Fate/Meltout   作:けっぺん

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不測の事態が連続して起こったため、更新時間が遅くなりました。すみません。


四十一話『圏境極地』

 

 アリーナの二階層。

 前の階層よりも入り組んだ作りになっているそれの三箇所。

 ラニが組み上げたトラップはユリウスが通るであろうルートに仕掛けられた。

 武装に対して反応する対装具炉(アンチ・アーティファクト)

 魔術に対して呼応する対魔術炉(アンチ・キャスト)

 気に対して感応する対精神炉(アンチ・マインド)

 透明化がそれらの何れかによるものならば、ユリウスのサーヴァントが上を通った時罠が発動する。

 更に、ユリウス達を確実に罠に掛ける為にアリーナの一部を封鎖した。

 ――それが、四日目の活動。

 

 そして五日目、再び僕とメルトは術炉の前に居た。

 というのも、ラニが提案した作戦のためである。

 曰く、自分が囮になってユリウスをアリーナに誘い込むので、待ち伏せをしろ、と。

 勿論反対はした。しかし、ラニの目は真剣だった。

 相手はユリウス、そんな敵相手に囮なんて役をしたら、命を落とすかもしれない。

 失敗できない一度きりの作戦であったとしても、ラニが一人で囮の役をなすなんて、させたくなかった。

 だけど、任せてくれというラニの決意は固かった。

 だから絶対に無茶をするなと約束した。

 ラニには死んでほしくない。

 空虚であった自分を認めてくれて、抱いた願いを認めてくれて。

 そんな「友達」を亡くすなんて、絶対に嫌だった。

「だからっていきなり抱き寄せるのもどうかと思うけどね」

「……」

 メルトは唯一の後悔を、容赦なく抉ってくる。

 ラニは、まだ自分を道具だと言っていた。

 それに対し、僕は何も考えず、ラニを抱き寄せていた。

 大切な協力者であり、友達のラニ。

 確かな心が生まれた彼女が、自分を道具扱いしている事に納得が出来なかったようだ。

 結局のところ、僕は折れた。

 決意と信頼の篭った目は、僕に否定をさせなかった。

 そうして、作戦は決行された。

 僕が今いるのは、三つ目の罠、対精神炉の前。

 要するに最後の罠だ。

 ここにくるまでにあのサーヴァントの秘密が解けなければ、またも不利な状況下で戦わなければならない。

 そう考え始めた時、携帯端末が音を鳴らす。

『……ハクト、さん……蠍は、アリーナに入りました……後は……よろしく、お願いします』

「――ラニ!? 大丈夫!?」

 端末から、掠れた声が聞こえる。

 明らかに消耗したラニの言葉は、自らの仕事を完遂した事だけ。

 返事を待たずして連絡は終わる。

 ラニの安否が心配だが、命を懸けてユリウスを誘い込んでくれた。

 ここで戻ってしまってはそれこそラニの決意を台無しにしてしまう。

 携帯端末を操作し、アリーナのマップを表示させる。

 ユリウスの位置が分かるわけではないが、予めトラップの位置を反映させている。

 しかし、その内の一つは既に反応していない。

 トラップの上を誰かが通ったときに反応を消す仕組みを作っておいたが、どうやらしっかり反映されているようだ。

 効果が発動していれば魔力の流れで感知できる筈だ。

 つまり、対装具炉の効果は無かったのだろう。

 あの透明化の正体は宝具や装身具によるものではないという事か。

 暫く待っていると、二つ目の罠の反応も消えた。

 仕掛けておいた罠は魔術による透明化に反応する対魔術炉だったか。

 だとすると、あれの正体は魔術でもないということか。

「逃げられないわよ。覚悟は出来てる?」

「あぁ、大丈夫だ」

 もう間もなく、ユリウスはここにやってくる。

 対精神炉の反応が無ければ、透明化の秘密を破ることができないまま戦わなければならない。

 そうなった場合、前の戦いのように一時的に透明化を破るなんて事を許す敵でもない。

 これに引っかかってくれること、それを願うばかりだ。

 対精神炉は、気の流れや経絡による技に反応する。

 確かにあのサーヴァントは中国武術を究めた存在だと言っていた。

 だが、そうだとしても姿を透明にするに至る事があるだろうか。

 どれ程の鍛錬が必要かは分からないが、透明化に至れる者などそうはいないだろう。

 つまり、この術炉にはあまり信頼を置いていなかった。

 これまでの二つに反応があると思っていたのだが、それが無いとなると残るはこの一つ。

「ハク、来るわ」

 メルトの言葉を受け、顔を前に向ける。

 遠くに見える黒い姿。

 ユリウスは此方の意図に気付いているだろうか。

 だとしたら、尚更危険が増すが……

「……」

 ユリウスは躊躇せず、罠を仕掛けた小部屋に足を踏み入れた。

 この先の道は行き止まり。

 隠れて様子を見る事も出来ず、相対する形となる。

「ふむ……何の小細工かは知らんが、このようなもの、儂には効かん」

 不可視のサーヴァントがその声だけをアリーナに響かせる。

 やはり駄目か、どうやらこのまま戦うしかないらしい。

「これ以上動かれても面倒だ。前の様に情けはかけるな」

「応よ。名残惜しいが小僧、ここまでだ」

 見えない足音が近づいてくる。 

 それが小部屋の中央に差し掛かった瞬間――

「ッ――!?」

 バチリという激しい音と衝撃がアリーナを揺るがす。

 本当に揺れているのかと錯覚させる魔力が術炉から放たれた。

 次の瞬間、ユリウスのサーヴァントを覆っていた不可視のカラクリは四散するようにその効果を失くしていき、三回戦で見た、その姿の全てを晒していた。

「これは……!?」

 ユリウスが驚きを露にしている。

 今までの仕掛けに気付いていたとしても、まさか弱小な標的が透明化を破れるとは思わなかっただろう。

「この仕掛け……そうか、天地を返しおったな!?」

「何事だ!?」

「大事だ! いいぞユリウス! あやつらの知己には天仙までいるらしい!」

 透明化を破られて尚、サーヴァントは大笑して起きた出来事を分析している。

 明らかに動揺したユリウス、どうやら不測の事態への耐性はそれほどついていないらしい。

「儂の気功を儂に返すとはまさに神技よな。見よ、おかげで儂の圏境が破れおったわ!」

 圏境。

 内容は良く分からないが、それこそがあの透明化の正体か。

「陰陽自在の八卦炉とは、見上げたものよ。ここまで神経勁を傷つけられては三日四日で治るまい!」

「愉しんでいる場合か……! とにかく速やかに奴らを討て!」

「呵々、よかろう。遂に奴らも本気になったと見える!」

 サーヴァントの口元に浮かぶのは不敵な()み。

 冷え切ったユリウスとは対照的だが、その恐怖は遥かにそれを上回る。

「ようやく全貌を晒したわね、サーヴァント。一日目の借り、返させてもらうわよ」

 メルトが体勢を低くし、相手の攻撃に備える。

「それは楽しみだ。だがその呼び名は気に喰わんな。儂は見ての通り、アサシンのサーヴァントよ」

 遂に相手のクラスが判明した。

 気配遮断の亜種として透明化がある、と憶測を立てた上でのアサシンという考察。

 それはどうやら間違ってなかったようだ。

 暗殺者としての腕、それはメルトを一撃で倒した実力から見て確かなものだ。

 しかし、姿が見えた上での戦いならば、勝機はある。

「よくぞ儂の圏境を破ってくれた。これまでの相手は戦いにすらならなかったからな!」

「……全員暗殺したのか?」

 聞くと、アサシンはその笑みを一層深める。

 一種の狂気にも感じるそれは背筋に寒気が走るほどだ。

「応とも。命に優劣がないとは言わんが、縊り殺すのならやはり子鼠より虎でなくては! いや、儂もまだまだ悪行から抜け出せんな」

「子鼠はあなたではなくて? 闇でこそこそするだけが脳なら、さっさと溶かされてしまいなさいな」

 挑発的なメルトに、アサシンの笑みが消える。

「言うではないか。大口なのは勇ましいが、はて。おぬしには少しばかり品が足りぬな。それでは強者の余裕も弱者の虚勢と見られようて」

「好きに取りなさい。命乞いの暇は与えないわよ?」

「こちらこそ――今だ五体を使わねば立ち行かぬ套路だが、冥土の土産に一凶、馳走してくれるわ!」

 ゆっくりと腰を落とし、アサシンは構える。

「面白いわ、もう見えない拳にやられる事はないわね」

「搦め手を突くばかりが儂の本領と思ってもらっては困る。我が八極、存分に味わえ!」

 激突する両者。

 メルトの鋭く激しい連撃を、アサシンは冷静に受け流している。

 透明化が無くとも、体術を究めたサーヴァントである以上一対一の戦いには強いようだ。

 武器を持たず、鋭い攻撃を受け流すのは至難の業だろうが、それをいとも簡単にやってのけている。

「呵々、その程度で儂を殺そうとは、片腹痛いわ!」

 笑いながらも隙など一切見当たらず、メルトとの力の差を大いに見せている。

 単純に攻撃するばかりでは、きっとあのサーヴァントに一撃たりとも与える事が出来ない。

 このまま戦い続けて加虐体質のスキルが発動してしまっても困る。

「メルト、一旦戻って!」

「っ」

 両者の間に距離が置かれる。

 この実力者相手にダメージを与えるには、一体どうすれば良いのか。

「……」

 アサシンは独特の呼吸法を行いながら、構えている。

 いつでも此方の攻撃を受けられるように。

「メルト、打開策はない?」

「残念だけど」

 宝具は決戦まで使用はしないとして、今の段階でアサシンの弱点が見当たらない。

 透明化を破ったのに、次は相手の武術の腕に悩むことになるとは。

 その膠着状態が暫く続き、ユリウスも何も言わぬまま、セラフの介入が入る。

「実力を隠すか。その程度とは思いたくないが」

 構えを解くアサシン。

 その表情には、落胆があった。

 戦闘不能から脱却し、自身の透明化を破った相手の実力がこの程度とは思いたくないのだろう。

 しかし、この差は紛れも無く事実であった。

「期待はずれか? ならば二日後に縊り殺してやるまで」

「理解できん……その程度の実力で、何故アサシンと打ち合える?」

 ユリウスの疑問はもっともだろう。

 これだけ力の差を見せられておきながら、尚も戦おうとする僕達は、よほど馬鹿に映るだろう。

 しかし、今が駄目だとしても、決戦までには手段を考える。

 アサシンと互角、更には超えるまで成長するしかない。

「レオがお前を目に掛けるのはお前が凡人だから――だが、それ以外の理由でお前は俺を苛つかせる」

 氷の様に無表情ながら鋭い目線。

 それが不意に閉じられ、ユリウスはリターンクリスタルを取り出す。

「まあいい。後二日で茶番は終わる」

 そういうと、ユリウスは闇に溶けるように消えていった。

 アサシンもそれを追い、アリーナから消えていく。

 今回もダメージを与えることは出来なかったが、今回の収穫は大きかった。

 敵の透明化を破り、どうにか有効打を与えるチャンスを得たのだから。

 ラニから連絡が入ったのは、その時だ。

『ハクトさん……蠍は……?』

「倒すことは出来なかった。けど、透明化を破ることが出来たよ」

『そう、ですか……』

 端末越しに、ラニの安堵が感じ取れる。

 その声にはまだ消耗の色があったが、大丈夫との事だ。

『では、封鎖した道は開放しておきます。どうか、お気をつけて……』

 連絡を終える。

 ラニに大事が無いのは安心した。

 アサシンについて知った事は、明日調べればいいだろう。

 今日はひとまず、封鎖されていたアリーナの先でトリガーの入手に専念することにした。

 

 

 翌日。

 猶予期間の最終日である六日目。

 今日中に情報を集めて、あのサーヴァントの正体に至らなければならない。

 まずは図書室で、昨日の情報について調べる事にする。

 圏境。

 アサシンの透明化を可能としていたその能力は、一体何なのか。

 圏境という単語の意味さえも分からなかったため、調べるのに時間は掛かったがようやく見つけることが出来た。

 中国において、清朝末期から中華民国時代における、数少ない達人の境地。

 気を巡らせ、周囲の状況を察知して自らの存在を天地と合一させる。

 これを極めた拳法家は、これの応用で対手に自らの姿を知覚すらさせなかったという。

 あのアサシンは自身の戦闘方法を八極と呼んでいた。

 八極、つまりは八極拳か。

 八極拳を使い、圏境に至った拳法家。

 清朝末期から中華民国時代となると、割と近代の英霊だ。

 ここまで分かれば、正体まであと一歩だ。

 後はメルトを信じて戦うだけ。

 ユリウスとアサシンは、確かに今まで戦った誰よりも強敵だ。

 だけど、きっと勝てる筈だ。

 さて、情報も集まってきたが、さらに詰めるには、やはり教会の姉妹の手を借りるのが良いだろう。

 そう思い、教会に赴くと、いつもとは違う顔が見られた。

「あら、ハクト君。改竄にでも来た?」

「凛……?」

 四回戦を戦った後、少し話したきり姿を見なかった少女が居た。

 そしてサーヴァントの改竄を担当している青子さん。

 二つある椅子のうち、一つは空いている。

「姉貴ならいないわよ。ちょっと探しものだってさ」

「探しもの……?」

 どうやら橙子さんはいないようだ。

 探しものについては気にしても仕方が無いだろう。

 橙子さんの手を借りられないのは残念だが、青子さんもその知識はかなりのものだ。

 ユリウスのサーヴァントについて聞いてみよう。

「あー……ごめん。そのマスターも教会に来たことはないわ」

 ユリウスの事だからそうだとは思ったが、本当にそうだとは。

 用心深い彼は、サーヴァントに干渉する施設の使用を許可しなかったのだろう。

 では、圏境について知らないだろうか。

「圏境、ねぇ……」

「あら、あいつのサーヴァント、拳法家なのね」

 凛がその単語に反応した。

 何か知っているのだろうか。

「えぇ。圏境に至ったって事は結構近代の英霊ね。何て言ったかしら……」

 顎に手をついて考える凛。

 何故僕に手を貸してくれるのか。

 いや、手を貸しているつもりはないのだろう。

 ユリウスのサーヴァントの情報を得られ、あわよくば彼を倒してくれるのなら、更なる情報を与えても良いと判断したまでだろう。

「名前までは思い出せないわ。ただ、代表的なものに『二の打ち要らず』って渾名がつけられていたわね」

「二の打ち要らず……」

 聞き覚えは無いが、これは重要な情報だ。

 あのサーヴァントの攻撃はその称号に相応しかった。

 ほぼ間違いなく、その英霊に違いないだろう。

「ありがとう、凛」

「別に構わないわ。まぁ、あなたがユリウスに勝てるとは思えないけど」

 凛は笑みを浮かべながら言う。

 確かに、こんな素人魔術師に手馴れのユリウスが負ける筈がないというのが、客観的に見て共通の意見だろう。

 だが、情報は揃った。

 今までと違い、願いという最大の決意も得た。

 きっと、負けることは無い。

「ふぅん。精々頑張りなさいな。骨は拾ってあげるから」

 冗談を相手にするように手を振る凛。

 青子さんはそれを見て苦笑している。

 これが最後の会話、そう思っているのだろう。

 だとしても、僕は明日死ぬつもりは無い。

 ユリウスを倒し、勝ち進む。

 そのためにも、情報整理と特訓に最終日を使う事にした。




全部書くと五回戦が長くなりすぎるんで色々とカットしました。
次回から決戦。
ユリウスはしっかりと追い詰めてやりたい←

姉妹について、この五回戦は特に力にはなれませんでした。
橙子さんはアレの捜索でちょっと外に出ているようです。

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