞬間から、滅びた、否、自らの意志によって()()()()世界とのつながりが薄れてしまったことを自覚していた。数多のコトワリに雁字搦めにされ、未来を失っていた世界だ。後悔はない。だが自身の記憶が(うば)われたことが腹立たしくはあった。

 

 人修羅の力の源泉たる二十五のマガタマ、奇跡を凝縮したいくつかの宝重、旅の中で契約した仲魔と悪魔全書、そしてあの六枚羽の大魔王から強請り取った(うばった)「ミロク軍」と称する反唯一神の軍勢。それがシンが持ち出せた(たから)の全てだ。

 失われたものは人間(ヒト)の身体、旧世界の記憶、そして上着。

 ……分の良い取引だった気がしなくもない。

 

 

 自動車という貴重品に乗り慣れているらしい風情のシンに、リンドウは首を傾げながらも車を走らせる。

 

 リンドウから見たシンの外見は、十二、三歳程度の若々しい肌を持った成人男性、というものだ。フェンリルの不断の努力により――味の面はともかくとして――肉体的成長に必要十分な栄養は供給されている。182センチのリンドウと遜色ない身長も、平均よりはやや高いと言った程度でさほど珍しくはない。

 だがそれでも、肌に表れる年齢は嘘をつけない。対アラガミ防壁に囲まれたハイヴの中で暮らしていても、風に乗って舞い来る砂埃までは防ぎようがない。そしてその砂埃は露出した肌を容赦なく研磨するのだ。

 お陰で半世紀前(21世紀初頭)の都市人と比べ、ザラツキやすく、シワも出来やすい。例外はオラクル細胞によって新陳代謝能力が向上するゴッドイーターくらいのものだ。

 

 そんな現代において、シンの肌年齢は異様に若い。たぶんオペレーターのあの子(竹田ヒバリ)が見たら嫉妬するくらいには。普段、()()()()のエントランスに詰めて屋外に出ることの少ない彼女ですら、シンの肌艶には敵わないだろう。まあ、シンはそんなことを言われても喜びはしないだろうが。

 

 そんなどうでも良いことを考えながら、シンの案内(ナビ)に従って車を走らせた。

 

 

*   *   *

 

 

 装甲車がヘリの墜落現場にたどり着く。

 あたりに散乱するヘリの残骸を見て、シンはあの時に聞いた音の正体がこれだったのかと納得する。化石燃料(ガソリン)に着火して爆発する音など、映画(ツクリモノ)の中くらいでしか覚えがない。もはや忘却の彼方にあったものだった。

 

「あーあー。ひっでぇ」

 

 車を降りたリンドウが、大きなボヤキ声をもらした。

 気持ちは分からなくもない。あたりには金属の残骸だけでなく、人間の残骸(だったモノ)も散らかっているのだから。

 

 シンにとっても見慣れない光景だ。何しろ前のボルテクス界では、意志なき肉片などすべてマガツヒになって霧散してしまうものだった。

 それにそれら肉片は、たしかに人間のものに違いなかった。泥から作られたマネカタに、人間のような臓器は無いはずだ。だが比較的原型を留めている遺骸の中には、内臓(それ)がはっきりと確認できるものがあった。少なくとも()()はマネカタではない。

 

 とはいえ気持ち悪いと感じることも、喉を突く嘔吐感なども無い。人修羅の口は言葉を発し、マガツヒを食らうためのものだ。その奥にはあるいはマガツヒが収まる臓器らしきものはあるかもしれないが、()()には胃酸を生産する機能も、異物を吐き出すために痙攣する機能もないのだろう。

 

 それでもシンに刻み込まれた()()()という言葉が、彼の眉をしかめさせた。

 もとより見て楽しいものでも愉快なものでもないのだから、笑顔になる道理は無い。それでも先ほど携帯食を食べたときよりずっと小さな反応だったことは、彼の()()()()()()()か、さもなくば死への()()の問題か。

 

 

「あー、見物は構わんが、良いと言うまで物には触らんでくれ。写真を撮らにゃならん」

「仕事か」

「お仕事ですよー」

 

 ヤル気の欠片も感じられない返事をしつつ、億劫そうにのったりした動きで現場写真を撮影するリンドウの姿に、シンはあの呪われた男を思い出す。()()が死滅したはずのボルテクス界にあって、何故か残っていた雑誌記者。

 

 もはや名を思い出すことはできない。

 アマラの禁忌(タブー)を犯し、永劫の輪廻に囚われた愚者。

 磔刑に処され、マガツヒに溶かされ死してなお、運命から逃れられぬ男。

 楽園より(いで)たる人類に与えられた言祝ぎ(のろい)象徴(カタチ)

 

 

 それはそれとして。

 くわえタバコのまま器用にカメラを構えているのはいいのだが、紫煙がもろにレンズの前を横切っているのはいいのだろうか。あのままでは煙った写真になりそうなのだが。

 

 まあいいか。

 他人事として、シンはあたりに散らかった遺体(モノ)に目を向けた。

 おかしなものが、そこに有った。

 

 

 コンクリの瓦礫とヘリの外装とが奇跡的なバランスで組み上げた、小さな厨子(ずし)のような空間。

 そこに血と泥によって化粧の施された、成人女性の胸像(トルソー)が収められていた。

 顔から胸元、肋下の切断面までにいたる、明らかな作為の感じられる左右線対象の血化粧は、ちょうどシンが人修羅(アクマ)の力を開放した時に見せる、光る刺青のような()()を思わせる。

 

 そのすぐ近くには、肩から切り離された両腕が放り出されていた。

 ()()に収めるために切り落とされたのだろう。

 鋭利な刃物で丁寧に切られた作り物めいた肉の断面と、切ることができなかったのか無理やり折り砕かれた骨が生々しい。

 

 周囲に散らかる爆発で引きちぎられたものの中で、それだけが異様に存在感を示していた。

 

 

 刃物を使うアラガミがいるのだろうか。死体を飾り立てる知能を持ったアラガミ。シンは自分が目撃した恐竜もどき(オウガテイル)とイメージが合わないことを首をひねった。

 

 一人で考えていても答えなど出るまい。

 シンは散らかったヘリの機材を撮影していたリンドウに尋ねた。

 撮影を続けながら、そっけなくリンドウが答える。

 

「いや、そもそもアラガミに襲われたんなら、遺体なんかはとっくに食われてるだろう」

「じゃあこれ、人間がやったのか」

「は?」

 

 シンが()()を指差していると、撮影を止めてリンドウがこちらに来た。()()を目の当たりにして一瞬だけ怯んだ表情を見せてから、片手で拝み手を掲げ、黙祷する。それからファインダーを向けてシャッターをカチカチと何度も押し込んで撮影を始めた。

 

 一通り撮り終わったのか、カメラを仕舞うと肩をぐるりと回した後、ため息を一つ。

 

「こりゃまた厄介なことになりそうだな。あー、こいつは見なかったってことで」

「分かった」

 

 興味はあったがただの好奇心にすぎない。

 シンは素直に頷いた。

 

 

「あー。見るもんは見たし、帰るとするかね」

 

 かくして二人は帰路につく。

 

 フェンリル極東支部。

 かつて日本国の神奈川県と呼ばれた地域に築かれた、人類防衛の要塞。

 

 そこにコトワリを啓くニンゲンは居るだろうか。

 シンは一瞬、言いようのない期待に身を震わせた。

 




次回、やっとアナグラに到着です。

「蛇足な補足」
 シンの身長は原作(真3)時の想定(170センチ台?)よりも多少伸びています。
 混沌王として蓄えた力の影響ということで。

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