スピード感が出る気がして私としては好きなんですがね。
さて。『遠坂マネーイズパワーシステム』なる脅威に相対し、僕は一度旧校舎に戻ってきていた。
当然ながら僕には100000smなんて所持金はない。
そして、アリーナで稼ごうにもそんな大金になる程エネミーを狩るなんて、どれだけ時間が掛かるか想定すらできない。
結果、この校舎に居る誰かからお金を借りようという結論に至ったわけだ。
「……とは言っても、100000smか」
「お子様王ならそのくらい、簡単に出せるんじゃないかしら?」
確かにレオならばこの大金、貸してくれるかもしれない。
というよりは、そもそもそれ程の大金を持っていそうな人がレオくらいしかいない。
聖杯戦争中ならともかく、今は月の裏側からの脱出を目指す生徒会の仲間。
きっと笑って貸してくれるはずだ。
「よし……頼ってみるか」
という訳で生徒会室に来た訳だが。
「えぇ。いいですよ。ハクトさんになら幾らでもお貸ししましょう」
こうも手際よく進められるものなのだろうか。
迷宮での会話を通信で聞いていただけあって、説明も要らず話題を切り出して早々レオは爽やかな笑いで答えてくれた。
「確か100000smでしたね。その程度ならいつでも頼ってください」
「……その程度?」
レオの金銭感覚はどうなっているのだろう。頼めばもう一桁や二桁、増やしてもらえそうである。
それほどの大金を「程度」と考える彼も恐ろしいが、そもそも何故月の裏側の通貨を持っているのだろう。
いや、それはいい。貸してもらえるのなら、すぐにでも――
「ちなみに、利子は十日で一割です」
「…………は?」
「ハクトさんにお貸しするのは100000smですから、十日後には110000smですね」
……何を言っているのかこの会長は。
仲間であるというのに、まさかそんな。
「これぞ我が家に伝わる貸付方法、ハーウェイ・トイチシステムです!」
凛のそれより性質が悪かった!?
今や、地上の六割を支配しているハーウェイ率いる西欧財閥。
もしかするとその資金源は
「それで、どうします? 僕としてはどちらでも構いませんが」
「……」
どうするべきか。
ここで金を借りれば二階の攻略はすぐにでも完了するといっていい。
ランサーを倒すのは不可能に近いし、最初から金を支払うしか手は無い訳だが。
しかし、借りればこれから十日で110000smもの大金を稼がなければならない。
それを考えれば、十日間掛けて指定額を迷宮で稼いだほうが安心感はある。
当然、この旧校舎から表側に戻るにおいて、制限時間みたいなものもあるかもしれない。
だとすればそんな悠長に時間を使っているのは馬鹿なことだし、かといってこんなところで莫大な負債を背負ってしまっていいものだろうか。
ただでさえ今はサクラ迷宮を突破するという重大な仕事があるのだ。
そんな中で負債という余計かつ厄介なものがあるとやはり迷宮攻略にも弊害が出てくると思う。
やはりそう考えれば、道は一つだ。お金は少しずつ貯めていくのが一番だ。
「――お願いします」
――だというのに、何故意思とは反対に口が動くのだろうか。
今の状態で100000smなんて集めることは不可能だと本能が察しているのかもしれない。
「ありがとうございます。ではどうぞ」
「……」
借りた。借りてしまった。
「忘れないでくださいね。十日で一割です。ご利用は計画的に」
計画的に利用したい。だが、そんな事を言ってられる状況でもないのだ。
何故こんなに追い込まれねばならないのか。しかも味方から。
ああ、爽やかな笑みが今は恐いよレオ。一体その仮面の裏にどれほど深い闇が広がっているのやら。
渡されたデータは、容量とは違う妙な重さが感じられた。
そんな訳で、サクラ迷宮へと戻ってきた。
「戻ってきたか。不服だろうが、オレは退くことができない。大人しくその金額を振り込んでくれ」
ランサーは本当に申し訳無さそうに言ってくる。
確かに、ランサー自身に悪意はないだろう。だが、彼がいるからとんでもないものを背負ってしまったのだ。
特に責めはしないものの、複雑な気分である。
『指定サクラメント・100000smを振り込んでください』
「……くっ」
そして、これだけ厳しい思いをして借りた金額を一瞬にして失わなければいけない。
「……ハク。そのために借りたんだから、使わないと意味がないわよ?」
「……」
『指定サクラメントの振込みを確認しました』
表示が変わるのを確認して、ランサーは頷く。
「思い切りがいいな」
うるさいよ。
「これでオレの役目も終わった。ではな、健闘を祈っている」
言って、ランサーはどこかに転移していった。
健闘って……まるで此方を応援しているような言い方だったが……
「おめでとうございます、ミスターシドウ」
「え……ガウェイン?」
迷宮の入り口から現れたのは白銀の騎士、ガウェインだった。
レオのサーヴァントであり生徒会の切り札である筈だが、どうしてここに……?
「主の命により、お貸ししたお金を取り立てに参りました」
「…………は?」
なんか、こんな反応さっきもした気がする。
「占めて100000sm、この場で耳をそろえて返していただきたく存じます」
「急すぎるよ! 一体何故!?」
『急すぎるのは理解しています……ですが、僕は重大な事を失念していました』
レオの通信は、どうにも切羽詰まったトーンだった。
「重……大……?」
『この月の裏側、時間の変化がないのです! これじゃハーウェイ・トイチシステムの意味がないじゃないですか!』
「ッ……!?」
『面白くならないなら待つだけ無駄です。目的を達成した今、即刻取り立てるべきだと思いガウェインを行かせました』
一体何を言い出すかと思えば……面白くならないから?
『返済――よろしくお願いしますね?』
ゆらりと、ガウェインの後ろに最高の笑みを浮かべたレオを幻視する。
「め、メチャクチャだ! 一体いつ気付いたんだ!?」
『ハクトさんを送り出してすぐですね』
「じゃあ何で支払う前に言わなかったのさ!?」
『その場で返されたら、目標も達成できずこの唯一の愉しみも生まれずと散々じゃないですか』
「散々なのはコッチだよ!」
『まぁ、借りてきたくらいですし、お金が足りないのは知っています。ですので、有り金全額で手を打ちましょう』
「何の妥協だよ!? それに僕の有り金なんて――」
『という訳でガウェイン、お願いします』
「御意に。返済を渋った場合、力ずくで返してもらうよう命じられています。どうか、御覚悟を」
言いながらガウェインは右手に剣を握り、居合いに似た構えを取る。
太陽の如き輝きを内に秘めた聖剣。あれは多分『
って、違う。分析している場合じゃない。
「ガウェインは良いのか!? こんな汚れ仕事受け持って!」
「主の命ならば、年上の女性との婚姻も辞さないのが騎士の務め。それに比べれば、取立てなど可愛いものかと」
駄目だこの騎士早く何とかしないと……ガウェインなら説得できると思ったがそうもいかなかった。
どうする……いや、どうも何もない。はした金だが大切な僕の所持金だ。渡すわけには行かない。
「……メルト」
「分かってるわ。どこまで行けるかわからないけど――」
逃げつつ戦う。メルトの敏捷は元のステータスに戻っていないが、速度を生かした戦いならガウェインに僅かな勝算も――少しはあるかも知れない。
「――逃げるぞ、メルト!」
「えぇ!」
ランサーが開けた道とは反対の、最初から開いていた道に逃げる。
「む……これがニホンの踏み倒し……! これも、お使いクエストですかっ!」
何を言ってるんだガウェインは……ってか追ってきてるし。
ガウェインは走りながらも剣を細かく振り、剣から噴き出す火炎を束ねている。
まさか、最強の仲間とここで戦う事になるなんて。それも、ここまで馬鹿らしい理由で。
だが如何に馬鹿らしくても、僕にとっては譲ることの出来ない一線なのだ。
「その財布を――奪う!」
およそ騎士とは思えない宣言と共に、魔力を放出する事で一瞬で距離を詰めたガウェインが剣を振り下ろす。
「はっ……!」
それをメルトが受け止める。だが灼熱が剣を覆っている以上、長くはもたない。
だがこの隙ならば、多少なりとも僕が攻撃できる――!
「
「ぐっ!?」
放った弾丸を鳩尾に直撃させ、剣を持つ力が弱まったところでメルトが切り払い距離を取る。
「
メルトが宣言と共に放った攻撃スキルは記憶にある。
振り払う脚から放つ衝撃を刃に変え距離を取った相手に攻撃する、消費魔力の少ない攻撃だ。
しかしそれはあくまで牽制のためのもの。威力はそこまででもなく、咄嗟にガウェインが放った炎によって防がれてしまった。
「……抵抗する気満々ですね」
「……当たり前、だろ」
確かに今持っている額は微々たるものだ。正直ここで戦ってまで守るほどの額でもない。
だが、そんな簡単に取られてたまるか、という自分自身良く分からない意地が働いているらしい。
「ですが、戦力差を分かってもらいたい。無益な戦いはここまでに」
分かってはいる。ガウェインと僕たちがどれだけ離れているか、理解できている。
だが――
「――
「っ、無駄な事を!」
真正面から放った弾丸は炎を放つ事無く払われた剣によって飛散する。
「メルト!」
だが攻撃後に僅かな隙が出来た。
素早く跳んだメルトは脚の棘でガウェインを狙い、しかし放出された炎は直撃を許さない。
「あぁ、もう! 面倒な炎ね!」
メルトも攻めあぐねている。ガウェインの持ち合わせた魔力放出のスキルは存外厄介だ。
ただ魔力を放出するだけではなく、炎へと変換することによって攻撃から防御まで、様々な方面において強力な効果を発揮する。
白兵戦を得意とするサーヴァントが同じ性質持ちを相手にする場合、このスキルは絶大な影響を及ぼす。
消費する魔力は大きくなるが隙を埋める事が出来るのだ。元より強力なガウェインならばそれも顕著になる。
「一切の加減をするつもりはありません。我が王の為、全力を尽くすまでです」
現在の状況を知らなければ、忠義を捧げた騎士らしい言葉に聞こえるだろう。だがその命の実、理不尽な取立てである。
剣を振り上げ突っ込んでくるガウェイン。それをメルトが受け止める。
「ッ――
「御託はいいから――払うのです!」
忠義を力に変えた剣閃。良いのかそれで。
炎熱を纏った斬撃を間一髪回避したメルトは一旦後退を指示する。
しかし、それが失策だった。
「午前の光よ――」
その隙を逃さず、ガウェインが剣を掲げる。瞬間、その内の魔力が膨れ上がった。
「――借金を返したまえ!」
恐らく、ガウェインに潜む何らかの限定的な能力の一時的な解放。
そしてそれを惜しまず、魔力放出の要領で爆発させ迫ってくる。
「くっ……!」
「年貢の納め時です!」
さっきからなんなのだろう、このガウェインのキャラは。レオ同様どこかぶっ壊れているんだろうか。
「
メルトとガウェインが打ち合う中で紡いだのは敏捷強化のコード。
今の宣言で爆発的に強化されたガウェインだがこれで少しは近づくことが出来るだろう。
これが精一杯の補助。他にも使える術式があった記憶はあるが、記憶だけでそれがどんな術式であったかを思い出せない。
実戦で成長していった、なら納得がいく。大半の記憶がない今、それらを失ったのはある種当然だ。
初期状態である今、覚えている術式は弾丸と強化のみ。早急に思い出そうとするが、焦る一方でメルトは追い詰められていく。
「くぁっ!」
「メルト!」
通路の壁まで弾き飛ばされたメルトに走り寄る。どうやら戦闘不能の状態には陥っていないようだが――
「レオ、終わらせます」
『構いません。貴方の思うままに』
瞬間、全身に怖気が走る。
レオと短い会話を済ませたガウェインは剣を掲げ、圧倒的な炎の魔力を束ね上げている。
それは、宝具の真名解放の予兆。何を考えているのか。まさかこんな、仲間への取立てなんて状況で宝具を解放するなんて――
「この剣は太陽の写し身――」
此方の驚愕を気にも留めないように、ガウェインは淡々と告げる。
即ち、ちっぽけな抵抗の「終わり」の瞬間を。
「且つ、負債を回収するもの!」
「今何て言った!?」
「
アーサー王物語において、王の聖剣の姉妹剣であり湖の乙女により与えられた太陽の剣。
無慈悲な取立てに使用されたそれに対する、湖の乙女もかくやという驚愕とそれで良いのかという呆れは、しかし否定される事なく灼熱に飲まれていった。
おい宝具使ったぞこの借金取り、誰か何とかしろよ。
「無益な戦いはここまでに」
↑割と真面目に考えた台詞なのにキャラが相まってネタにしか思えなくなりました。
そんな訳で、一周目お約束の展開となりました。
別にレオはお金についてどうこう思ってません。ただ愉しみたいだけです。
当然宝具も最大出力じゃないです。ハクが消し炭になります。
↓例の如く予告↓
「し、シラハさんに“こじ開けて”と頼まれました……」
はい。デジャヴです。四回戦くらいの。