ラフムに転生したと思ったら、いつの間にかカルデアのサーヴァントとして人理定礎を復元することになった件   作:クロム・ウェルハーツ

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7.帰還を目指して

 -OFF-

 

 マシュたちと別れたラフムは今来た道を一人で戻る。ラフムが先ほど開けた穴から外に出ると、外はボロボロだった。

 世紀末みたいな光景。

 21世紀が始まってまだそんなに経っていない冬木だけど、世紀末みたいな光景だ。2004年の冬木の綺麗な街並みをこんなにした原因の一つであるアーチャーの姿を思い浮かべる。白髪に褐色の肌。人気投票常に上位の彼の姿を。

 アニメではクラスがランサーのライダーさんが出てきたりしたけど、アーチャーは変更されていなかった。弁慶(偽)は七章で出番があったから、リストラをされたのかもしれない。で、アニメのライダーは誰なの、あれ。ダレイオス君っぽかったけど、細部は違ったし謎だ。

 

 おっと、閑話休題。閑! 話! 休! 題!

 一度使ってみたかった言葉だ、閑話休題。だってさ、使わないじゃん、閑話休題なんて。憧れを回収してラフムはそっと壁に爪を突き立てる。ビルの壁をまるで蜘蛛男のように登っていきながら敵について考えを巡らせる。

 

 アーチャーがアニメFirst Orderでも続投して出てきたということは、どのような世界線でも変えられることのない確定事項であると考えられる。例えると、Fate/stay nightのどのルートを選んだとしても言峰は死ぬというようなものと同じようなものだろう。そこ、言峰は第四次終了時点で死んでるってツッコミはいらないよ。もし、そんなツッコミされたら、ラフム泣いちゃうぞ。

 

 まあ、そんな訳で目下、敵だとされるのがアーチャー:エミヤだ。チュートリアルのリニューアル後、初回十連でエミヤを引いた古参の方は驚いたに違いない。『なんで真名を出してるんだよ』と。

 もはや、『君たちの知っている聖杯戦争ではないのだよ』と言わんばかりのやり方。どちらかと言えば、真名よりもクラスの方を隠す方が有効なFGOだ。FGOからstay nightに入った方は逆に序盤でランサーと互角に戦うことができるアーチャーTUEEEEEとなるだろう。

 それほどまでに、FGOのクラス相性の差は大きい。だからこそ、FGO配信直後は猛威を振るった。何せ、出発前の確認画面で敵の相性が見えない時期があったのだから。

 弱点属性のエースがあっさり落とされてポカンとしたプレイヤーも多いと思う。リセマラを100回ほどして手に入れた青王が消えていく光景を見て、『最優のサーヴァントじゃなかったんですか!?』と叫んだこともあった。

 そんな初期のFGO。

 そこで取られた手段は、全クラスに攻撃が有利相性である攻撃役のバーサーカーに加えて、ほとんどのクラスに防御が有利相性で回復もできるお守り役のジャンヌ(ルーラー)を連れて行くというもの。ラフムもよく『オレのバーサーカーは最強なんだ!』とか『やっちゃえ、バーサーカー!』とか言ってスマホをポチポチしてた。

 

 ここまで言えば、勘付いた人もいるかもしれない。

 そう、ラフムのクラスは“ランサー”である。ランサーのクラスはセイバークラスに弱く、そして、アーチャークラスに強い。もう一度、言おう。

 

 ラ ン サ ー は ア ー チ ャ ー に 強 い !

 

 敢えて言おう。アーチャークラスはカスであると。

 

 今のラフムはランサー。アーチャー相手には攻撃が増加し、相手からの攻撃は減少するクラスだ。つまり、負ける要素はない。命令とあらば、あのギルガメッシュにも勝ってみせよう。あ、賢王様(キャスター)は座っていてください。

 ラフムの基本方針は“俺より弱い奴に会いに行く”というもの。態々、弱点クラスで向かうような蛮勇はラフムにはいらないのだ。

 

 カチリと音を立てて、爪をビルの端に引っかける。今、ラフムがいるのは狙撃によって中ほどから上が完全に吹き飛んだビルの上の階。天井から上が吹き飛んでいて、屋上テラスみたいな気分が味わえる。ちなみに、寛ぐと別のビルの屋上から矢が飛んでくる仕様です。

 

 ぶらりとぶら下がっていても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 引っ掛けた爪を支点にグイッと体を持ち上げて、死角となる壁へと素早く身を寄せる。気分はスネーク。段ボールはないけど。そっと、壁から顔を出してアーチャーがいるビルを見つめる。

 

 まだ、気づかれていないようだ。

 少し整理してから行動を始めよう。

 

 |―|←アーチャー

 | |

 |ビ|    |\ ←ラフム

 |ル|    |ビ|

 | |    |ル|

 

 今のラフムとアーチャーの位置関係はこんな感じだ。

 省略したけど、もちろんアーチャーがいるビルとラフムがいるビルの間にはいくつかビルがある。これからの目標は、ビルの上を飛び移ってアーチャーとの接近戦に持ち込む。その後、アーチャーの腹に爪を突き刺して『お前が墜ちろ』と言わなくちゃいけない。

 けど、それを実行するためには、なるべくアーチャーに気付かれることなく接近しなくちゃ撃ち落とされる。

 だが、問題はアーチャーが持つスキル:千里眼Cだ。

 簡単に言えば、むっちゃ目が良い。今まではアーチャーの視界に入っていないから事なきを得ているけれども、一度でも視られたら即、矢を放たれるだろう。

 

 ここに居ても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 いや、もう少し様子を見よう。

 

 なんでラフムが人間離れした動きを簡単に出来ているのか考えを整理することも大切だ。

 実はラフム、ネットにアップしてるメアリースーな二次オリ小説がある。それでの妄想力が力の源だと思われる。二次オリ小説の中ではラフムはやるよ、かなりやる。むっちゃ強い敵の前で、両手に剣を持ってかっこいいポーズを取ったりすることもできるぐらいに妄想の中ではラフムは強い。

 

 つまり、妄想でのイメージに体が完全について行っているラフムに敵はない!

 

 ごめん、嘘。バビロニアで走り回った時に色々な動きを試していただけの話。一日にも満たない時間だったけど、運動量は半端なかったから大抵の動きには対応できる。

 

 ここに居ても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 いや、もう少し様子を見よう。

 

 なんでラフムが人間の言葉を話せないのか考えを整理することも大切だ。

 ラフムという種族は見た目から分かるように身体能力は高く、見た目から分からないように学習能力が半端ない。こんな悪の組織の下っ端怪人みたいなフォルムのラフムだけど、頭はすっごい良い。バビロニアで活動しているラフムたちは一日ほどで人の言葉を話せるようになっていた。

 けど、ラフムは人の言葉が話せない。人の言葉を覚える機会がなかったからという可能性がある。実際、ラフムが出会った人間の言葉を話すのはキングゥぐらいのもの。さらに、キングゥはその時は胸に穴が開いていて満足に話すこともできない状態だった。こんなに少ない機会じゃあ、人の言葉を覚えられない。そして、今のラフムはサーヴァントだ。霊は極一部の例外を除いて成長できない。マスター適正などの外的要因でステータスは変動するものの、それは“座”に登録された状態に近づくだけの話。どれだけ時間をかけても、死んだ時以上の能力に成長することなんてできない。

 更に言うと、トラックにはねられた時、ラフムは人間だった。その時の記憶から言葉を理解できるものの、その時に慣れていた人の体での言葉の理解の仕方だ。人とは全く違うラフムの体で言葉を話すことは非常に難しい。だから、言葉を理解できても使いこなせないというのが今の状況だ。

 

 ここに居ても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 いや、もう少し様子を見よう。

 

 ……ちくしょう。話題が出てこない。もう引き伸ばせないじゃないか!

 ああ、行きたくないなァ……。

 

 けど、ここでアーチャーを仕留めて置くのが安全だ。大ボスであるオルタちゃんとアーチャー二人を同時に相手取りたくない。強力なサーヴァントと技巧派なサーヴァント、その二人と同時に戦うなんて勝ち目がない。

 

「ehc@……」

 

 ……贋作者、武器の貯蔵は充分か?

 

 

 

 -ON-

 

 ラフムがビルから出て行った後、藤丸たちもビルの外へと移動する。彼ら、特に藤丸とマシュは何も出来ないなりに、せめて、遠くからラフムを見守ろうとしたが、彼らを止めたのはオルガマリーだった。

 彼女曰く、狙撃手がマスターである藤丸を優先して狙うのは間違いないということで、ラフムと狙撃手の戦闘が始まるまでは狙撃手の死角であるビルの影に隠れながら移動する方針をオルガマリーは固めたのだった。

 

「まあ、ラフムに単独行動のスキルがあるなら君を囮にするのも手段の一つと成り得るでしょうけど」

「スキル?」

「サーヴァントは生前の逸話から、それぞれ固有のスキルと呼ばれる特殊能力があるの。そうね、調べておいた方が後々役に立つかもしれないし……。藤丸、マテリアルからラフムのステータスを調べなさい」

「はい」

 

 オルガマリーの指示に従い、藤丸は手首の端末を調べていく。

 見つけた。

 藤丸は端末に表示されたラフムの情報を読み上げる。

 

「保有スキルは“けたけた笑い”というのが一つで、あとの二つはロックされています」

「霊基再臨をしたらアンロックされるわ」

「霊基再臨?」

「残念ですが、私のカルデアでもサーヴァントの本来の力を引き出すことはできません。サーヴァントを本来の力で呼び出すには超抜級の魔力炉を用意しなくてはならないほどの魔力が必要とされるの。それで、カルデアは召喚時の必要魔力をカットするために英霊をダウンスケールさせた状態で呼び出します。そのダウンスケールされた状態から通常の聖杯戦争で召喚される霊基状態、更に生前の状態へと近づけるために行うのが“霊基再臨”とカルデアで呼んでいるもの。その際に必要とするのが、サーヴァントそれぞれに合った魔力を持つ概念素材。尤も、これはさっきの戦闘を見ると、エネミーを戦闘不能状態にした時にエネミーから放出された魔力を端末が吸収して、その放出された魔力に合った素材の概念として変換しているようですから、手間はかかりそうにありません。けど、確率が低いのは少し心配ね。ちなみに、観測した魔力を概念素材へと変換する際に使用しているのは、宝石魔術と概念礼装の作成魔術のハイブリッド魔術。あら、その顔、あまり分かっていないのかしら? これだから、素人は。仕方ありません。素人の君にも分かり易く、ありていに言ってしまうとレベルキャップの解放というのが近いわ。つまり、霊基再臨というのはサーヴァントを強くするための方法の一つという訳ね。というか、サーヴァントについて知ってる? いえ、知らなそうね。仕方ないわ。私が説明してあげる。サーヴァントというのは、魔術世界における最上級の使い魔と思いなさい。人類史に残った様々な英雄。偉業。概念。そういったものを霊体として召喚したものなのよ。実在した英雄であれ、実在しなかった英雄であれ、彼等が“地球で発生した情報”である事は同じでしょ。英霊召喚とは、この星に蓄えられた情報を人類の利益となるカタチに変換すること。過去の遺産を現代の人間が使うのは当然の権利であり、遺産を使って未来を残すのが生き物の義務でもある。分かる? キミが契約したモノはそういう、人間以上の存在であるけれど人間に仕える道具なの。だからその呼称をサーヴァントというのよ。たとえ神の一因であろうとマスターに従うものにすぎないんだから」

「そうですか。ちなみに、ラフムのクラススキルというのが対魔力Eと神性Aですね」

「ちょっと! 今、私の話を聞き流したでしょ!?」

「宝具が新しい人の形(アミノギアス・トポロジー)。ランクがEで種別が対人宝具、括弧付きで自身と書いています」

「聞いてる!? ねぇ、聞いてる!?」

「パラメーターが筋力B耐久A敏捷A魔力C幸運E宝具E。あ、マシュも耐久Aだ。凄い」

 

 マスターに褒められて頬を薄く染めるマシュを押しのけるようにしてオルガマリーは藤丸に掴みかかった。

 

「無視しないでちょうだい! いいこと? 私は所長! あなたはレイシフトの適性があるだけの素人! 一般枠での募集! なら、役職が上の私の話を聞くのが常識でしょう!?」

「だって……」

 

 オルガマリーに揺らされながら藤丸は気の抜けた様子で彼女へと答える。

 

「……ごちゃごちゃ、ややこしいですし」

「ふざけないで! そんなことで私の話を聞き流していたの!? いい? もう一回説明してあげるから、今度はしっかりと! 一字一句漏らさず! 崇め奉るように私の話を聞きなさい!」

「所長! シャラップ!」

「マリー、話は後!」

 

 マシュの声と共に藤丸の端末からロマニの声がオルガマリーを制止する。

 

「あなたたちまで!?」

 

『裏切るの?』というオルガマリーの言葉は続かなかった。ロマニの声が緊迫した状況を端的に示していたからだ。

 

「すぐにそこから逃げるんだ三人とも! 反応がある! しかもこれは……」

 

 オルガマリーの目が黒い靄を捉えた。その靄は人型だ。それから立ち上っているかの如く靄は周囲を黒く染めている。

 

「な!? まさか、あれって!?」

「……そこにいるのはサーヴァントだ!」

 

 立ち上る靄に含まれる魔力は常識では計れない。魔術、そして、戦闘の素人である藤丸にも分かる。アレは常軌を逸している、と。

 トンと軽い足音と共に、黒いブーツが地面を鳴らした。ここから先は通さないというように藤丸たちの前に立ちふさがる黒い人型は柄の長い鎌を手に持っていた。鎌の先の刃が炎を移して赤と銀色に光る様子を見て藤丸は思わず喉を鳴らす。

 そして、危機感を覚えたのは藤丸だけではなく、ロマニもだった。

 

「戦うな、藤丸、マシュ! 君たちにサーヴァント戦はまだ早い……!」

「撤退よ、急ぎなさい! とにかくここから離れるの!」

「……それも難しそうです」

 

 マシュは盾を構え、人型を見つめる。が、それは悪手だった。

 チャリと軽い金属音がした。

 

「鎖?」

 

 音を立てたものを見て藤丸は疑問の声を上げる。

 

「マスター! 危ない!」

 

 マシュが藤丸を押しのけた、その瞬間、鎖が独りでに動き藤丸のいた空間を猛烈な勢いをもって通り抜ける。藤丸が声を出さなければマシュは気づかずに、藤丸は鎖に絡めとられていたことだろう。

 ギリギリで生存を勝ち取った藤丸とマシュだったが、敵にとって、今の攻撃は小手調べ。弱者を甚振る時、特有の冷たく愉し気な声を黒い靄が滲ませる。

 

「見知らぬサーヴァントに見知らぬマスター。……ああ、なんて瑞々しい」

 

 冷たい……余りにも冷たい声が目の前の黒い靄から発せられた。声と同時に靄は薄くなっていき、その人型の姿を現す。

 

 妖艶な美女だった。

 

 均整の取れた体つき。背は高くモデルとしても超一流になれるであろう美貌を持つ女だ。髪は長く、薄紫に艶めくソレは街の火を反射していた。しかし、その貌は見えない。その女がフードを被っているからだ。

 ともすれば、魔女のよう。それは、彼女が持つ大鎌も相まって藤丸にプレッシャーを与えていた。物語から抜け出してきたかのような女だ。そして、物語の進行上、このような場面で出てくる者は“敵”であると藤丸は理解していた。

 

「サーヴァント反応、確認。そいつはランサーのサーヴァントだ!」

 

 藤丸の端末からロマニの焦った声が聞こえる。ランサーと言えば、三騎士と呼ばれる強力なサーヴァントのクラスの一角とされる。三騎士──セイバー、アーチャー、ランサー──は大抵、逸脱した逸話を持つ。例えば、巨大で獰猛な竜を倒す。例えば、射った矢で国境を作る。例えば、敵兵全てを串刺しにする。

 英霊の中でも屈指の実力者が当て嵌められるクラス。それが三騎士と呼ばれるクラスだ。

 

「なんでサーヴァントがいるの!?」

 

 いや、例え三騎士クラスではなくとも、サーヴァントというのは、それだけで強力な兵器である。オルガマリーが慄くのも仕方のないことだ。

 固有スキル、そして、サーヴァントが持ち得る最大の切り札である“宝具”を考えず、その身一つだけでいい。ただの魔術師を屠るには十分なお釣りが出るほどに、人とサーヴァントの間には大きな差がある。そのことを理解していたからこそ、オルガマリー、並びにロマニは焦燥に駆られる。

 

「そうか……聖杯戦争だ! その街では聖杯戦争が行われていた! 本来なら冬木で召喚された七騎による殺し合いだけど、そこはもう“何かが狂った”状況なんだ! マスターのいないサーヴァントがいても不思議じゃない。そもそも、サーヴァントの敵はサーヴァントだ!」

 

 知らず知らずの内に早口になっていたロマニの言葉にマシュが反応した。

 

「……じゃあ……わたしがいるかぎり、他のサーヴァントに狙われる……?」

「マシュは聖杯とは無関係でしょう! それにアレは……“狂っている”!」

 

 静かに佇む黒いフードの女性(ランサーのサーヴァント)は優雅に笑う。

 

「あら、随分な言われ様。ですが……」

 

 彼女の唇が邪悪に捲り上がった。

 

「……貴女の言葉は正しい」

 

 空気が爆ぜた。

 これまで味わったことのない衝撃が藤丸を襲う。それは、殺気を籠めた攻撃。普通に生きていれば、いや、人の道を外れた魔術の徒だとしても今し方、藤丸が味わった恐怖を感じることはまずない。藤丸と同じような状況を味わうとすれば、怨嗟の嘆きがピークになった戦場に好んで飛び込んでいく探究者や、自ら苦痛を味わうために身を投げ出す殉教者といったレアケースの人間のみだろう。

 

「くっ……」

 

 だが、それほどまでの“殺す”という感覚を受けた中でもマシュの盾はランサーの攻撃を防いでいた。女性が持つ、鎌とも槍とも言える武器をマシュは盾で押し戻す。しかし、マシュの抵抗はそれで終わり。額に冷や汗を流しながら、マシュは目の前のランサーと自分の間にある力の差を理解した。

 

「私では敵いません。逃げてください、先輩!」

「マシュ……!?」

 

 盾を構え続け、自分に撤退するよう進言したマシュを信じられないというように見つめる。藤丸も馬鹿ではない。目の前のランサーと戦い、勝ちの目はないと理解している。そして、この場でもたついていると全滅の憂き目に合うであろうことも理解している。

 

 ──オレは逃げない!

 

 だが、目の前で自分よりも華奢な女の子が命を賭して戦っているのだ。逃げられようか? いや、逃げることなどできない。それに、ここで逃げたら一人で敵を倒しにいった自分の勇敢なサーヴァントに顔向けが出来るか? いや、出来ない。

 藤丸は唇を噛み締め、拳を握り締める。凛とした視線でサーヴァントを見つめ、藤丸は魔力回路を励起させる。右手が熱くなる。それは彼の右手に赤く刻まれた紋、令呪(切り札)を使用するという決意だ。令呪を魔力リソースとして使い、マシュの能力を向上させる。それが、逃げない選択をした藤丸の決意だった。

 

 ──令呪を以って命じる。

 

「小娘かと思えばそれなりに(つわもの)じゃねえか。なら放っておけねえな」

 

 令呪の使用のために藤丸が口を開こうとした、その瞬間。何の前触れもなしに、声が響いた。熱くなった藤丸の頭を冷めさせる声だ。しかし、その声の主の姿はどこにも見えない。

 藤丸と同じく、ランサーも声の主を見つける事が出来なかったようだ。あちこちに視線をやるが、やはり、声の主は見つからない。

 

「何者……?」

「何者って、見れば分かんだろご同輩!」

 

 青い魔力が立ち上がる。そこから顕れるのは、長身の男性。

 

「なんだ、泥に飲まれちまって目ん玉まで腐ったか?」

 

 青いフードの男がそこにいた。

 

「貴様……キャスター」

「はっ……」

 

 “キャスター”と呼ばれた者もサーヴァントなのだろうと藤丸は当たりをつけた。では、彼は敵か、それとも味方か? 藤丸はランサーへと目を向ける。

 鼻を擦り余裕を見せるキャスターと呼ばれた青髪の男とは対照的にランサーは狼狽していた。

 

「何故、漂流者の肩を持つのです?」

「あん? テメエらよりマシだからに決まってんだろ。それとまあ、見所のあるガキは嫌いじゃない」

 

 ランサーと話をしながら、キャスターはマシュの前へと出る。キャスターの後ろ、そして、マシュの後ろ姿を見つめる藤丸は彼らの背中を目に焼き付ける。

 

「オレはキャスターのサーヴァント。故あってヤツラとは敵対中でね。敵の敵は味方ってワケじゃないが、今は信頼してもらっていい。そら、構えなそこのお嬢ちゃん。腕前じゃあアンタはヤツに負けてねえ。気を張れば番狂わせもあるかもだ」

「は……はい、頑張ります!」

「坊主がマスターかい? なら指示はアンタに任せようか」

「はい!」

「おっ……いい返事だ」

 

 キャスターは杖を構える。

 

「ひとりで健気に戦ったあのお嬢ちゃんに免じて、仮契約だがアンタのサーヴァントになってやるよ!」

「……いいでしょう。仕留める予定が早まっただけのこと。貴方は生身のまま頂きましょう」

 

 再度、空気が爆発した感覚を藤丸は覚える。しかし、今度の藤丸は一味違った。

 

「マシュ! 前に出てランサーの間合いを潰せ!」

「はい!」

「キャスター! 動きが止まったランサーを追撃!」

「応よ!」

「それから……」

 

 藤丸の指示通りに動くマシュとキャスター。キャスター以外は何も出来ないと踏んでいただけに、ランサーは思わず動きを止めてしまう。

 

「くっ……」

 

 しかし、流石は歴戦の猛者。ランサーはすぐに体勢を立て直し、マシュとキャスターから距離を取った。

 狙うのは一秒にも満たない時間。魔力をその魔眼に集めるための時間だ。

 ランサーの頬が吊り上がったと同時に彼女の宝石にも似た黄金の眼が怪しく光る。

 

女神の……(カレス・オブ・ザ・……)!?」

 

 ──な……に、が……!?

 

 宝具(切り札)の使用に踏み切ろうとしたランサーは予期せぬ場所からの反撃に頭を揺らされる。衝撃は右側頭部。衝撃で閉じた右目では何も見えない。ランサーは左目を動かし、下手人の姿を見つけた。

 

 それは女だ。

 マシュ、そして、彼女のマスターの少年の後ろで小動物のように震えていた女だった。

 恐怖で震えながら、オルガマリーが右の人差し指で自分に呪いをかけたのだとランサーは気が付いた。

 “フィンの一撃”とも呼ばれる強力な呪い(ガンド)である。人差し指を向けた相手を呪うガンドは通常ならば体調不良を引き起こす程度。しかし、卓越した使い手ならば物理的な干渉も出来得る強力な呪いとなる。

 

 しかし、対魔力を備えるランサー。対魔力でガンドを軽減し、ダメージは全くないと言えども、宝具使用までのコンマ数秒を狙い撃ちされて宝具に意識を割けなかったのは痛手だ。

 そして、目の前のキャスターからオルガマリーへと目を移したのは、更に手痛い失敗であった。

 

「アンサズ!」

「ッ!?」

 

 対魔力を貫くほどの高火力の魔術がランサーの身体を焼く。体が焼失していく痛みを感じながらランサーは軽く息を吐き、笑った。それは憑き物が落ちたかのような貌であった。

 

「……」

 

 ダメージの許容量を超えたのだろう。光の粒子へと体を分かれさせながら、ランサーの目が藤丸を捉えた。

 確かに、ランサーに止めを刺したのはキャスターの魔術だ。しかし、それに至るまでの道筋を、魔術も戦闘も素人である少年が見出して指示を出した。

 

 ──貴方ならば……。

 

 最期にランサーは藤丸に優しく微笑み、そして、消えたのだった。

 

「……いっちょ、あーがり」

 

 消え行くランサーを見送ったキャスターは首を鳴らす。それを見て、戦闘終了だと考えたのだろう。マシュはキャスターへと近づく。

 

「あ、あの……ありがとう、ございます。危ないところを助けていただいて……」

「おう、おつかれさん。この程度貸しにもならねえ、気にすんな。それより自分の身体の心配だな。どれ……」

「ひゃん……!」

「おう、なよっとしてるようでいい体してるじゃねえか! 役得役得っと」

「ちょっと! 何してるんですか!?」

「ははは、悪ィ、悪ィ。何だ、坊主と良い仲だったか」

 

 さりげなくマシュの柔らかな臀部を擦るキャスターを押して、藤丸は頬を赤く染めたマシュとキャスターの間に割って入る。

 

「と、お嬢ちゃんについてだが、どのクラスだ? 何のクラスだかまったくわからねえが、その頑丈さはセイバーか? いや、剣は持ってねえけどよ」

 

 そんなやり取りを呆れたような目つきで離れた所から見るオルガマリーの顔には疲労の色が浮かんでいた。

 

「………ちょっと、ロマニ。アレ、どう思う?」

「とりあえず事情を聞こう。どうやら彼はまともな英霊のようだし」

 

 ロマニの声に反応したのだろう。キャスターは振り返り、映像の向こうのロマニを見つけた。

 

「おっ、話の早いヤツがいるじゃねえか。なんだオタク? そいつは魔術による連絡手段か?」

「はじめましてキャスターのサーヴァント。御身がどこの英霊かは存じませんが、我々は尊敬と畏怖をもって……」

「ああ、そういう前口上は結構だ。聞き飽きた。てっとり早く用件だけ話せよ軟弱男。そういうの得意だろ?」

「うっ……そ、そうですか、では早速。……軟弱……軟弱男とか、また初対面で言われちゃったぞ……」

 

『気を取り直して……』と呟いたロマニは真剣な表情でキャスターを見つめる。

 

「実は……」

 

 しかし、タイミングが悪かった。ロマニがカルデアについての説明をキャスターに行っている合間にも聖杯戦争は続いている。

 突如、起きた爆発音が説明をしているロマニの声を遮った。その爆発は通常のものではないことを藤丸の感覚が感じ取る。

 

「キャスター」

「何だ?」

「何も言わずに力を貸して欲しい。仲間を助けたい」

 

 ジッとキャスターを見つめる藤丸にキャスターは獰猛な笑みを浮かべる。

 

「いいねェ……男なら、そう来なくちゃいけねェ」

 

 キャスターは拳を藤丸に向ける。間髪入れずに、藤丸もキャスターへと拳を向けた。

 コツという音と共にキャスターとの間に何かが繋がった感覚を覚えた藤丸は、爆発が起きた方向へと顔を向ける。

 

 ──待っててくれ、ラフム。

 

 そうして、藤丸は新たな仲間と冬木の街を駆けていくのだった。

 


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