Fate/Meltout   作:けっぺん

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正直書いてて一番不安なのがオリキャラが受けるか否か。
一か八かの賭けを四度も作ってしまった自分を殴りたい。
そんな一発目の賭けをぶち込んだ、プロローグラストです。


PROLOGUE-3

 

 

 それから暫く桜と話をしていた。

 とは言っても、毎日変わらないいつも通りの日常を話して聞かせるだけ。

 僕自身では見飽きたイベントに過ぎないが、桜は興味津々、楽しそうに聞いている。

「そこで、いつも藤村先生は転ぶんだよ。何故か」

「ふふ、藤村先生っておかしいですね。いつも元気でうらやましいです」

 その目の輝きは、憧れているようにさえ思える。

「何だか嬉しいです。私、保険係といってもお仕事が少なくて、新しい変化もなくて……これって淋しい、っていうんですよね?」

 そんな小さな憂いを嬉しさの中に含ませながら桜は言う。

「それに、先輩が私の事、見つけてくれたから……」

「……」

 変わった事がないいつも通りの一日。

 その中で、唯一の変化であった桜。

 何故生徒達は、桜を無視していたのだろうか。

 まるでそこに誰も居ないような、ただ彼女を何の変哲もない背景として認識しているようなあの異常。

 正直、許せない。だがそれも済んだ事だ。今は彼女との会話を素直に楽しむとしよう。

 そして――やがて下校のチャイムが鳴る。

 それはあっという間で、楽しい時間はすぐ過ぎるという実感をさせてくれる。

「あ……時間、ですね。引き止めてしまってごめんなさい。気をつけて帰ってくださいね。先輩」

「あぁ……」

 桜に促されて保健室を出る。

 去り際に、一度桜を振り返ると、

「……」

 名残惜しそうな、泣く一歩手前のような目で、此方の退室を見送っていた。

 

 

 保健室を出て、昇降口に向かう途中、

「ッ――」

 再び、左手に痛みを覚えた。

 気にしないという選択が出来ない、脳を焼く痛み。

 そうだ、帰る前に、誰かにこの痣を見てもらおう。

 レオでも、凛でもラニでも、慎二でも。とにかく誰かにこの令呪を見せれば、きっと――

「……令、呪?」

 覚えのない名前が頭をよぎった瞬間、

 

『――制限時間です。校内に残った全ての知性体にお知らせします』

 

 無機質な放送が思考全てを支配した。

『残念なお知らせです。アナタたちが今まで所有していた世界観は崩壊しました。インフレによる、値崩れです』

 何を言っているのか。今まで生きてきた全てを否定する声。

 声は絶対たる権限を以てして、脳に直接訴えかけていた。

『聖杯戦争ごと、アナタたちは売却されました。アナタたちは 無価値 です』

 一体何が起きているのか。校舎の雰囲気が一変する。

 逃げろ、という心からの命令と逃げられない、という心からの諦めが体を縛る。

 どうすればいい。どちらに従えば――

「――始まりましたのね、天国が」

 凛と通る声が、鼓膜を揺らす。

 この状況にどこまでも相応しくない、喜びに満ちた声。

 背後から聞こえたそれに振り向くと、

「ごきげんよう、センパイ」

 どことなく、桜と雰囲気が似ている少女が立っていた。

 しかし、その髪は桜のものと異なり、白一色。

 闇そのものの如き漆黒のドレスに身を纏う姿は、何よりもこの学校との不釣合いさを感じさせる。

 室内だというのにフリルのついたこれまた黒い傘を差し、妖しげな笑みを浮かべて此方を見つめている。

 覗く素足は白く、黒と白の正反対の二つの色を持つ少女だった。

「――君は?」

「“ノート”。そう名乗れと申し付けられておりますわ」

 名乗って、片手でスカートの端をつまみ、丁寧に礼をする。

 ノート。人名として聞きなれないそれはこの状況と同じくして異質と感じさせるなら相応しい名前、なのだろうか。

 もしかすると、この状況の意味も分かるかもしれない。

「今、何が起きているんだ?」

「おや。現状の理解が及んでいない……お話と違いますわね。あちらを御覧なさいな」

 傘で指し示す方向には、

「え――」

 黒いノイズのようなものに飲み込まれる、生徒の姿があった。

 そして、僕が行動を起こす前に、その生徒は消えていく。

「何が……」

「外へは逃げられません。来ますわよ」

 続けてノートは昇降口に傘を向ける。

「なっ……!?」

 外は、穴のような闇だった。

 昇降口はおろか、窓という窓に黒いノイズが敷き詰められている。

 黒い何かがゆっくりと、這うように迫ってくる。

「上へ行きなさい。そこで貴方の運を試すと良いでしょう」

「くっ!」

 ノートの言葉にとにかく従い、階段を駆け上がる。

 二階を過ぎ、三階へ――

「うわあああああああ!」

「ッ、慎二!?」

 友人の悲鳴が聞こえ、僕の足は咄嗟に其方に向いていた。

 しかし、

「っ――紫藤、た――」

「慎二ッ!」

 黒いノイズは時を待たない。

 必死に伸ばした手は、虚空を切り届かなかった。

「慎……っ」

 友人が、目の前で消えた。助けようとして、しかし間に合わず、跡形も無く消え去った。

 ――だが、立ち止まっていられない。

 ノイズが次に標的としているのは、自分。

 引き裂かれるような心苦しさを堪えて、ひたすら階段を昇る。

 やがて屋上にたどり着く。そこには何も無い。ただ空には黒が広がり、見下ろしたグラウンドも黒く染まっている。

 世界は一瞬にして、一面の暗黒に塗り潰されていた。

 幸い、高さの概念はある。高台であるここは、まだ黒い海に侵食されてはいない。

「っ……」

 束の間の安全を得られた安心感からか。

 突然の吐き気がこみ上げてくる。

 指先は怯えきり、舌も喉も、助けを請いたくてカラカラに乾いている。

 しかし、何故か体は熱かった。

 怯えとは逆に、心臓は強く鼓動を刻んでいる。

「ふふ、ヒメゴトを覗き見するなんて、無粋ですよ。ちっぽけなマスターさん」

 天上から、甘く蟲惑的なトーンの声が響く。

 無邪気で邪悪な、少女の声。

「こんなところまで来るなんて。セカイ(ワタシ)から逃げられると思ったんですか?」

 そして安息を否定するように、黒いノイズが屋上を侵食していく。

「馬鹿な人。せっかく忘れさせてあげていたのに、思い出してしまうんだもの。でも、許してあげます」

 貴方は何も気にしなくていい。私が貴方を勝たせてあげる。

 そう、少女の声は告げる。意図の読めない、慈愛に満ちた言葉。

「だから、何も考えず、このままお人形さんのように眠りなさい。私が貴方に、聖杯を与えてあげる――」

 声は脳に幾度も、諦めを命令する(よびかける)

 意味が分からない。世界が終わっていく。

 残った足場に逃げ込みながら、手足を震わせることしかできない。

「そう。それでいいの。おとなしく眠りなさい。どうせ、貴方達は皆、価値の無い生き物なんだから――!」

 だが、そんな中で一握りの矜持が正気を保たせていた。

 どうしようもない怒り。

 生徒達を無価値と評した何者かに、とてつもなく反発していたのだ。

「――まだだ」

 まだ、諦められない。諦めるに相応しい手詰まりには、まだ至っていない。

「――あら。運ではなく心意気と」

 強く拳を作った時、眼前に突如、ノートが姿を現した。

 黒いノイズから湧き出たようにも錯覚できる、黒い姿を再び見せる。

「少々ならお時間を稼げましょう。取れる行動を取りなさい」

 言って、ノートは閉じた傘を振るう。

 瞬間、何か圧倒的な、感じたことも無い力が黒いノイズを吹き飛ばした。

 だが、その力の正体を聞いている時間は無い。

「――ありがとう!」

 短く礼だけ言って、僕はその行動に出る。

 無駄な抵抗とは分かっている。世界からは逃げられない。だが、まだ抵抗するための血の通った手足がある。

「あら――?」

「――――――――」

 その手を詰めようとする、大きな力がまた一つ。

「あ――せんぱい」

 夜空に開く巨大な眼。

 キラキラと輝く単眼は、欲しいものを見つけた子供のようだ。

 だがその対象は、紛れも無く自分。

 障害が増えた以上、躊躇ってなんかいられない。

「な――なんですって!? 貴女達――あっ! 駄目、そこは――」

 天上の焦りの声を気にする事なく、屋上から飛ぶ。

 後先なんて考えず、ただこの状況を打開するために――

「――、――! !!!!、!!!!」

 

 

 

 

 

 落ちる。

 

 

 

 

 

 

 落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海と化したグラウンドを突き抜けて、底のない闇へ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中で、

 

 

 

 手の甲に在った令呪の最後の一画が消えていくのを、確かに感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落下には果てが無い。

 ひたすらに流されていく、落ちていく、削げ落とされていく自己のイメージ。

 どれ程経ったのだろうか。

 視界はおろか、持ち物も記憶もポロポロと落としていって、いずれは骨すら残らない。

 どうしようもない、抗いようも無い事実。

 ――ゲームオーバー。そんな言葉が脳裏をよぎる。

 どこで間違ったのか。きっとこの運命を変える方法がどこかにあったはずだ。

 その選択を早まった。誤った。間違った。

 凄まじい後悔の念に顔を塞いで涙する。

 しかし、枯れ切った涙は一滴たりとも流れ落ちない。

 声は喉から吐息の形で零れ出て、何の音にもならない。

 涙を流せたところで、喚き声を出せたところで、無意味なのだが。

 こうなってはもう僕は救われないのだから。

 

 

 一瞬とも、永遠ともとれる、何も比べるものの無い空間での落下は無重力に似ている。

 日の光すらもう思い出せない。かつていた地上は遥か彼方になった。

 手足ももう思うように動かない。麻痺、いや退化したのだろう。

 眼球も光を忘れ、とうに機能を失った。

 心も、変化の無い外界に飽きて、緩やかに閉鎖していく。

 泥のような体と鉛のような心。眠らせてしまいたい。忘れてしまいたい。

 永遠にこのままではないかという不安から目を背けて壊れてしまいたい。

 ――けれど。

 何か、意識の外皮にかすっていくものがある。

 気のせいだろう。

 磨耗しきった心に引っかかるものがある筈がない。

 だが、どこかで希望に縋っているのだろう。

 心が見せた幻でも、その声は聞き逃せない。

 遥か遠くから、その声は光の尾を引いて全身を燃やしながら、なお加速する。

 

 ――ソラを見ろ。

 

 ――手を伸ばせ。

 

 ――ただ一言、■■■を呼べと。

 

「       」

 使わなくなって何万年も経った喉と肺に熱を入れる。

 声は声にならない。指先すらまだ動かない。

 あぁ――やはり幻聴だったのだろうと、心はまた蓋を閉じる。

 なのに。

 

『諦めるな』

 声がする。

 何処まで続くかも分からない暗黒にいくつもの光が過ぎていく。

 身を削りながら、その暗黒を切り裂いて走る流星が見えている。

「――ダメ、遠すぎる……早く目を覚ましなさい、ハク! そこから先に踏み込んだら、もう戻れないわよ!」

 どこかで聞いたことのある声が聞こえる。

「進めないわね……ハク、起きる気があるなら思い出して。貴方の名前を。私の名前を」

 懐かしい、忘れてはいけない声が聞こえる。

「どうせ忘れてるんでしょうから、私が教える。でもせめてそれくらい、自分で思い出しなさい――!」

 その輝きを、声を知っている。

 失われた喉に、衰えた腕に力を入れる。

 彼女の名は――

 

「……メル、ト……ッ!」

 

「――ふふ、正解よ。今度は九十点くらいはあげられるかしら?」

 

 暗闇がその全てを崩壊させていく。

 伸ばした手に触れる、確かな感触。

 落下感覚は消失し、その手に触れる少女の姿を視界に入れる。

「今回は手は触れられるわよ。あの時の失敗くらい憶えてるんだから」

 コートを少し捲って覗かせる手は小さく、弱弱しい。

 しかしそれでいて、何よりも信頼できる。

 鋼の具足も、プロテクター一枚という相変わらず露出の多い下半身も、今となっては見慣れたもの。

 この少女こそ僕が契約したサーヴァント、メルトリリス。

 今まで忘れていた――忘却の園にあっても完全に忘れる事の出来なかった――共に戦うと誓ったサーヴァント。

 この永劫に落ちる闇の中、身を燃やしながら救いに来てくれた戦友。

 それでいて――?

 何か、まだ大切な事があった気が――

「はいはい。考え事はそれくらいにしておきなさい。さっさとこんな空間、脱出するわよ」

「……脱出? 出来るの?」

「ハクが目を覚ました以上簡単な事よ。貴方は何もしなくていいわ。任せなさい」

 メルトの手が、やはり弱くこちらの手を握り締める。

 冷え切っていた体に、その熱が伝わってくる。

 眠りに落ちていた心が、今度こそ本当に目を覚ます。

「さて、行くわよ」

 そんなメルトに促されるように、意識が急速に覚醒していく感覚に溺れる。

「あぁ――そうそう。無事で良かったわ、ハク」

 それを最後に、メルトの言葉が遠ざかっていく。

 眩いばかりの星の海も、メルトの姿も消えていく。

 その手にある、指の感覚だけは、たとえ全てが消え去っても失われず――

 

 きっともうすぐ、目を覚ませるだろうと確信できた。

 




オリキャラA・ノートでした。
所謂お嬢キャラ。イメージはEXマテのBB初期案に近いです。
詳細については追々。今回はとりあえず登場だけ。
落ちる直前の単眼は例の没キャラ。彼女達も当然登場。
次回から本格的に物語が動いていきます。そして例の如く減っていく書き溜め。ホラー。

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