嫌気性鎮守府   作:アウグスト1223

1 / 1
ある当直室の夜。


若葉と子日

 姉の機嫌が悪い。
 いや、原因はわかってるんだけど。
 どうすればいいかの対策も知ってるし、何度も経験済みではあるんだけど。
「若葉は、どこ行きたい?」
「はっ?」
 姉は、いつものような嬉しそうな顔をしている。
「やっぱ食べたいよね?」
「いや、いや……」
 早めに私が制御しないと、話が弾みすぎているスーパーボールのように、わけのわからない所にいってしまう。
「まず、目的はなんだ」
「目的? サイトシーング!」
 わざわざ手をあげて、模範解答を寄越してくれる。
「観光はわかる。聞き方がわるかったか。動機だ。動機はなんだ」
「楽しそうだから!」
 私は、姉の隣りに座布団を敷いてどすり、と座る。
 提督や大淀がいたら、絶対にやらない座り方でだ。
 ついでにこたつの布団も拝借する。
「どうせまた提督なんだろう?」
「うっ」
 姉は漫画のように、しまった、という顔をつくる。
「金剛」
「ううっ」
「カッコカリ」
「ぐぅ」
「練度間近」
「おうっ」
「島風の真似をしてもだめだぞ」
 こたつの暖かさがタイツを通して身体中にしみ渡ってきて、とても気分がいい。
「白状をするんだ」
「…………」
 姉はひとつ、大きなため息をつく。
「……だってさあ、普通さあ、重婚指輪見せてくる?」
「重婚って……」
「重婚だよぉ! カタカナのケッコンじゃなくて!」
 ドンッと机の上のマグが揺れて、みかんが器からこぼれおちる。
 あっ、これは長くなるな、という予感のとおり、それから都合1時間にわたって姉の独演会を拝聴することになった。
 いや、実のところ私はこういうのには慣れてる。
 初霜だったら、いくらとりすましていても、本当のところは耐えられてないだろうが──。
「んもう、聞いてる!?」
「聞いてるとも。ひどい話だな」
「でしょ!? それでね、瑞鶴さんが……」
 文脈を知らずにしたり顔でレスポンスできるスキルも完璧だ。
 ただ、みかんの食べすぎで指がとてもフルーティーなフレーバーになってしまった。
 適当に相槌をうちつつシンクに行こうと立つと、姉がシャツのすそをつかんできた。
「若葉は、どこ行きたい?」
 たぶん、また話が飛んでる。
「襟裳岬」
「はっ?」
 急ぎたかったから、思い付きを言う。
「襟裳岬」
 ついでに駄目押しだ。
 シンクは室内だけど土足のところにある。
 常備のサンダルをつっかけて積まれてあるタオルをとる。
「襟裳岬って……北海道だよね? 何しにいくの?」
「サイトシーング!」
「もうっ!」
 姉にならって手まであげて元気いっぱいに答えたのに、お気に召さなかったようだ。
「岬っていったら、道内の最果てでしょ? 何があるの?」
「牛」
「えっ?」
「牛がいるじゃないか」
「牛……」
「そうだ。牛だ。さあ牛だ! の牛だ」
「いや、牛はわかるけど……北海道なんだし」
 私は年が明けたとはいえ、寒波がまだ立ち退かない立春の夜に水道水に可憐な手を触れさせることは、趣味ではない。
 だから当直室の問題点のひとつは、このガス給湯器だ。
「牛好きかい?」
「うん、大好き! じゃなくて!」
「いいじゃないか、牛。私は牛が見たい」
「かっこいいけど、意味不明だよ!」
 腕を組みたいけど、シャツにこのフレーバーを付加したくはない。
「もしかして、桃鉄?」
 やっと思い出してくれたようだ。
「この前買ってたよね? そうだよね?」
「ああ、その通りだ」
「桃鉄かよ!」
 いいツッコミだ。
 私は至極満足しつつ、やっと出たお湯に手を揉んだ。






感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。