ぶっちゃけ、これがやりたかった。
聖杯の汚染。
アルトリアより齎されたその報は衛宮士郎の方針を著しく変更させるものとなった。
かつて起きた冬木の大災害。
聖杯戦争が続けばそれが再び発生すると知り、士郎は勝ち残るのではなく聖杯戦争の停止と大聖杯の解体へと舵を切った。
その決断に、大聖杯を確保しているのがかの裏切りの魔女メディアである事から最初こそ反対の意を持った遠坂凛も、円蔵山の大聖杯の状況を直に見ることで
そうして第5次聖杯戦争は本来の経緯からの
まず、暗躍に暗躍を重ねる筈の間桐蔵硯だが、大聖杯に溜め込まれていた魔力を消費せねばならないと聞き、無為に消えるぐらいなら第三魔法を己が身に施すことを要求。
代わりに魔力の消費のついでと受肉を果たしていたメディアは日本人としての戸籍を求めてそれを受諾。
その際に裏切りを避けるためメディアに魂の腐敗を取り除かれた蔵硯は、己の大願と現実の今日までの腐敗ぶりに絶望したが、しかしだからこそ成さねばならぬと奮起しなおし、孫へと埋め込んだ聖杯の欠片を除去して
マスターの破滅の未来が回避されたのでライダーは慎二をボコって契約を切り、桜の側で事が終わるまで身を潜める事にした。
しかしながら
「どうしたのですか
朝食が冷めてしまいましたよ?」
二度とブリテンの食事を食べたくなくなる(料理長の食事は例外)馳走を無駄にしたと軽く憤慨を抱きながらそう声をかけるも、しかしセイバーはアルトリアの声に何も返さなかった。
「?」
微動だにしないセイバーにどうしたのだと回り込むと、セイバーは両目を閉じていた。
「寝ているのですか?」
そう口にすると、セイバーはゆっくりと両目を開いてアルトリアを見た。
「…どうしたのですか?」
開かれた目がどんよりと濁っていることに気付き、そう問いかけると、セイバーはポツリと零した。
「羨ましいですね」
「は?」
何をと口にする間もなくセイバーから呪詛の様な感情の籠もった声が零れる。
「成すべきを成し、憂いも後悔もなく、同じアーサー王として生きたというのに…」
肌を突き破りそうな程強く拳を握りしめて、妬みの籠もった声を吐き出すセイバーにアルトリアは反論する。
「そんな事はありません」
妬みの一端は理解しつつもアルトリアは言葉を発する。
「あの時ああしていれば、この時その事を知っていれば。成すべきを成しはしましたが、振り返ってみれば私とて、その人生は後悔ばかりが先立つばかりです」
自分だけであれば、どれも成し得ることは無かった。
その殆どは何も知らずに、されどその言葉で気付かせる切っ掛けを与えてくれた恩人がいたからだ。
「私一人ではきっと、ブリテンは
「なら…」
小さく零された言葉は、しかしアルトリアは聞き逃し、そしてふと気になっていた事を思い出した。
「そう言えば、
カムランを迎えた自分が如何様な願いを胸に秘めていたのかとんと分からず、しかし聞く機会も無かったために後回しにし続けたその質問をアルトリアは投げかけた。
「…しを」
「え?」
その答えを聞き間違いだと思い変な声を出してしまったアルトリアに、セイバーは憎悪とさえ言える暗い感情を宿した瞳で睨めつけながらはっきりと口にした。
「選定のやり直しだ。
私はやはり、王になるべきではなかったん」
最後まで言い切ることは出来なかった。
何故なら、言葉を終えるのを待たずアルトリアの拳がセイバーの顔面を打ち、道場の壁を破壊しながら庭へと叩き出したからだ。
「襲撃か!!??」
突然の轟音に庭へと飛び出した士郎達が目にしたのは、鼻から血を流し仰向けに倒れるセイバーと、
「貴様、よもやそこまでおかしくなっていたとはな」
完全武装で背に赤い竜を幻視するほどに赫怒に燃えるアルトリアがそこに居た。
「せ、セイバー?」
撒き散らされる余波にさえ心臓が竦み上がる怒りを前に、言葉を失う士郎に構わず、アルトリアは脳がシェイクされて呻くセイバーの胸ぐらを掴み上げる。
「見損なうにも程があるぞ
よもや、よもや…」
怒りにわなわなと震えながらアルトリアは感情を叩きつけた
「あの借金地獄から逃げ出そうなんて恥をしれ!!」
「そこなの!!??」
思わずツッコミを入れてしまった士郎に、ぐりんと人形じみた動作で首を動かしアルトリアが士郎を見る。
「貴方は何もわかっていない!!
お金がないという事がどれほど辛く惨めになるか!!」
怒りのあまり涙さえ浮かべながらアルトリアは吠える。
「金さえあれば救える命がどれだけあったか!!
お金があれば村を枯らさずとも、ランスロットに寄生することも、債権を押し売りして貴族や商人達から白い目で見られることもなかったんですよ!!」
「え、いや、だからって…」
あまりの気迫とそれにそぐわない主張に困惑する士郎だが、しかし隣に立っていた凛は力強く解ると同意した。
「魔術の研鑽、宝石魔術に使う宝石の購入、セカンドオーナーとしての収出…うっ、頭が」
「凛。お前もか」
金にまつわる苦労に頭を抑える凛に、呆れた視線を向けるアーチャー。
「黙りなさいアーチャー。
世の中何をするにもお金がいるのよ。
恒久的平和だって、成された世界が貧しかったらすぐに奪い合いが始まって崩壊するんだから」
そんな屁理屈じみた糾弾だが、しかし一理あることを生前見てきたアーチャーは理解し、何も言えなくなり曖昧な顔になる。
「そこで負けるのかよ!?」
「ふっ、何れ解る衛宮士郎。
金がなくても多少なら救えるが、より多くを救うなら、金などいくらあっても足りないのだとな」
シニカルに笑うアーチャーだが、内容が内容だけに全く締まらないという。
そんな外野はさておき、昏倒から抜け出したセイバーはアルトリアの手を払い怒りに満ちた顔で叫ぶ。
「逃げるのではない!!
ブリテンを救えた
「黙れ」
怒りのあまり遂に表情さえ消えたアルトリアの言葉にセイバーは二の句を噤む。
「貴様、いつから
「間違えた? そんなもの最初からに決まっている!!
選定の剣を抜いたあの日からだ!!」
国を救うために王になろうとしたこと自体が過ちだったのだと叫ぶセイバーに、アルトリアは怒鳴り付ける。
「貴様は
「……」
アルトリアの怒号にセイバーは頭を真っ白にした。
「私は、貴様は剣を抜いたあの日、避けられない終焉に翳るブリテンの姿をマーリンから見せられたはずだ」
だからこそ、アルトリアは誓った。
「自分が人でなくなろうと、ブリテンが滅ぶその日まで、一人でも多くの人々が笑って暮らせるように戦うと、そう誓ったのではないのか!!??」
ガツンッ!! と、ヴォーティガーンの一撃よりはるかに重い衝撃がセイバーの頭蓋を打った。
「……あ、ああ、」
何故、忘れてしまっていたのか?
あの日決意した筈だった。
どんなにその末が救い難かろうと、自身の果てに報いがなかろうと、それでも多くの人が笑ってくれると、それが泡沫の夢だとしても希望はあるのだと知っていたはずなのに…。
「いつから私は、あの日の誓いを忘れてしまっていたんだろう?」
十を救うために一を切り捨てるようになってからか?
ランスロットが裏切った時か?
カムランで多くの同朋を手に掛けた時か?
切嗣に聖杯を破壊しろと令呪を使われた時か?
それとも、
「
私達が王になった事が過ちだったとしても、民に笑顔があったことは偽りなどではなかったのだ」
「っ…!!」
他の誰でもない自身からの肯定に、セイバーは崩れ落ちた。
自分はセイバーが思いを忘れてたのは安定のアラヤの仕業だと思ってます。
後、綺麗な蔵硯になってるのはとある人への救済のついでだったり。
誰かはオチまで行けば判明します。