アルちゃんwith第四次
~~事の始まり~~
英霊の座と呼ばれる何処でもない世界。
紆余曲折あってアヴァロンへと行かず人の世界で人として生を終えたアルちゃんことアルトリア・ペンドラゴンはその『座』へと辿り着き、その仕様を知って頭を抱えた。
「まずいまずいまずいまずいまずい……」
と言うのも、彼女は死後英霊として召し上げられることは予想していたが、その『座』では生前に余程の事が無ければ他の英霊の『座』ともある程度行き来が出来るということを知らなかったからだ。
生前部下であり友でもあった円卓の騎士達はまだいい。
逆に生前のあれこれで距離を置かれるほうが傷付く。
しかし円卓の料理長だけはまずい。
「料理長との再会とか、絶対無理です……」
なにせ生前は王であることを隠し散々迷惑を掛けたのだ。
というか、今更アルちゃん=アーサー王と知られた時にどんな態度を取られるか解らないのが恐ろしい。
「む?」
と、混乱のあまりいっそ今からでもアヴァロンに逃げ込もうかと考え始めていたアルトリアは、地上から『座』に呼び掛ける声を聞いた。
「聖杯戦争への呼び掛け?」
なんのことかと『座』に用意してあった『英霊のお仕事(阿頼耶識監修)』なる胡散臭いマニュアルを広げてみると、英霊に召し上げられた報奨として参加出来る、どんな願いも叶えられる秘宝を奪い合うサバイバルゲームと書いてあった。
「あ、これ絶対詐欺だ」
なんせ阿頼耶識監修である。
抑止と双璧をなす信用ならない存在が仄めかす『どんな願いも叶えられる』などという言葉を鵜呑みにするほど、アルトリアは若くもなければ追い詰められてもいない。
「……いや、待て」
無視してやり過ごすのが無難かと思ったアルトリアだが、その誘いに天啓を選る。
「これに参加している間は料理長と逢わなくても済むのではないですか?」
実際ただの引き延ばしでしかない案だが、少なくとも覚悟を決めるないしうまく誤魔化す手段を考える時間は稼げるだろう。
そして、なにより、
「未来の美味しいご飯が食べられる!!」
次代に譲るという形で王という責務から解放されたアルトリアだが、しかし悲しいことに時代が変わったからといって食料事情がすぐに改善されたわけでもなく、その旺盛な食欲を十全満たすことは終生まで無かった。
よって、アルトリアは一石三鳥とばかりにその呼び掛けに食い付いた。
「待っていなさい
参加者がしょっぱい顔をすること請け合いな願望を胸に生前手放した聖剣のレプリカ(耐久性以外は性能そのまま)に加え鞘を含む幾つかの秘宝を手に『座』から飛び出すアルトリア。
しかしこの時点でとてつもない勘違いが発生していた。
そも、聖杯戦争へと送り出されるのは『座』の分霊であり、更に言えばその霊格を大幅に削ることで召喚者が制御可能とした『サーヴァント』であるからして、間違っても『座』から英霊本人が赴くわけではない。
しかしながらアルトリアは本人が直接出向いてしまった。
それを知った抑止が発狂し慌てて連れ帰ろうとしたが、そこに、偶々、宝石翁と讃えられる魔法使いが『座』から飛び出したアルトリアとニアミスし、本来出向く筈の聖杯戦争から外れ、アルトリアは平行世界の聖杯戦争へとたどり着いてしまった。
そのため人理は大混乱してしまう。
なお、本来の聖杯戦争へは剪定事象回避のために夫婦でいちゃついていたモードレッドに泣き付くことで体裁は整えられたが、件の聖杯戦争は夫婦水入らずを邪魔された事により完全にぶちギレたモードレッドによる召喚したマスター諸共巻き込む凄まじい蹂躙劇が起きたそうな。
~~召喚~~
「……困りましたね」
現世の料理もとい聖杯を求めて現世に舞い戻ったアルトリアだが、マスターである衛宮切嗣の態度に悩んでいた。
彼のスタンスは目的のための過程を必要最小限の犠牲を最短で切り捨てる合理主義者。
おまけに自分というか英霊の存在を道具と見なす以外にも思うところがあるらしく話しかけても無視されてしまう。
一言で申すなら、嘗ての己自身を見せられている気分だ。
因みに平行世界であったことは既に把握しているが、アルトリアは料理長の不在の円卓の惨状にショックを受けたものの、それ以上に彼への畏敬が高まっただけだった。
「モードレッドもこんな気持ちだったのでしょうか?」
だとするならば、本人は完全に無自覚だったが料理長の仲介は正に望外の奇跡だったと思える。
とはいえその奇跡を手繰り寄せてくれた料理長はおらず、今回ばかりは自身の手で何とかせねばなるまい。
「さて、どうしたものですか……」
殴り付けてから膝を付き合わせてもいいが、しかし理想の騎士王と謳われた身としてやはりそれは最終手段とすべきだろう。
「む?」
と、何気なく窓の外を見遣れば、そこには切嗣が妻アイリスフィールの面影がある幼女と戯れる姿があった。
その光景を眺め、アルトリアはある可能性に至る。
「まさか、マスターはロリータコンプレックスを通り越したペドフィリアなのですか?」
「人の旦那を変態にしないで」
アルトリアが口にした可能性を凄みのある笑顔で否定するアイリスフィール。
しかし史実のアルトリアならともかく、どっちの意味でも変な方向に振り切ったアルトリアはその否定に疑念を投げ掛ける。
「しかしだアイリスフィール。
だったら何故切嗣は長年連れ添った舞弥女史ではなく貴女と子を設けたのでしょうか?」
「それは……」
普段ならそうなった経緯や自分の姿等から論破出来ただろうが、最近の切嗣の様子や時折感じる舞弥の嫉妬と羨望の混じる視線を思いだし、そして自分の年齢を考慮した結果、アイリスフィールは切嗣への疑念をいだいてしまう。
「もしかしたら、本当にあの人は……」
「違います」
年若い子供しか愛せない異常者なのかと口で手を覆いかけたアイリスフィールに舞弥の突っ込みが飛ぶ。
「御二人共正気に帰ってください。
確かに私と切嗣は男女の関係がありましたし、私は今もそういった想いを抱いています。
ですが、彼は私を自身が道具として在るための付属品と見なし私も彼の道具であろうとしていたため、マダムのように心を支えることは出来ませんでした。
ですから彼は正常だと私が保証します」
下手に誤魔化すより自身の胸の内も含めはっきりした方がいいと言い切る舞弥だが、その態度にどこぞのヒトヅマニアを思い出したアルトリアが余計な一言をぶちこむ。
「それって最期は感情を押さえきれなくなって泥沼の三角関係からの大惨事になるパターンじゃないですか」
事実、アイリスフィールが聖杯として完成する前に二人の関係を速やかに終らせる役目も任されていた舞弥はその一言に固まる。
「い、いえ。
私はそのようなことは……」
「いいのよ舞弥」
しどろもどろに焦る舞弥にアイリスフィールは慈しみをもってその手を取る。
「聖杯を完成させた時私はこの世からいなくなるわ。
その後のことを貴女になら任せられるわ」
「マダム…」
原作のくっそ重たいシリアスな空気を醸す二人だが、しかしシリアルに片足突っ込んだアルトリアは構わず二人に声をかける。
「それはそれとして、切嗣がこちらを無視し続ける現状を何とかしたいんでお力添え願えますか?
それと小腹が空いたので何か摘まむものがあれば欲しいです」
「貴女は少し空気を読んでほしいんだけど?」
そんな白い目を向けるアイリスフィールだが、フリーダムを極め尽くした円卓の長は堪えない。(なお、アグラヴェインとギャラハッドとベディヴィエールは除く)
「シリアスなんて戦場だけで十分です。
常に肩肘張ってても、死後にその痛さで頭を抱えるだけですから」
「え~と……」
妙に実感の篭った言いようになんと返すべきか言葉を失うアイリスフィール。
「ねぇ舞弥……」
助け船を期待して舞弥に水を向けるも、シリアルは御免とばかりに既にそこにはいない。
「……取り敢えず、私が仲介しましょうか?」
「お願いします」
その後、軽く苛立ったアルトリアにより切嗣が空を飛んだのは言うまでもないだろう。
~~初日~~
「……残り5騎」
聖杯戦争開催の地に到着し、昼間から早速サーヴァントの気配を振り撒いてきたうつけに対しブリテンのKEMONO相手に磨いた気配遮断術を発揮して背後から暗殺を完遂したアルトリアは冷酷に告げる。
孫の前だからと年も弁えずに此方を殺す勢いで斬りかかってきたランスロットを相手にしているつもりで本気で攻めたのだが、結果は一撃で終いと実に呆気ないものだった。
これが誇りを賭けた『決闘』であるならば正々堂々騎士としての矜持を胸に相対するが、『戦争』と銘打つ以上アルトリアに正道などという選択肢はない。
戦争で卑怯とはただの言い訳と遠距離からの土地ごと聖剣で凪ぎ払うも気配を消して暗殺するもアルトリアは良しとやる。
そもにして聖杯戦争は夜間のみのはず。
それを無視する弁えない輩に掛ける礼儀など有りはしない。
「アイリスフィール。
如何しますか?」
「そうね…」
持ち込んだプリドゥエンを使いその場から離脱し安全圏と判断できる位置まで待避してから今後の指示を仰ぐアルトリア。
拳に加え、更に今の態度を続けるならば娘にお前の女関係を洗いざらい教えてやろうかと、強はもとい話し合いをして速やかにコミュニケーションを取るようにさせた切嗣から、今後の方針を聞き出した。
そしてアルトリアはアイリスフィールを偽のマスターとして立て、自身をアイリスフィールの警護と敵を引き出す釣り餌にする算段だったと聞いていた。
呼びつけておいてその扱いとはと不愉快に思ったが、自分は自分で現代の食事を堪能するために参加したのだからその事についてはおあいこだろうと流すことにした。
しかし、今の流れはよろしくない。
合理的に勝つなら今のでも構わないだろうが、切嗣の策からしたら目立たず敵を潰すのはいい顔をしないだろう。
「取り敢えず切嗣が用意している拠点に向かいましょう」
「解りました」
因みに切嗣は時計塔に逃げる途中のケイネスを消せたので別に文句を言うことは無かったそうだ。
~~会敵~~
『Aaaaaaa‼』
聖杯戦争へと本格的に参加するため夜の町に繰り出したアルトリアは、早速黒い靄に包まれたバーサーカーらしきサーヴァントに襲われた。
「この太刀筋……まさかランスロットなのですか?」
生前の逸話から派生した身分を隠す宝具の効果で正体を視認することは出来ないが、狂化されていても太刀筋までは失っておらず、アルトリアは割りとすぐに正体を看破してのけた。
「何故お前がバーサーカーに……って、そう言えば以前ギネヴィアに罵られて発狂してましたね」
サクソン人やピクト人と並ぶブリテン恒例ギネヴィア誘拐事件の際に、救助に向かったランスロットは馬をやられてしまい、急ぐあまりにあろうことか荷車に乗って駆け付けるという愚行に走ったのだ。
当時のブリテンでは荷車に乗る者は罪人であるという認識が強く、それを目撃したギネヴィアが勘違いからランスロットを手酷く詰り、余りのショックにランスロットは発狂し数年間も行方不明になるという惨事が起きたのだ。
そんな訳で狂った理由はその頃を狙って呼ばれたのだろうと勘違いしたアルトリアは狂った同朋を前に聖杯戦争ではこんなこともあるのかと記憶に留めるだけにした。
「まあいいでしょう。
敵陣とあれば容赦はしません。
火急的速やかに倒されなさい」
そんな感じでランスロットと戦うも、マスターに恵まれなかったランスロットはすぐに魔力切れを起こしその場から消えてしまう。
「……取り逃がしましたか」
全盛期のランスロットと打ち合うのが割りと楽しかっただけにこの結果を残念に思うアルトリア。
余談だがバーサーカーのマスターは外道麻婆(未満)に拾われた。
~~本気~~
「おお!?
お久しゅう御座いますジャンヌよ!!」
もうすぐ夜が明けるので撤収しようとしていたら突然魚面の気持ち悪い男に絡まれた。
「失礼ですが私はジャンヌではありません。
というか貴方はキャスターですね?」
ならばここで斬ると構えるアルトリアだが、精神汚染Aを所持するジル・ド・レは気付かず悲しみを垂れ流す。
「何故だ神よ!!??
何故ジャンヌから貴き信仰心を象徴するような胸を奪い去ったのだ!!
いえ、私個人としては全く脹らみの無いほうがフェミニンさとかプリティブな感じがして好みなのですが」
「しね」
絶対零度の殺意と共に真っ黒に染まった極光がジル・ド・レを消し飛ばす。
「あ、アルトリア?」
「……ナニカ?」
「ナンデモナイデス」
金色に染まる双眼を爛々と輝かせるアルトリアに、これ触れたら鏖殺されるやつだと距離を取るアイリスフィールであった。
キャスターのマスターは敗退と同時に冬木を脱出したが、アサシンにより抹殺されました。
~~問答~~
「聖杯に何を求めるか……ですか」
聖杯戦争も三騎の脱落が確定したところでライダーより王の器を比べ聖杯に相応しい者をはっきりさせんと談合を持ち掛けられ、アルトリアは切嗣に確認を取ってからそれに応じた。
切嗣はアーチャーのマスターを暗殺するまでの時間稼ぎにそれを利用するつもりでそれを許可したが、まさか、その選択が後に多大な影響を及ぼすとは思いもしなかった。
「正直に言えば私は聖杯に固執していません」
「何?」
「…ほぅ?」
疑念を浮かべるライダーと何やら愉快なものを見たと言わんばかりのアーチャー。
「生前に後悔が無いかと言われれば勿論あります。
ですが、それさえ私が為した道。
生前ならまだしも、願望器を用いて死後にやり直しを願う道理はありません」
「ならば、何故この戦争に参加した?」
「食事です」
「は?」
その答えに全員が何を言っているんだと目で言う。
「生前から私は餓えを満たすことは叶わなかった。
だから、一度ぐらいは美味しいご飯をお腹一杯食べたかったんですよ!!」
「え? 聖杯よりご飯が大事なの?」
ドン引きするアイリスフィールだが、その発言がアルトリアを怒らせた。
「アイリスフィール。
貴女は本物の飢餓を知らないからそんなことが言えるんです」
そうして始まるブリテンの悲惨な生活事情。
「そもにして土地が死んでるんですよ!?
そんな土地でできた作物なんて痩せて味も悪い粗悪品ばかりで、しかも土着の技術的な某は宗教弾圧によって悉く四散。
雑で不味い食事だってそれさえ贅沢だったのにどうして文句が言えましょうか……」
「あの、その……だったら聖杯で土地を蘇らせれば」
「抑止案件からの剪定事象まっしぐらですねありがとうございます」
一言で叩き切られ二の句を失うアイリスフィール。
神代の酒の効果か、アルコールが悪い方向に入ったアルトリアは溜まりに溜まった鬱憤を打ち撒ける。
「第一、前の世代があんまりすぎるんですよ!!
ウーサーはウーサーでブリテン統一寸前に覇権より女って馬鹿じゃないんですか!?
それに付き合うマーリンもマーリンです!!
次代を担う理想の王?
そんなもん仕込むより先に神秘の終焉に愁いたヴォーディガーンを見習って対策を立てなさい!!
そんなんだからお前は屑と言われるんですよ!!」
「ちょっ、それ以上は真名の解明に関わるからストップ!?」
酒をピッチャーごと奪い一気に捲し立てるアルトリアに必死に制止するアイリスフィール。
そんな様子にアルトリアの生前の苦難を察しなんと言うべきかと頭を掻くライダーと、道化芝居を見ているようににやつくアーチャー。
「お金もない、食べ物もない、信頼できる部下もちょっとしかいない。
そんな国の王様が先陣切って身を粉にしないでどうやって国を建て直せると言うのか教えてください征服王!!」
「いや、うん……。
余は治世は失敗した側だから政治は偉くは言えんが、余なら夢と志を共とする無二の仲間を募る事から始めるか?」
唐突に水を向けられ自分ならこうするかと意見を出すも、アルトリアの悲惨さは歯止めが無かった。
「私は断金の友と信じた最初の友人に妻を寝とられました」
「……すまん」
次々と降りかかる苦難でも言い表しきれない地獄の数々に遂に征服王も白旗を上げる。
「ふは」
と、とうとう堪えきれなくなったアーチャーが爆笑する。
「なんだこれは?
王道を競うと聞いてくればこんな愉快な道化芝居をみせられるとは。
実に愉快で堪らないぞ!」
そう爆笑するアーチャーを酒によって歯止めが聞かなくありつつあるアルトリアは剣呑に睨む。
「そんなに人の不幸が面白いですか?」
「言うまでもあるまい?
雑種が転げ回る様を愉しまなくて何が王か」
そう言うとアーチャーはくつくつと笑う。
「我をここまで楽しませた褒美をやろう。
傍に侍ることを赦す。
セイバーよ、我の寵愛を篤と受け取るがいい」
これ以上の誉れは有るまいと自信満々なアーチャーだが、
「嫌ですよ」
「ふっ、遠慮する必要はない。
我を「いえ、そうじゃなくて」ん?」
アーチャーの戯言をぶったぎってアルトリアは理由を言う。
「私、若い男には興味無いんです。
三十代中頃の、余計な油が落ちた頃に出てくる渋さのある色気を持った男性が好みなんです」
「ぬぅ…」
頭からの拒絶なら強硬に組み敷くも一興と思っていたところでまさかの言葉に然しものアーチャーも二の句に迷う。
と、今度はそれを聞いたライダーが愉快げに笑う。
「こいつはしてやられたな?」
「ええい! だったら三十代の我なら良いのだな!?」
苛立たしげに虚空から若返りの秘薬の反対の効果を持つ宝具を取り出そうとするアーチャーだが、アルトリアは更に言う。
「それと、婿にするなら毎日私のために手ずから食事を作ってくれる方が良いですね」
と、そう言ってからアルトリアは自分が挙げた条件にぴったり嵌まる条件の男が居たことを思い出す。
(そう言えば、私はどうしてあの時あそこまで狼狽えていたのでしょう?)
生前の某についても毅然とした態度で謝罪すれば彼の性格からしてそう見下げられる事はないはず。
はてと首を傾げるアルトリアにアーチャーは震えながら怒鳴る。
「貴様、我を前に他の男を懸想するとは、我に恥を掻かせるか!?」
「懸想?」
その言葉を聞いたアルトリアはパチリとずっと足りなかったパズルのピースが嵌まったような感覚を識る。
(……ああ、そうだったのですか)
どうして彼に会いたくなかったのか、どうして自分がアーサー王だと知られたくなかったのか、そんなことは当然だ。
知らなかったとはいえ、自分をただ一人の小娘として見てくれた『彼』を、一人の男として慕っていたのだ。
己自身気付いていなかった想いを知り得たアルトリアにアーチャーは不愉快だと立ち上がる。
「我以外の男を思ってそのような顔をするなど、少々躾が必要なようだな」
背後に黄金の波紋を発し戦闘体勢を取るアーチャー。
「生憎と、叱ってくれる人は既に間に合っています」
アイリスフィールを守るためアヴァロンの展開も視野に入れ戦端が何時切られてもいいよう警戒するアルトリア。
空気の温度が下がっていく中、然り気無くマスターを後ろに下げながらライダーが執り成しを計った。
「まぁ待て待て。
このまま武を競って勝者を決めることも吝かではないが、奴等にも杯を交わす意思があるか問うぐらいは待ってもよかろう?」
その言葉に同調するかのように髑髏の仮面を付けた黒塗りのアサシンが現れる。
その後、史実通りにアサシンはライダーの怒りに触れ退場し、アーチャーは興が削がれたと何もせず去った。
~~可能性~~
四騎が脱落し、いよいよ人としての機能を喪失し始めたアイリスフィール。
その姿を痛ましく思ったアルトリアは切嗣に直談判することにした。
「本当にこのままでいいのですか?」
問いを無視をしたかったが、また空を飛びたくなかった切嗣は端的に切り捨てる。
「彼女は覚悟していた。
イリヤのため、聖杯になることを承諾していた。
今更どうこう出来はしない」
切嗣とて何もしなかったわけではない。
時計塔に封印指定を受けた人形師を探してみたり、時間の許す限りアイリスフィールを救う手段はないかと手は尽くした。
しかし伸ばした手は届かなかった。
ならば然るべき結末を迎え、彼女のためにも、なによりイリヤのためにも聖杯を手に入れなければならない。
その為になら、何をすることにも躊躇いはない。
「……分かりました」
切嗣の答えにアルトリアは自身の言葉は届かないのだなと理解した。
「偵察に出る序でに食事を調達してきます。
希望はありますか?」
「任せる」
「……何かあれば念話で伝えます」
そう言うとアルトリアは用意されたバイクを駆り走り出す。
「さて、どうしますか?」
任せるとは言われたがアルトリアは真剣に困っていた。
何せ、5世紀のブリテンに比べ食べるものが多いのだ。
初めてコンビニに入った時なんてラインナップの多さに卒倒しかけたほどだ。
ただしジャンクフード、お前だけは許さない。
安さと量を折半した某チェーン店のハンバーガーを否定する気は無いが、戦場の天幕でも無いのに態々そういった類いの最低限のエネルギーだけを求める必要はあるまい。
「やはりこういう時は土地の穀物を選んでおきましょう」
清浄で豊かな水源により育まれた米の味は料理長の食事を初めて食した時並みの感動を与えてくれた。
その料理を巡って円卓の騎士達と本気で殴りあったのも今では懐かしい笑い話だ。
「……って」
慌てて急ブレーキを掛け停止したアルトリアは、遅まきながらある可能性に気づく。
「もしかして、この国が料理長の故郷なのでは?」
浄めずとも飲用可能な豊かな水源。
狭く、それでいて山脈の多い国土。
そして麦ではなく米を主とし、飽食の時代にあってなお食に対して飽くなき探求心を持ち続ける民。
以前聞いた故郷の話は丸々日本のそれとぴったり嵌まった。
「此所が料理長の故郷……」
もしそうだとするなら、我欲によってその平和を荒らす自分はなんと恥知らずなのか。
そも、そんなものを容認した聖杯戦争とは其れほどの物なのか?
不幸は多くあれど、抗う術さえ思い付かないような理不尽な不足は少ない時代に於いて万能の願望器など本当に必要なのか、その是非を思うアルトリアはふと、遠くに見える山に違和感を感じた。
微かにだが、生前討伐した魔猪の王が撒き散らしていた呪詛に似た、放置すれば災害の種となりかねない原因となると直感が訴えている。
『切嗣、こちらの近くに悪性を感じる何かを感じました。
キャスターの残した呪詛かもしれません。
確認してもよろしいですか?』
『任せる』
『分かりました』
報連相はしっかりと交わしアルトリアは直感の導くまま、『この世すべての悪』に汚染された大聖杯に向かった。
~~転換~~
アルトリアの調査により、万能の願望器がサーヴァントを燃料とした大量破壊兵器と化していたことが判明し、衞宮切嗣の心が遂に折れた。
「………」
妻を死なせ、娘さえ贄となる未来が確定したと項垂れる切嗣に、アルトリアは冷めた目で問う。
「どうしますか?」
続けるのか、辞めるのか。
「…………」
これ以上のサーヴァントの脱落は大聖杯の爆発を起こしかねず、下手にサーヴァントの自害を命じれば街を破壊すると同義になりかねない。
万事手詰まりとしか思えなくなった切嗣に、アルトリアは怒りの声をあげる。
「いい加減にしろ!!」
切嗣の胸蔵を掴み、サーヴァントとしてではなく『人』としてアルトリアは怒りを叩きつける。
「このまま手をこまねいて妻を喪い、娘を奪われ、無関係なこの町の民を見殺しにするような、そんな誰も救われないふざけた結末を座して迎えるつもりか!?
貴様の覚悟とは、その程度のものだったのか!?」
そう、アルトリアは切嗣の間違いを指摘する。
「そうやって諦めたまま、本気で世界に平和をもたらせると思っていたのか!?」
救うことを諦め殺す道を選んだ。
正義の味方を諦めて天秤の秤になった。
妻を諦め世界を平和で満たそうとした。
「そんなつもりで、娘を救えると本気で思っていたのか!?」
「じゃあどうすればいい!!」
イリヤの事を挙げられ切嗣は遂に爆発した。
「聖杯は穢れ、アイリの死も無駄となる!!
そんな状態でどうやってイリヤを救えると言うんだ!!」
何を切り捨てればイリヤだけでも救えるのかと泣き叫ぶ切嗣にアルトリアは言う。
「令呪を二画切りなさい」
「……何を」
「1画目でアインツベルンへ私を転送しなさい。
そうすればアインツベルンを鏖殺してでもイリヤスフィールを確保します。
その後、おそらくアインツベルンには聖杯汚染の原因となる資料が有る筈。
それを手に入れた時点で二画目を切りイリヤ共々私をこの街に呼び戻しなさい。
そうすればアイリスフィールを救える可能性が生まれます」
「………そんな上手いことが」
「そうやってまた諦めるのか?」
アルトリアの叱咤に切嗣は言葉を失う。
「答えなさい衞宮切嗣。
諦めてなにもかも喪うか、それとも一縷の望みを私に託すのか。
貴様の本心を私に告げなさい」
そうアルトリアは掴んでいた手を離した。
解放された切嗣はそのまま尻餅を着いて項垂れる。
「…僕は」
正義の味方になりたかった。
だけど年をとるに連れそれが夢物語なのだと諦めた。
そうして少しでも悲劇を減らすため殺戮の徒へと身を堕した。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して
そうした果てで血塗れの手を掴んでくれた者を最後の贄と捧げる事で救われる道を示された。
だけど、それこそが本当の間違いだった。
「令呪を以て告げる」
本当に欲しかったのは、本当に成さねばならなかったのは、
「妻と娘を助けてくれ!! セイバー!!」
家族を救う『正義の味方』になることだ。
「承りましたマスター」
刹那、アルトリアはその望みを果たすため光となった。
「舞弥」
「はい」
「アイリを頼む」
掴まれた服を直し切嗣は立ち上がる。
「それと、これが終わったら君の息子を迎えに行く」
「っ、はい!」
その目には、確かに光が宿っていた。
~~顛末~~
「……と、言うわけで聖杯戦争は中断され、大聖杯を私が破壊することで開催は恒久的に頓挫しました」
と、今回の大惨事のあらましを語り終えるアルトリア。
しかしその姿に覇気はなく、正座をさせられた状態でカタカタと小さく震えていた。
「成る程な」
それまでずっと弁明を聞き届けた料理長は深く溜め息を吐いた。
「アルちゃんが意外とそそっかしいのは今更だから置いとくとして、取り敢えず一週間飯抜きな」
「そんな!?」
凄惨を極める厳罰にアルトリアは涙目で嘆願する。
「どうか御慈悲を!?」
「これでも随分軽くしてるんだぞ?」
「え~と…具体的には?」
恐る恐る確めるアルトリアに料理長はすっぱりと言う。
「ケイから半年飯抜き、モードレッドから1年間ガウェインのマヨマッシュ喰わせろって言うのをギャラハッド達と必死に宥めて俺が裁量を預かることにしたんだが…反省してねえみたいだしやっぱりそのままで」
「誠心誠意刑に服させて頂きます」
某総大将や語り部を彷彿とさせるほどにそれは見事な土下座をするアルトリア。
「……はぁ」
そんなかつての主君の情けない姿に料理長は再び溜め息を吐いた。
「俺からは以上だ。
後、他の全員にもちゃんと謝ってこいよ?」
「はい」
立ち上がりとぼとぼと歩き出すアルトリアに料理長は言い忘れていたことを思い出し呼び止める。
「アルちゃん」
「はい?」
「偶然とはいえ俺の故郷を救ってくれてありがとう。
罰とは別で、その礼にアルちゃんの好きなもん作ってやるよ」
そう仕方ないと云うように笑う料理長に、
「はい!」
最近、何を書いても納得できず、完全にどん詰まりになってました。
他所ではライトニングなユキ○ゼとか深江とか普通に引いてたけどさ…ガチャは呼符込みで星四も威蔵も出やしねえ60連敗。
そんな中で愉悦から渇破されました。
「貴様の愉悦は何処に消えた!!」
そうして気付く。
最近書いていて愉悦してねえと。
そもそも自分は書いていて愉しいから書いてるのであって、それを忘れて書いてもそりゃあ面白くもなんともない筈だ。
そんな感じで頭空っぽにして原点回帰。
好きなように書いてみました。
因みに飛び飛びなのはアルトリアが語り部としてかいつまんでいるのを表現したからです。
予定の話はちょいちょい書いていたので自分の愉悦が少し回復したので忘れ去られる前になるべく投下したいな…