Fate/Meltout   作:けっぺん

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番外の余地が無い気がした。
そんな中、遂にあの方の登場です。


七十三話『戦いを経て』

 

 

 永遠に続くとも錯覚させるひたすら長い道。

 気がつけば、それの果てに辿り着いていたらしい。

 突然視界が映り変わり、見た事もない場所に転移していた。

 部屋と呼んで良いのかすらも分からない、永久に続くとも思える途轍もなく広大な空間。

 水が張られ、空は青くも黒くもなく、ただ白が続いている。

 そんな空間で真っ先に目がいくのは空の中央に浮かぶ巨大な異物だ。

 圧倒的な存在感を持つ立方体。中心に単眼の煌くオブジェ。

 単純な形状ながら、どこか異質な、不快な肌触りが感じられる。

 未知の文明のアーティファクトという概念の違いが、これ程の異質さを表しているのだろう。

 あれこそが、ムーンセルの中心。セラフを作り出している大本にして、七つの(ソラ)を描いていた、七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)

 全ての願いの結晶である、聖杯戦争勝者に与えられる願望器。

 その聖杯を安置するこの空間には、大小さまざまの無数の石柱が並び立っている。

 立っているだけではない。一部は折れ、崩れ、さながら廃墟を思わせる。立っているものも、どれ一つとして真っ直ぐ立っているものはない。

 戦火の跡を思わせる不気味さが広大で神聖なこの空間にあるのは、どうにも例えがたい不安を感じさせる。

 寒々しいまでの無軌道さ。その中心は、聖杯の真下、崩れ積み立てられた石柱の山の上に在った。

 どこまでも薄い存在感、その中に、どこまでも大きい使命感を感じさせる、一人の男性。

 二十代後半といったところか。まだ青年とも言って良い程度の男性は、ゆっくりと此方に振り返る。

 表情に乏しい――と言っても案内役のNPCであればそんなものは必要ないのだが――男性は、ゆっくりと手を打ちながら口を開く。

「――やあ、待っていたよ紫藤。おめでとう、君が聖杯戦争の勝者だ」

 その低い声に、聞き覚えがあった。予選の時、そして先程校舎で聞いた放送の声だ。

 聖杯戦争を開始する宣言と、終わりの宣言を行った高度なNPCといったところか。

 始まりから終わりまでの一部始終を支配していた雰囲気さえある男性は、不気味に薄ら笑いを浮かべながら続ける。

「祝祭の一つでもあげたいものだが、生憎ここにそんな機能は無くてね。すまないが私からの拍手で勘弁してもらいたい」

「……」

 ラニもメルトも、男性を警戒するように見つめている。

 人間であれば持てないようなどこか引っかかる存在感を持っている以上、当然なのだろう。

「この程度しか出来ないが、これだけは言える。私は誰よりも君を認め、君を讃え、君を誇りに思っている。君こそが、幾たびも繰り返された聖杯戦争の中で、もっとも素晴らしいマスターなのだと」

「っ――!?」

 穏やかさの中に空恐ろしいものを感じる声で当然と言い放った言葉は、何よりも驚愕させる。

 幾たびも、聖杯戦争が起きていた。

 その事実のどうしようもない違和感に瞠目していると、

「ハク、気をつけて。サーヴァントを連れているわ」

 メルトが慎重な面持ちで言った。

 確かに、サーヴァントの気配は感じる。だが、あの男性はNPCではないのか?

「どこまでも予想外な結果だよ、メルトリリス。君が勝ち残る結果は、私も淡い期待だと思っていたのだがね」

「……気安く呼ばないで貰えるかしら。貴方は何者?」

 敵意を向けたメルトだが、男性はそれに一切臆したりはしない。

 特有の空虚さを放ったまま、男性は自らの名を語る。

「これは失礼――私はトワイス。トワイス(Twice)・H・ピースマン(Pieceman)

 聞き覚えのあるその名に驚きを隠せない。ラニも同じく、驚愕していた。

 三回戦、凛とラニの戦いに介入した後に凛の呟きで、その名を聞いていた。

 その名前に妙に引っかかるものを感じた僕は、その日の内に図書室で調べたのを覚えている。

 トワイス・ピースマン。二十世紀末の科学者で、サイバネティックスや脳外科の分野で大きな功績を残している。

 一説には霊子ハッカー技術の初期の実践者とも言われ、戦争を憎むゆえか戦場に直接出向いて人命救助をする奇行でも知られている。

 しかし、トワイスは二十一世紀を数える前に命を落としている筈だ。

 なのに、何故か彼はここにいる。サーヴァントを連れて。

「ハクトさん……あの人はNPCではありません。マスターです」

 マスター、ここにいる筈のない、異質な存在。

「もう、何もかも終わった筈なのに……何故こんなところにマスターが?」

「さて。この場所にそぐわないマスターというのは、君にこそ相応しいと思うがね」

 ラニの疑問に、冷めた目にままトワイスは返す。

 ここに至れるマスターは、聖杯戦争に勝利した一人のみ。

 その条件からすると、ラニがここにいるのは異常以外の何物でもないのだろう。

「まぁ、放置してもいい問題か。ここから出られるマスターはただ一人。このルールだけは変わらない。どうあれ君は消え去る定めだ。消滅の瞬間まで好きにするといい」

 特に問題にもしていないとトワイスは関心無くラニから視線を外す。

「とはいえ、その疑問には答えておこうか。確かに私はNPCだが、同時にマスターでもある――いや、あったというべきか」

「それは、つまり――」

 驚きに見開かれたラニの目が、一瞬此方に向けられる。

 その驚愕の理由は分かる。NPCでもあり、マスターでもある。そんな存在が、今ここに二人居るという事なのだから。

「あぁ――正しい答えを語るには時間が掛かる。少し、付き合ってもらうよ」

 言ってトワイスは、憎しみのようなものを込めた目を少し閉じながら、語り始めた。

 

 

 +

 

 

 私は戦争を憎んでいるし、決して許しはしない。それはハーウェイであろうと例外は無い。

 しかし、それはあくまで表層の事実でね。このムーンセルと同じ、一端だけが常識として知れ渡り、本質と誤認されたようなものなんだ。

 戦争への憎しみは表向き――根底にあるのは別の感情という事になるな。

 きっかけは、学生の頃だったかな。人類史に傾倒した事にある。

 人類史に見られる歪みと、戦争の後遺症の深さ。それに“彼”は衝撃を覚え、病的なまでに戦争を嫌悪した。

 いや、言い直そう。トワイス・ピースマンは実際に病気だった。

 戦争の映像を見るたびに感じる焦り――動悸と言ってもいい。心臓が本当に、苦しいくらい活発に血を巡らせたんだ。

 焦燥は日に日に積まれていった。

 科学者となってからも、戦地での人命救助に向かっていたのは、“彼”の胸の痛みからだ。

 正義感も義務感もない。“彼”を動かしていたのは、たったそれだけだった。

 ただ、疑問だけがあった。何故自分だけが、こんなにも戦争を憎むのかと。

 (トワイス)は病気だった。

 そもそも“彼”自身が戦地へ行く必要はない。後方で出来る救助なんて幾らでもあるからね。

 であるというのに。

 何故戦争を体験する必要があるのか。

 何故戦争を知りに行くのか。

 戦争への憎しみだけでは説明できないことだ。

 そんな、自分自身の不合理さに疑問を抱きつつも“彼”は戦地へ向かう事をやめなかった。

 

 そして、1999年。

 極東のとある地方都市で、ある脳症が発生した。

 アムネジア・シンドローム。地上ではつい最近、ワクチンが開発されていたね。

 脳神経を侵し、重度の記憶障害を起こす病だ。

 以前の症例から、化学兵器が原因だと推察された。その都市では幾度かテロが発生していたからね。

 (トワイス)は医師として都市に招かれ、そして大きなテロに遭った。

 まぁ、医師とは言っても私がその明確な治療法を知っている訳ではなかったんだが。

 記録によれば、死者の数は公式では五千人。

 しかし、ムーンセルの正しい記録では八千二百人だった。

 政府もおざなりだ。三千人なんて、サバを読みすぎにも程がある。

 犠牲者の四割近くの死体を、一体どうやって隠したんだか。

 生前の“彼”――いや、私の元になった人間のデータはそこで終わりだ。

 つまり、トワイス・ピースマンもその被害者の一人だった訳だな。

 死に際に見た、焼け跡の光景。

 しかし私にとっては、それは初めて見たものではなかった。

 その時に思い出したのだ。忘却していた自らの幼少の頃の記憶を。

 七十年代、ある地方で起きた民族紛争。

 ――実際は大国の代理戦争だったが。(トワイス)は、そこで生まれた戦争孤児だった。

 思い出してしまった。地獄だった。あらゆる物が、呆気なく崩れていった。

 しかし、だからこそ、輝いていた。生きている事はそれだけで奇跡なのだと、幼い私は憶えてしまったのだろうね。

 後は先程話した通りだ。トワイスは養子となり、過去を忘れて成長し、科学者となった。胸の裡に、消しようのない命題を抱えたまま。

 人一倍戦争を憎んでいた。戦争そのものに殺意を持っていた。だからこそ当事者になろうとした。

 だが、その核にあったものは、否定ではない――否定では、なかったんだ。

 多くの戦場、地獄、人間の悪性を見てきた。

 どうしようもない経験差がありながら、相手の軍を倒して帰還した新兵のチーム。

 熟練者ですら遭難するジャングルに、ゲリラの掃討から逃れようと入り込み、僅か二日で踏破した五歳の少女。

 瓦礫となった村を、文明の手を借りずに何十年とかけて復興した無辜の人々。

 おかしなものだ。戦争を憎むために現地に赴き、そこで多くの強さを見せ付けられた。

 思えば、私もそうだった。トワイスの偉業は、すべて戦争によって生まれたものだ。

 多くの発明、多くの救命。それはあの地獄抜きには為しえない。多くのモノを、地獄から持ち帰ったに過ぎなかったんだ。

 そして、その終わりがテロ災害の被害者であり、その死の際で、“彼”は思い出した。

 故郷の焼け野原の中で見た風景を。全てが死に絶えた土地で、なお生きようともがく命の強靭さを。

 そうだ。三秒後に心停止する状況で、私はようやく自分の疑問に解答を得た。

 トワイスがあれほど戦争を知ろうと何度も地獄に足を運んだのは、トワイスが――

 

 私という犠牲者が何より、あの行為の全てを過ちだと否定しきれなかったからなのだと。

 

 ムーンセルは全てを記録する。死に際の私の思いもまた記録された。

 その記録を元に、私はNPCとして生み出された。上に居る、大勢のNPCたちと同様に。

 人間らしい反応も見せるが結局は与えられた役割をこなす人形に過ぎない。

 そうあるように作られているからね。私もそうだった。

 しかし――変質してしまった。理由は分からない。接触した多くのマスターに影響されたのか、霊子ハッカーの才能を持っていたせいか。

 或いは、無にも等しい僅かな確率で発生した異常なのか。それを知る術を私は持たない。

 しかし自意識に目覚めた以上、私はトワイス・ピースマンとして行動するしかない。

 生前の私が最期に見た夢。形にする事のなかった理想。

 それを実現するために、私は存在している。

 何のために――それは明白だ。

 

 戦争。人類全てに、等しく、同じステージで殺し合いをしてもらう。

 この未来は間違えている。それがムーンセルの記録した人類史を見通しての結論だ。

 誰もが分かっていたはずだ。人類は成熟期を過ぎていたと。

 十九世紀まではまだ成長期だった。消費と繁栄のバランスはとれていた。

 だが、その後に来るであろう成熟期、未熟な時代を経て、ようやく訪れるであろう黄金期がまるで無かった。

 分かるだろう? 収益がまるで合っていないんだ、この星は。

 停滞した精神、袋小路の世界。腐乱した果実そのものだ。

 

 もっとも美味であるべき時期が、すっぽりと抜け落ちている。そんな歴史は、間違っていると思わないか。

 




語りなげーよ欠片。
そして次回に持ち越される自分語り。
立川在住がアップを始めたようです。

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