そんな幻想、打ち砕いてやんよ。
はい、続きませんでした。私が許してもセラフが許しません。
やっと、言えた。
ずっと言いたくて、それでも戦いの最中ゆえ言い出す事が出来なかった自分の本心。
戦いが終わるまで、或いは最後の最後まで隠し通さなければならないだろうと感じていた言葉。
今になってようやく、それを告げることが出来た。
いつから彼女に惹かれていたんだろうか。そんな事は分からない。
でも、そんな考えをする事が馬鹿らしいと思えるくらい、この時間が幸福で。
伝わってくるメルトの熱を感じながら、この感覚にずっと浸っていたいとさえ思えた。
とても長く感じられて――それでも短いだろう時間。それが永遠であってほしいと思いながらも、僕とメルトは異変に気付く。
「――ハク」
「うん。分かってる」
アリーナの霊子構造が乱れている。
というより、僕達のすぐ近くを中心として霊子が集まっている。それに伴って体が引き寄せられる不快な感覚。
それに耐えながら、メルトに問う。
「どういう事かな?」
起きている状況――メルトなら恐らく分かるだろう。
「簡単な話よ。サーヴァントに課せられた絶対的な価値観の優劣。どれだけマスターを信頼していようと、サーヴァントにとって一番尊重するべきはムーンセルなの」
聖杯戦争の発生源、そこへの謀反を避けるためだろうか。
サーヴァントという英雄の虚像。人には及びも付かない力を持つそれらに対してムーンセルが定めた絶対規律。
曰く、ムーンセル以上に絶対的なものがあってはならない。ムーンセルが危機に晒された場合、マスターよりもムーンセルの保護を優先すべし。
「それを破ったら、どうなるの?」
「さぁ? 強制敗退になるわけじゃなさそうだけど。今から起きる出来事、それが答えよ」
アリーナに何ら変化が起きているわけではない。しかし、この殺気とも闘気ともとれない感覚。
無そのものともいえるムーンセルの意思――記録装置として当然の抑止力。感情がないゆえに、何よりも冷酷な処刑人。
「ごめんなさい、ハク。迷惑を掛けることになりそう」
「ううん、大丈夫」
謝るメルトだが、逆を返せばムーンセルよりも僕を重視してくれているという事で。
それが単純に嬉しく思えた。
「――来るわ」
その瞬間、何かが舞い降りるように転移してきた。
人に翼が生えた、天使のような敵性プログラム。あれがムーンセルの意思なのか。
携帯端末が音を鳴らす。アリーナ内ではこれが初めてだろう。
こんなタイミングで誰かが連絡を寄越してくるというのも考えにくい。怪訝に思って端末を取り出すと、そこには短くこう書かれていた。
『私はセラフ。』
「っ――」
たったそれだけの淡白な単語。
恐らくあの敵性プログラムによる仕業か。あれはムーンセルというより、ミニチュアのセラフそのものなのだろう。
『サーヴァントの優先順位の変化を観測。危険因子と判断。』
淡々と紡がれていく文字には一切の感情が込められておらず、正しく死刑宣告だと理解できる。
『ムーンセル防衛機構、プログラム・セレフの権限により――処罰を決行します。』
無機質な戦意。使命的な殺意。作られた感情が敵性プログラム――セレフから零れ出る。
セラフから下される処罰。その本質を知り、気を引き締めると同時に安心した。
「真っ向から向かってくるなんて、セラフは優しいのね」
「そうだね。勝てばいいんだから」
そう、セラフの処罰が敵性プログラムとして送り込まれてきたのならば、それを倒してしまえば良い。
処罰というからには、恐らくその力はかなりのものなのだろう。
セラフというこの世界の最上級権利者といっても過言ではないだろうし、相応の特権も持ち合わせているかもしれない。
だが、だから何だというのか。四回戦の違法サーヴァントと同じ、イレギュラーなだけの強敵に過ぎない。
「メルト、あのプログラムに見覚えは?」
月の裏側でBBが管理していたなんて事はないだろうか。
「アレの色違いはBBが作り出していたわね。問題があるからって廃棄されていたわ」
「問題?」
「心を持ってしまったのよ」
心。プログラムが心を持つ。
なるほど、
そんなBBにとって、心を持ってしまったプログラムは謀反の問題もあって使用出来なかったのだ。
……先駆者がいるんだろうし。命令に従わず好き放題やらかしたとんでもない問題児が、二人ほど。
「でも、あれはセラフの直属じゃなかったし、正直このプログラムの強さは測れないわね」
「そうか……いけそう?」
「相手はプログラムよ。負ける道理がないわ」
心強い言葉に笑みが零れる。
そうだ、心配なんて必要ない。
人工だろうと関係ない――メルトは最強のサーヴァントだ。
いくらセラフの直属だろうと、メルトが敵性プログラムに敗北するわけがない。
「さて、行くわよ、ハク」
「うん」
『戦闘行動を開始します。』
メルトの鋭い一撃をセレフは触れずに防御する。
コードキャストより高い出力の障壁。低ランクの宝具クラスはあるのではないかと思えるほどだ。
「くっ、この!」
この戦い、問題はセラフの意思が携帯端末で流れてくること。
それは相手の行動を対処出来うる要因にもなるのだが、問題は端末を確認している間戦況を確認できないことだ。
『戦闘コード、shock_sereph(256)』
「っ――!」
盾をメルトの前方に展開する。
「メルト、下がって!」
盾は時間稼ぎ程度に使えるか――そう思ったのだが、セレフの体中から放たれた弾丸はいとも簡単にぶち抜いた。
防ぐことは不可能と判断し、弾丸の嵐から外れるように避ける。
あれはコードキャストか。しかし普通の魔術師には到底届かない程度の威力が込められていた。
セラフ特権。そんな括りでチートコードに等しい威力も発揮できるのか。
凛との戦いで使ったコードを破壊する弾丸を放つも、やはり無効化される。
「っ、まずは障壁をどうにかしなきゃ……」
「そうね、どのくらいの威力まで防げるのかしら――
メルトの攻撃スキルの中でも魔力のコストパフォーマンスに優れ使い勝手の良い斬撃。
その斬撃は障壁に飲み込まれ、破壊する事無く消える。
ランサーのようにダメージを軽減するのではない、ただ単純にダメージが通らない。
敵性プログラムとはいっても、セラフそのもの。やはりサーヴァント相手に有利に立てる力はあるのか。
『当該マスターの過去検索――エラー。続いて聖杯戦争記録検索――確認、宝具情報を検索――確認。』
携帯端末に流れる無機質な文字。
良く分からないが怖気を感じるそれに目を見やると直ぐに文字が変化する。
『宝具情報、
「え?」
『
「メルト、気をつけて。何か嫌な予感が――」
瞬間、大きく腕を広げたセレフの後方に見覚えのある大船団が召喚される。
サーヴァントの宝具の投影使用。メチャクチャだ、セラフの直属プログラムだからってあんな事までできるのか。
船団の砲口が一斉に此方に向けられる。
「メルト、あれは……」
「オリジナル程の威力はないわ。宝具情報って言っても攻撃スキル相応にまで格下げされてるわね」
「なら大丈夫かな……
盾を展開し防御性能を上昇、及び自動回復を付属させる。
いや、これでは足りないか。弱化しているといってもエルドラゴの大船団は今までの相手の中でもかなりの威力を誇っていた。
とは言え、これ以上物理攻撃に対する防御力を高めることはできない。
どうするかと悩んでいるとメルトが盾に手を置く。
「メルト……?」
「
メルトが盾に魔力を流し込み、耐久力を底上げする。
なるほど、これならより少ない魔力で耐久力を上昇させ、かつ広い範囲を守る事が出来る。
これなら行ける。確信と同時に砲撃の嵐が襲い来る。
一回戦で受けた時は、咄嗟に目を瞑ってしまったから何が起きたのか分からなかった。
だが、今なら分かる。あの時助かったのは、メルトが『さよならアルブレヒト』で防御してくれたからだ。
今回はその力が加わった盾で、尚且つ相手の砲撃はオリジナル程の威力は無い。防ぎ切れる。
砲撃を一手に受ける盾には徐々に罅が入っていくが、それを自動回復によって修復し、より長持ちさせる。
対軍宝具相当の長時間攻撃に対して盾に付属させるには持ってこいのコードキャストだ。
轟音、火薬の臭い、煙が立ち込め、聴覚嗅覚視覚を一度に奪う。
「不意打ちに警戒して、メルト。この中で本体が攻撃してくる可能性もある」
「任せて。ハクは盾の維持に集中して」
メルトの言葉に頷き、盾に魔力を注ぐ。
それにしても長い。あの船団は一体幾つの砲台を持っているのか。
崩壊までには終わるだろうが、続けて魔力を流し続けるというのは効率が悪い。
何か策を考えようとしたところで、砲撃の嵐は唐突に止んだ。
『非効率的と判断。対象の行動阻害に移行します。』
どうやら戦法を変えてくるらしい。
行動阻害、これまで戦ってきた相手で考えるならばダンさんが連れたアーチャーの毒が思い浮かぶ。
だがあの後、不利状態を治癒するコードキャストを修得した。既にあの戦法は通用しない。
『ムーンセルの記録より適合スキルを検索――確認。
聞き覚えのない名前だと思った瞬間、ミシリと空気が鳴った。
「っ!?」
体が感じたことの無い重さに悲鳴を上げる。突然体重が跳ね上がったような、異様な感覚。
体だけではない。魔力の流れまで鈍くなっている。
「メ、ルト……何が……!?」
「……分からないわ。覚えのない力よ」
メルトに覚えの無い能力。つまりは月の裏側に落とされたサーヴァントの力ではないという事だが、問題は今何が起こっているかだ。
「……くっ」
「っ、メルト!?」
突然メルトが膝を付く。
その顔は苦痛に歪み、体に異常が発生しているのが見て取れた。
「六倍……そう、そういう事」
だがメルトは何かに気付いたようで、その表情を笑みに変える。
「
「地球の……?」
一般的に、地球の重力は月と比べ約六倍高いとされる。
セレフが行ったのは、周囲の環境――正確には対象である僕とメルトに六倍の負荷を掛ける重力変動か。
いや、というよりは魔力の流れも含め、行動全てに六倍の負荷を掛けているといった方が正しいようだ。
アーチャーの毒とはまた違う、対処のしようがない厄介な能力。
メルトは月のサーヴァントだ。地球に居た事がない以上、今まで感じたことのない感覚が襲っているのだろう。
その理屈で考えると僕の体にも同等の負荷が掛かっている筈だが、メルトに掛かる程の負荷は無いように思える。
セレフもエネミーと同じな以上、マスターへの干渉はそれ程出来ないのだろうか。
「戦いづらいけど……どうやら敵も同じみたいね」
「え?」
メルトの言葉を聞き、セレフに目をやると、僕らと同じく体勢を低くして耐えているようだった。
確かにセレフも月で作成されたプログラムであり、地上の感覚を掴んではいないんだろうが、そもそもこの負荷は相手も共通だったのか。
『戦闘続行を可能と判断。』
ともかく、条件は同じだ。
不利なことに変わりはないが、まだ手は残っている。
宝具の投影なんて規格外な事をやってくる敵が相手だ。今までと同じように戦うのでは勝てない事は理解している。
『宝具情報、
だがこの負荷はともかく、相手が使用できる宝具情報は恐らく僕達が戦ってきたサーヴァントのもののみ。
それだったらある程度、対策のしようがある。
アリーナが槍の戦場に変わって行く様を見ながら、黒いランサーとの戦いを思い出し、その対策を考える。
そして同時に思案する。セラフ直属、最強クラスのエネミー――セレフを打倒する策を。
いつの間に自動保存機能とか付いたんですかね。
さて、中途半端に終わった今回ですが、セレフがチートになりました。
言ってしまえば「ムーンセルの記録拾い出せる権限持ったプログラム」。何でもアリです。
つまりは絶対障壁もハイパー弾丸も以前に先駆者が居たってことですね。ったく、どこの欠片だよ。
別に船出したのはリア充爆発しろって意味じゃないんですよ?
それと血の姉妹についてですが、宝具じゃないっぽいんでセレフにも受けてもらいました。
EXTRA原作ならこれがムーンセルの記録にあるかも怪しいんですが、本作ではアルクも鯖として処理されちゃってるっぽいんで一つ。