購買には相変わらず、小さな笑みを浮かべた言峰が立っていた。
そして商品棚には白羽さんが頼んだのだろう制服が置かれている。
「――いらっしゃいませ」
「……」
型に填まろうとしているのだが、歪すぎるパーツ。
それが無理矢理収まっているような、奇妙極まりない店員の姿がそこにあった。
「……」
「言いたいことは予想がつくが、違和感には慣れたまえ。所詮君にとっては欲する物を受け取るだけの仲介人でしかないのだからね」
「……まぁ、そうですが」
どうにも先入観が拭えない。
断片的な聖杯戦争中の記憶において言峰はどこまでも監督役だった。
それが全てであり、妙に距離を取りたいという感覚から恐らく僕は言峰を嫌っていたんだろうからそこまで関わりもなかっただろう。
多分、必要な場合のみ関わっていた程度だろう。
だとしても――いや、だからこそこの姿に慣れていないのかもしれない。
「さて。用件なら窺っている。妙なものとは思ったが、とはいえそれはそれで愉……いや、面白い。所望の品ならここにある」
制服を指して言う言峰。
だが問わずには居られないことがあった。
「何故……二着?」
「む? 逆に問うが、彼女のものとは別にもう一着、要らないのかね?」
「……」
どういう事だ。
彼女、というのは――桜だろう。
だとすればもう一着は、何のために用意しているのか。
「私としては稀な善意のつもりなのだがな」
意味が分からない。
稀な善意――これについては言及しないとして、何故善意で制服を一着追加して仕入れたのだろう。
「君の――ふむ。サーヴァントが欲しているのではと思ってね」
「――は?」
メルトが欲しがっている……? 一体何故?
「神父」
と、話題に挙がったメルトが出現する。
どうやら余計な売込みをするなと忠告すべく現れたようだが、それを見て言峰は笑みを深くした。
「おや、噂をすればか。現状
「……」
「何で黙るんだメルト……」
まさかとは思うが、欲しいのだろうか。
だとすれば、状況は状況だが断ることもない。
聖杯戦争の中で僕は常にメルトに助けられていたのだろうし、その礼ならば出来る限りしてあげたかったからだ。
そもそも今の拘束具を脱げるかどうかが問題なのだし、出来たところでサクラ迷宮に潜る僕たちにそんな暇があるのかも分からないが。
「くく――ともかく、一着は要るのだろう? 君も相当の物好きだ。NPCに服を与えようなどとはな」
言峰の疑問はもっともだ。何より彼も、桜と同じNPCなのだから。
だが、桜はNPCである以上に生徒会の仲間なのだ。
言ってしまえば欲、それも自分から生まれたものではなく白羽さんに諭されて生まれた曖昧なものだが、形式的に「そうであった方が正しい」と思うのだ。
「桜も、生徒会の仲間ですから」
「生徒会? ……あぁ、
「そうですね。僕の我儘です。――それで、メルト、どうする?」
言峰と話しているとどうも語調が強くなってしまいかねない。
話題を逸らすべくメルトに問う。
「…………………………………………欲しいわ」
暫く逡巡していたメルトだったが、長い沈黙の後やがて消え入るような声で言った。
「……という訳です。二着下さい」
「毎度、ありがとうございます。料金は200000smだ」
「……」
料金を渡す。残るは、
「ふむ、丁度だな。――あたためますか?」
この神父ならばはいと言えば実行しかねない冗談に無言の拒否を示す。
軽食等ならともかく制服を買った時に言うものじゃないだろうその台詞は。
「冗談だ。桜君に渡すのだろう? ならばもう一着は私が君たちの個室に転送しておこう。どうせその衣装もしばらくはロックを外せないのだろうからね」
一着を渡されながら言う。妙に行き届いたサービスだ。
「まぁ、私も暇ではないのでね。発送が遅れるやもしれんが、その時は涙を流して耐えるといい。はは、
「……暇じゃないって、こんな人の少ない校舎で?」
爆発しそうになる理性を必死で抑えながらも生まれた疑問を返す。
「あぁ。他のNPCからこれを借りていてな。返さねばならない」
「眼鏡と……背広」
「
何のために借りたのだろうかそんなもの。
正にサラリーマンが着込みそうなものであり、七三分けにしてこれらの装備を着込んだ言峰を想像して思わず吹き出しそうになる。
「それについてはどうでも良いだろう。楽しみは後に取っておくのも良いではないか」
「……綺麗な言い方してるだけでそれってただの言い訳ですよね」
「細かい事を気にする洞察力は迷宮探索に備えて休ませておけ」
上手く言い包められた気もするのだが、これ以上話すこともない。
「さて、早く行きたまえ」
「……」
――こうして、制服を二着手に入れた。
既に旧校舎――生徒会も含めて休む時間帯に入っている。
言峰は職務の時間を終えたと言わんばかりに購買の奥にあった扉に入っていき、他のNPC達も休息に移る。
同じように生徒会としての仕事を終えた桜も保健室にいる。
「桜、入ってもいいかな?」
保健室の扉を軽く叩き居るであろう桜に聞く。
「紫藤さん……? はい、構いませんよ」
「どうしました――あ、今お茶を淹れますね」
「ううん、それは大丈夫。それより――これ」
「え……制服、ですか?」
持ってきた制服を渡すと当然というべきか桜は目を丸くした。
まぁ当然といえば当然か。保健室に制服を持ってくる人なんて普通いない。
「えっと……あの……紫藤さんが?」
「え? あぁ……」
誰が用意したのかという質問だろうか。ならば間違いなく、
「うん……そうだけど」
そう答えると、何故か桜は一層怪訝な色を濃くした。
「……………………そう、ですか。……うん、でも、もしかすると……」
「……?」
「き、きっと、紫藤さんにはこういう服も、似合うと思いますよ!」
何を言ってるんだ。
致命的に、徹底的に何かが食い違っている。
「いやいや、違う。桜にプレゼント」
「はい? 私……に……」
沈黙が保健室を支配し、数秒。
「な、何を考えているんですか! 大切なサクラメントを私の制服に使うなんて!」
「……えっと」
桜は気付いた事実に憤慨するように机を叩いた。
さて、どう説明したものか。
「第一、サクラメントはレオ会長に……」
「それについては気にしないでほしい」
レオも関わっていない訳ではないし、色々とややこしくなる。
それに、あまりお金について突っ込まれるのは良い気分ではない。
「桜も生徒会の一員だしさ。同じ制服じゃないと」
「そんな、困ります! 今すぐ言峰神父に返品して、お金を返してもらってください!」
「……む」
正直なところ、ここまで拒否されるとは思わなかった。
困りますとまで言われると、余計な事をしてしまったかという気さえ持ってしまう。
桜の全力の否定は胸に刺さるものだった。
「勿論気持ちは嬉しいんですが……状況が状況ですし、優先順位というものがあります」
「だったら、これが最優先だ。生徒会の一員としてこれを着てほしいんだ」
「――」
桜の機械的な優先順位も分からなくない。
だが、僕も譲れない部分がある。
せっかく白羽さんが気を回してくれて、ユリウスがレオを利用してまで金を融通してくれたのだ。
だからこそ桜に是非ともこの制服を纏ってほしい。他でもない、生徒会の総意である筈だ。
「紫藤さんは、本当に不思議な人ですね。他愛ないことなのに強い説得力を感じます」
苦笑する桜。そしておずおずと制服を受け取った。
「他の皆さんは気にもしないのに……分かりました。着替えるので、少し待っててください」
「分かった」
保健室を出て暫く待つ。拒まれた時はどうなるかと思ったがどうにか渡すことができた。
出費についても、ゼロだったものが寧ろ結果的には増えたと思えば良い。
「にしても……何であんな勘違いを……一目で女子の制服って分かるのに」
『……ハクに……ふむ』
何が「ふむ」かこのサーヴァントは。
どうにも、色々な方面での疑問が残るが、受け取ってくれて良かった。
「お待たせしました。先輩。設定が完了しました」
扉が開き目に映った桜の制服姿に、思わず心を奪われた。
「あの……どうですか?」
「あぁ……すごく、似合ってる。可愛いよ」
トレードマークである白衣の下に着込んだ濃紺のセーラー服。
淡い色の長髪と白い肌もより引き立っており、桜に十分似合っているといえた。
気の利いた言葉こそ言えないが、掛け値なしの称賛が出来る。
淑やかな彼女の立ち振る舞いが相俟って清楚で健気な後輩を思わせる。
「あ、ありがとうございます。変じゃなくて良かったです。最適化されたからでしょうか、何だか処理速度が上がったように思えます」
「うん。気に入ってくれたなら良かったよ」
「はい。ありがとうございます。上手く言語化できませんが……私、嬉しいです」
喜んでくれて何よりだ。妙に緊張したりもしたが、揃いの制服にして良かった。
改めて――今度こそ、真として仲間となれた気がする。
「桜。これからも、よろしく」
「はい。私も精一杯サポートします。よろしくお願いしますね」
何故か懐かしさを感じるそんな時間は過ぎていく。
明日になればまた迷宮探索だ。気持ちを入れ替え、しっかりと休むとしよう。
翌日。相変わらずメルトと共に眠るのは慣れないが、ある程度休むことはできた。
目を覚まし、迷宮探索の為に準備を整えて外に出ると、それを確認したのか携帯端末に通信が入る。
相手は確認するまでも無い。レオ達生徒会からだ。
『おはようございます。ハクトさん。良く休むことは出来ましたか?』
「あぁ、おはようレオ。迷宮探索には支障がないくらいには休めたよ」
『それは良かった。では連絡事項を話します。目呆けないで聞いてくださいね』
「いや……今からブリーフィングじゃないのか? その時に話せば――」
『いえ。本日はブリーフィングは無しとします。特に話し合う事もないので。言ってしまえば、それが連絡事項の内容ですね』
話し合いが無い、という連絡。どうもおかしい気がするが。
『という訳で、準備が出来たのなら迷宮へ。生徒会室では既にサポートの準備をしているので』
「あ、あぁ……分かった」
連絡事項を伝え終えたと、レオは足早に連絡を切った。
確かに一分一秒でも大事にしなければならない。レオの対応にはそんな焦りが感じられる。
迷宮も三階となればサポートもそう容易ではないのだろう。
ならば、それに従うべきだ。急いで迷宮に向かうとしよう。
「……ん?」
そう結論付け、迷宮に向かおうとすると生徒会室の前に慎二とライダーの姿を確認する。
「くそ……これ見よがしにカーテンなんか閉めてくれちゃってさ。活動内容を隠すつもりだな……!」
「覗く必要もないだろ? 一回頭下げりゃ仲間に入れてもらえるじゃないか」
「そんな事……する必要もないんだよ。僕は別に生徒会に入りたい訳じゃ……」
「正直じゃないねぇ……また坊やが誘いに来たときもそんな突っ掛かり方して損しそうだよ」
「う、うるさい! 僕はちょっと活動の内容が気になっただけで……」
「はー。だってさ坊や。盗み聞きする小悪党がここにいるぜ」
「え――な、紫藤!?」
どうやらライダーは僕がいたことを分かっていたようで、此方を見て笑みを浮かべながら慎二を差し出してきた。
当の慎二は予想していなかったらしい僕の姿を見て目を丸くしている。
まぁ、分からなくもない。盗み聞きしようとしていた生徒会のメンバーがそれを見ていたのだから。
「え……っと……何してるの?」
「いや、えっと……」
「もしかして、生徒会に入ってくれるのか?」
もしそうならば、それは頼もしいことになる。
性格はどうあれ慎二の霊子ハッカーとしての実力は随一だ。
「それはないよ」
だが、結果は即答だった。
「だってさ、僕という人材を二度スカウトに来ないんだぜ? その時点で生徒会なんて大失敗だよ」
「いや……そうは言っても」
気が向いたら顔を出して欲しいと言ったし、もう此方から幾ら誘っても無理なものだと思っていた。
「僕はただ、お前たちが余計な事してないか見にきただけだよ」
「そう、か……」
慎二が入ってくれるのなら心強いのだが、彼にその気がないのならば仕方が無い。
「じゃあ、僕はサクラ迷宮に行くから」
サクラ迷宮の攻略を目標としていることは生徒会ではないマスター達にも伝えてある。
これが表に帰還に繋がった場合は個々で迷宮に潜っていかなければならないかもしれない。
それに際して先立って説明をしていたのだ。
そうして、出来ればメンバーがもう少し集まればというのがレオの考えだったのだが、そう上手くはいかなかった。
やはり生徒会は現状通りでいくしかない。今日も今日とて、出来ることをやっていこう。
「……おい」
「え?」
「“え?”じゃないよ! 何あっさり納得してんだよ!」
と、言われても……慎二が言う以上しょうがないと思うのだが。
「いや、何か、もっと、こうさ……あるだろ? ったく、ホントにドンくさいよね。お前でも務まる生徒会ってどんなモンか、見てみたいよ」
「『お願いします仲間に入れてください』って顔に出てるよシンジ」
「んなッ……! そ、そんな事ある訳ないだろ!」
「……やっぱり興味あるんじゃ……」
「だから違うっての! とにかく! 何度誘われても僕は入らないからな!」
ライダーに指摘されて真っ赤になった慎二はそう怒鳴って行ってしまった。
「ったく、正直じゃないねぇ。あんなんだけど、出来れば友人でいてやってくれよ、坊や」
「え……あぁ、うん」
それだけ言ってライダーも慎二についていく。
『アレは放っておきなさい。その内勝手に力を貸してくるわよ』
「そうなのか?」
『あぁいうタイプはそうなのよ』
メルトの確信はどこから来るのだろうか。
何やら慎二を嫌っている節はあるようだが、その実力はメルトも認めているらしい。
良く分からないが、サーヴァントとしての勘か経験で察したというところだろう。
「まぁ、いいか。今はとにかく、サクラ迷宮に行こう」
慎二については仕方ない。今は諦めよう。
生徒会のメンバーを待たせているのが現状だ。早く迷宮に向かわなければ。
新ジャンル「女装ハク」
制服買ったは良いですけどぶっちゃけ着るタイミングが見つからないです←
そして慎二の内心が良く分かりますね、姐さんがいると。
ちなみに影が薄いことに定評のあるダンさんとユリウスのサーヴァントですが、活躍は二章からになります。
ありすとアリスは専ら図書館周辺でうろうろしてます。現在進行形でアンデルセンと仲良くなってます。
↓「」一セット分なら一文じゃなくても良くね予告↓
『大丈夫ですよランサー。貴方に匹敵する大英雄ですから』
とぅーびーこんてにゅーど。
マトリクスとか用語集も併せれば、次が百話目だそうです。