Fate/Meltout   作:けっぺん

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これを始めてから大体三ヶ月経過しました。
更新ペース遅れ気味なので、終わりまで後一ヶ月と少しくらいでしょうか。


五十二話『零の月想海』

 

 

「まったく、驚いたな。まさか君がここまで勝ち残るとは」

 教会には橙子さんも居た。

 五回戦では居なかったが、あの時は確か探しものをしていたと言っていた。

「橙子さん、探しものは見つかったんですか?」

「ん? 話を聞いていたか。残念ながら、手掛かり無しだよ。情報源がアレなだけに最初から期待はしていなかったがね」

 橙子さんの呆れた視線が青子さんに向けられる。

「何よ、私は零の月想海に歪みがあるって言っただけじゃない」

 それに返す青子さんも、お門違いだと言わんばかりに呆れ顔だ。

 ところで、零の月想海とは何だろうか。

 確か聖杯戦争の戦いに使われるアリーナは全て「月想海」と名づけられているが、零というアリーナは無かった筈だ。

「色々噂はあるよ。聖杯戦争の予備アリーナだとか。バグとかダストデータを棄却する空間だとか」

 疑問の色を察したのか、橙子さんが説明してくれた。

「何もかもが不明。探してる奴が居る可能性も無くは無いと思ったが、やはり徒労だったよ」

 煙草を吹かす橙子さんは何かのデータを操作している。

「それで、君は今日はどうしたのかな?」

「あぁ、次の対戦相手の事なんです」

 駄目で元々だ。とりあえず話してみる。

 次の対戦相手が凛だという事。

 そのサーヴァントの情報、どんな能力なのか。

 そして、その対策をどうにかして取れないものか。

「そうか。遂に君達が戦うんだね」

 青子さんは興味を示しつつも、笑みを浮かべたりはしない。

 きっと凛も、この教会に何度も足を運んでいたのだろう。

 僕か凛、この六回戦でどちらかが二度とこの教会に訪れる事は出来なくなるのだから。

「うん、なら応援させてもらおうかな」

 青子さんの手から離れたデータの青い画面が僕の前にまで移動する。

 画面に書かれているのは、これって――

「……ランサーの改竄記録!?」

「うん。本当は違反行為だけど、ばれなきゃ良いよね?」

 散々グレー行為を行ってきた僕が答えて良いものか。

 迷いながらも画面を見る。グレーというより、これは完全にブラックなんだろうが、こうでもしないと勝てそうにない相手だと言うのも動かない事実だ。

 改竄数はかなりのものだ。

 一回戦から何度も繰り返し改竄し、更には青子さんの手だけではなく、凛自身による改竄の情報もある。

 これを見る限り、教会のデータではなく、ムーンセル自体に残ったサーヴァント改竄の履歴なのだろう。

 問題はそこではなく、凛が自分自身でも改竄が可能だという点か。

 どのような結果をサーヴァントに残したか、それは定かではないが、それでも自分での改竄が出来る辺り、凛のハッカーとしての腕は優秀なのだろう。

「……ん?」

 改竄記録を調べていくと、一つだけ違う改竄者の名前が見られた。

 青崎 橙子。

「橙子さん、貴女も改造を?」

「ん、あぁ。しつこく頼まれてな。まぁ此方にも利がある条件を出されたのでね」

 探しものに関する情報と引き換えとか、そんなところだろうか。

 ともかく、この改竄履歴で分かったのは、凛は余程用意周到だという事だ。

「凛は、主にどんな改竄を?」

「確か――宝具が不完全だったから、それを完璧にしようとしていたわね」

 宝具、あの黄金の鎧だろうか。

 三回戦の時と、先日見たものでは鎧の完成度は段違いだった。

 改竄は着実に進んでいる。

 完成してしまったら、その時点でランサーの絶対防御は確立されてしまう。

「……どうしようか、メルト」

 メルトの意見も聞くべきだと呼びかけてみると、その場に出現する。

 その視線は橙子さんに向けられている。

「貴女、零の月想海とやらのに入るためのキーをもらえるかしら」

「ふむ、どうしてだね?」

「今は誰も使用してないんでしょう? 何か使えるデータがあるかも知れないわ」

 成程、その可能性は確かにある。

 限りなく低いものだが、凛とランサーとの戦力差を少しでも詰められるものが見つかるかもしれない。

「橙子さん、お願いします」

 深く頭を下げて十秒程度経っただろうか。

「好きにするといいさ。ついでに細部まで探索してくれるとありがたい」

 データを弄る操作音と共に橙子さんは許可を出してくれた。

 その手には立方体のコードが置かれている。

 乱雑に投げ渡されたそれはやや複雑なものだが、このくらいなら僕でも使えそうだ。

「それをアリーナの入り口に使ってやるといい」

「あ、ありがとうございます!」

「構わないさ。ただし気をつけることだ。何が潜んでるか分かったものじゃないからな」

「はい。ではこれで」

 零の月想海、何があるかは分からないが、行ってみない事には始まらない。

 早速向かってみるとしよう。

 教会を出て、アリーナの入り口に向かう。

 一応昨日は凛との戦いの後に二枚目のトリガーを取ることは出来た。

 今日一日、アリーナの探索が出来ないとしてもそれ程痛手ではないだろう。

 零の月想海にエネミーが居ないとしたら、丸一日特訓ができない事にはなるがそれでも何か見つかればきっとメリットの方が大きいはずだ。

「おや、特訓かね?」

「っ」

 出来れば今会いたくない人物の声が聞こえ、思わず眉をひそめる。

 監督役である彼は恐らく、今から僕が行おうとしている事を許容は出来ないだろう。

「……えぇ、そうですが」

 言峰神父は意地の悪い笑みを浮かべている。

 全てお見通し。まるでそう言っているかのようだ。

「精々死なないようにすることだな。そのアリーナに何があるか、私自身理解している訳ではない」

 まるで、ではなくまさに、だった。

 明らかに、この神父は僕の行動を分かっている。

「……止めないんですか?」

「対戦相手への対策を求めてアリーナに向かう。至って普通ではないか。どこに止める要素があるのかね?」

 黙認、という事だろうか。

 ルール上使用していいのは回戦ごとに指定されたアリーナだけだと思うのだが。

 ともあれ、許可をもらえるのなら構わない。

 なら、何かしら情報も得られるだろうか。

「……零の月想海について、何か知っていますか?」

「ほう。私は一応監督役だが。その私に未指定のアリーナの情報を教えろと?」

 言峰の事だ。こう返してくるのは大体分かっていた。

「普通ではないんですか? 至って普通のことをする。その為の説明を受けたいだけなのですが」

 言峰のその笑みは一層濃くなり、更なる含みを持った様に感じた。

 それが如何なる事なのか、このNPCの本質は恐らくいつになっても知る事はないだろう。

「零の月想海は、アリーナを作り出すための要素の余りによって構成された擬似的な空間だ」

 アリーナの余りで構成された、“零個目”のアリーナ。

 誰に踏ませるアリーナではなく、誰の為に作られたアリーナでもない。ムーンセルのみがその中身を知る空間。

「私が知る限りでは、そこには聖杯戦争の“If(イフ)”が置かれているとされている」

「イフ?」

「可能性だ。君が勝利してきた現在とは違う、全ての可能性が記録されているという話だ」

 成程、正に何が起こるかわからないアリーナという訳か。

 自分の知らない未来が保管され、更に今僕がいる現在と並行する可能性も次々と書き加えられていく。

 恐らくはそれによって、アリーナ全体が不安定な状態にあるはずだ。

「君が行こうとしているのは未知のアリーナ。油断すれば一瞬で意味崩壊に繋がる。気を抜かないことだ」

「……はい」

 去っていく言峰を見届ける事無く、アリーナの入り口の前に立って橙子さんから貰ったコードを取り出す。

 展開し、アリーナの扉に入力すると、扉の雰囲気が変貌する。

 どうやらこれは一回限り扉を変質させるキーのようだ。

「……行こう、メルト」

「えぇ。ハク、気をつけて」

 意を決して、扉を開いた。

 

 

 零の月想海――そこは今までのアリーナの様に海を模したものではなく、まるで血の様に紅かった。

 纏わり付くような、嫌な雰囲気。お世辞にも居心地の良い空間とは言えない。

 簡単な遠見の術式を起動させて確認すると、アリーナの構造自体はそれほど複雑なものではない。

 というより、ほぼ一本道だ。幾つかの広場はあるが分かれ道は一切無く探索は容易に思える。

「油断しないで。何かおかしいわ」

「おかしい?」

「何か――体の崩壊を誘っているような……」

 そうか、メルトは元々、月の裏側で生まれたサーヴァントだ。

 ムーンセルの記録には無い、不正規の英霊である以上、その記録領域に踏み入ったことで何か拒絶反応が起きているのかもしれない。

「ごめん、メルト。行ける?」

「問題ないわ。この程度の崩壊誘発なら、拒否できるわ」

 不安だが、メルトがそういうなら僕は信頼する。

 それがマスターである僕の役目だ。

「よし」

 注意しながら先に進む。

 どうやら踏み入った者の存在意味を消失させようとするプロテクトが掛けられているようだ。

 簡単なもので、確かな意思を持っていれば影響は少ないと思える。

 一回戦や二回戦であれば、恐らくこのアリーナには入れなかっただろう。

 今でこそ、願いを持った一人のマスターだが、あの頃はただ生き残りたいという必死さだけで戦っていた。

 それだけのマスターを、多分ここは受け入れない。

 入る事が出来たのなら、後は何かを見つけて帰るだけだ。

「ハク、何か感じる?」

「どうだろう……ちょっと待って、探知のコードを使ってみる」

 探知は遠見の術式の応用で、アリーナ内の様々な存在の位置情報を確認できるものだ。

 ただ脳と視覚が揺れるような感覚があるためあまり使いたくはなかったものだが、何か有益なものが透明になっている可能性も否めない。

view_all()(位置把握)――っ」

 ぐらりという感覚と共に、脳にアリーナの階層データが入ってくる。

 内部の歪みが一際大きく、量も多いこのアリーナではその衝撃が数割増しているようだ。

「……うん。大体分かった。この反応は――礼装、かな」

「礼装……実用性は高そうね」

「あぁ、とりあえず行ってみよう」

 反応があった場所を目指して歩き出す。

 エネミーの気配は一切ない。存在意味が“マスターの育成”であるエネミーはこのアリーナに必要がないのだろう。

 そういった面では安全ではあるが、また別の危険を考慮してここに足を踏み入れたのだ。油断はしてはいけない。

 注意を払いながら進んでいくと、反応のあった場所に行き着いた。

 案の定何も見えないが、確かにアイテムフォルダの気配がある。

 探知の術式と、歪みを頼りに探っていくと、何かに触れたような気配がし――次の瞬間、透明化が解けたように突如出現した礼装が床に落ちる。

「これは……?」

 拾い上げると、礼装に込められたコードが脳に入っていく。

 普通礼装はそのまま使う事はあっても、こんな現象は無い筈だが。これも僕の存在ゆえだろうか。

 にしても、今知ったコードの構成は覚えがない。

 ラニが作る礼装のような、一回の確実な効果を求める単発のものは複雑ゆえ僕自身が覚えて使う事は出来ないが、この礼装であればコードが分かった以上必要は無さそうだ。

「そのコードは使えそうかしら?」

「……分からない。とりあえず使ってみようか」

 術式を組み上げ、唱えてみる。

 だが、使用した魔力が放出されるだけで何の効果も見られない。

「……あれ?」

「何も起きないわね。敵を対象にして使うコードかしら」

 なるほど、このアリーナには敵の反応がないし、メルトの考察が合っているとしたら当然効果は発揮されないだろう。

「なら、明日普通のアリーナで試してみよう」

「それが良いわ。さて、次に行きましょう」

 次――アリーナ内のアイテム反応は普通のアリーナに比べて多い。

 恐らく大半はジャンクデータだろうが、どれが有用なものなのかは探知のコードだけでは分からない。

 一つ一つ確実に片付けていくしかないだろう。

 凛とランサーとの差を少しでも縮めるには、出来るだけ多くの戦力を持っておきたい。

 コードキャストとして直接戦力になりうる礼装なら尚更だ。

 戦力といえば、此方の戦力を上げることは当然として、相手の戦力を削ぐのも戦略の一つか。

「メルト、あの宝具だけど、ランサーの鎧の効果を奪い取る事って出来るかな?」

「難しいでしょうね。あの鎧は多分私の宝具よりも格上。一部だけならともかく、全部を奪いきる事は出来ないわ」

 ふむ、やはり駄目か。

 敵の能力を吸収する宝具、あれで鎧の効果を奪い取る事が出来れば鎧への対策を取ることもないのだが。

 あの鎧は単純なダメージ軽減のものだろうが、だとしたらあれほどランクの高いものならば軽減率はかなりのものになるだろう。

「一応、私単体でも取れる策はあるけど、効率は悪いわね。このアリーナで出来るだけ有用な礼装を探しましょう」

 やはり、それが勝利への一番の道か。

 残念だが、地道に探していくしかないようだ。

「よし、行こう」

 この後、幾つかの礼装を発見し、五日目の探索を終えた。

 明日は猶予期間の最終日。出来る事は全て終わらせなければならない。

 ランサーの力は強大だ。どんな対策を、幾つ行っても足りないだろう。

 だから、“出来る限り”を全てやって、悔いの残らないようにしなければ。

 問題は山積みだが、今は一旦の休息を取ることにした。




零の月想海は今後出てこないです。無差別級さんすみません。
手に入れた礼装については、コードだけ抜き出して礼装自体は売りに出してると思います。
便利ですねこの能力。

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