GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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お待たせしました。

……が、まだしばらくは不定期になりそうです。


#009 西暦2068年

「まさか植物人間だったとは」

「それじゃあ別の意味にならんか?」

「光合成してるんだろう?」

「光合成と言えるのかどうか。アレはそもそも光なのか?」

 

 ボルテクス界にあって、食事とはマガツヒを取り込むこと。それだけだ。それですら生命を維持する()()なら不要だったのだ。ただしボルテクス界では次なるコトワリを定めるための生存競争が行われるため、強くならねば生き残ることができない。だから強くなるためにマガツヒを食らう必要があった。それだけだ。

 

「そいつも人体実験の成果なのか」

「原理は分からんがな」

「それが分かりゃあなあ」

 

 この世界では、食糧の欠乏がひとつの大きな問題となっているという。ボルテクス界のあり方には謎が多い。ここは自分の知るボルテクス界とはあり方が違うのかもしれない。

 

 

*  *  *

 

 

 リンドウの話によると、この世界では大地がめくれ上がった際にも、地震のような災害はなかったそうだ。かつてシンのいた東京は、受胎した際に建造物のほとんどが倒壊し、更地になるほどの大災害になったというのに。

 ある日突然、いつの間にか()()なっていることに誰かが気付き、しばらくは騒ぎになったらしい。だがそれも沈まぬ太陽、あの忌々しいカグツチに比べればどうでも良いことだと考えられるようになったという。()()()()()ということは、それだけで人間をおかしくすることができてしまうのだ。

 

 もちろん被害がなかったわけではない。特に交通・輸送のインフラは滅茶苦茶になった。太陽光による熱、海洋や山岳といった地形、天体の引力、そして自転。それらによって生み出されていた気流や潮流が大きく変化したのだから当然だ。気象条件の変化は、まず航路というものを壊滅させた。それらを再整備するために必要なデータを採集するはずの人工衛星は、もはや一つも存在しない。受胎現象はどうやら大気圏外のものを取り込んではくれなかったようだ。

 そして人類は再び()()()()()()というアナクロな能力を要求されることとなった。しかもアラガミの跋扈する世界で。

 

 

 かくして世界はその広大さを取り戻した。

 

 

 カグツチによって()()()()()()になったこの世界は、植物の生長にも変化が生じた。人類の生存圏に残っていたお陰でアラガミの捕食を免れた植物が、一斉に枯れ果ててしまったのだという。これについてはシンの方に思い当たることが有った。

 

 カグツチの光は意志あるモノに活力を与えるが、意志なきモノには何も与えない。次なる世界を生み出すため、世界のあり方(コトワリ)を啓く者と、その助けとなるモノ。ボルテクス界に必要なのはそれだけだ。意志なき植物(モノ)に価値はなく、故に彼らに生きる術はない。光合成すらできないのだから当然だろう。

 

 結果として今現在、この世界において植物と呼べるものは、フェンリルの人工農場で太陽光を模して調整された人工光を浴びせられ、生産が維持されている農作物だけになってしまったそうだ。

 不思議と一部の海藻類、プランクトンなどが死滅することはなかったようで、それらを使った食料生産なども研究されているらしいが、今のところ食料は家畜の肉と、巨大化させた穀類でどうにか賄っている状態だとか。

 

 人間ですらアーコロジーとして建設され、かつての自転のサイクルで昼夜を再現しているフェンリルのハイヴを除けば、どこも()()()()()()となってしまったのだ。ハイヴ外で細々と生き延びていた集落の多くは、沈まない太陽(カグツチ)に生活サイクルを乱され、狂を発した人間を核として互いに殺し合うようになり、自滅してしまったらしい。

 

 

「詰んでるな、人間」

「……ああ」

 

 シンのボヤきにリンドウはため息混じりの紫煙を吐き出し、小さく嘆いた。

 

 

 人間が生きるために必要なものが根こそぎ奪われてしまっていた。旧文明がそれだけ多くの環境(モノ)に依存するものだったという証左かもしれないが、それを言っても始まらない。とにかく人類文明を支えていたあらゆるものが書き換えられてしまった。それだけは理解できた。

 アラガミによって虫の息になるまで追い詰められた世界は、受胎によってその僅かな可能性を失った。

 

 あるいは()()()受胎したのかもしれない。あの日のトウキョウのように、あの()()()のような誰かの陰謀によって受胎したわけではなく、ただアラガミによってこの世界が()()()()()()()()になってしまった。それ故にボルテクス界へと変容したのかも。

 

 

 どちらにせよ、この世界にアラガミが現れたことがトリガーだったのだろう。それがあの若ハゲのような誰かの企みだったのか、それとも偶発的なものだったのかは分からないが、アラガミが無尽蔵の生命体であり、ひたすら増殖するだけのものであるのなら、それは対処不可能な致死ウィルスのパンデミックのようなものだ。世界の終わりと見做されても納得できる。

 

「だからな、その食わんでいいってのは秘密にしとけ」

「解剖でもされかねんか」

「ウチにはやりかねん()がいるからなァ……」

 

 傍観者気取りのアラガミ研究者であるサカキ博士はまだしも、ハイヴの運営責任を背負い込んでいる支部長なら、それくらいのことはやりかねない。研究畑から政治家に転身した変わり者。リンドウは彼のことを、人類救済という至上目的のためならいかなる犠牲をも顧みない、大義に狂った男だと思っている。

 リンドウの口ぶりから、彼のハイヴにはあの若ハゲのような人間がいるのだろうとあたりをつけたシンは、その忠告に感謝した。

 

「ああ……わざわざ自分から話すことでもないからな」

 

 正直なところ、ああいう他人の話をまったく聞かず、ひたすら自分の都合だけで何もかも動かそうとする手合には、できることなら会いたくはない。だがコトワリとはそうした絶対の価値観があって初めて成り立つものだ。シンはその身を車のシートに思いっきり沈め、倦んだ心情を表した。

 

「おう。で、だ」

「……何だそのニヤケ面」

「ほれ」

 

 リンドウが差し出したのは、一度は引っ込めた栄養食。出来損ないのカ○リーメイトであった。

 

「……不味いんだろう?」

「食っとけ」

「要らん」

「けどなあ、お前はどうにも芝居のできる性分じゃあなさそうだから」

「……だから?」

「どこからお前の可怪(おか)しさがバレるとも限らんだろ? だから、な。ちゃんと食って知っとくべきだって」

「……そんなに食わせたいのか」

「バカお前、こりゃあお前のためを思って言ってるんだ。でなけりゃ貴重な食料をお前……」

「で、本当のところは?」

「空きっ腹の辛さを知らんなんてな不公平だからな。せめてこの不味さを思い知れ」

「ったく」

 

 悪童のごとく笑うリンドウの顔に、シンは何故だか魔王ロキのそれを思い出していた。

 下らない悪戯を考えては、周りの迷惑そっちのけでふざけて回るガキ大将(トリックスター)ぶりは、どこか憎めないものがあったものだ。

 もっとも、女悪魔たちを相手にする時は、また別の悪戯(セクハラ)を仕掛けていたようだったが。

 

 しょうがない。

 あいつは底意地の悪い飲んだくれだったが、自分もその手下を殺して蔵を漁ったことがある。これをその罪滅ぼしとしてもらおう。

 

 シンは勝手にそう決めつけると、リンドウの手からそいつを受け取り、かじりついた。

 

 

「……なんかこう、地味に不味いな……」

「だろ?」

 

 どうやらこのボルテクス界においては「食」が重要課題となるようだ。

 




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(20180818)誤字訂正
 クオーレっと様、誤字報告ありがとうございました。

(20170716)加筆修正
 * ペイラー・榊 → サカキ博士
 * シックザール支部長 → 支部長

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