ムシウタ - error code - 夢交差する特異点   作:道楽 遊戯

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原作が十三巻にbugシリーズが八巻。
設定探すのに苦労しました。
見付からない設定とか泣きたくなりました。
怒ってbug全巻読破しなおしました。面白かったね。
ちくしょー。


夢寵愛の特異点

円卓会直属の虫憑き組織。認定成功。

黙認される体制ではなく直談判で公認の権利をもぎ取ってきました。

一時はどうなるかと思いましたねー。

お金に目が眩んだ円卓会メンバーが利益を独占する為、特別環境保全事務局から公式に権利を欲しがった。

そのせいで私は魅車八重子と対談する羽目になったんだよ。

 

さっさと没落して円卓会の会員証のカード破棄してくれないかな。あのオッサン。

 

お金の手応えを感じ、虫憑きに投資するまではよかった。

虫憑きの利権を争い、権利を独占して虫憑きを囲おうとか考える頭沸いた奴が発生したのは不味かった。

 

何で私が対談に参加したかって?

不干渉以上のことされたらヤバかったからです。

下手に情報渡すことになったり、変な便宜を働かれて貸し借りを作ることや、派遣要請等の契約内容を追加されてる可能性だってあった。

もしも、そうなった場合、私はあの特徴的な円卓会メンバーの顎を尖ったコロネからクロワッサンに仕立てている自信がある。

 

おかげ様で美女に微笑まれた。

わーい。素敵な微笑みやね。とても胃が痛ーい。

ようするに最悪だった。

あの双眸がキノを微笑んだ時、得体の知れない恐怖に襲われた。

呼吸すら止まる鎖のような束縛感。

魅車八重子の鎖の笑み。

 

魅車八重子は虫憑きではない。キノの能力と知識が裏付けている。それでも、化け物だと言いたい。

精神攻撃に耐性を持つキノが本能で畏れたのだから。

キノは知っている。

あの女の数々の非道を。元凶たる由縁を。

 

 

だからこそ、負けたくなかった。

 

 

魅車八重子に屈することだけは自尊心が誇りがキノの夢が許さなかった。

 

諸悪の根源である魅車八重子の思い通りにさせることをキノは望まない。

 

最後に勝利するのはキノたち虫憑きなのだ。

 

勝つ為にキノは凶悪な魅車八重子すら敵にまわし戦ってみせる。

 

 

それが夢を叶える為の第一歩となるのだから。

 

 

 

 

SAN値チェックは基本。

そして早急にイチ成分を補給し回復しなければならないと判断された。

ごりごり精神削ったからね。ギブ癒し。ラブイチ。

対談済ませて帰ったキノは早速イチを捕まえ癒しを補充している。

あー、最高。これだよ。コレ。私の癒し。

現在、私はイチの髪を鋤いて遊んでいる。

この為にイチは髪を伸ばしていると言っても過言ではない。

上機嫌なキノとご不満のイチである。

 

「イチの髪で遊ぶのは楽しいね」

「俺は楽しくない。そもそもこう言うのって女の子にするものだろ」

「あっはは。イチは女の子みたいじゃない」

「誰が女顔だ。それならキノが後ろを向け」

くるりと振り返るイチに後ろ向きにされ、奪われた櫛で髪を優しく鋤かれた。

 

「こうやって髪を鋤かれる気分はどうだ」

「悪くないよ。ちょっと気恥ずかしいけどね」

「人の髪を散々弄んだくせに」

「はっはっは。弄んだ責任ならいつでも取る所存でありまするぞ」

「はあー。キノの髪は短いけどさらさらしていて指心地いいな」

「褒められたー。イチの髪の方が、私が嫉妬するほど綺麗だけどね」

「髪を褒めても男の俺は嬉しくない。キノは活発にその髪を揺らして遊ばせているのが愛らしいだろ」

「......イチ。本気でジゴロだよ。私の彼氏が将来女をタブらかせないか心配です」

「何言ってんだか。キノ以外そんな相手居ないよ」

絶句した。

 

イチがデレました。破壊力は抜群。

 

素で言ってるのが本気過ぎてキノは戦慄しました。

結構アレコレ考え行動してきたキノもイチの本気には勝てる気がしない。

 

えーと、あれ?イチってもしかして天然のジゴロ。

今私、顔赤くして乙女なんですけど。なんか胸がきゅんとしているんですけど。言葉が上擦って二の句が出ないんだけど!

 

「......イチのバカ」

やっと出た言葉も甘さの含んだ拗ねた言葉しか出ない。

 

照れて赤くなった耳が髪から覗いているのをイチは気にすることなくキノの髪を整える作業に集中した。

 

 

「......珈琲要るか?」

「砂糖抜きでお願い」

後ろで見守る清太と八千代は甘い空気に当てられ苦味を欲した一幕だった。

 

 

 

 

 

運命の歯車。

 

花城摩理の物語は進む。

 

それはbugへと至る物語。

 

 

 

花城摩理は本来病弱で軽度の運動すら儘ならないほど身体機能が衰えている。

しかし、彼女は同化型の虫憑きだ。

アリア・ヴァレィによって同化型に適した身体に作り替えられた麻理は銀色のモルフォチョウと同化することで超人染みた身体能力を発揮することができる。

夜は摩理の独占場だ。

誰よりも自由に夜空を駆け巡り、建物を飛び越えて行く。

 

「今夜こそ、見つけてみせるわ。ーーー不死の虫憑き」

改造された白衣のコートとマフラーで口許を隠した摩理は、高い建物の屋上から下界を睨み見下ろす。

 

「必ず、さがしだしてみせる。たとえ赤牧市にいる虫憑きすべて、欠落者にしてでも」

病室でのか細い印象を覆すほど鋭い眼差しは獲物を探す狩人だった。

 

「いたーーー」

松葉杖をつかみ、銀色のモルフォチョウと同化し光り輝く一本の槍を構える。

そのまま、建物から飛び降りた。

 

見つかった一人の虫憑きは、突如現れた摩理に驚き、虫を具現化した。

摩理は銀槍を振るう。それだけで虫は両断され欠落者と成り果てた。欠落者となった虫憑きが力なく地面に倒れる。

 

「これも、違うーーー」

冷たい言葉を残し、摩理は去る。目標の不死の虫憑きを見つける為に次の獲物を探し始めた。

そうして夜が更けていく。

 

 

 

「......摩理!」

病室から抜け出そうとする麻理を呼び止めたのは白衣を着た青年だった。

 

「もうよしてくれ、摩理......」

懇願に似た青年の言葉が摩理に届いた。

身体が弱り、衰弱しながら無理を重ねる摩理を必死に止める。

 

「あなたが言ったんじゃない......私なら、不死の虫憑きを倒せるかもしれないって」

しかし、摩理を止めることはできない。

摩理の動機は不死の虫憑きを倒す使命感ではない。

病の進行に死期を悟った少女の憎しみだけが、彼女をつけ動かした。

 

今夜も少女は街を駆ける。

 

いつしか花城摩理はハンターと呼ばれ、虫憑きから畏れられた。

 

 

 

 

 

何度か通う花城摩理の病室に向かうキノは足取りは重かった。

花城摩理はハンターと呼ばれる、虫憑き狩りの虫憑きとして認知され始めた。

 

不死の虫憑き。

死なない。

その存在に生を望む花城麻理は嫉妬した。

花城摩理の夢は生きたい。

ただそれだけの夢。

そして死病を患う彼女には難し過ぎる夢なのだ。

だから、死なない存在である不死の虫憑きに執着した。

そして、分離型の虫憑きに対する狩りを始める。

銀色のモルフォチョウには奇しくも感知能力が備わっていた。

夜を駆け虫憑きを探し出し、虫を殺し不死を探す。

取り憑かれたように盲失に、嫉妬深く執念に。

モルフォチョウと同化した槍を片手に狩りを行う。

 

無理を重ねる花城摩理の身体は日々着実に弱り、目付きだけが鋭く研ぎ澄まされていく。

そんな少女を見守ることしかできないのが先生とアリア、そして歯痒く何も出来ない私。

 

無力感に苛まれも摩理の下を通うキノだった。

 

「摩理はもっと自分を労らないと」

「余計なお世話よ。キノ」

つーん。な摩理に説教を試みるも失敗する。

彼女の心を開くのはキノの役目ではない。

それがわかっているキノは深く踏みいることに、二の足を踏み躊躇してしまう。

出来てお小言を洩らして摩理を説教することだ。

完全に踏みいった説得ができず簡単に流されるのが最近のやりとりになっている。

 

「摩理。無理をして身体を壊したら、顔中キスマークにするからね」

「それは本気でやめて頂戴」

つれない態度にキノは溜め息をつく。

ふー、やれやれ。我が儘なお嬢さんだなー。

と肩を竦めるキノに溜め息を返す摩理だった。

最近わかったことがある。

キノはちょっと変態っぽい。特殊型だからかもしれない。

全ての特殊型の虫憑きに失礼な印象を植え付けたキノだった。

 

「まあいいや。今日はイチも見舞いに連れてきたよ。イチー、入って来てー」

「お邪魔するぞ」

待たされたイチは聞こえた会話に嘆息しながら摩理の病室に入る。

今回は停滞気味なこの病室に変化が欲しくて初めてイチを招いた。

正直、イチと摩理を会わすのはキノの望むところではなかった。

しかし、摩理と会う回数の分だけ、キノは彼女を好きになってしまった。

キノ個人の感情を置いてでも摩理にいい変化を与えたい。

我が儘と妥協による二人の同化型の出会い。

 

そうしてイチは銀色のモルフォチョウに誘われた。

 

人形めいた少年と病に侵された少女は顔をあわせる。

そした、第一声。

 

「ふん。思った通りの甘ったれた女だな」

 

いきなり喧嘩腰にイチが摩理に言い放った。

 

 

 

代わり映えのない病院の一室に、新しい風が入り込みました。

 

テラ不穏な空気です。ワロタ。

 

な、なんでイチ喧嘩腰なの?

すげえ睨みあっているよあの二人。

 

「随分な挨拶ね。イチさん」

「自己紹介は不要だな。

お互いキノを通して知っているだろ、花城摩理」

「......どうしてこうなった」

敵意向けあっている彼氏と友人に困惑中のキノ。

 

「色々と話は聞いている。

要は構って欲しいだけの臆病者らしいな。花城摩理」

「無謀に挑んで勝手に負けた虫憑きが居たらしいわね。イチさん」

「ちょっと待ったー!何で喧嘩腰なのイチ!摩理も挑発に乗ってるし、どういうことなの!?」

仲裁に入るも、お互いを睨みあうイチと摩理にキノは無力である。

 

「一目見てわかった。お前とは気が合わない。

花城摩理、自暴自棄に当たり散らす聞き分けのない子供みたいな女だ」

「一目見てわかったわ。あなたとは気が合わない。

キノと居る為なら手段を選ばない、自己犠牲すら躊躇しない、自分勝手な人だもの」

これはキノの予想通りだった。

同じ同化型同士きっとキノより理解し合う。

そのことに嫉妬するキノはイチと麻理を会わせたくなかった。けど予想外に仲が悪い。

どうしてこうなった。

 

「あなたの存在はキノの為にならないわ。キノは強い。

少なくともあなたに守られる存在なんかじゃない。あなたがそうあり続ける限りキノを弱くする」

「俺がキノを守り続ける。俺が強ければ、何も問題ない」

「それは、あなたのエゴよ」

辛辣にイチを非難する花城摩理に、イチは淡々と言葉を返す。

 

「お前こそ自分勝手だ。

キノやアリア・ヴァレィの男に、身勝手に心配をかけ、自分勝手な理由でそれを増長させている。それがお前の夢の在り方か」

「私には時間がないのよ。最後くらい自分のやりたいことを優先するわ」

「それが、自分勝手なんだっ」

冷静な少年が珍しく感情的になっていた。

イチは怒っている。摩理に。

私が摩理を心配しているのをずっと見てきたからだろう。

しかし、摩理はイチの怒りを受け流す。

自暴自棄に陥っている彼女にとって不死の虫憑き以外二の次だ。

 

「お前はハンターなんかしていないで、花城摩理として過ごしていろ!」

「私にこの狭い病室でそのまま死ぬまで過ごせとでもいうの。あなたに何がわかるというの!」

「知るか!」

言い争う二人に不穏なオーラを纏わせた存在が迫った。

 

感情を昂らせた二人はその存在に気が付いていない。

火花を散らすイチと摩理の二人。

 

至近距離で睨む二人の頭がぶつかった。

 

「痛っ」

「ひうっ」

笑顔を振り撒くキノが、イチと摩理の頭を引いた。

 

「仲良きことは美しきことかな」

 

ズイっと近寄る、能面のような笑顔を浮かべたキノ。

 

イチと摩理は顔見合わせ青くした。

 

「キノ......?」

恐る恐る声を掛けたイチ。

笑顔なままのキノがイチに向く。

 

「イチ。女装を経験してみる?」

ブオンブオンと、空気を切るような速さで首を横に振ったイチ。

 

本気でやりかねない今のキノに顔を青く首だけを横に動かす。

くるりと摩理に方向転換したキノ。

未だに笑顔。口の端を弧に浮かべた笑顔。

今度は摩理が顔を青くする。

 

「摩理。ファーストキスは何味がいい?」

ポケットから様々なキャンディーを取り出して聞いたキノ。

ブオンブオンブオンと、高速で首を横に振る摩理。

 

側にはイチが青から白に近く顔を染めている。摩理も同様だ。

キノの発言と行動力。そのすべてに恐怖した二人。

キノは再び発言する。

 

「仲良きことは美しきことかな」

繰り返される言葉にイチと摩理は顔見合わせた。

 

「な、仲良きことは、美しきことかな?」

「な、仲良きことは美しきこと、かな?」

復唱した二人。あっているか恐々とキノの顔を伺う。

 

笑顔のキノは能面と張り付けまま、二人に説教をしはじめるのだった。

 

「もう、しないわ」

「悪かったよ。キノ」

ゲンナリとした摩理とイチ。

キノの説教は終始笑顔で嫌な脅しつきで行われた。

当分キノの顔色を伺う日々を送るだろう。二人のトラウマになった。

 

一応弁解しとこう。私はノーマルです。

あくまでも冗談の範疇での脅しだったんだよ。

イチと摩理が二人でこそこそ。

やれ、やっぱりソッチの気が。とか。

ただのキス魔だ。とか。

あなた女顔ですもの。とか。

お前嫌いだ。いや、でもまさかそんな。とか。

私聞こえない。

全然聞こえないからねイチ、摩理。

 

なんか、仲裁しただけなのに大事なもの失ってしまった気がする。気のせいにしとけば世界はうまく回転する。

気のせいだな。間違いない。

 

同化型の虫憑き、イチと摩理は会うたびに喧嘩する仲になった。

キノに怒らせないように程々に加減しつつだが。

 

 

 

花城摩理がハンターとして行動しつつも精神は安定していた。

精神的負担をキノとイチが緩和しているのは事実である。

しかし、時間という限られたものが命を蝕む摩理の孤独な焦燥を加速させていく。

形振り構わなくなった摩理は虫憑き狩りに日々を過ごす。

 

ぼろぼろになっていく身体を引き摺りながら。

 

 

 

私は迷っている。

 

花城摩理は無理をして死期を早める。

 

今の摩理に希望はない。

 

生きたいという夢。

 

死に絶望した摩理には重すぎる。

 

死に際、多くの虫憑きを道連れにすることに忌避感なく狩りを行うハンター。

 

彼女にほんの僅かでも安らかな日々を送って欲しい。

 

それが、キノの思いだ。

 

 

 

今夜もまた、虫憑きを欠落者へと変えていく摩理。

キノは夜の赤牧市で摩理と顔を会わせた。

 

「摩理。顔色が悪いよ。虫憑き狩りなんてやめて、当分は外出を控えるんだ」

「いつにない強い言葉。キノも先生と同じことを言うのね」

幽鬼のように佇まむ摩理がキノを見つめる。

 

「元アリア・ヴァレィとしても、虫憑きとしても、今の摩理は見ていられない。

イチが示してくれた。やっぱり摩理を止めるべきなんだ私は」

「貴女はなんだかんだで私を止めきれなかったもの。今更何をしようと言うの」

「懇願するよ。何度だって言い続ける。摩理お願い。もう止めて」

「彼がキノを変えたのね。前まではどこか踏ん切りがつかなかったもの」

「摩理!」

キノの言葉でも摩理は止まるつもりはなかった。

だけど何かを決意したキノを見て摩理は確信する。

違和感があった。今まで見守っていた理由に、摩理を尊重する意思とは違う別の理由を感じたのだ。

 

 

「キノ。貴女何か隠しているわね」

 

 

多くの虫の能力すら観察し分析してきた能力がキノの不審を暴きはじめた。

 

「......何のことか思い当たらないけど」

キノは内心ヒヤリとしながらもすっとぼける。

 

「例えば、不死の虫憑きの居場所に心当たりがあるとか」

摩理の引っ掛けにキノはポーカーフェイスと自前の演技力でうまく表情を隠せた。

自画自賛できるほど完璧に動揺せずに不審に出さなかった。だから

 

「そう。本当に心当たりあるのね」

次の引っ掛けに明らかに動揺してしまった。

 

「まさかっ!本当に!」

驚愕してキノを睨む花城摩理。

確信なんてなかった。ただ思い付いたことを鎌かけしたら引っ掛かっただけ。

予想だにしなかった反応に摩理は驚く。

キノもまた自分の失態を悟った。

キノは虫の能力を使いこの場を去ることにした。

 

「ゴメン。摩理」

夜を塗り潰す群青の蒼が摩理を襲った。

咄嗟に同化した脚力で地面を蹴り群青の光子を避ける。

キノが夜の街を駆けて逃げ出した。

しばらく、茫然とした摩理。しかし冷静さを取り戻しキノを追い掛ける判断を選ぶのにハンターは時間を掛けなかった。

 

「キノ。一体どういうことなの」

追い掛けながらも納得のいかない摩理。

どうして知っている。何故隠す。

そして何よりキノに裏切られたようなショックを受けた。

苛立ちと混乱を抱えキノの背に追い付く。

同化した摩理の脚力に逃げられる人間はいない。

 

蒼渦(ブルーホール)

指を弾いて摩理に虫の能力を使った。

群青の渦が摩理を呑み込まんと迫る。

蒼渦と呼ばれたそれは凄まじい勢いで風を巻き上げている。

地面を削り、土も草も残さない破壊力は目を張るものがあった。

脱け出すことが困難なアリジゴクの巣の特徴を持った、疑似ブラックホール。それがキノの虫の能力。

あくまでも疑似なので出力は劣るがかなり強力だ。

媒体となる空間を呑み込む、超引力の渦は燃費も悪い事ながら弱点が存在する。

 

「キノ!」

モルフォチョウの槍は一枚の羽でできた矛先から銀色の鱗粉を放出した。

放たれた刃のような鱗粉がキノの作り出した蒼渦を相殺する。

キノは小さく仰け反った。虫にダメージが入った。

キノの攻撃は媒体となる空間と虫が同調している。

攻撃を相殺するだけでキノにはダメージが入る。

特殊型に攻撃可能な摩理と相性が悪かった。

 

「媒体となる空間と虫が同調して被ダメージを受ける。実体を持たない特殊型の割には随分と攻撃しやすい的ね」

ハンターはキノの虫を見破った。

更に追い詰めるように、領域を支配するべく銀色の鱗粉をばら蒔いている。

キノの群青の輝きが銀色を必死に追い返している。

全盛期の花城摩理。領域支配でもキノと互角の強さ。

同化型のオマケのような領域支配能力と本職の特殊型の領域支配能力が互角の状況にキノは表情が硬くなる。

 

「キノ。どうして不死の虫憑きを隠すの!」

「語れないこともあるんだよ」

問い詰める摩理に対して逃げることを諦めないキノ。

地面を蹴ると空間に蒼色の足場を作り夜空を駆ける。

摩理は目付きを鋭くキノに駆け出す。

銀色を浮かべ強化された足がキノとの距離を意図も簡単に無くしていく。

 

「蒼渦解放(リリース)

小規模の渦に吸い込まれた空気が圧縮から解放され放出された。攻撃力は殆どないが推進力として摩理との距離を離した。掴みかかっていた腕が空を切る。

 

「キノ!」

本格的に捕まる気がないと察した摩理がキノに攻撃的な意思を宿していく。

苛立ちが限界を迎え荒々しさが増した。

群青を追い掛け銀色が迫る。

 

「摩理......。失敗したな。やはり関わるべきではなかったのかもしれない」

「キノ。逃がさないわ」

後悔を覚えたキノ。

この展開は予想以上の最悪なパターンだ。

今の摩理と不死の虫憑きを引き合わすとキノの知る未来は大きく書き換わる。

けして、よい方向とは言えない。

花城摩理は不死の虫憑きとまだ出会う訳にはいかない。その為にキノは逃げ続ける。

 

蒼渦(ブルーホール)!」

「見飽きたわ」

群青と銀色がぶつかり合い夜を照らす。

摩理は欠落者にしないよう手加減しながらも苛烈に攻撃を加えていく。

キノは防御と回避に専念しながらも夢が削られいく消耗と一撃の重さに耐え兼ねていく。

 

「摩理はまだ知るべきでない」

「隠しもつ情報。洗いざらい吐いて貰うわ」

鱗粉の支配力がキノの力を弱め、あらゆる反撃も槍の攻防が許さない。

接近を嫌うキノは近寄るごとに蒼渦解放を使い回避し、宙を駆けて、蒼い空間な壁で塞ぐ。

キノの戦闘スタイルは安定性に優れているが虫自身の耐性が極めて低い。

虫は徐々に攻撃で削られキノの顔色は悪く息が荒くなった。

 

「これで終わりよ」

群青の壁を銀色の鱗粉が打ち壊しキノを吹き飛ばした。

激しい夢の消耗と虫のダメージがキノを弱らせていた。

近寄る摩理に動けない。

槍の矛先がキノに突き付けられた。

 

「さあ、教えてキノ。不死の虫憑きはどこにいるの」

キノの身体に小さな傷と汚れがあるがそれだけ。

摩理には余裕がある。

キノを仕留めることなく追い詰めることも苦にしない。

わかっていた。ハンターから逃げ出せる虫憑きはいない。

同化型の機動力に私の足で逃げ切れないことは。

 

だからキノはある一点を目指してひたすら走った。

 

「残念だけど、摩理。まだ私を追い詰めれていないよ」

虫にもダメージのあるキノだが気力だけはまだ保っていた。

何の変鉄もない。工業地帯のコンテナ置き場。

目標は既にあちらから近づいている。

アリジゴクの感知能力がその情報をキノに送った。

 

「キノから離れろ。摩理」

 

ムカデの大剣が麻理を襲う。

モルフォチョウの知らせにより奇襲を察知した摩理はイチの攻撃を難なく避けた。

キノから離れた摩理にイチは大剣を真っ直ぐ向ける。

 

「お前はキノを傷つけた。どんな理由でも赦さない」

怒りの大剣使いのイチは、槍使いの少女に宣誓布告した。

 

「あなたまで邪魔をするのね。イチさん」

銀色のモルフォチョウが羽を二枚重ねて矛先に変形していく。

最強の同化型の虫憑きが、新たな挑戦者に迫る。

 

「気にくわないから、ぶっ飛ばす。それだけだ」

bugの生み出した同化型の虫憑きとerrorが生み出した同化型の虫憑きが戦う。

本来起こり得ない激闘が今始まる。

 

 

「先手は貰うぞ。摩理!」

雷を纏った雷剣が花城摩理を肉薄する。

全く動じない摩理はモルフォチョウの槍を片手で回し大剣を防ぎ、銀粉が雷を押し返す。

強力なイチの一撃を簡単に防いでみせた。

 

「さすがは同化型の虫憑きだわ」

そのまま、身を翻すように身体を捻り、後ろ蹴りでイチを蹴り飛ばした。

地面に触れることなくイチはふっ飛びコンテナを壊す。

強力無比な蹴り。

蹴った瞬間、生身の人間が受けていいはずのない衝撃音にイチはなす術なく飛ばされた。

 

「おしまいではない筈よ。イチさん」

同じ同化型の耐久性を知る摩理は、イチを警戒しながら近づく。

破壊とともに舞い上がった土煙から、ムカデの剣鞭が襲った。

しっかりと反応し槍で防ぐ摩理。

その槍をムカデの顎が捕らえ勢い止むことなく摩理をコンテナに押し飛ばす。

 

「っく。突然変異の虫憑きか。本当に厄介だ」

地面を削りつつも止まらない剣鞭の一撃。

真っ直ぐ伸びた剣鞭の先に、黒とオレンジのラインを身体に浮かび上がらせたイチがいた。

蹴られた腹は強化されてるのにも関わらず、しっかりとダメージを与えている。

身体強化の分は麻理にある。

武器まで使われたらイチには厳しい戦況だ。

 

「だが武器は封じた」

ムカデの頭部が、摩理の槍を押さえつけてる内に勝負をつける。

そう動こうとしたイチの目に、槍を手放した摩理が剣鞭の上を駆けているのが映った。

 

「なッ」

咄嗟に雷電を剣鞭に纏わすも、それより速く摩理は剣鞭を蹴ってイチに迫った。

摩理の強化された足がイチを再び蹴り飛ばした。

助走が加わった蹴りにより、積み上げられたコンテナごとイチを吹き飛ばし騒音をたてる。

 

「これであなたも武器なしね」

イチは目の前に迫った摩理の蹴りに剣鞭から手を放して両腕で防いだ。

コンテナを殴り飛ばし埋もれた場所から脱け出して、摩理と向き合う。

腕でガードしなければ、そのまま気を失っていたかもしれない。

そう考えされるほど二度目の蹴りは強烈だった。

 

「素手なら勝てないとでも?」

「強がりを」

お互いが素手同士になったイチと摩理。

武器を失い、強化された肉体のみでぶつかり合う。

お互いが拳を防ぎ、密着から距離をとった。

高く舞い上がった摩理がコンテナを蹴り、上空から踵を降り下そうとイチに迫る。

イチは両腕でガードした。

轟音。地面を深くまで陥没させ、腕にめり込む蹴りに、骨が軋む音が聞こえた。

 

「ぐぅう」

襲った重圧に一瞬グラついたが持ち直し、反撃に拳を返す。

摩理は受け流しつつも体制を整えるためイチを蹴って身を翻す。

逃がさないと追撃の拳が摩理を捕らえる。

活性化する黒とオレンジの輝きはどんどん増し、イチの力を底上げしていく。

 

「っらああ」

衝撃。巨大な質量がぶつかるような音が摩理を襲い、地面に叩きつけられる。

摩理もまた銀色の輝きを強く放ち耐久も強化している。

すぐさま、起き上がり畳み掛けるイチから距離をとった。

 

「お返しだわ」

しつこく迫るイチをかわし、カウンターに掌底を送った。

地面を滑りながらもしっかりと踏み堪えるイチ。

 

「遅い」

顔を上げると摩理の拳が眼前にあった。

ガードが間に合わない。

叩きこまれた拳に、顔が潰されるような衝撃を受け、意識がブラックアウトした。

 

空中に投げたされたイチは遠退く意識を必死にかき集め保つ。

最強。疑いようもない。スペックは摩理が完全に上をいっている。

摩理自身もハンターとしての才覚と戦闘経験からイチの攻撃を徐々に把握しつつある。

 

イチは花城摩理より弱い。否、花城摩理が強過ぎる。

だが、それで終わりか。

果たして敵の強さが、目標の障害が困難だからといって諦めるのだろうか。

否、否否。

その程度では諦める理由にならない。

 

イチは一度敗北した。大喰いとの戦闘を経験している。

 

奪われた。何もかも。

 

夢も、希望も、感情さえも、理不尽に踏みにじられ全てを欠落された。

 

そして二度目。今まさに花城摩理に負けようとしている。

 

それを認めるか。

 

答えは否だ。

 

足りてない要素があるなら足せばいい。

 

 

 

 

もっと力を寄越せ。ダイオウムカデ。

 

 

 

ドクン。

 

 

胸の奥で跳ねる脈動が、ダイオウムカデの歓喜の声に聞こえた。

 

 

イチの身体を覆うラインが生き物のように縦横無尽に駆け巡る。

 

イチの体表に浮かぶオレンジのラインに光電が走った。

 

摩理は瞬時に危険を察知して飛び退いた。

 

「アアァああアぁアあああ!」

 

イチから発生した稲妻が周りを焦がしていく。

同化した肉体のみで雷電を発生させたイチ。

オレンジのラインが夜の闇夜に怪しく光る。

 

「このままだと不利ね」

「逃がすか。花城摩理ッ」

武器がないと鱗粉を扱えない摩理にとって分が悪い。

覚醒するかの如く力を開花させたイチが雷電を放つ。

雷は摩理に直撃した。

モルフォチョウと同化した摩理を僅かに焦がしたものの耐え抜かれた。

 

「威力は武器程ではないようね。イチさん」

「まだ終わりじゃないぞ。花城摩理」

接近したイチが摩理に雷電を纏った拳を繰り出す。

摩理は完全に見切り、お返しに回し蹴りを放った。

新しい能力を開花させても摩理はまだその上をいく。

電撃が摩理に与えたダメージよりもイチのダメージの方が深刻だ。

 

蹴り飛ばされる瞬間、イチは摩理の口許を隠すマフラーを奪った。

奪い取ったマフラーを黒とオレンジが染めていく、ワインレッドのムカデの剣鞭が雷電を帯電して伸び広がる。

 

「せああああ」

イチは雷剣鞭を花城摩理に放った。

しなるムカデの頭部が大顎を開き摩理を襲う。

両手で顎に噛み付かれるの防ぐも電撃に痺れ、剣鞭の勢いを殺せずに押しきられる。

積まれているコンテナを幾重にも巻き込んで、更なる破壊を残していく。

 

「ゲホッ」

瓦礫と変化したコンテナから摩理が駆け出した。

イチとは正反対の方向だ。

背を向け走る摩理を妨害するように剣鞭を振るうイチ。

強化された足で剣鞭を避ける摩理。

 

「まだまだね」

機動力に優れた同化型の本気の回避に剣が捉えられない。

地面に転がる鉄パイプを拾うと、身体から銀色の触手が伸びて槍と化する。

モルフォチョウの羽を三枚重ねた矛先を回し、イチと向き合った。

 

「私も本気を出すわ」

「来い。花城摩理」

嵐のような銀色の鱗粉と大地を轟かす雷鳴の電光がぶつかった。

衝撃が地形を変えていく。

巻き込まれたコンテナは整頓されているかのような並びがメチャクチャにバラけていた。

特に両者の近くには中身がわからない程破壊されたコンテナが散らばっている。

 

荒れ狂う戦闘の中、キノは呆然と二人の戦いを見詰めていた。

 

 

 

何だこれ。

 

二人の同化型の戦いはキノの理解力を越えていた。

 

花城摩理の戦闘力は原作知識からある程度予想していた。

一号指定。

更にその中で最強を称する力は伊達じゃない。

街一つ滅ぼしたとしても不思議ではない力を有する一号指定だ。

キノは勝てると思わないし、イチと合流したのも二人ので隙をついて逃げ出す発想でしかない。

 

初見のイチの本気の戦闘。

同化能力は身体を強化し、超人の戦いを可能にした。

分離型の虫が可愛く見えるほど強力な戦闘力を発揮した同化型のイチと麻理。

 

それだけなら、まだよかった。

 

イチは強い。最強のハンターと劣ろうが必死に食らい付く様に強さを疑問視することはできないだろう。

 

イチは強い。先からキノの感知能力が二人の活性化する渦の波動をリアルタイムに送っている。

 

イチは強い。そして、キノの予想以上に強過ぎた。

 

 

イチは戦いの中、成長している。

 

強力な花城摩理という敵に呼応するかのように、イチの渦の力場がより深く、より強く広がっているのを感じた。

 

新しい能力を開花させた。そんなレベルじゃない。

 

進化している。

 

まだまだ発展途上と言わんばかりに。伸びしろを引き伸ばすかのように。

 

火種三号なんて的外れもいいとこだ。

 

これじゃあ、まるで。

 

 

 

その可能性を、キノは必死に否定する。

 

 

あり得ない。あってはならない。そんな可能性はいらない。

 

それは、特別だ。

 

ただ強いだけでは至らない素質を求められる条件。

 

得ようとして得られるものでない。特別。

 

運命としか呼べない要素。

 

イチはその条件にーーー......。

 

嘘だ。

 

だって偶然、キノが原作知識を持って利用して......。

 

だから、それは......。

 

 

......嗚呼。

 

そうか。

 

運命なんだ。

 

イチはーーー。

 

 

「はああァァアああ」

「うおおォォオおお」

銀槍と剣鞭が残響を響かせ衝突する。

追い付こうと力が増していくイチに対し、寄せ付けないかのように圧倒する摩理。

破壊を振り撒く銀色の鱗粉が、イチを襲う。

イチは剣鞭を巻き戻し、自分の周りに蛇の如く幾重にも巻き付け防御した。

電流が鱗粉を焦がし、軽減された威力を剣鞭が防ぐ堅い護りが攻撃をはね除ける。

 

摩理はモルフォチョウの羽四枚全てを矛先へと変化させた。

銀色の模様を浮かべた麻理は、鋭い矛先から荒れ狂う鱗粉を領域に撒く。

ダイオウムカデから迸る電撃が弱まった。

イチは鱗粉に対抗すべく電撃で押し返す。

 

まだ足りない。もっと力を寄越せ。

 

もっと強く。強く。力を寄越せッ。

 

制御下を離れたがるダイオウムカデは、イチが力を使うことを喜ぶかのように分け与えた。

次第に手に余るように、暴走しかねないように手の中の剣鞭は荒れ狂っている。

破壊衝動がイチの精神に凶暴さを与える。

イチは夢を磨耗する度に喜びをあげるダイオウムカデに薄々気付いていた。

虎視眈々と宿主が力を使い果たすのを待つ虫をイチは睨み付ける。

 

ーーーお前ごときに負けない。

 

ーーーあの時とは違う。

 

ーーーキノとの約束。

 

ーーーそれが果たされた時、俺の夢は

 

ーーー前より、ずっと強くなった。

 

例え、最強の虫憑きでも、不死の虫憑きでも、始まりの三匹だろうとも負けない。

俺の夢を喰らうダイオウムカデ、お前にも負けたりしない。

俺は勝ち残り、夢を叶える。

 

内側から邪魔をするなら、お前も敵だ。ダイオウムカデ。

 

イチの意識を読み取ったのかダイオウムカデが内側で暴れる気配がなくなり、身体の制御が楽になる。

ダイオウムカデの剣鞭は怯えるように、喜ぶように身を奮わせ大人しくなった。

 

そして、イチは更に自身の夢をダイオウムカデに注いでいく。

 

ダイオウムカデの剣鞭が放つ電撃の質が変わった。

紅電。紅く染まる電流が灼熱のような高温を放ち、空気を轟かせた。

 

 

「か、荷電粒子」

 

キノの驚愕の言葉。

 

紅電の大剣が銀色の鱗粉を削り取る。

摩理は厳しい表情でイチを睨み付けた。

ますます脅威になるイチに全力で当たるべく銀槍を構える。

イチは大剣を中段に構え、紅電を収束させていく。

灼熱の荷電粒子砲。

破壊の銀色の鱗粉。

紅と銀の輝きは最高潮に高まった。

 

 

ここで、焦ったのがキノである。

戦いが衝撃的過ぎて介入できなかたったがこれはマズイ。

すでに廃墟より悲惨な工業地帯は、同化型の本気の全力でより悲惨になろうが手遅れである。

イチと摩理の両者。

戦いに熱く集中する余り周りがよく見えてないが、これ以上の惨事は特環をも招きかねない。

それに、お互いの本気を続けていたら怪我だけでは済まなくなる。

なんとか止めるべくキノは大声を張り上げた。

 

「イチィー!摩理ィー!止まってぇえ!!」

 

その言葉が届く前に両者の攻撃が幕を切った。

 

空気が破裂し、轟音が轟き、大地が揺れる。

 

膨大なエネルギーの余波がキノを襲った。

 

「きゃあーーーッ!」

 

吹き飛ばされたキノに向かい。

 

「キノッ」

「キノっ」

 

二つの声が響いた。

 

 

 

イチは.......。

 

一号指定の条件。

魅車八重子の研究テーマ。

虫の始まりの原因。

 

不死。

 

不死身の肉体ではない。

決して死なない宿命を背負う素質を持った不死性こそが、一号指定の絶対条件。

 

例えば、銃弾飛び交う戦場で防具を持たず、散歩するように歩いて無傷。これも不死。

例えば、歴史に残り、死して尚も生きてるかのように語り継がれる偉人。これも不死。

例えば、災害の中自分だけ災いから生き残る運命のように奇跡が生かす。これも不死。

 

キノはこう解釈する。

不死性とは因果律であると。

死なない。

まさに運命。

死ぬことを赦さない奇跡。

あらゆる要素が彼らを生かす不死の因果律である。

 

イチは......。

 

花城摩理のモルフォチョウは特別だ。

そのモルフォチョウに誘われ運命が狂う時。

モルフォチョウは不死の如く復活する。

不死鳥のように蘇る一号指定。

 

かっこう。一号指定を計る試験紙であり、自身もまた幾度の戦場から生き残る一号指定。

 

立花利奈。カリスマからむしばねに深く崇拝される死してなお、生ける伝説の一号指定。

 

ハルキヨ。災禍を運ぶ魔神。産まれた時から災難が彼自身以外の全て灼き殺す一号指定。

 

杏本詩歌。彼女は多くの犠牲を生み、その犠牲が彼女を生かす最も不死に近い一号指定。

 

そして......

 

イチは......。

 

イチ。イレギュラー足る私の介入により運命をねじ曲げられた少年。

私の知識が、愛が、あるいは私と出会わせた運命そのものがイチを生かすだろう。

欠落者から蘇生したように。

私が手段を選ばずイチを助けるように。

偶然と片付けられない。

イチの強さが証明してくれた。

もう、誤魔化せない。

 

私の知識と寵愛により生かされる不死性。

 

イチは......一号指定だ。

 

 

目を開けると先程まで争っていた二人の同化型の虫憑きがいた。

 

「キノ。よかった......」

安堵の声はイチ。摩理も心配そうであるが口を閉じている。

身を起こし溜め息を吐いた。

今日は厄日だ。一度に問題が起こり過ぎてキノの処理能力の限界を迎えた。

イチが一号指定。

この事実がキノを苦しめる。

二号指定でも戦闘能力なら近いレベルを発揮する人間もいる。

それでも一号指定の危険度には比べ物にならない。

何より、魅車八重子に完全に目がいくだろう。

不死の研究を続ける魅車八重子にとってイチは貴重なサンプルだ。

あー、ヤダヤダ。他の女がイチの興味引くなんて最悪だ。

改めて魅車八重子の危険度を高めたキノ。

目の前の問題。花城摩理に向かい口を開いた。

 

「不死の虫憑きは赤牧市にいる」

「!」

思いきってバラしてみた。

 

「どういうつもり?」

「私の降参で摩理の勝ち。隠してた理由は秘密だけど、知ってることを話すよ」

「そう。不死の虫憑きはどこ?」

「知らない」

「......キノ」

「本当だって。前に偶々感知範囲に引っ掛かっただけだから」

摩理の感知能力の精度とキノの感知能力の精度は段違いだ。

摩理はモルフォチョウが虫憑きを察知するのに対し、キノは自分の感覚で広範囲に渡るレーダーのように知れる。

数、距離、強さ、種類。虫憑きだけでない。始まりの三匹の匂いすら辿れる力を持つ。

嘘は語っていないのだ。

不死の虫憑きが赤牧市にいたのも、前に感知したことも、今は知らないことも。

でも、本当のことも言ってない。

今は赤牧市にいない。

おそらく出張中であり、街から離れている。

その情報を伝えると余計に拗れるから話せない。

 

「不死の虫憑きは摩理と同等かそれ以上にヤバかったよ。底の見えない深淵の様に深く、全てを憎むかの様な禍々しい渦を感じた。強敵だよ」

「何故隠していたの」

「言えない」

「どうしても?」

「どうしても。だよ」

麻理はキノの目を深く覗く。

キノは真っ正面からそれを受け止めた。

やがて麻理は視線を反らしキノから離れた。

 

「キノは嘘つきね」

「そうだね」

「病室に戻るわ。抜け出したことが見付かったらいけないもの」

「おやすみ。摩理」

「またね。キノ」

モルフォチョウと同化し地面を蹴って去っていく摩理。

見送るキノは見えなくなるまで見届けていた。

 

「キノは悪くない」

イチがキノを後ろから抱きしめた。

 

「どうして?」

「花城摩理は止まらないし止められない。キノが何を隠そうが、どうにもならないこともあるんだよ」

「私は摩理を救えないのかな?」

「わからない。けどアイツが望んでない以上助けようがないのも事実だ」

「そうかもね」

俯くキノは暖かさに体重を預けイチに甘えた。

花城摩理のストーリーに私は無力だ。

彼女は私と出会い何を変えたのだろうか。

心身ぼろぼろになるまで虫憑き狩りを行う摩理を救いたかった。

生きたいなんて純粋で悲しい夢に希望が欲しかった。

私は彼女を救うことはできない。

 

その事実に

 

少しだけ涙を流した。

 

 

病室の風景。

沢山の本に囲まれながらも停滞した清潔な空間。

誰も訪れて来ない。変化のない病室。

花城摩理の病室の前に、群青の輝きが扉を開くことなく離れた。

 

少しだけ距離を置こうか。そう思案した人物の顔を上げた。

病院の廊下を、病室を確認しながらネームプレートを見て廻るポニーテールの少女が歩いていた。

口許を綻ばす。

微笑を浮かべて少女とすれ違う。

 

彼女をヨロシクね。と小さく囁いた。

ポニーテールの少女は廊下を立ち止まり、振り返ったが誰も居なかった。

 

小首を傾げて、目的地まで向かう。

 

花城摩理の病室に、ドアをノックする軽い音が響いた。

 

「はじめまして、花城摩理さん」

 

快活に挨拶するポニーテールの少女の名前は一之黒亜梨子。

 

一之黒亜梨子が花城摩理と出会い多くの運命が廻る。

 

 

 

 

 

 

 




この作品の荷電粒子砲は私のサイエンスフィクションです。
実在の荷電粒子砲と一切関係ありません。

私の荷電粒子砲。電撃の上位変換で高熱ってことにしてます。ロマンです。原動力も夢なんです。

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