円卓の料理人【本編完結】   作:サイキライカ

20 / 41
修羅場、始まります。


料理長とししおうさま
そのいち


「これで終いだ」

 

 銀線の煌めきと共に鋼が砕ける音が響き、重たいものが倒れる音がした。

 その光景を微かに暗い光を宿した翡翠の輝きを湛える瞳で見届けたアルトリアはただ静かに述べる。

 

「評決は下った。

 これより聖都に住まうに足る善き人の選別を始める」

 

 そう宣い踵を返そうとしたアルトリアに待ったの声が掛かる。

 

「まだだ……まだ、俺は終わってねえぞ!!」

 

 罅欠けたクラレントを杖として必死に立ち上がろうとするモードレッド。

 

「勝敗は既に決した。

 大人しく座に帰れ」

「ざけんな!!」

 

 アグラヴェインの言葉に血を吐きながら怒鳴る。

 

「折れるわけにいかねえだろうが!!」

 

 アルトリアの召喚に応じ、そして変わり果てたアルトリアという絶望を目にした。

 だけならまだ諦めが着いた。

 だが、変わり果てたアルトリアの憤怒を、悲嘆を、絶望の果てに人理焼却という唯一無二の機会(・・・・・・・)に到達して選んだ答えを聞き、今度こそ殺し尽くさねばならないと剣を握ったのだ。

 答えを受け入れられないと純粋に反意を抱いた者。

 あまりに無意味と止めようとした者。

 他に手段はあると訴えた者。

 其々の理由からアルトリアの成そうとする事に異を唱えた者は諸共討たれモードレッドを残し座へと返された。

 そうして残ったのはモードレッドを含む七人。

 アルトリアの願いに心から賛同し真っ先に随従を選んだガレス。

 ただ黙し随従を選んだアグラヴェイン。

 変わり果てたアルトリアであろうと今度こそ忠義を尽くすと随従を選んだランスロットとガウェイン。

 後悔から随従を選んだトリスタン。

 そして……

 

「もう休めモードレッド」

 

 肉を突き刺す音が響き、ケイ(・・)の剣がモードレッドの霊核を貫き破壊した。

 

「ケイ……なんで…だよ……?」

 

 生前のケイはあんな風に成り果てて欲しくないと願っていた。

 金の粒子へと溶けていきながら、なのにどうしてだと問うモードレッドに、無表情のままケイはモードレッドにだけ聞こえるように答えた。

 

「……そうかよ。

 せいぜい、貫いて見せろ」

 

 そう言い残しモードレッドは座へと返された。

 

「言うまでもない」

 

 消えたモードレッドへとそう言うとケイは剣を収め他の者に倣い膝を着いて臣下の礼を払う。

 

「終わりました陛下」

「ああ」

 

 白い外套を払いアルトリアは告げる。

 

「始めよう私の選択(・・・・)を。

 人理に奪われた我々のブリテン(・・・・・・・)を取り戻すのだ」

 

 

~~~~

 

 

 第5特異点の修復が終わり数日が経過した。

 修復直後に突如昏倒したマシュ・キリエライトへの不安からの混乱も落ち着き、料理長と役職で呼ばれるサーヴァントは何時ものように厨房に立っていた。

 

「貴様は相も変わらずだな」

 

 鉄のように冷えた声に料理長は作業をそのままに答える。

 

厨房(ここ)に来るなんてどんな風の吹きまわしだオルタ?」

 

 そう尋ねるとオルタは、なに、と肩を揺らす。

 

「あの娘の事で貴様がおたついていないか興味が湧いただけだ」

「そいつはいい趣味だこって」

 

 一通りの作業を済ませた料理長は使っていた厨房の清掃に入る。

 

「餅は餅屋。

 専門家でもない俺に出来るのは心配するぐらいしかないからな。

 出来ることは何時快復しても良いよう旨い飯を直ぐ食えるよう用意しておくぐらいさ」

 

 負傷を回復させる手段こそ料理長の手にあることはあるが、しかしマシュの容態から自分では足りないと自覚していた。

 

「然り。

 存外身の程は弁えているようだな」

 

 くつくつと笑うオルタ。

 正直料理長はオルタがあまり好きではない。

 見た目が生前良くしていた少女と全く同じであるのに性格は横暴ながら自虐的。

 おまけに飯にはけちをつけまくるとあって、グレて不良になってしまった彼の少女のように感じてしまうのだ。

 しかしそれも仕方無し。

 彼女はこの世界線のアーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンの一側面。

 力を以て反意を黙らせ、誰の意見も意に介させずただ合理的にブリテンを平定したアーサー王の圧政者の面を表とした存在なのだ。

 直接対面したことこそないものの、一応はアーサー王の側にいた料理長としては主君の悪い部分が前に出ているオルタにはあまりいい気持ちはしない。

 なにより人が丹精込めて作った飯を『贅を貪るだけの肥え太った豚のための餌』と評した時点で不倶戴天の天敵なのである。

 

「で、それだけか?」

「まあ、今はそうだな」

 

 含みを持たせた言い方に料理長は首を傾げる。

 

「何か起こるのか?」

「さあな?

 だが、貴様がカルデアに招かれた因果が如何様に拗れるか我が事ながら見物だと思っただけさ」

 

 意を解させない言い回しに半目で睨む料理長。

 

「そういう言いかたしてるとあの屑魔術師みたいになっちまうぞ?」

「流石にその侮辱は聞き捨てならん」

 

 マーリンみたいだと文句を言うと本気で嫌がるオルタ。

 

『……ミツケタ』

「「っ!?」」

 

 突如響いた『声』にオルタが即座に鎧を纏い料理長も護身用に生前狩りと護身に使っていた鉈を握る。

 周囲に人の気配はない。

 しかし確かに声は響いた。

 それも、何処か聞き覚えのある……

 

「ガッ!?」

 

 突如響き渡るオルタの悲鳴。

 見ればオルタは虚空から現れようとしている槍に背中から貫かれていた。

 

「これは、ロンゴ……!?」

 

 自らを刺し貫いた槍の正体に思い至ったらしいオルタがその名を口にしようとするも槍は大きく振られオルタを食堂の壁に叩きつけた。

 

「オルタ!?」

 

 いくら英霊とはいえあのダメージでは最悪『座』に返されてしまうだろう。

 咄嗟にカウンターにあった軽食の焼き菓子を手に取ると、腰の香草の瓶の中身を振り掛け魔力を込め腑活効果を付与し、オルタを治療するため駆け出そうとした料理長だが、虚空の槍がそれを阻む。

 助けにいきたいが下手に動けない。

 とある理由で行動不能と化した主力メンバーの代わりに主戦力に抜擢されていたオルタを気付くことさえ赦さず一撃に伏させた相手に、元より戦闘など埒外である料理長が敵う由もない。

 赤い血溜まりがゆっくり広がるのをただ見ているしかなく歯噛みする料理長の前で、槍が出現したらしい虚空に黒い丸が広がりそこから槍の持ち手が姿を表す。

 

「お前は……」

 

 現れたのは白い甲冑の騎士。

 獅子をモチーフとしたフルヘルムにより顔は解らないが、長大な槍に似つかわしくない細い腕からしてどうやら女性らしいと当たりを付ける。

 

『ヤット……ミツケタ』

 

 兜越しに紡がれた声が料理長に向けられる。

 敵意を一切持っていないどころか、むしろ待ち焦がれていた相手を前にしたような雰囲気を纏う相手に困惑を隠せないでいると、突然騎士は背後に向け槍を振るった。

 

「ちぃっ!!」

 

 振り抜かれた槍が背後から暗殺を仕掛けた自称ヒロインXの斬撃を弾き、しかしヒロインXは魔力放出を駆使して空中で体勢を整えると圧縮した空気を足場に騎士へと斬りかかる。

 

「今のうちに!!」

「すまないアルちゃん!」

 

 二刀によるラッシュで騎士を釘付けにしている合間にオルタへと駆け寄る料理長。

 

「大丈夫かオルタ?」

 

 俯せに倒れたオルタを抱き起こすもその呼び掛けに応じない。

 

「後でなんとでも責めてくれ」

 

 一刻の余裕もないと判断した料理長はそう謝罪する。

 そも料理長は正規の英霊とは言い難い存在であり、クラスこそキャスターではあるが使える魔術らしいものと言えば逸話が昇華した事で可能となった料理に強化付与を与える事と調理器具の投影が精々。

 それも出来て先程したように料理に僅かな付与効果を施す程度。

 故に魔術を施すとなると料理を食べさせる他にない。

 故に料理長は腑活効果を施した焼き菓子を自ら口に含んで噛み砕くとそのまま口移しで無理矢理嚥下させた。

 

「何このタイミングでそんな羨まもとい不埒な真似をしてるんですか!?」

 

 それを目撃したヒロインXが悲鳴を上げ、何故か襲撃者の騎士も愕然とした様子で動きを止めていた。

 

「治療だ治療。

 食ってもらわなきゃどうにもならないから仕方なくであって、オルタをどうこうなんて邪な感情は微塵もない」

 

 そう言うとヒロインXは謎の騎士との距離を測りつつぽそりと呟く。

 

「つまり、今ここで意識を失うほどの重体になれば料理長から口移しが頂けると……」

「恐怖を和らげようって気持ちはありがたいが今はマジで頼む」

 

 ごくりと唾を飲み込むヒロインXに料理長は真顔で嗜める。

 度が過ぎた緊張により咄嗟の反応が出来なくならないよう場を解したのだと前向きに解釈してそう言う料理長だか、実際は本気でそれを実行しようかと悩んでいたのが口から出ただけだったりする。

 

「失礼、ですが時間稼ぎはもう必要ないようです」

 

 駄々漏れになった欲望が気づかれなかったことに内心感謝しつつ、その言葉の直後、直刀が騎士に着弾し爆発した。

 

「一体どういう事だ?」

 

 そう言いながらも油断なく双剣を構えるエミヤを筆頭に援軍が食堂に雪崩れ込む。

 

「料理長!?」

 

 負傷したオルタを抱え血塗れの料理長の姿にマスターである藤丸立香が悲鳴を上げる。

 

「俺は無事だ!!

 それよりオルタがまずい!!」

 

 そう応えると立香は即座に駆け寄り礼装を起動してオルタの傷を癒す。

 そうしている間に煙が晴れ、無傷の騎士が再び姿を表した。

 

「あれは、ロンゴミニアド!?」

 

 その槍に逸速く食い付いたアルトリアは信じられないと呻く。

 

「つまり、あれもアルトリアか……?」

 

 双剣を油断なく構えるエミヤの問いにアルトリアはおそらくはと首肯する。

 ロンゴミニアド、またはロンの槍とも言われる神槍の担い手で最も著名なのはアルトリアである。

 件の騎士は上背などアルトリアと比べると大きな差異があるが、ロンドンでカルデアに立ちはだかったアルトリアが彼女のように成長していた事から外見ではアルトリアか否かは当てにならない。

 今現在食堂に集ったサーヴァントはアルトリア、エミヤ、そして偶々立香と共に居たロムルスの三名。

 そこにヒロインXを加えれば一方的に蹂躙され負けるという事態はそうは起こらないはず。

 

『……周りに気を回して些か時間を掛けすぎたか』

 

 五対一の状況を前に騎士はそう嘆息するとロンゴミニアドを振るう。

 

『是は、精霊との戦いではない』

『承認ーーランスロット』

 

 騎士の声と共に槍が輝きを放つ。

 

「こんな狭い場所で槍の真名を解放するつもりなのか!?」

 

 百人以上を収容可能なカルデアの食堂とはいえ対城宝具を放てばどうなるかなど言わずとも明らか。

 しかしアルトリアの警戒を余所に続くはずの拘束解放は行われず、代わりに槍は風を纏っていく。

 

「真名解放をしない?

 疑似解放だけで十分と侮るか!?」

 

 手加減して状況を脱せると侮られたと捉えたアルトリアが怒りの声を発するも騎士は無言で槍を構える。

 

「一体何が目的なんだ!?」

 

 各自が防御を固めようとする中、立香がそう問いを投げる。

 ただ襲撃しに来たのであればこうなる前にロンゴミニアドを解放するだけでカルデアは甚大な被害を被っていた。

 しかし騎士は此方に何を言うこともなく力を振るわんとしている。

 まるで理解が敵わない行動に問いを投げると、騎士は槍に風を纏わせたままぽつりと答えた。

 

『その人を此方に渡せ』

 

 そう告げた視線の先にはオルタと立香を庇うように立つ料理長。

 

「やはり其れが目的か」

 

 ざわりとそれまで気配を薄くして目立たぬようにしていたヒロインXが殺気を隠すことなく撒き散らす。

 

「アルトリアがもう一人!?」

 

 居たことに全く気づかなかった立香が驚くのに構わずヒロインXは怒鳴るのを堪え低い声で言う。

 

「女々しい真似を何時までも。

 いい加減諦めろ」

『お前がそれを言うのか!!??』

 

 暴風を吹き飛ばすような怒声を放つ騎士。

 

『何もかも救われた(・・・・)お前に、救われなかった(・・・・・・・)私の絶望(・・)の何が解ると言うのだ!!??』

 

 感情を爆発させそのまま槍に溜めた風を放とうとした騎士の前に料理長が立ち塞がる。

 

「止めろ。

 此処は飯を食う場所だ。

 料理人として、これ以上暴れることは許さない」

 

 両手を広げ立ち塞がる料理長に騎士はたじろぐが、すぐに槍を握り直す。

 しかしそれを声を大にした料理長が遮る。

 

「お前の要求に従ってやるから止めろと言っているんだ!!」

「料理長!?」

 

 立香の悲鳴に振り向かず料理長は言う。

 

「カルデアはあと二つ人理を修復した上で黒幕をなんとかしなきゃならねえんだ。

 戦力にならないサーヴァント一人無くすだけでマスターが怪我一つ無しにこの状況がなんとかなるなら安い出費だ」

 

 そう言うと料理長は騎士の正面に立ち連れていけと言う。

 

「行かないで下さい!!

 行けば貴方は、」

「アルちゃん」

 

 ヒロインXの言葉を遮り料理長は振り向きながら笑いかける。

 

「俺はあくまで分霊だ。

 その内新しい俺がそっちに来るだろうから、今後の飯はそっちの俺に頼んでくれ」

「料理長……」

 

 悔しそうに俯く少女に料理長は困った様子で苦笑するとそこにそれまで黙っていたロムルスが口を開く。

 

「料理長。

 汝の信念(ローマ)浪漫(ローマ)を貫くといい。

 それこそが(ローマ)である」

「……ああ」

 

 相変わらず解りづらいが応援してくれているのだろうと解釈してそう頷くと最後に立香に別れの言葉を告げる。

 

「じゃあなマスター。

 マシュが起きたらよろしく頼む」

「……わかった」

 

 しっかりと頷いたのを見届けると下手な真似をさせぬよう槍を以て牽制を続けていた騎士に言う。

 

「もういいぞ」

『分かりました』

 

 そう言うと騎士の背後に現れた時と同じ黒い穴が発生する。

 黒い穴はそのまま大きく広がり、終に二人を飲み込むとそのまま消えてしまった。

 




オルタの台詞が誤解を招きそうなので先に補足しておきます。

オルタが言っていた因果が云々はヒロインXこと料理長時空のアルちゃんの滑稽さを皮肉っているだけで獅子王他先のことについて何か知っているなどということはありません。

ネタバレになるのでまだ説明できませんが、獅子王がカルデアに襲撃をかけれたのにもちゃんと理由があります。

おそらくきのこが無かったことにした設定で、知っている人がどれだけいるかも分からないかなりマニアックな部位でしょうが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。