帰ってきてあまり時間が無かったり眠かったりするのが致命的です。
……はい、言い訳ですね。すみません。
相手は太陽の子。炎属性によるダメージは期待できない。
つまり『臓腑を灼くセイレーン』による攻撃と体力の回復はできないものと思って良いだろう。
「
踵から放たれる衝撃波はランサーの手甲によって弾かれる。
やはり、あの強固な鎧は防御力も確かなもののようだ。
とはいえ、防御力はともかく、槍を使えない以上あまり攻撃手段は持たないのではないか。
三回戦では、近接での格闘を主としていた。
今回もその例に漏れず、手甲をさも剣の様に扱っている。
「――六回戦ともなれば強者の集まりか」
「そうね。随分と腕を上げたわ、ハクト君」
微笑む凛の手には小さな宝石が数個握られていた。
それら一つ一つに感じる魔力。
アリーナの空にそれがばら撒かれた時、ようやく凛の真意を理解する。
「とりあえずお手並み拝見、かしらね――やって、ランサー!」
「了解した」
カルナがその手で空を仰ぐ。
たったそれだけの行動で、浮かび上がる全ての宝石が発火する。
星空を連想させる火の塊。
大きさはそれほどの物では無いが、ランサーが宝石に与えた火炎により魔力を高めている。
「ハク、防げる?」
「……どうだろう。でも多分、盾のコードじゃ……」
何度も使う事で、盾の強度は最初に比べてかなりのものになったが、それでも防げて一つか二つ。
そのくらいの威力はあるだろう。
だが、“一つは防げて”“同時に来なければ”。
「いや、多分防げる。あれが一斉に来なければ」
「それなら大丈夫そうね。リンなら多分そんな使い方しないわ」
何を根拠にしているか分からなかったが、確かに高価な宝石を使った戦法だ。
一斉に使うより、連続で一つずつ使用して、確実に仕留めた方が効率的だろう。
問題は、あの宝石の威力。
想定通りなら良いが、それ以上だったら危険だ。
「頭上注意だ――悪く思え」
火球が降り注ぐ。
「っ――!」
盾を展開し、最初の一つを受け止める。
衝撃が手を通じて体を蹂躙し、魔術回路をフィードバックして精神にも痛みが走る。
このコードキャストを使用して精神にまで痛みが来たのは初めてだ。
高威力の攻撃を受けた影響だろうか。
ともかく、これで怯む訳にはいかない。まだ最初の一撃を受けただけだ。
盾の消耗は四割ほど――これなら次の一撃も受けられる。
二つ目の宝石に盾を向け、それを受ける。
「ぐっ……!」
凛とランサーは手出しをしようとしない。
テストと言っていたが、これが目的としていた戦法だろうか。
――考えている暇はない。盾の復旧をしなければ。
「
コードキャストの連続発動、それも上級のコードを三連続となれば消費は激しい。
だが、次の火球が迫る。
「メルト、下がって!」
メルトを後退させ、連続で来る三つの内最初の一つを受け流す。
最低限の損傷しかない盾で二つ目を受け、最後の一撃の前にコードにより自動回復させた盾を突き出す。
「最後――」
残り一つとなった火球を真正面から待ち構える。
そして受けきった――その瞬間。
「ランサー、行って!」
凛の指示によって一瞬でにじり寄ってきたランサーがその手に構える武器。
中心に紫電が走る黒い刃は、柄より長い。
剣であれば当たり前だが――その武器が持つ圧倒的な魔力は、間違いなく宝具の類。
太陽を象ったその“槍”こそ、神をも殺すカルナの最強の武器なのだろう。
「ふっ」
一息と共に振られた槍は、消耗していた盾をいとも簡単に両断した。
僕を捉えず、盾だけを切り裂いたのは警告だろうか。
「よく凌いだ。リンが認めただけの事はある」
ランサーはそれだけ言うと、メルトに槍を向ける。
「セラフが勘付くのも時間の問題だ。暫し付き合え、サーヴァント」
「……良いわ。相手してあげる」
いつも通りの発言に思えて、どこかメルトには余裕が無い。
ランサーはそれほどの強敵だ。
だが、槍の冴えならば以前ドールと戦った際に垣間見ている。
同じステータスを持ったものであれば、メルトにも勝ち目はあるか。
鋼の脚具が槍とぶつかり、炎が走る。
これは――ランサーの魔力放出か。
自身の魔力を放出する事で武器に属性を付加したり能力の向上を行ったりするスキル。
ランサーのそれは、即ち炎。手に持った武器に炎を纏わせる事が出来るようだ。
単純な威力の増強に加えて此方の行動の阻害にも効果を発揮するこのスキルは厄介だ。
黄金の鎧、最強の槍、必殺の投擲武器に加え、こんなスキルまで持ち合わせているとは。
メルトも攻めあぐねている様で、槍を受けながら火炎を回避するので精一杯だ。
ならば遠距離――そう考えても『踵の名は魔剣ジゼル』はまるで通用しない。
それにブラフマーストラの存在を考えると、遠距離での戦闘は極力控えた方が良いだろう。
「っ、この……貴方、本当にあのドールの基盤なの!?」
そう、メルトの疑問は尤もだった。
ドールとステータスが同じなのだとしたら何かがおかしい。
ランサーが槍を使い始めて暫くが経ったが、明らかにドールよりも実力が上なのだ。
ドールの性能がランサーよりも低かった、その可能性は確かにありえる。
だが、探索を順調に進める、僕達への対処、壊れた場合の修理コストなどを考えれば、始めからオリジナルの性能で作っていたほうが良い筈だ。
「疑問を抱く事でもないだろう。あの人形に預けた力が、紛れも無くオレの全てだ」
ランサーの言葉には一切の虚偽が感じられない。
彼が言うのであれば、間違いなくあのドールとランサーの性能は同じ。
ならば、この強さは一体なんなのだろう。
ドールではなく英霊そのものを前にしての威圧感が働いているから――いや、違う。
姿、そして真名だ。
それを知る者には実力も知れ渡る大英雄。しかし、知らない者には一人の武人に過ぎない。
御者の子というレッテルを貼られ続け、その武芸を誰にも認められなかったカルナという英雄。
現代においても、相手が無知である限りその実力の真髄を測ることは出来ない――カルナの無冠の武芸すら、凛は戦略に組み入れたというのか。
ドールの頃は、僕はランサーの真名を知らず、思考を一人の英雄という域から外すことが出来なかった。
だからこそ、カルナという英雄を象った人形に対して、“六回戦まで勝ち残る程度の実力を持ったサーヴァント”とだけの意識で戦ってしまった。
正体を知ってしまった今、目の前にいるのはただの“英雄”ではない。実力を認められなかった武人だ。
名前を知り、現代にまで語り継がれるその実力を知ってしまった以上、確かな武芸を認めざるを得ない。
ドールとの性能が違った訳ではない。“名前を知らない英雄の実力を過小評価していた”だけなのだ。
恐らくはカルナのスキル。無意識の内に思考に訴えかけ、実力を“その程度”だと錯覚させるもの。
「まぁ、それでも――力ある者に評価されるのは、悪くない」
一際大きく切り払い、メルトとの距離を開けるランサー。
その両者の間に、放り込まれる宝石。
体勢を低くして闘気を更なるものへと変貌させる槍兵のしようとしている事を察し、咄嗟にコードを組み上げる。
「
メルトへの魔力供給量を一時的に増加させ、魔術的攻撃への耐性をつけた瞬間――
「ランサー、決めちゃって!」
「真の英雄は――眼で殺すっ!」
細めた目がメルトを射止め、膨大な魔力が解き放たれる。
「っ――!」
『さよならアルブレヒト』を解放し、防御の姿勢をとったメルトを襲う魔力の奔流は破壊だけを発生させる。
大きな爆発が発生したと同時にセラフが戦いを制止した。
「メルト!」
「っ……大丈夫よ」
爆風に飲み込まれる前に強制的に開けられた距離。
それによってメルトはどうにかあの攻撃を回避できたようだ。
今の攻撃、視線だけで、あれほどの威力を発揮したとでもいうのだろうか。
「あっちゃー、駄目だったか」
凛はわざとらしく肩を竦めて言った。
槍を収めたランサーは自然体に戻り、凛に向かって歩いていく。
「望みの成果は得られたか、リン?」
「十分よ。行きましょ」
リターンクリスタルを取り出し、魔力を込めながら凛は此方を一瞥する。
「決戦でね、ハクト君」
凛とランサーが姿を消し、アリーナに静寂が訪れる。
――まさか、これほどの強敵だとは。
あの二人を相手にするには、このままでは駄目だ。
いくら経験を積んでも、もっと根本的なところで追いつけない気がする。
どうにかして、あのランサーへの対策を取らなければ。
明日、ラニの力を借りよう。
施しの英雄・カルナ。その力に対抗できる策を、彼女ならば思いつくかもしれない。
翌日、ラニを訪れ事情を話した。
ランサーの真名、その能力について。
「カルナ……インド神話の施しの英雄ですか」
どうやらラニは英雄の知識自体は初めから持っていたようだ。
ブラフマーストラの所有者という点で、候補には上がっていたのかもしれない。
不確定事項だから頭に留めておいたのか。
「そうなると、確かに幾つかの対策を取らないといけませんね」
太陽神の子であり、黄金の鎧と必殺の槍を持つ英雄。
たった一つの対策でどうにかなる相手ではない。
「分かりました。規格外のサーヴァントなので、私のコードでどの程度の効力があるかは分かりませんが」
「きっと大丈夫だ。頼む、ラニ」
「はい。全力を尽くさせていただきます」
そう言って頭を下げるラニ。
無力な僕にとっては、本当に頼りになる友達だ。
『なら、ラニの作業の間に他をあたってみたらどうかしら?』
「他?」
『教会の姉妹はどう? 何かしら知ってるかもしれないわよ』
なるほど、彼女らの力も借りれば、対策に幅が広がるだろう。
サーヴァントの改竄を務めている二人だから、霊子ハッカーとしての技術はかなりのものだろう。
情報を聞くだけではなく、相手サーヴァントへの対策を取ってもらいたいというのは彼女らの「手を貸す」の許容範囲外かもしれない。
とはいえ、駄目で元々。相手の力が圧倒的な以上どんなに小さい可能性でも詰めていくべきだ。
猶予期間も少ないため、あまり確立の低すぎる事をやっていくのは時間の無駄になるかもしれない。
だが、あの二人ならば引き受けてくれるなら「OK」、駄目なら「ダメ」で簡単に済ませる気もする。
ならあの二人に声を掛けてみるのは得策といえよう。
「よし、行ってみよう」
メルトの提案に賛成し、小さな期待を抱きつつ、教会へ向かった。
引き続き多忙になると思うのでしばらく更新が遅れます。
土日になってしまうかもしれません。楽しみにしてくださる方には本当に申し訳ないです。