円卓の料理人【本編完結】   作:サイキライカ

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そのご

 米の代わりに麦で作った即席プディングをオーブンから取りだしリンゴのコンポートを添えて三人に提供しつつ俺はモードレッドの対面に座る。

 

「じゃあ改めて、どうしてあんな真似をしたのか説明してもらおうか」

「お前には」

「関係ないは通用しないぞ。

 少なくとも今だけで俺とアルちゃんとボーマンの三人に迷惑をかけたんだ。

 騎士なら説明の義務は果たしなさい」

「……」

 

 そう言うとモードレッドは目を逸らして押し黙る。

 なんというか、これが円卓を崩壊させアーサー王に反旗を翻したあのモルドレッドなのか?

 どう見ても年相応以下の子供にしか見えないんだが。

 なにより女の子にモードレッドって、親はいったいどんな神経でそんな名前にしたんだ?

 

「……まあ兎に角だ。

 冷めたプディングは食えたもんじゃないから食っちまってくれ。

 腹も膨れれば気分も落ち着くだろうしな」

 

 地方に因っては冷めた方が美味しいプディングもあるらしいが、少なくとも俺が用意したやつは冷めると不味くなる。

 そう言うとモードレッドはアルちゃんとボーマンが貪るようにがっつく様をチラ見してスプーンを手に取ると一口含む。

 

「っ、甘い!?」

 

 一口目で目を輝かせてプディングを掻き込む様はやはり年相応よりも幼い子供だ。

 そうしてあっという間にプディングを平らげたモードレッドに改めて尋ねる。

 

「美味かったか?」

「ああ!」

 

 満面の笑みで答えるモードレッド。

 しかし気恥ずかしくなったのか顔を赤く染めてそっぽを向いてしまう。

 

「そいつはなによりだ」

「……」

 

 その様子がおかしくてつい苦笑しながら相手の反応を待っているとモードレッドはポツリと呟いた。

 

「……怒ってないのか?」

「何をだ?」

「酒とか勝手に食ったこと」

 

 叱られるのが分かっていて怯える子供のようにそう言う。

 ああ、それね。

 

「まだ怒れないな」

「なんでだよ?」

「理由がわからないからだ」

 

 いぶかしむモードレッドに俺は言う。

 

「とにかく腹が減っていて我慢できなくてつい食べたのならしょうがない。

 逆にランスロットみたいにただ飲みたいからって食い荒らしたのなら絶対許さん。

 俺はお前がどうしてそんなことをしたのか教えてもらわなきゃ怒ることも許すことも出来ないんだよ」

「……」

 

 そう告げるとモードレッドは俯いてしまう。

 そして暫くしてからぽつりぽつりと語りだした。

 自分がアーサー王を破滅させるためにモルガンの手により産み出されたホムンクルスだということ。

 だけど自分はモルガンの思惑に従うつもりはなく、純粋にアーサー王に憧れて円卓の騎士に登り詰めたこと。

 アーサー王に自分のことを認めてもらいたくて全てを打ち明け後継者に指名してくれと頼んだが膠もなく断られたこと。

 

「俺はなんのために今までずっと……」

 

 ぐずぐずと鼻を鳴らし嗚咽するモードレッド。

 う~む。

 ホムンクルスというものはよくわからんが、取敢えずモードレッドが殊更特殊な出生を経ているため文字通り血が繋がったアーサー王に強い承認欲求を抱いていること。

 そしてその終着点が王位継承に行き着くもアーサー王がそれを拒否したため感情の行き場がなくなり自棄食いとして発露したってところか。

 

 ………………………………うん。責任はアーサー王にあるな。

 

「今回の判決はアーサー王のパイを一切れ剥奪で決定するとして」

×

「その理屈はおかしい!?」

 

 何故かアルちゃんが猛抗議を上げる。

 

「今回の件はアーサー王の言葉足らずが原因である以上妥当ではないかアルちゃん弁護士?」

 

 何故にと思いつつ俺は告げるとアルちゃんは反証を述べる。

 

「しかし裁判長、アーサー王被告は王としての責務に則り判決を下したものと推測されます。

 然るに品目削除については酌量の余地ありと発言いたします」

 

 ノリノリで返してくるアルちゃんに面白くなってきたがいつまでも当人をほっぽらかすのも悪いので俺はさっさと切り上げる。

 

「審議の結果、弁護人の意見は棄却し上告通りの判決とする」

「……神よどうして、正義は何処に?」

 

 四つん這いで絶望に落ちるアルちゃんは一先ず無視し俺はアルちゃんの惨状に呆然としているモードレッドに問い掛ける。

 

「なあモードレッド。

 どうしてアーサー王が後継者に指名しなかったと思う?」

「それは……」

 

 その問い掛けにモードレッドは親に捨てられたような顔で答えを発する。

 

「俺がモルガンの子だから」

「それは違う」

 

 不義の子だから認めてもらえないんだと言うモードレッドを否定する。

 

「アーサー王はウーサー王の不義の子だぞ?

 だから、モルガンが母親だから指名しないなんて、アーサー王は口が裂けても言えないんだ」

 

 そもそもアーサー王がブリテン平定に乗り出さねばならなかったのは、その前に平定間際まで持ち込んだウーサー王の不義が原因だ。

 そのせいで余計に混沌と化したブリテンの実状を身を以て知っているアーサー王が同じ轍を踏むとは思わない。

 

「だったらなんでだよ!?」

 

 テーブルを叩いて癇癪を起こすモードレッドに俺は敢えて淡々と問う。

 

「なあモードレッド。

 王様に必要なものとはなんだと思う?」

「そんなもの決まっている!!」

 

 感情のまま叫ぶモードレッド。

 

「力だ!!

 サクソン人を、ピクト人を、そしてローマを斥け誰にも逆らおうなんて思わせない絶対の力こそ王には必要なんだ!!」

 

 まるで酔っているかのように声高に宣うモードレッド。

 

「そんなもの無くても王は務まるよ」

 

 しかし俺はそれを否定する。

 

「じゃあなんだと言うんだ!?」

 

 剣を掴み抜こうとするモードレッド。

 蛮行の気配にアルちゃんとボーマンから険しい気配が発つも俺は言う。

 

「モードレッド。

 王になりたいと口にするなら座りなさい」

「っ……」

 

 凄く怖い。今すぐ逃げたい。

 とは言えこれだけ踏み込んだ以上此処で放り投げるのは流石に人としてアウトだと思う。

 顔面の筋肉を使えるだけ使って表情を動かさないように頑張る。

 

「ちっ!」

 

 甲斐はあったようで暫ししてからモードレッドは苛立たしげに座る。

 

「だったら教えてもらおうじゃないか。

 王に必要なものってのをよ」

「俺は教えない」

「テメエッ」

「教えてしまったらアーサー王の本意が無駄になるからだ」

「……本意?」

 

 アーサー王の名を出すとモードレッドは少しだけ落ち着いてくれた。

 

「アーサー王が何も言わなかったのはきっと、モードレッドが自分で気付かないといけないんだとそう判断したからだ」

 

 ケイの愚痴通りならアーサー王は普段人間性を圧し殺して常に公平であるよう公の場にいる。

 ならばきっと、その答えはモードレッド自身がたどり着かないといけないんだ。

 とはいえ今のモードレッドにそれに気づけと言うのも無理だろう。

 尤も、俺程度で至った答えなんて多分間違っているのだろうが

それでもそんなには外れていない筈……だといいな。

 俺の言葉にモードレッドはふてくされた様子で肘を着きながらも殺意を霧散させて口を開く。

 

「……力じゃないってなら、カリスマか?」

「あるに越したことはないけど無くても王は務まる」

 

 人に好かれなくとも名君と名を残した人物は確かにいる。

 というより今の円卓を思えばアーサー王は……いや、やめておこう。

 

「血筋」

「必要だが絶対じゃない」

「政治の手腕」

「後でも磨ける」

「容姿」

「美醜の基準は人其々」

「忍耐力」

「それも鍛えられる」

「聖剣」

「アーサー王はカリバーン折ってるぞ」

「腹心の側近」

「腹の中を打ち明けられる相手が今のアーサー王に居るのか?」

「外交」

「今もローマに攻められているよな?」

「民意」

「平民は平和であれば君主は誰でもいいもんだ」

「国土開拓」

「全く進んでないよな」

「食料改善」

「そもそも意識の改革が必要」

 

 もはや適当とも言える内容を次々に挙げていくモードレッドに片端からダメ出しをしていると何故か死にそうな顔でアルちゃんが意見を口にした。

 

「も、もう時間も大分経っていますしその辺りでいいのでは?」

 

 なんでサンドバッグに詰められたみたいに心身ともに疲労困憊になっているんだろうか?

 誰かから虐めをうけているのだろうか?

 だとしたら許さん。

 そいつの飯は暫くガウェインのマッシュポテト(無塩)にしてやる。

 

 閑話休題。

 

「これはあくまで俺が王に必要なものだと思っているだけでアーサー王の答えとは別物だと念頭に入れておいてくれ」

 

 そう前置き俺は語る。

 

「王に必要なものは、俺は『時間』だと思っている」

「時間?」

「そう。時間だ」

 

 理解できないと眉を寄せるモードレッド。

 

「なあモードレッド。

 王様ってのは簡単に死んじゃいけないんだよ。

 長く国を治め、そして国の次代を継ぐ後継者が立派に国を治められる大人になるまで死んじゃいけないんだよ。

 そうは思わないか?」

「それは……確かにそうだ……」

 

 そう言いかけたところでモードレッドは何かに気付いたように唇を震わせる。

 ……どうやら俺の懸念は当たっていたみたいだ。

 

「正直あまり聞きたくはないが、モードレッド、君は後どれぐらい生きられるんだ?」

「……」

 

 モードレッドはなにも言わない。

 ただ、静かに泣き始めた。

 ホムンクルスがなんなのかまだよくわからないが、様子からモードレッドの寿命はそれほど長くはないのは容易に察せられた。

 

「なあアルちゃん。

 ホムンクルスの寿命を伸ばす方法は無いのか?」

 

 俺の質問にアルちゃんは首を横に振る。

 

「分かりません。

 私も魔術には明るくないので。

 ただ、モードレッドを生み出したモルガンなら或いは何等かの方法を知っているかもしれません」

「魔術と言えば宮廷魔術師は?」

「知っていてもマーリンが何かするとは思えません」

「だよな」

 

 あのクズの事を当てになんかしたら何をされるやら。

 

「決めた」

 

 ガチャリと音を立ててモードレッドが立ち上がる。

 

「俺は今からモルガンの所に行って俺の寿命を伸ばさせてくる」

「今からか?」

 

 モードレッドも円卓の騎士なのだからアーサー王に断るとかしなくて大丈夫なのだろうか?

 

「そうしたら今度こそ父上に後継者にしてもらえるよう頼むんだ」

 

 そうモードレッドは元気よく飛び出していった。

 なんか、嵐のようにやりたい放題していったな。

 まあ、いいけどさ。

 

「すみません料理長。

 私もそろそろ戻ります」

「悪いなアルちゃん。

 何か相談があったんだろ?」

「いえ。

 彼女のお陰で殆ど解決しましたから」

「そうか」

 

 本人がそう言うならそれでいいけどな。

 

「料理長。私も職務の途中で抜け出したのでそろそろ……」

「そうか。

 ボーマンも助かったよ。

 後でパイを届けさせるからな」

 

 と言っても今何処に所属しているのか知らないんだがな。

 まあケイに聞けばいいか。

 厨房を後にする二人を見送り俺は今日のメインディッシュになるパイの仕上げに取りかかることにした。


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