Fate/Meltout   作:けっぺん

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初の予約投稿。上手く反映されているでしょうか。

五回戦は初プレイ時衝撃展開が多すぎた。
長かったなぁここまで。


四十話『虚数願望』

 

 

 アリーナに入ると、予想通りあの鋭い殺気が感じ取れた。

 ユリウスも居るのだろう。

 また不意打ちの危険性がある。

 慎重に行くべきだろう。

 

 

 しかし、一切の不意打ちも無く、アリーナの奥にユリウスは立っていた。

 相変わらずサーヴァントの姿は見えないが、近くに居ることは確実だろう。

 普通であれば、あれ程の戦力差を見せられている以上、避けて通るのが道理だろう。

 だが、今回はそれは出来ない。

 リベンジ、という訳ではないが、僕もメルトもやられっぱなしではいられない。

「――つくづく、理解できんな。実力差が分からんのか?」

 分かっている。分かっているからこそ、対峙するのだ。

「馬鹿馬鹿しい。不理解を通り越して不愉快だ。虫の様に死ね」

 殺気の鋭さが増す。

 目の前にのこのことやってきた獲物を射抜かんと、その全てが向けられる。

「いやいやユリウス、奴らの闘気、先刻とは比べ物にならん。何か策があるようだぞ?」

「……たかが数時間で何が出来る。気迫だけでは実力差は埋まらん」

 ユリウスの目には、殺気に加えて侮蔑が込められている。

 愚かな標的を、手に掛ける事すら面倒と言わんばかりの眼差し。

「ふむ……そこまで毛嫌いするなら、ユリウスよ、儂の好きにさせてはくれんか?」

「……好きにしろ。六回戦で遊ばれても迷惑だ」

 ユリウスが一歩下がる。

 不可視のサーヴァントは、自分の好きにさせろと言った。

 冷酷無比な性格のユリウスとは違い、あのサーヴァントの性格からして、何らかの提案があるだろうが。

「うむ、感謝しよう。小僧、ぬしらの勇気と気迫に免じ、一つ、賭けといこうではないか!」

「賭け?」

「儂はこの仕合、三打待つ。その間に姿を捉えれば良し、悪い条件でもあるまい?」

 絶対的な自信か、もしくは余裕か。

 清澄ながら残忍な気を放つサーヴァントは、猶予を与えた。

 三打。

 その間に自分の姿を捉えろと。

「随分な余裕ね。なら、暴かせてもらおうかしら」

「呵々、よくぞ言った! 精々愉しませろよ!」

 メルトが構える。

 ああ言ったからには、恐らくあのサーヴァントは待つだろう。

 此方の三打で、果たしてあれを捉える事が出来るか。

「メルト……」

「大丈夫よ。言った通りに」

 メルトは走り、一打目を放つ。

「ほう、勘は良いな」

 ガキン、と打ち付けられる音が響く。

 どうやら攻撃は当たったようだが、姿が見えていない以上、有効打には至っていないだろう。

 続けて二打目。

 位置を捕捉した上で、その位置をなぎ払う様に足を振るう。

 それに対して、あのサーヴァントの判断は恐らく回避。

 大きく動いて、一度距離を取るだろう。

「ハク!」

「――boobytrap()(警戒線)!」

 予め組んでおいたコードと、アリーナの位置情報を合一させる。

 魔力を通し、アリーナ中に警戒線を張り巡らす。

 使えるようになったばかりのコードゆえ、効果があるのは僅かな間のみ。

 だが、大きく動いているならば、姿が見えなくても線に触れる。

「――む?」

「っそこだ、メルト!」

「ぬぁっ!」

 そこに更に攻撃性の魔力を放つ。

 魔力で出来た電撃は、不可視だったサーヴァントの形に広がる。

 それは即ち、確実な位置の捕捉。

「姿を晒す時よ――暴かれる嘘吐きロイス(オーバー・メルトダウン)!」

 振るわれた足は風と共に魔力を流す。

 魔力は水流と化し、サーヴァントを飲み込む。

「っ――これは!?」

「明かしたわね、その姿」

 三打目。

 それはメルトの宝具の力を一部だけ発揮した融解の波。

 一時的に相手の能力(スペック)を溶かし、乱す。

 不可視の正体が予め使用され、本人の魔力供給を既に得ていないものならその効果は発揮されないが、魔力を通すことで発動を継続しているのなら、波はそれを攫い暫くの間使用不可能にする。

 結果としてそれは成功し、ユリウスの傍には三回戦の最初に見た赤い男が立っていた。

 一部は砂嵐がかかったように姿が見えなくなっているが、その姿を今この場で完全に消す事は出来ない。

「――っ」

 サーヴァントは驚きに目を見開いていたが、やがて吹き出すように笑い出した。

「く――はははは! 見たかユリウス? やはり策があった、こやつら、おぬしが言うほど小兵ではないぞ!」

 賭けには勝った、という事で良いのだろうか。

 少なくとも、既にサーヴァントは構えを解き、その場に直立していた。

 戦闘は止まったものの、戦闘状態と判断したのかセラフの介入によって一定の距離が置かれる。

「頃合だ。続きを楽しみにしていよう。それまでに、十分に力を上げておけ」

 確かに、姿を明かしはしたものの、言ってしまえばそれだけである。

 結局カラクリは解けなかったし、三打という猶予が与えられなければ前の様にやられていたかもしれない。

 校舎へと転移していくサーヴァント。

 ユリウスも、此方を一瞥するとそれを追って消える。

「まぁ、一応切り抜けたけれど、あれはどうにかしないといけないわね」

 メルトの言う通りだ。

 透明化を可能とさせる能力の正体を解き明かし、対処しなければ勝機はない。

 一先ずはこの結果を良しとし、アリーナを探索する。

 そしてトリガーを手に入れた後、しばらく特訓をして校舎へと戻ることにした。

 

 

 翌日、改めてあのサーヴァントへの対抗策を考える。

 ダンさんのアーチャーも、決戦の時に自身を透明にする宝具を使用した。

 だが、今回の相手はあの『顔のない王』とは根本から仕組みが違うようにも思える。

 マスターの能力にも大きな差がある以上、これをどうにかしなければ話にならない戦いだ。

 メルトは回復したが、それでも姿を一時的に現すのが精一杯だった。

 ユリウス達と渡り合う、その最低条件として、透明化をどうにかしなければならない。

 ラニとなら良い案も浮かぶかもしれない。

 まずはそうして作戦を練ろうと考え、保健室に向かう。

 昨日はとても会話できる状態ではなかったが、復活しただろうか。

「っと、ラニ、どうしたの?」

 部屋を出たところに、ちょうどラニが歩いてきた。

「ごきげんよう。メルトリリスの具合はどうですか?」

「あぁ、大丈夫――けど……」

 魔力の流れは順調で、もう活動には一切の問題はないだろう。

 しかし、まだユリウスのサーヴァントに決定打を与える手段がない事は致命的だ。

 その事を話すと、ラニは思案する。

「姿が見えない……相手のクラスはアサシンでしょうか」

 やはり、その可能性は高いだろう。

 気配遮断の亜種と思われる透明化と、たった一撃で相手を仕留める手腕。

 あのサーヴァントの発言もある。

 確か、殺しも武の末路と言っていた。

 中国武術を使い、殺しにまで至った英霊ともなれば、アサシンの適正もあるだろう。

 そうなれば、やはり姿を捉えなければ非常に危険だ。

「なるほど、正体を確かめなければ対策も立てにくいですね」

 そのための策、何か無いだろうか。

「……姿を消しているとなると、特殊な武装か、魔術か、気を操作するかの何れかと思われます」

 ふむ……その三つなら、やはり武装が有力だろうか。

 魔術については、武術を究めた英霊が魔術を使用するとは思いにくい。

 だが、気については、武装の次点でありえる。

 メルトが「気を呑む」といった言葉を発していた気がする。

 それの意味は分からないが、それを考慮しても有力だろうか。

 とはいえ相手は英霊、それ以外の――もっと特殊な力を有していても不思議ではないが。

 だが、そんな個々の能力、全ての可能性について言及していては始まらない。

 その三つの可能性から探っていくのは正しい選択だろう。

「……あの」

 ふと、ラニの声が漏れる。

 顔を上げると、真剣な面持ちでラニが此方を見つめていた。

 戸惑いと優しさの篭った目。

「ラニ……? 何かあったのか?」

「……あ、いえ、私には、何もありません」

 それはどういう……

「あるのは、あなたです。やはり、あなたに秘密は作りたくない」

 僕に関することのようだ。

 だが、何だろうか。

 心当たりが無く、怪訝な顔をしていると、ラニは話し始めた。

「ハクトさん、以前あなたの体のリンク――記憶を探すと言いましたが、その詳細が分かりました」

 失われていた記憶。

 その詳細が判明したとのこと。

 だとすれば、ようやく記憶が戻る事になるが――

 

「あなたにリンク先はありません。記憶は、はじめから存在しないのです」

 

「…………」

 その回答が、何を意味しているか。

 リンク先がない。

 要するに、地上に体が存在しない。

 自分は記憶喪失だったのではない。

 最初から自分に記憶などなかった。

 それらの理解は一瞬。

「……ごめんなさい。リンクは壊れていると思いたかったのですが……でも、違うのです」

 過去の記録どころか、聖杯戦争以前の、紫藤 白斗の記憶(ログ)は何一つ存在しない。

 自分は、人間として生まれていない。

 不思議と驚愕はなかった。

 しようと思えばすぐに理解のつくことだった。

 口から出る言葉は無い。

 自分の事実よりも、傷ましそうに話すラニの優しさに感謝していた。

「……NPCが何らかの不具合でマスターとしての力を得たか、もしくはサイバーゴースト、肉体が死んでも魂のコピーがネット内に残る現象かもしれません」

 サイバーゴースト。

 三回戦で戦った少女、ありすを思い出す。

 ――お兄ちゃん、……あたし(ありす)のこと、覚えてる?

 ――お兄ちゃんはあたし(ありす)に似てるから。

 ありすは、僕の事を分かっていたのだ。

 分かった上で、自分と同じ存在である僕を似ていると言っていた。

 生命とは定義されない、生命とは言われない命である僕を。

 自分はただ、気付かないフリをしていただけ。

 この体、この思考は、今生きている人間の物ではない。

 ただの再現であり、データの塊。

「ハクトさん、現実問題として、あなたに帰る場所はありません。たとえ聖杯を手に入れて、何を願っても、セラフからは出られない」

 そう、NPCにしてもサイバーゴーストにしても、セラフから出る事はできない。

 全てのマスターを倒し、聖杯戦争に勝利しても、地上に“帰る”手段はない。

「……ですから、死にたくないというのが今までの戦闘理由だったのなら、もういいのです」

 これ以上傷つき、悩む必要はない、とラニは諭してくれる。

「嫌われると分かっています。ですが、この命題を避けては通れない。だって、最後に苦しむのはあなただから……」

 これは、他の誰でもない、僕の問題。

 今残るマスターで唯一であろう、勝利する道理が無い存在である僕の。

「だから、私がここで問います。データに過ぎないあなたに、まだこの聖杯戦争を戦い抜く理由がありますか?」

 そのラニの問いに、回答を用意していた訳ではない。

 今まで記憶喪失と思い込んでいて、いつか願いを思い出すはずだ()()考えていたから、それは当然だろう。

 自分の正体が分かった今、ただのデータである自分が生きている人間と戦い、命を奪う。

 今後もそうしていくのかと考えると、心が凍っていくようだ。

 そうだとしても、ただ死にたくないと必死で足掻いている序盤から、僕が変わらなかった訳ではない。

 仮初であっても、データである自分と親友でいてくれた慎二。

 迷いながら戦っていた自分に、確かな道を示してくれたダンさん。

 自分と同じ存在でありながら、自らを理解して進んでいたありす。

 そして、同じく記憶がなくとも、それでも死は怖いと人としての確かな感情を持っていた白羽さん。

 もしかすると、白羽さんも僕と同じ存在だったのかもしれない。

 体など無い、データ。

 だとすれば、僕と白羽さんが特別なマスターだという彼女の考察は合っていたのだろう。

 今まで乗り越えてきた皆と出会って、様々な経験をした。

 そして、ラニに出会った。

 命があるものははじめから命を持つモノだけ。

 かつて、そう考えられていた時代がある。

 その倫理は、今も世界の掟なのだろうかと考えれば、絶対に否だ。

 それを認めてしまっては、ラニはどうなるのか。

 感情を知らなかった人形であったラニ。

 人間でなければヒトではないという諦めでは、彼女をも汚す事になるのだ。

 更に、今まで共に戦ってきてくれたメルト。

 昨日、彼女の話を聞いた。

 死してようやく救われた少女も、作られた命だった。

 しかし、彼女にも生前はあった。

 報われなくも恋をして、孤高であってもステージのプリマドンナとして輝いた少女。

 下らない諦めで彼女の存在を否定する事など、出来るわけがないのだ。

 これらの事が全て無かったと、全て作り物だったと結論を下すのは間違っている。

 少なくとも、死にたくないという理由だけで戦う紫藤 白斗は、ここにはもういない。

 体が無い、記憶が無いなら、寧ろ僥倖だ。

 曖昧なままで戦ってきたこれまでの経験で、ようやく戦うに足る願いを見つける事が出来たのだから。

 データだけの自分でも、勝ち抜いた先に何かがあるかもしれない。

 聖杯ならば、データに過ぎない仮想の命にも、何かをもたらしてくれるかもしれない。

 たとえそうでなくても、今の自分には願いがある。

 それを叶えるために、今後の戦いを勝ち抜く意志は、十分に持っているのだ。

「……ハクの願い、決まったの?」

 姿を現したメルトが問う。

 そう、彼女にもまだ話していない。

 言うべき時が来たのなら、自分を手伝ってくれるラニにも一緒に話しておきたかったから。

「あぁ、僕の願いは――」

 告げた。

 自分に迷いは無い。

 これだけは決して曲がらない、データである自分に芽生えた、確かな意思。

 ダンさんは言った、戦いに意味を見出せと。

 そして遂に、五回戦に来てようやく得たのだ、自分の答えを。

「……まったく、正真正銘の馬鹿、ね」

「……同意です。決して最良の答えとは言えません。ですが……最も紫藤 白斗(あなた)らしい答えでしょう」

 そういう二人は、笑っていた。

 馬鹿な願いである事は百も承知だ。

 だけど、これが僕が最も正しいと思える結論(ねがい)であり、紫藤 白斗の結論(こたえ)だった。

「――分かりました。それがあなたの答えであれば、私は何も問題はありません。勝利に向けて手を貸します」

 ラニは、そう言って納得してくれた。

 そんな様を見て、メルトも溜息をつきながら言う。

「……やっぱりあなたをマスターと認めたのは正解だったわ。その意思、絶対に曲げないようにね」

 言うとメルトは姿を消す。

 僕の願いに賛同してくれたかは分からない。

 だが、行く末を見守り、これからも戦ってくれる、そういう意思が彼女の目にはあった。

 二人の思いは無駄に出来ない。

 そのためにも、まずはユリウスに勝たなければ。

「では、ここからは戦いの話です」

 此方を気遣ってくれるラニに感謝を込めて頷く。

 彼女の言い分ももっとあっただろうが、あえて何も言わない。

 そんな彼女のためにも、勝ち抜かないと。

「少し揺さぶりを掛けてみましょう。三種類の術炉をアリーナに仕掛けて、黒い蠍のサーヴァントの正体を探ります」

「術炉?」

「はい。装具に反応するもの、魔術に呼応するもの、気の流れに感応するもの。すぐに作りますので、それを仕掛けて来て下さい」

「あぁ、分かった」

 問題はユリウスに悟られる前に、術炉を仕掛けることができるかどうか。

 それについては、ただ願うほかない。

 何はともあれ、まずはアリーナに向かおう。

 あのサーヴァントの、透明化の秘密を探るために。




ロイス=クラシックバレエ「ジゼル」においてジゼルに近づくためにアルブレヒトが偽った名前
という訳でオリジナル技発動。
宝具のインスタント版みたいなものと思ってくだされば。
ゲームのスキル風にしてみれば「敵にダメージ+強化効果消滅」ってところでしょうか。

そしてハクの正体判明、願いが確定しました。
その願いがなんなのかはまだ先になりますが、ようやく決心がついたようです。
うん、長かった。

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