落ちこぼれ提督が着任します〜ブラック鎮守府の立て直し〜 作:ティーズ
今日来るという秘書艦を待ちながら、溜まっている書類を片付けていく。
大本営宛の書類に目を通して、サインを入れる。
どうせ、こんなもの大本営の奴らは、まともに取り合わないだろうが。
今、大本営のお偉い様達にとって、ここの鎮守府は目の上のタンコブ。嫌われ者どもの巣窟だ。
まともな人間なら、きちんと対応してくれるのだろうが、俺の知ってるいる限り真面な人間など、数えるほどしか頭に浮かばない。
そんなことを考えながらも、書類を片付けていくが....
「多すぎやしないか?」
「口を動かす暇があるなら、手を動かせ」
長門が書類から視線を離さないまま、そう言う。
昨日から分かっていたが、長門の仕事スピードは早い。
普通にこなしていれば、こんなに仕事が溜まることは無かっただろう。
と言うことは、前の提督の奴、ロクに仕事やっていやがらなかったな。
前提督が残した心底いらない置き土産に内心、舌打ちをしながら、手を進める。
すると暫くして、執務室の扉が叩かれる。
「来たか....」
と言う長門の様子からして、今日来ると言う秘書艦だろう。
「入れ」
すると、丁寧なノックとは一変して、豪快に扉が開け放たれる。
「Hi!今日もイイ天気ネー!」
入ってきたのは、両サイドにお団子を結ったブラウン色のロングヘア。頭頂部には、アホ毛が見える。どこか巫女のような服を着ている女性だった。
「金剛....もう少し、普通に入ってこれないのか?」
長門が、頭痛を抑えるように額に手を当てながら、苦言を漏らす。
「sorry長門。ヤッパリ第一印象が大事ネ!」
そう、悪びれるでもなく言うと、俺の方に視線を向ける。
「金剛型一番艦金剛デース。ヨロシクオネガイシマース」
パッと見、快活そうで人懐っこい笑顔を浮かべながら挨拶をする金剛。
その笑顔に既視感を抱き、すぐにその状態に気づきながら、挨拶に答える。
「昨日放送で名乗りはしたが、改めてだな。新たに、この鎮守府に着任した提督の瀬戸 蓮だ。宜しく頼む」
そう言って、こちらも笑みを浮かべながら、手を差し出す。
金剛は、その意図に気づかずか、それとも気付いていてなのか、一瞬保けた表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべ、こちらの手を握ってきた。
「新しい提督さんは、kindlyな人そうで良かったデース。信頼できそうな方で安心ネ」
そう言いながら、先ほどと同じ笑顔を浮かべる。
「ハッ」
と思わず、吹き出してしまう。
その俺の奇妙な様子に、長門は訝しみ、金剛は戸惑っていた。
「あぁ、悪い悪い。ここまで最初から信頼を得られるとは思っていなかったからな」
そうやって、誤魔化し俺は笑みを浮かべる。
その笑みが、どんなものだったかは俺自身は知ることもできないが
「宜しく頼むよ金剛」
俺の目に映った金剛の表情が少し強張った気がした。
ーーーーーーーーーーーー
それ以降は、特に何事もなく時間が進んだ。
昨日は長門と2人きりで仕事をしていたから、全く会話もなく、黙々と仕事をこなしていくだけだったが、今日は金剛がいる。
金剛は、積極的に俺や長門に話しかけ、話題を振り、会話を続けていた。
その会話に適当に返事をしながら仕事をこなしていき、昼食を挟んで、また仕事、社畜にも程がある。
昼食を挟む時間があるだけ、マシか。
そんなこんなで、時計を見てみると3時を回っていた。
書類と格闘し、凝り固まった身体をほぐすため、首や方を回したり、伸びをする。
そんな様子を見ていた金剛が、時計を見て、パチンと手を鳴らした。
「もうこんな時間デース。tea breakにするネ!」
そういうと、どこからかティーセットを取り出すと、テキパキと紅茶の準備をしていく。
「2人とも、コッチに来るネ」
「いや、俺はーーー」
いい、と言い切る前に金剛に書類を取り上げられる。
金剛は書類を整頓した後、俺の腕を掴むと強引に紅茶の準備をしてある机へと連れていき、椅子を移動させ座られせた。
当然、長門も俺と同様だ。
半ば、というか完全に強引にティーブレイクの席へと着かせた、金剛はご満悦顔で紅茶をティーカップへと注いでいく。
3人分の紅茶を用意し終えると、俺たちの前へとカップを置いていく。
俺、コーヒー派なんだが。とは今更言えるはずもなく、用意された紅茶へと視線を向ける。
湯気がたち、紅茶の上品な香りが漂ってくる。
そのまま視線を金剛に向けると、金剛は俺の様子をニコニコと見守っている。
どうやら、飲んで感想を言わないとダメらしいな
ハァと溜息を吐きなぎら、カップに手を伸ばし口をつける。
「んっ.....」
美味い、あまり紅茶を飲む機会もなく、コーヒー派の俺でも感じれるほど、その紅茶は絶品だった。
茶葉がいいのか、それとも金剛の腕がいいのか....。
いや、その両方か。
「美味い」
俺が、そういうと金剛は表情を綻ばせる。
その笑顔を見て、「へぇ」と感嘆の呟きが漏れる。
『普通に笑える』じゃないか....。
そう思ったのも束の間、金剛の笑顔はもとのものへと戻ってしまう。
見るに耐えないな。
休憩中で丁度いい、そろそろだな。
「なぁ金剛」
「なんデスカ?」
「その顔、やめてくれないか?」
「.....what?」
一瞬、時間が止まったように、シンと静まる。
金剛は、何を言われたのか分からなかったかのような反応をあげる。
「だから、その張り付けた仮面みたいな笑顔をやめろって言ってるんだよ」
「おい、お前一体何をーーーー」
「長門」
口を挟んで来ようとする長門を言葉と視線で押し留める。
長門は、文句がありありとあるといったように此方を睨むが、それだけで、それ以上は何も言わず静観する構えを見せた。
どうやら、一先ずは引き下がってくれたらしい。
「大本営じゃ、他人の顔色伺いばっかりしてたからな。その表情が、本心からのものなのか、作り物なのかぐらいは簡単に判別できる」
大本営は、まさに魔窟と表現していい。
まともな奴は当然多くいる。
だが、それと同じか、もしくはそれ以上に腐った輩は存在している。
そういった輩は、基本いろいろと勘違いをしている傲慢なお坊ちゃんか、三流の小悪党みたいな奴らだ。
どいつもこいつも、自分より下の人間には、とことん付け上がるが、自分より上の人間には、ヘコヘコと作り笑いを貼り付けながら下手に回る。
まぁ、上官に下手に回りご機嫌とりをするのは、クズに限らなず普通の奴ならやることなのだろうが。
まぁ、作り物の感情や表情を日常的に見てくれば、そういった能力が否が応でも身につくものだ。
もともと他人の感情の機微には敏感なほうだが。
そもそも、そういった事を俺自身が日常的に行ってきたのだから。
「お前の笑顔は作り物だ」
全て作り物。
俺に好意的に接してきたのも、ニコニコと笑顔をうかべていたのも。
そう、
全てが嘘。
「何がしたかったんだ?」
おおよそ理由は分かるが、あえて問いかける。
しかし、金剛は問いかけには答えず、黙ったまま。
その顔は、俯いて表情は見てとることができない。
「だんまりか...」
「......」
沈黙を選んだ金剛に、ため息を吐く。
仕方ない。と、こめかみをトントンと叩きながら、昨日頭に叩き込んだ情報を引っ張り出す。
「金剛型一番艦金剛。この鎮守府には、前提督の着任より少し前ほどに配属。姉妹艦には比叡、榛名、霧島がおり、3人ともこの鎮守府に所属」
俺がツラツラと話していく内容に、バッと金剛が俯いていた顔を上げる。
「前提督の下では、北方領域攻略に着手。が、幾度となく失敗。いずれも中破もしくは大破にて帰還。おーおー鎮守府海域も完全には攻略出来てないってのに、よくもまぁ....。轟沈しなかっただけ奇跡だな」
俺が、話していくにつれ金剛の表情に影が落ちていく。
「前提督には、北方領域攻略が進まないことを理由に暴力やセクハラを受ける。姉妹艦も同様。さらに、お前は他の奴を庇って、暴力を受けたことも....あぁコレは長門の作った資料の内容だな」
長門が前提督を大本営側へと訴えるために作った資料を記憶の中から読み上げる。
長門は、何のつもりだ。とキツい視線を向けてくる。
「何のつもりネ....」
「ん?」
「突然、そんなことを話して何のつもりか聞いているんデース!」
金剛は、先程まで浮かべていた笑顔とは正反対の敵意を含めた視線を向けてくる。
だが、その視線の中に不安も混じっていることが俺には感じ取れた。
「別に何の意図もねぇよ。お前がだんまりを決め込むから少しばかし話をしただけさ」
「ワタシのsistersの話を持ち出しておいて何をーーー」
「妹達を盾にお前から何かを聞き出すつもりはない」
金剛の気を引き、会話を可能にするために話したのは事実だが
金剛は既に俺を敵とみなし始め、警戒を高めている。
長門がまだ、口を挟み込んでこない辺り、暴力に訴えて来られる事は、まだなさそうだ。
「ここに来てから、ずっと俺の様子を伺っていたな」
まさかバレているとは思っていなかったのか、金剛は指摘されたことに驚いたのかピクッと身体を震わせる。
「過剰に話しかけて来たり、はしゃいでいたのも、やたらスキンシップをとって来たのも、俺がどう反応するか見るため」
少しウザいぐらいグイグイ来ていたのはこのためだ。
「要するに、俺の人柄と沸点を見極めるための行動だったわけだ」
俺は真っ直ぐ金剛の目を見る。
金剛は俺の視線から逃げるように、目線を逃す。
「で、そんなことをしたのは何故だ? お飾りとはいえ、俺は新しい提督だ。もしかしたら癇癪を起こして、奇行に走るかもしれない。そうじゃなくても、大本営のお偉いさん方にチクッたり泣きついたりするかもしれない」
まぁ、俺は寛大で我慢強い方だから馬鹿なことは起こさないし、大本営については、俺自身が心底嫌いなわけなので死んでもそんな事はしないが。
「リスクが大きすぎる。じゃあ何でかーーーそりゃあ妹達、ひいては、この鎮守府の艦娘達のためだわなぁ」
俺の指摘に、金剛が唇を噛む姿見てとれた。
自分の思惑が全て見抜かれていた。
それが悔しく、また自分がひどく滑稽に見えているのだろう。
「全部お見通しというわけデスカ」
フッと、金剛は諦めとも嘲笑とも取れる笑みを浮かべる。
「それで、ワタシはどんなpenaltyを受けるんデース?」
「別に何も」
「what?」
金剛が本日二度目の呆けたような声を上げる。
一々リアクションが面白いなこいつ。