ラフムに転生したと思ったら、いつの間にかカルデアのサーヴァントとして人理定礎を復元することになった件   作:クロム・ウェルハーツ

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11.強制終了

 -OFF-

 

 いつの間に現れたのだろうか? 立ち上がる魔力の前に居た緑色の服を着込んだ男が冷たい目付きでラフムたちを見下ろす。しかし、目付きとは裏腹に、その顔は笑顔のままだ。

 彼に見覚えのあったマシュが声を上げる。

 

「レフ教授!?」

「レフ!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?」

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来て欲しいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく……」

 

 柔和な笑みが醜悪な笑みに変わった。

 

「……どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

 危険を感じる声。『そうだろう?』と言うようにマスターを見下す彼の視線。ついでに言うと、マスターの近くに戻っていたラフムを蟲でも見るかのような目付きを一瞬だけ向けてきた。外見だけで判断しやがって……。CV的に死んだ魚のような目だったら許せたというのに。

 

 素早くマシュが前に出て盾を構える。

 

「──! マスター、下がって……下がってください! あの人は危険です……あれは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません!」

 

 が、状況判断ができない者が一人いた。

 マシュの注意も聞かず飛び出す影。オルガマリーだ。

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、あなたがいなくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」

「所長! いけません、その男は……!」

 

 マシュの制止も耳に入れずにオルガマリーは緑色の服の男、レフ・ライノールへと駆け寄って行く。

 

「やあ、オルガ。元気そうでなによりだ。君もたいへんだったようだね」

「ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたがいれば何とかなるわよね? だって、今までそうだったもの。今回だってわたしを助けてくれるんでしょう?」

「ああ。もちろんだとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる。その中でもっとも予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているなんて」

「──、え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

「いや、生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる。肉体はとっくにね。トリスメギストスはご丁寧にも、残留思念になった君をこの土地に転移させてしまったんだ。ほら、君は生前、レイシフトの適性がなかっただろう? 肉体があったままでは転移できない。わかるかな。君は死んだ事ではじめて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ。だから、カルデアにも戻れない。だって、カルデアに戻った時点で、君のその意識は消滅するんだから」

「え……え? 消滅って、私が……? ちょっと待ってよ……カルデアに、戻れない?」

「そうだとも。だがそれではあまりにも哀れだ」

 

 ニッコリとオルガマリーだけを見つめて親愛を表すように笑うレフ。改めて言うけど、表情とは裏腹に彼の目付きは冷たい。

 

「生涯をカルデアに捧げた君のために、せめて今のカルデアがどうなっているか見せてあげよう」

 

 手に聖杯を引き寄せたレフの背後の空間が歪んだ。そこには真っ赤な巨大地球儀、カルデアスの姿。

 

「な……なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる……? 嘘、よね? あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」

「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんな事もできるからね。さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがおまえたちの愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」

「ふざ──ふざけないで! わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしは死んでなんかいない……! アンタ、どこの誰なのよ!? わたしのカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!」

「アレは君の、ではない。まったく──最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」

 

 と、オルガマリーの体がレフの腕の動きと共に空中に浮いた。

 

「なっ……体が、宙に──何かに引っ張られて──」

「言っただろう、そこはいまカルデアに繋がっていると。このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう」

 

 弱者を虐げる愉悦を感じさせる笑みでレフは宣言する。

 

「君の宝物とやらに触れるといい。なに、私から慈悲だと思ってくれたまえ」

「ちょっ──なに言ってるの、レフ? わたしの宝物って……カルデアスの、こと? や、止めて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

「いや──いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、私を認めてくれていないじゃない……! どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた! やだ、やめて、いやいやいやいやいやいやいや……! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに──!」

 

 ──トウッ!

 

 ブシュッと水風船を針で突っついた時のような音がする。それはラフムの手元からの音だ。更にいうと、目の前の男の体がビクンビクンとしている。気配遮断スキルなんてものは持っていないけど、オルガマリー(デコイ)に注目していたレフの後ろに回り込むなんてのは簡単だった。洞窟の薄暗さとラフムの体の色が合っていたことも幸いしたしネ。

 

「カッ……ああ……クカッ……」

 

 右前腕で聖杯(水晶体)を取りながらラフムは口を開く。

 

「9:eu6p0w@r」

 

 我が師よ(師じゃないけど)。もとより石以外の配布に期待などしておりませんので。

 

 アゾット剣じゃなく、ラフムの腕がレフの胸を貫いていた。そもそも、オルガマリーに視線を向けていたレフだ。ラフムの姿なんて文字通り目に入らなかった。多分、レフはオルガマリーを殺す時に狂気を見せることでラフムたちが動けなくなると考えたのだろうけど、考えが甘い。チョコラテぐらい甘い。

 

 お約束? 知らんなァ!

 そんな感じで、上に浮かぶオルガマリーに気を取られているレフにそっと近づき、後ろから左前腕の爪をレフの背中に突き刺した訳だ。敵の前で慢心するとは……。

 

「q0:」

「貴ッ様……」

「!?」

 

 怖ッ!

 

 胸を爪で貫いているのに、言葉を発したレフは怖かった。

 うおおおお、幽霊こわい──! こわい──! こわい──!

 多分、理系で更に顔芸までしてくるレフが怖い。裸で豹と戦えるラフムでも、胸を貫かれて口から血を流して振り返るレフは怖かった。

 

 感情のままに腕を振り切る。

 ぐしゃりと嫌な音がしたと同時に赤い染みが洞窟の中に広がった。ラフムが腕を振ってレフの体が吹き飛ばされた後に壁にぶつかったんだね、わかるとも!

 

 罪悪感を覚えるものの、上から絹を裂くような音で意識を切り替える。レフの魔術で浮き上がった所長だ。レフの魔術が止まれば落ちるのは当然だろう。事実、繋がった空間の縁は縮んでいるし、その向こうには所長が落ちている姿が目に映った。

 

「ラフム! 所長を!」

 

 一瞬の迷い。マスターとマシュを特異点に残して置くことと、所長を怪我なく受け止めることを天秤に掛けた瞬間、マスターの声がラフムの耳に届いた。

 

「3e-@66666!」

 

『なあ、優勝したら一緒に暮らさないか』とオルガマリーに言った覚えはないしデコトラに乗ってもいないけど、どこまでも落ちていくオルガマリーになんとなく既視感を覚える。

 

 既視感を振り切り、地面を蹴った。マスターの指示に従い、閉じていく時空の孔に飛び込み落ち行くオルガマリーの体を優しく受け止める。ザビ子を受け止めた無銘みたいに『すまない、救出が遅くなった。これに懲りたら単独行動は控えたまえ』と言って……ダメだ、結局、殴られる。悲しいです……なんでみんな幸せになれないんでしょうね……。

 何のことか分からない人は、そのまま聞き飛ばしてくださぁーい(ロリブルマ並感)

 

 オルガマリーの体を抱えてシュタッと地面に降り立った。

 腕の中のオルガマリーも無事だ。ショックを受けた顔をしているものの、サルベージをしなくても救えたので、よしとしてくれることだろう。

 

 ラフムが降りた先はカルデアだ。カルデアスがあるレイシフトするための部屋。地面は罅割れそこかしこにある陥没には水が溜まっている。ぶっちゃけ、酷い状況。

 だけど、レフのテロによる火事は収められたのか火は消えていて安全そうだ。

 

「所長!」

 

 腕からオルガマリーを下すと同時にカルデアのスタッフが駆け寄ってきた。Dr.ロマンでもダ・ヴィンチちゃんでもない。レフの攻撃から生き残った20余名の内のFGOでは名も語られることもなかった一人だろう。

 

 駆け寄ってきたスタッフに何も言葉を返さずにオルガマリーはガタガタと震えている。それも仕方のないことだろう。信じていた人に裏切られて、更に残酷な殺され方をされそうになったのだ(余談ではあるが彼女はもう死んでいる)。

 スタッフへ返事もできないのも妥当であることだろう。

 

 けど、逆に考えるとこれはチャンスだ。

 

 傷心のオルガマリーを慰める→撫でる→ステキ! 抱いて!→ラフムさん、大勝利

 

 そんな計算式を頭の中で組み上げたラフムはオルガマリーに向かって右前腕を伸ばす。歯を鳴らしてカルデアのスタッフの注目を集めようとしたけど、逆に一歩後ろに退かれた。私は悲しい(ポロロン)

 しかし、光の粒子になっていくオルガマリーを救うためには、スタッフさんに頑張って貰わなくちゃ困る。

 

 そんな訳で、右前腕に引っ掛けている黄金色の水晶体、聖杯をスタッフに見せてオルガマリーに視線を向けた後、歯をカタカタ鳴らす。

 聖杯を使ってオルガマリーを救って欲しいという意志表示だ。

 しかしながら、スタッフはとても悲しそうな顔を浮かべてオルガマリーの前に跪く。

 

「所長。申し訳ございません」

「……」

「我々には所長を救う手立てがありません」

 

 ……え? 嘘だ。だって、聖杯があるし。

 

 歯をカタカタ鳴らした後、首を横に振る。しかし、スタッフの答えは首を横に振り返すというものだった。

 

「この聖杯は魔力リソースでしかない物体です。伝説で語られるように万能の力を持つようなものではありません。そして、今の所長の状態は残留思念というべきもの。死亡している状態です。所長を助けるには、生き返らせるという奇跡が必要になりますが、その奇跡を実現させるためには魔法であっても、できないことです」

「264……」

 

 思わず、フォウくんみたいな鳴き声が口から出てしまってスタッフの意見を否定したラフムとは裏腹に、所長は唇を噛み締めながらもスタッフの意見に頷いた。

 

「ええ、分かっています。分かっているのよ。けど、けど! なんで私が! なんで! なんでレフが! なんで私がレフに殺されなくちゃならないのよ! 信じてたのに! 信じてたのに! ……信じてたのに!」

 

 嗚咽混じりに言葉を繋げるオルガマリーに何も言えなかった。正直、彼女の命を聖杯で簡単に救えると思っていた。現実は非情である。

 薄くなっていくオルガマリーの体。せめて、彼女の精神だけは安らかになるようにと彼女の肩を軽く叩く。

 

「何よ?」

 

 すすり泣きながら振り返るオルガマリーへとラフムは上を指し示す。ラフムの腕が指すのは真っ赤に染まった巨大地球儀、カルデアスだ。

 アニメ版では思わず愉悦を感じれなくなるぐらいドン引きな凄い悲鳴を上げていたほどに痛そうなカルデアスタッチを決めなくて、まだ幸運だったとオルガマリーに示した。

 

 と、オルガマリーの顔が変わる。これまでの泣き顔から一転して戦う人の表情だ。

 

「通信を開きなさい」

「え?」

「早くしなさい! 私には時間がないの!」

「は、はい!」

 

 スタッフは手に付けたウェアラブル端末を操作して、通信画面を開く。空中に浮かび上がるのは色々な作業をしているカルデアのスタッフたちの映像だ。

 

「全スタッフに通達! これから、私はカルデアからいなくなります! ええ、分かっているでしょう? 私は死んでいるのですから! だから、これは所長としての最後の命令(ラスト・オーダー)! 我々の最後の希望、藤丸立香を全力で……全力以上でサポートしなさい!」

 

 オルガマリーは右腕を大きく振って見せる。

 

「逃げることは許しません。負けることは許しません。世界の命運は貴方たち一人一人の肩に掛かっているのですから。一人として欠けることなく世界を救いなさい!」

 

 次いで、オルガマリーは一つの映像の画面に着目した。

 

「ロマニ・アーキマン! 貴方にカルデアの全権を任せます。私の後任として役目を果たしなさい! 以上です!」

 

 空中の映像の一つ、Dr.ロマンが映る映像。ゆるふわ系三十路男子のロマニが真剣な表情でオルガマリーを見つめ返す。

 

「人理継続機関フィニス・カルデア“所長”、オルガマリー・アニムスフィア。貴女の命令(オーダー)は必ず果たしてみせます」

 

 空中に浮かんだ数々の映像。ロマニの声に頷いた通信先のたくさんのカルデアのスタッフたち──幾名かはオルガマリーの命令を守って作業をしっかりと続けている者もいる──が敬礼をしていた。

 それは、オルガマリーを認めたという所作だ。

 

 そのことに気が付いたのだろう。

 呆けたように一瞬、目を大きく開けた後、オルガマリーは何度も頷き、そして、嬉しそうに涙を流している。

 

 と、袖で涙を拭ったオルガマリーはラフムに振り返った。

 

「ラフム。アナタがカルデアスを示すことがなければ、“所長”として命を下すことがなかった。それに、私が認められることもなかった。……ありがとう」

 

 その言葉を最後に、オルガマリーの体は金色の粒子になって消えてしまった。

 遺されたのは彼女に使うことのできなかった聖杯という名のレベル上限の限界突破アイテムのみ。なんともやるせない心持ちだ。

 

「ラフム、ありがとう」

 

 項垂れていると目の前のスタッフの端末から空中に描かれた映像にいるロマンに声を掛けられた。ロマンに顔を向けて首を傾げる。何か礼を言われることをした覚えはない。オルガマリーを救えなかったし。

 

「君のお陰で冬木の特異点は修復された。君があのアーチャーを倒してなかったらと考えると、藤丸くんたちにより大きな危険が襲っていたかもしれない。君の行動が彼らを救った」

「MASTER……MASH……」

「ああ、心配しなくても大丈夫。藤丸くんとマシュはレイシフトから……無事帰還した。今はバイタルチェックをしている最中だけど、パッと見た所、特に問題はなさそうだしね」

「9tzq」

「うん、君の言葉は分からないけど気持ちは解った。二人とも無事で本当に良かった。それに、“所長”も君に救われた」

 

 もう一回、ロマンに首を傾げる。

 

「“オルガマリー”の独白を聞いていて思ったよ。思い知らされたという方が正しいかな? カルデアスタッフは誰一人として彼女を理解しようともしていなかった。カルデアの所長という立場から皆、彼女のことを所長としてあるべきだと考えていたんだろうね。そして、そのことはオルガマリー・アニムスフィアという女性も同じ考えだった。カルデアの所長として相応しい人物でなければならないと行動していた。彼女も彼女のことを認めてあげることが出来なかったんだと思う」

 

『けど……』とロマンは続ける。

 

「君は違った。君だけはオルガマリーという人物を見ていた。所長という肩書もアニムスフィア家という家名も関係なく、オルガマリーを見ようとしていた。そして、彼女にカルデアスを示すことで、彼女が心の底から何をしたかったのか思い起こさせた。それが、マリーのじゃなくてカルデアの所長としての行為だというのは皮肉なものだけど」

 

 少し寂しそうに笑ったロマン。

 

「“オルガマリー”が最後に選択したのは自分の遺し方。彼女は“所長”としての最後を遺した。彼女の遺志を継ぐ覚悟を、彼女を認めたボクたちカルデアの全スタッフにさせてね。だから、全スタッフを代表して、改めて君に言おう」

 

 椅子から立ち上がったロマンは深々と頭を下げる。

 

「ラフム、ありがとう」

 

 その言葉はまだ早い。

 聖杯を掲げ、赤く染まったカルデアスへと顔を向ける。

 

「そうだね。これから、何度も君には戦って貰わなくちゃならない。ありがとうというのは早かったかな。じゃあ、こう言わせて貰うよ。ラフム、これからもよろしく」

 

『前に進むのをやめたらそこで終わりですもの』

 

 オルガマリーの声がしたような気がした。

 これから先、辛く怖い戦いの日々に巻き込まれていくのだろう。けど、立ち止まらない。その勇気。それが、オルガマリーからラフムに遺されたものだと思うから。

 

 力強くロマンに頷いた。

 

 

 

 -ON-

 

 その目は冷たかった。もはや、この世の者とは思えない。藤丸は生唾を飲み込む。

 その者は冷たかった。纏う空気が違う。藤丸は目を大きく開く。

 そこに立つモノは異形を内包した人のカタチだった。

 

 緑色の服を着込んだ男が冷たい目付きで藤丸たちを見下ろす。しかし、目付きとは裏腹に、その顔は笑顔のままだ。

 彼に見覚えのあったマシュが声を上げる。

 

「レフ教授!?」

 

 レフ・ライノール。

 カルデア随一の技師である男だ。そして、その男はここに居てはならない存在だった。

 

「レフ!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?」

 

 ロマニが声を上げる。

 爆発が起きた時、管制室に居たレフの生存は絶望的だとロマニは先に語っていた。だというのに、レフは藤丸たちの前に、そして、余りにも不可思議なタイミングで顕れた。疑うなという方が無理な話だろう。

 自分の存在をロマニへと確認させるためにレフは口を開く。

 

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来て欲しいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく……」

 

 レフの柔和な笑みが醜悪な笑みに変わった。

 

「……どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

 危険を感じる声。『そうだろう?』と言うように藤丸を見下す彼の視線。レフは順々に下にいる者たちへと視線を向ける。一瞬だけマシュへと憐憫の目を向けたレフの視線はオルガマリーを通り過ぎ、最後にラフムを蟲でも見るかのような目付きを寄越す。

 

 マシュの背筋が凍った。

 

 焦燥に駆られながらもマシュは前に出て盾を構える。

 

「──! マスター、下がって……下がってください! あの人は危険です……あれは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません!」

 

 が、状況判断ができない者が一人いた。

 マシュの注意も聞かず飛び出す影。オルガマリーだ。

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、あなたがいなくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」

「所長! いけません、その男は……!」

 

 マシュの制止も耳に入れずにオルガマリーは緑色の服の男、レフ・ライノールへと駆け寄って行く。

 

「やあ、オルガ。元気そうでなによりだ。君もたいへんだったようだね」

「ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたがいれば何とかなるわよね? だって、今までそうだったもの。今回だってわたしを助けてくれるんでしょう?」

「ああ。もちろんだとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる。その中でもっとも予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているなんて」

「──、え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

「いや、生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる。肉体はとっくにね。トリストメギスはご丁寧にも、残留思念になった君をこの土地に転移させてしまったんだ。ほら、君は生前、レイシフトの適性がなかっただろう? 肉体があったままでは転移できない。わかるかな。君は死んだ事ではじめて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ。だから、カルデアにも戻れない。だって、カルデアに戻った時点で、君のその意識は消滅するんだから」

「え……え? 消滅って、私が……? ちょっと待ってよ……カルデアに、戻れない?」

「そうだとも。だがそれではあまりにも哀れだ」

 

 今度はオルガマリーだけを見つめて親愛を表すようにレフは嗤う。

 

「生涯をカルデアに捧げた君のために、せめて今のカルデアがどうなっているか見せてあげよう」

 

 と、レフが手を掲げる。その手に吸い寄せられるかのように地面に放置されていた金色の水晶体──聖杯──が独りでに浮かび上がった。

 手に聖杯を引き寄せたレフの背後の空間が歪んだ。そこには一面、赤色に染まった巨大地球儀、カルデアスの変わり果てた姿があった。

 

「な……なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる……? 嘘、よね? あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」

 

 それは人類の生存が否定された証拠。それはアニムスフィア家の理想が否定された証拠。

 唇を震わせながら『嘘』だという希望に満ちた言葉をレフから引き出そうと、オルガマリーは焦点の合わない目でレフを見つめる。

 

「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんな事もできるからね。さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがおまえたちの愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」

 

 だが、レフはその希望を悪魔の如く嘲笑う。

 

「ふざ──ふざけないで! わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしは死んでなんかいない……! アンタ、どこの誰なのよ!? わたしのカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!」

 

 限界だったのだろう。ヒステリックに叫ぶオルガマリーを心底、嫌そうな表情を浮かべて見つめるレフはそっと言葉を口にする。

 

「アレは君の、ではない。まったく──最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」

 

 と、オルガマリーの体がレフの腕の動きと共に空中に浮いた。

 

「なっ……体が、宙に──何かに引っ張られて──」

「言っただろう、そこはいまカルデアに繋がっていると。このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう」

 

 弱者を虐げる愉悦を感じさせる笑みでレフは宣言する。

 

「君の宝物とやらに触れるといい。なに、私から慈悲だと思ってくれたまえ」

「ちょっ──なに言ってるの、レフ? わたしの宝物って……カルデアスの、こと? や、止めて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

「いや──いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、私を認めてくれていないじゃない……! どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた! やだ、やめて、いやいやいやいやいやいやいや……! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに──!」

 

 人は誰も動けない。オルガマリーは言わずもがな、マシュと藤丸は目の前で進む状況へと置いて行かれたように立つだけ。

 

 だが、突如、ブシュッと水風船を針で突っついた時のような音が洞窟の中に響き渡った。次いで、洞窟の中に木霊す音は水が地面に投げ落とされたボタボタという音。

 

 ──な……に、が……!?

 

 レフは大きく目を開ける。

 痛みが胸に奔る。それこそ、死に至るほどの痛みだとレフは認識した。そして、レフの感覚は実に正しかった。

 レフの胸からは茶色と紫色が混じったと言えるような鋭い爪が見えていた。いや、彼の背から胸へと抉り貫いていたという方が正確だ。そして、その爪はレフの血で赤く染められている。

 

「カッ……ああ……クカッ……」

 

 苦悶の声を上げるレフの右手から聖杯が取り上げられた。

 

「9:eu6p0w@r」

 

 聞くに堪えない雑音が聞こえる。

 レフは下手人の正体に思い至った。レフの薄れ行く意識が怒りによって覚醒を促される。

 

「q0:」

「貴ッ様……」

 

 振り返るとそこにはレフの予想通りの姿があった。害虫のような、その姿。

 ラフムがそこにいた。

 

 レフがラフムの姿を確認した瞬間、ラフムの口が少し開いた。それはまるで胸を貫かれていても生きているレフに驚いているようで……そして、ラフムの口が閉じた。

 

「!?」

 

 同時にレフの視界が歪む。全ての景色が左へと飛んでいく。そして、レフの視界は黒に染まった。痛みが胸だけではなく全身に奔る。最後に自分の内臓が潰れた感覚を覚えたレフはラフムが自分の身にしたことを理解した。

 ぐらりと体が傾く。洞窟の壁から離れ、地面へと叩きつけられたレフの周りは赤い。潰された羽虫の如く地面に横たわるレフの身に起きたことは、ラフムが腕を振り切りレフの身体を洞窟の壁へと叩きつけたという単純なもの。レフはもう動くことは不可能だろうと藤丸は判断する。

 

 ──これで終わ……

 

「キャーッ!」

 

 ──……っていない!

 

 上から絹を裂くような音で藤丸は意識を切り替える。レフの魔術で浮き上がったオルガマリーだ。レフの魔術が止まれば落ちるのは当然。落ち行くオルガマリー。そして、その手前には自分を見つめるラフムの姿。

 動かないラフムと目が合ったような気がした。

 

 ──オレの指示を待っている。

 

「ラフム! 所長を!」

 

 そう感じた藤丸は声を上げる。どこまでもマスターである自分を立てる奴だと藤丸は心の中で苦笑した。

 

「3e-@66666!」

 

 地面を蹴り、繋がった空間の向こうへと雄叫びを上げながら姿を消していくラフムを見送りながら、藤丸は思う。オルガマリーをラフムは助けてくれるのだと。

 そして、今度こそ終わったのだと。

 

「無駄なことを……」

 

 終わってなどいなかった。

 残された藤丸とマシュの表情が凍り付いていく。

 

 

 

 -ANOTHER POINT-

 

 絶望の中にオルガマリーは居た。信じた者に裏切られる。これはまだいい。信じた者に殺される。これもまだいい。だが、信じた者にオルガマリーが考え尽く限り最も残酷な殺され方をされる。それは駄目だった。オルガマリーの目からは光が消え、まるで死人のようであった。

 いや、“まるで”という表現は間違っている。なぜなら、彼女はもう死んでいるのだから。

 

 カルデアの管制室での爆破で彼女の身体はなくなり、今は残留思念と呼ぶべき微かで不安定な存在。そのような彼女が現世に留まり続けることなどできようハズがなかった。

 オルガマリーの身体が金色の粒子へと分解されていく。

 

「所長!」

 

 自分がラフムの腕から下されたことも、カルデアのスタッフが駆け寄ってきたこともオルガマリーは気づいていないほどに茫洋としていた。

 ただただオルガマリーはガタガタと震えているのみ。だから、彼女はラフムとカルデアのスタッフとのやり取りに無言でいるのだった。

 

 オルガマリーが口を噤んでいる間にラフムとスタッフの話が進んでいく。

 

「この聖杯は魔力リソースでしかない物体です。伝説で語られるように万能の力を持つようなものではありません。そして、今の所長の状態は残留思念というべきもの。死亡している状態です。所長を助けるには、生き返らせるという奇跡が必要になりますが、その奇跡を実現させるためには魔法であっても、できないことです」

「264……」

 

 彼らの話を聞き流すオルガマリーだったが、悪意がないとはいえ絶望を再度突き付けられるのは多大なフラストレーションが溜まっていく。

 

「ええ、分かっています。分かっているのよ。けど、けど! なんで私が! なんで! なんでレフが! なんで私がレフに殺されなくちゃならないのよ! 信じてたのに! 信じてたのに! ……信じてたのに!」

 

 それはオルガマリーの感情を爆発させるという結果になった。

 身体を空に還しながらすすり泣くオルガマリーだったが、肩にトントンという軽い衝撃を感じた。

 

「何よ?」

 

 すすり泣きながら振り返るオルガマリーへとラフムは上を指し示す。ラフムの腕が指すのは真っ赤に染まった巨大地球儀、カルデアスだ。

 ラフムに示されたカルデアスを見てオルガマリーは思い知る。人類の終わりを。オルガマリーは唇を噛み締める。

 そして、前に進んでいなかった至らない自分の姿を思い知る。

 

 ──前に進むのをやめたらそこで終わり!

 

 このままでは終われない。諦める前にやるべきことがある。

 私には責任がある。世界を歴史を地球を守る、星詠み(アニムスフィア家)としての責任が! 星詠み(カルデアの所長)としての責任が!

 

 それは彼女の想いを再起させる結果となる。

 

 オルガマリーの顔付きが変わる。

 

 ──戦う。

 

 かくして、命を失った彼女は立ち上がった。

 “戦う”という意志を籠め、オルガマリーはスタッフへと声を掛けた。

 

「通信を開きなさい」

「え?」

「早くしなさい! 私には時間がないの!」

「は、はい!」

 

 スタッフは手に付けたウェアラブル端末を操作して、通信画面を開く。空中に浮かび上がるのは色々な作業をしているカルデアのスタッフたちの映像だ。

 

「全スタッフに通達! これから、私はカルデアからいなくなります! ええ、分かっているでしょう? 私は死んでいるのですから! だから、これは所長としての最後の命令(ラスト・オーダー)! 我々の最後の希望、藤丸立香を全力で……全力以上でサポートしなさい!」

 

 オルガマリーは右腕を大きく振って見せる。

 

「逃げることは許しません。負けることは許しません。世界の命運は貴方たち一人一人の肩に掛かっているのですから。一人として欠けることなく世界を救いなさい!」

 

 次いで、オルガマリーは一つの映像の画面に着目した。

 

「ロマニ・アーキマン! 貴方にカルデアの全権を任せます。私の後任として役目を果たしなさい! 以上です!」

 

 空中の映像の一つ、ロマニ・アーキマンが映る映像。ロマニが普段では決して浮かべないような真剣な表情でオルガマリーを見つめ返し、宣言した。

 

「人理継続機関フィニス・カルデア“所長”、オルガマリー・アニムスフィア。貴女の命令(オーダー)は必ず果たしてみせます」

 

 空中に浮かんだ数々の映像。ロマニの声に頷いた通信先のたくさんのカルデアのスタッフたち──幾名かはオルガマリーの命令を守って作業をしっかりと続けている者もいる──が敬礼をしていた。

 それは、オルガマリーを認めたという所作だ。

 

 そのことに気が付いたのだろう。

 呆けたように一瞬、目を大きく開けた後、オルガマリーは何度も頷き、そして、嬉しそうに涙を流している。

 

 と、袖で涙を拭ったオルガマリーはラフムへと振り返った。

 

「ラフム。アナタがカルデアスを示すことがなければ、“所長”として命を下すことがなかった。それに、私が認められることもなかった。……ありがとう」

 

 その言葉を最後に、オルガマリーの体は金色の粒子になって消えた。

 オルガマリーを見送り、項垂れるラフム。ラフムの様子を見てロマニが声をかける。

 

「ラフム、ありがとう」

 

 何のことか分からない。

 首を傾げるラフムを見て、ロマニは思う。その在り方は英霊というよりも兵器に近いものだと。マスターの命令──オルガマリーを救うこと──を聞き、それを守れなかったからこそ、ラフムは礼を言われる理由が分からないのだろうとロマニは当たりをつけた。

 

「君のお陰で冬木の特異点は修復された。君があのアーチャーを倒してなかったらと考えると、藤丸くんたちにより大きな危険が襲っていたかもしれない。君の行動が彼らを救った」

「MASTER……MASH……」

「ああ、心配しなくても大丈夫。藤丸くんとマシュはレイシフトから……無事帰還した。今はバイタルチェックをしている最中だけど、パッと見た所、特に問題はなさそうだしね」

「9tzq」

「うん、君の言葉は分からないけど気持ちは解った。二人とも無事で本当に良かった。それに、“所長”も君に救われた」

 

 再度、ラフムはロマニに首を傾げた。

 中々、伝わらないなとロマニは心の中で苦笑しながら言葉を続ける。

 

「“オルガマリー”の独白を聞いていて思ったよ。思い知らされたという方が正しいかな? カルデアスタッフは誰一人として彼女を理解しようともしていなかった。カルデアの所長という立場から皆、彼女のことを所長としてあるべきだと考えていたんだろうね。そして、そのことはオルガマリー・アニムスフィアという女性も同じ考えだった。カルデアの所長として相応しい人物でなければならないと行動していた。彼女も彼女のことを認めてあげることが出来なかったんだと思う」

 

『けど……』とロマンは続ける。

 

「君は違った。君だけはオルガマリーという人物を見ていた。所長という肩書もアニムスフィア家という家名も関係なく、オルガマリーを見ようとしていた。そして、彼女にカルデアスを示すことで、彼女が心の底から何をしたかったのか思い起こさせた。それが、マリーのじゃなくてカルデアの所長としての行為だというのは皮肉なものだけど」

 

 ロマニは少し寂しそうに笑う。どうせなら、オルガマリーが最期にする選択は彼女自身のものであって欲しかったというように。

 その考えを頭の隅へと追いやるロマニはラフムへと意識を戻す。

 

「“オルガマリー”が最後に選択したのは自分の遺し方。彼女は“所長”としての最後を遺した。彼女の遺志を継ぐ覚悟を、彼女を認めたボクたちカルデアの全スタッフにさせてね。だから、全スタッフを代表して、改めて君に言おう」

 

 椅子から立ち上がったロマニはラフムへと深々と頭を下げた。

 

「ラフム、ありがとう」

 

『その言葉はまだ早い』

 そう言うようにラフムは聖杯を掲げ、赤く染まったカルデアスへと顔を向けた。そして、ラフムの考えを理解したのだろう。映像の向こうの赤く染まったカルデアスを鋭く見つめながらロマニは言葉を訂正した。

 

「そうだね。これから、何度も君には戦って貰わなくちゃならない。ありがとうというのは早かったかな。じゃあ、こう言わせて貰うよ。ラフム、これからもよろしく」

 

『当然だ』

 ロマニは力強く自分へと頷いたラフムの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 -ON-

 

 ポタポタポタと早いペースで命の元である血液を流しながら男は立っていた。

 本来ならば、とても立てるような状態ではない。証拠にフラフラと前後に体が揺れて男の頭から帽子が落ちる。

 

「ッ!?」

「あ……」

 

 藤丸とマシュは思わず息を呑む。

 動きが止まった彼の顔の皮膚はベロリと半分ほど剝がれており、そこから表情筋が見えている。トレードマークの緑の服の大部分が赤色に染まっていることから、服の下も酷い状態だろう。

 だが、それでも男は立っていた。

 

 何故立つのかと問われれば、“怒り”のためと男は答えることだろう。血を流しながら血走った目で男、レフ・ライノールはその場に残された藤丸とマシュを睨みつける。

 

「な……なんで……?」

「『何故、生きているのか?』そう言いたいのか?」

 

 言葉に詰まった藤丸にレフは強い口調で(なじ)るように声をかける。

 

「私があの程度で死ぬとでも?」

「先輩! 下がってください!」

 

 レフの声を浴びた瞬間、マシュが藤丸の前に出た。その表情はランサーの時以上に、キャスターの時以上に、反転したアーサー王の時以上に緊張感に満ちたもの。

 それほどまでに満身創痍のレフから放たれるプレッシャーは重かった。

 

 が、レフは足を止める。

 

「……ここまでだな」

「!?」

 

 レフが呟いた瞬間、地面がぐらりと揺れる。

 

「心配するな。特異点が解消された反応だ。……時間がない。一言も発するな、最後のマスター」

 

 不安定な足場の中、藤丸とマシュはお互いがお互いを支え合うように抱き合う。しかし、一人で、更に大怪我を負っているにも関わらず、不気味なほどにレフは微動だにしない。

 

「結末は確定した。貴様たちの時代はもう存在しない」

 

 それは宣告。

 

「だが、貴様らカルデアは焼却される一歩手前で踏み止まっている。つまり、貴様らには世界を救う機会が残されている。今回のように特異点を解消するという形でな」

 

 レフは藤丸をジッと見つめる。

 

「救うのだろう? ……いや、一言も発するなと言ったのは私だ。何も言わなくていい。貴様ら(カルデア)は世界を救うために動くに違いないのは理解出来ている。次の特異点に来い、藤丸立香。そして、あのサーヴァントを連れて来い。そう、私の胸を貫き、壁に叩きつけたあのサーヴァントだ!」

 

 冷静に話していたレフは怒りを増大させ、藤丸へと怒鳴る。

 

「許さん! 奴は、奴は私がこの手で……殺す!」

 

 が、一転してレフは怒りを収めた。藤丸とマシュの体が宙に浮かぶ光景を目にしたことで時間がないということを再認識したのだろう。

 

「改めて自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・“フラウロス”。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。……貴様はこう問うだろう。『なぜ、こんなことを?』と」

 

 上へと落ちて行く藤丸とマシュを見上げながらレフは叫ぶ。

 

「答えよう! 自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが“王”の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙クズのように、跡形もなく燃え尽きるのさ!」

 

 薄れ行く意識の中、その手を強く……握り……。

 

 -FORCED TERMINATION-

 


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