「少し良いでしょうか料理長」
「クロワッサンに山羊のバターは合わないか」
主食になるか試食してもらった皿を前に眉をひそめそう言ったアルちゃんに俺は自らの過ちを自覚した。
臭み消しにパセリを混ぜたんだが上手くいかなかったみたいだな。
「牛のバターよりクセが強くて風味も独特ですが決して悪くはありません。
いえ、そうではなく少し意見を頂きたいと思いまして」
こりゃまた久しぶりだな。
料理長等と言われているが俺はただの円卓専門の料理人でしかない。
なんだがアルちゃんはこうしてちょくちょく相談を持ちかけてくる。
まあ、無害そうな30越えたおっさんだし多少は口は堅いほうだから構わないのだが。
作業の手を止め向き合うとアルちゃんは話始めた。
「…これは私の知り合いの話なのですが、最近妻が親友と懇ろな関係になってしまったんです」
「いきなりヘビーだな」
浮気の相談とか魔法使い()なおっさんにはどうしようもないんだが。
「で、修羅場になったと?」
「いえ。
その知り合い自身は二人がその関係になったことを寧ろ喜んでいるのです」
「……すまん。その知り合いの特殊な性癖については理解しようもない」
寝取られで興奮出来ねえよ。
「そうではなく知り合いと妻は政略結婚だったのですがとある事情から自分には妻に幸福を与えられないと悩んでいたので喜んでいるのです」
多少早口に捲し立てるアルちゃん。
顔が赤いのは気にしないでおいてあげよう。
しかし、ふむ。
「流れからしてその知り合いってのは豪族でその親友は円卓ぐらい偉い騎士ってとこか」
アルちゃんは円卓騎士のケイの従者だしそういったお偉いさんの込み合った某を見聞きしちまってもおかしくはない。
「ええ。
ですので二人の関係をそのまま万が一何かが起きても波紋を起こさずに壊れずに済ます方法はないものかと」
「無いな」
アルちゃんの言葉をばっさり切り捨てる。
俺がいた時代なら離婚して再婚とかで済むだろうが生憎この世は基督教が幅を効かせる封建社会。
とはいえプロテスタントだから離婚できなくもないらしいんだが、政略結婚だからそれも難しいだろう。
そして豪族の妻が不貞を働いたとなれば体裁を保つために妻と騎士の処刑しなけりゃならなくなるだろう。
「……そうですよね」
よっぽどその知り合いたちに肩入れしてるらしくアルちゃんは肩を落とす。
「とはいえ、なんもかんも丸く収まるかもしれない案はあるぞ」
「本当ですか?」
まあ、間違いなくその騎士は受け入れないだろうけど。
「アルちゃんは最悪知り合いの妻と騎士の処刑が避けられればいいんだよな?」
「ええ。
しかしその様な方案は」
「簡単だ。
不貞がバレたらその騎士に自分で去勢させろ」
「…………え?」
そう言うとアルちゃんは石になった。
そして暫くしてからしどろもどろで口を開く。
「去勢…って、もしかしなくても、アレを、その、」
「ぶったぎらせる」
十代前半の金髪美少女には刺激が強かったらしくみるみる顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「しかしそれでは男性は大変なのでは…」
「まあ、そうだな」
この時代の価値観は本人たちもだが何より如何に周りが納得できるかだ。
「忠義に背いた罰として自分からそこまですりゃ大体の男は納得するもんだ。
その妻だって本気で騎士を愛してるなら竿の有り無しもあんまり関係ない筈だしな」
無いなら無いなりにヤりようもあるし。
野郎にとっちゃあ地獄だが魔法使い()からしたらザマァでメシウマだ。
アルちゃんにはかなり刺激的だったらしくブツブツ言ってる姿はちょっとクるものはあるが俺はロリコンではないので何かしたりはしない。
やがてアルちゃんは「貴重な意見ありがとうございました」と言い厨房を出ていった。
出ていく際に残っていたパンをバケットごと持っていったのでアーサー王にも提供出来るだろう。
「そういやアーサー王と言えば」
ランスロットとギネヴィア姫が浮気したんだったか?
まあアレはモルドレッドが来てからの筈だし、一介の料理人に何か出来ることもないか。