ラフムに転生したと思ったら、いつの間にかカルデアのサーヴァントとして人理定礎を復元することになった件 作:クロム・ウェルハーツ
2.穢れ切った世界
-ON-
藤丸立香は普通の少年だった。黒髪青目、中肉中背で太っている訳でも痩せている訳でもない。これといった特徴を見つけられない少年だ。彼はどこにでもいそうな少年だった。
学業、運動、そして、性格に至るまで他人の評価は“普通”又は“平凡”である。しかし、藤丸少年にとって、それは面白くないことだった。誰かにとって、そして、世界にとって、自分は“特別”でありたい。
普通である彼は人並みに承認欲求があった。とはいえ、彼は自分から動くことはなかった。一般人らしく高校を卒業して就職し、やがて、結婚して子を成し、そして、妻や子、孫に囲まれて自宅の和室で眠るように息を引き取る。自分はそのような人生を歩んでいくのだと彼は考えていた。
どこまでも普通の少年。
だが、彼が普通の人間と異なっていたのはある適性だ。それこそ、たった一つのケースでしか役に立たないような適性。
それはレイシフトの適性だと言われた。
ハリー茜沢アンダーソンと名乗った白と薄いグリーンの色が入った服を着たどこかの施設の研究員に説明された藤丸は高校を卒業して半年ほど世話になっていた会社を辞めた。
どこからどう考えても胡散臭い人間の話。その上、研究員が話したのは概要だけであり、詳しく聞くことはできなかった。だが、研究員の目があまりにも真剣だったのと、研究員が言ったある言葉が藤丸の琴線に触れた。
──世界を救う──
『絵空事だ』『詐欺だ』『警察に相談しろ』
周りの人間はそう言った。そして、藤丸も周りの人間の言うことは正しいと理解していた。しかしながら、自分の気持ちを止めることができなかった藤丸は、その日の内に荷物を纏め、日本を発った。普通である彼は普通でないことに憧れがあったのだ。彼は、その普通ではないことに出会う事ができるチャンスを逃したくなかった。
かくして、彼は特別な人と出会う。
薄い紫の髪をした自分と同年代の少女。ほんの少し年下かもしれない。
白く無垢。穢れを知らない肌。美しく艶めく菫色の髪、そして、煌めく髪と同じ菫色の瞳が自分の姿を映している。
それは間違いなく“運命”だった。彼が少女と会い、
+++
キュウ……キュウ……フォウ……フー、フォーウ……。
「んん……」
──この鳴き声は……?
「先輩。起きてください、先輩。……起きません。ここは正式な敬称で呼びかけるべきでしょうか……マスター。マスター、起きてください。起きないと殺しますよ」
「フォ!?」
微睡の中、物騒な言葉が聞こえた藤丸は慌てて身を起こす。どうやら、自分は地面に横たわっていたようだと気づいた藤丸は、自分の前に居た少女に視線を注いだ。
今、彼女は黒い鎧を着こんでいる。デザインは所々、煽情的ではあるが、これはこれでいいものだと回転数が低い頭脳で結論付ける。
藤丸は一度、瞬きをした。瞬間、脳裏に浮かぶのは赤い液体、血だ。
藤丸はもう一度、瞬きをする。その血は誰の物だったか?
「良かった。目が覚めましたね、先輩。無事で何よりです」
そこで、藤丸の脳は完全に覚醒した。
「マシュ、そっちこそ無事なのか!?」
慌てて目の前の少女、マシュに詰め寄った藤丸は彼女の両肩に手を置く。慌てた様子の藤丸とは裏腹に、マシュは冷静だった。マシュの冷静さに藤丸も落ち着きを取り戻す。
藤丸の脳裏に過った赤色は確かにマシュの血だった。巨大な地球儀があるホールで起こった爆発、そして、崩落に巻き込まれ、瓦礫に下半身が潰されていたマシュの血であった。
マシュは自分の左肩に置かれた藤丸の右手に自分の左手を乗せる。自分は大丈夫だとでも言うように。
「……それについては後ほど説明します。その前に、今は周りをご覧ください」
マシュの指示通りに藤丸は辺りをゆっくりと見渡す。見渡す毎に、驚愕で藤丸の目が大きく開いていった。
──あり得ない。
藤丸の目に映ったのはまたしても赤色。今度は炎だ。そして、熱さを感じさせる赤とは真逆で冷たさを感じさせる“白”もあった。そして、その“白”は動いている。
「言語による意思の疎通は不可能。敵性生物と判断します」
その“白”は人型だった。だが、人ではない。いや、正しくは人であったのだろう。人を人として形作る大元。その“白”は“骨”だった。
藤丸、そして、マシュの前にいるのは、人体の骨。それが独りでに動いている。俄かには信じる事のできない光景だ。
非現実的な光景を前に、思わず動きを止めてしまった藤丸であったが、マシュは違った。傍に置いていた人を完全に隠せるほど巨大な盾を手に持ち立ち上がった彼女はそれを素早く構える。
「マスター、指示を。わたしと先輩の二人で、この事態を切り抜けます!」
「え? ああ、うん!」
「行きます!」
──指示って言われたって?
暴風が吹き荒れているかのように入れ替わる状況。今の藤丸の心情は嵐の大海に浮かぶ笹船の如し。一人ならば、混乱の中、恥も外聞もなく一目散に駆け出していただろう。
だが、今の藤丸は一人ではない。カルデアに着いて初めて会った少女。自分を『先輩』と呼ぶ華奢な少女が前にいる。
逃げ出すことはできない。
それは藤丸の矜持であった。
女の子が戦っているのに、逃げ出すことができるか? それは嫌だ!
自身の心に従い、藤丸は意識的に目を見開く。少しでも多くの情報を視覚から取り入れようとする無意識の行動だ。
敵は9体。全て動く人骨。手には剣らしきものを携えている。
味方は一人。マシュ。手には大きな盾を持っている。
「マシュ!
「了解しました……マイマスター!」
藤丸の指示に、マシュは打てば響くように言葉を返した。それは信頼で繋がれた絆。会って間もない。しかし、時間は彼らの間には関係なかった。直感とも言うべきか、彼らはお互いにお互いを一目見た瞬間から信用できると感じていた。
そうであるから、マシュは躊躇わずに藤丸の指示に従うことができる。そうであるから、藤丸はマシュへ躊躇わずに指示を出せる。
盾で隠れてしまうマシュの視界。彼女の隠れた視界にあるスケルトンの動きを後ろから藤丸がマシュに伝えることで上手くサポートしている。二人の息が合った攻撃で動く人骨、スケルトンは確実にその数を減らしていった。
残りはあと、一体。
「マシュ!
「了解しました……マイマスター!」
奇しくも、藤丸とマシュの最後の攻撃は最初に出した攻撃と全く同じものだった。
地面に転がり、動かなくなったスケルトンを確認して藤丸は大きく息を吐き出す。
「戦闘終了。お疲れ様です、先輩」
「ああ、マシュもお疲れ様。それにしても、コイツらは一体……?」
「……わかりません。この時代はおろか、わたしたちの時代にも存在しないものでした。あれが特異点の原因……のようなもの、と言っても差し違えはないような、あるような」
歯切れの悪いマシュの言葉に、藤丸はマシュも状況がよく分からないのだろうなと当たりをつける。できれば、この状況を説明できる、ブレーンのような人物がいれば……。
臍を噛む藤丸の耳に『ツツー』という電子音が届いた。
音の方向へと目を向けると、カルデアに入館した時に貰ったのだろう、右手首に着けたウェアラブル端末から音がしていた。藤丸は慌てて端末を操作する。
「ああ、やっと繋がった! もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?」
空間に青白く映像が浮かび上がる。昔のSFみたいだなと、少し場違いな考えを持ちながら藤丸はその映像に映し出されている男を見ていた。カルデアのスタッフが身に着ける白衣と薄緑色のメディカルウェアを組み合わせたような不可思議な服装の男だ。更に言うと、彼は薄橙色のくしゃくしゃな髪を頭の後ろで一つに纏めている。目は少し垂れ気味で、どことなく惚けた印象を見る人に与える風貌である。
そして、藤丸はその男と特異点Fに来る前に出会っていた。カルデアに着いた後、自室へとマシュに案内された藤丸は割り当てられた自室で、映像の向こうにいる男が寛いでいる様子を目撃した。衝撃的な出会いと言えよう。なにせ彼の話を聞くと、カルデアへの到着が一番遅く、
ロマニ・アーキマン。
「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました。同伴者は藤丸立香一名。心身共に問題ありません。レイシフト適応、マスター適応、ともに良好。藤丸立香を正式な調査員として登録してください」
「……やっぱり藤丸くんもレイシフトに巻きこまれたのか。コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれた。それは素直に嬉しい。それと、マシュ……君が無事なのも嬉しいんだけど……」
と、Dr.ロマンの目が鋭くなった。
「その格好はどういうコトなんだい!? ハレンチすぎる! ボクはそんな子に育てた覚えはないぞ!?」
「……これは、変身したのです。カルデアの制服では先輩を守れなかったので」
「変身……? 変身って、なに言ってるんだマシュ? 頭でも打ったのか? それともやっぱりさっきので……」
「わたしの状態をチェックしてください。それで状況は理解していただけると思います」
「キミの身体状況を? お……おお、おおおぉぉおおお!?」
素早く手元のディスプレイの情報を読み取ったロマニは驚きの声を上げる。
「身体能力、魔力回路、すべてが向上している! これじゃ人間というより……」
「はい。サーヴァントそのものです」
映像の向こうからロマニは真剣な表情でマシュを見つめた。
「経緯は覚えていませんが、わたしはサーヴァントと融合した事で一命を取り留めたようです。今回、特異点Fの調査・解決のため、カルデアでは事前にサーヴァントが用意されていました。そのサーヴァントも先ほどの爆破でマスターを失い、消滅する運命にあった。ですがその直前、彼はわたしに契約をもちかけてきました」
マシュは寂しげな表情を浮かべて説明を続ける。
「英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と」
彼女の説明に思うところがあったのだろう。ロマニは一度、目を閉じる。ゆっくりと目を開きながら、彼はそっと言葉を出した。
「英霊と人間の融合……デミ・サーヴァント。カルデア六つ目の実験だ。そうか。ようやく成功したのか。では、キミの中に英霊の意識があるのか?」
「いえ、彼はわたしに戦闘能力を託して消滅しました。最後まで真名を告げずに。ですので、わたしは自分がどの英霊なのか、自分が手にしたこの武器がどのような宝具なのか、現時点ではまるで判りません」
「そうなのか。だがまあ、不幸中の幸いだな。召喚したサーヴァントが協力的とはかぎらないからね。けどマシュがサーヴァントになったのなら話は早い。なにしろ全面的に信頼できる」
ロマニは一つ頷いた後、マシュから藤丸へと目線を移した。
「藤丸くん。そちらに無事シフトできたのはキミだけのようだ。そしてすまない。何も事情を説明しないままこんな事になってしまった。わからない事だらけだと思うが、どうか安心してほしい。キミには既に強力な武器がある。マシュという、人類最強の兵器がね」
「……最強というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです。後で責められるのはわたしです」
「まあまあ。サーヴァントはそういうものなんだって藤丸くんに理解してもらえればいいんだ。ただし藤丸くん、サーヴァントは頼もしい味方であると同時に、弱点もある。それは魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう、という点だ。現在データを解析中だが、これによるとマシュはキミの
「自分がマシュの、マスター……?」
「うん、当惑するのも無理はない。キミにはマスターとサーヴァントの説明さえしていなかったし。いい機会だ、詳しく説明しよう。今回のミッションには二つの新たな試みがあって……」
ロマニの言葉は最後まで続かなかった。突然のノイズで映像と音声が途切れ途切れになる。
「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まで、あと十秒」
「むっ、予備電源に替えたばかりでシバの出力が安定していないのか。仕方ない、説明は後ほど。二人とも、そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある」
乱れる映像の左下の辺りにマップが出て、そのマップに目的地が示される。
「何とかそこまで辿り着いてくれ。そうすればこちらからの通信も安定する。いいかな、くれぐれも無茶な行動は控えるように。こっちもできるかぎり早く電力を……」
『プツン』と軽い音と共に青く映るロマニの映像は瞬時に消えてしまった。
「……消えちゃったね、通信」
「まあ、ドクターのする事ですから。いつもここぞというところで頼りになりません。……先輩、行きましょう」
マシュが足を踏み出そうとした瞬間、足元から音がした。
「キュ。フー、フォーウ!」
「そうでした。フォウさんもいてくれたんですね。応援、ありがとうございます」
地面からフォウ、白く小さな犬によく似た動物をマシュは抱き上げる。
「……あ。でも、ドクターには報告し忘れてしまいました」
「キュ。フォウ、キャーウ!」
「ドクターなんて気にするな、だってさ」
藤丸のフォウの言葉の通訳にマシュはフッと微笑む。
「そうですね。フォウさんの事はまた後で、タイミングを見て報告します。まずはドクターの言っていた