ぶっちゃけ今回あまり進展はありません。
図書室で時間を潰すついでに、情報を整理する事にする。
ユリウスが連れる不可視のサーヴァント。
その姿は三回戦の一日目に僅かながら見ている。
燃えるような赤い髪と胴着。繰り出される攻撃は見えないほど素早かった。
しかし、視認できた攻撃の前の構えは、中国の武術を思わせるもの。
それだけの情報しかない。
クラスをアサシンと仮定すれば、正面きっての戦闘であれほどの力を出せるのは異常とも言えるレベルだ。
では他のクラスか、武器を使わず体術だけで戦うクラスなど、強いていえばバーサーカーくらいしか思いつかない。
だがあのサーヴァントは理性を失ってはいない。
姿を消すカラクリは分からないが、あれを気配遮断の応用と考えればやはりアサシンか。
だとすれば、暗殺の経緯があり、武術を扱える英雄、という事になるか。
……少なくとも、思いつく名前は無い。
透明化のカラクリさえ分かれば、真名にも近づくだろうが――
「こんにちは」
唐突に、声が掛けられる。
レオ、と断定してから振り向くと、予想通り、黄金の少年が立っていた。
「レオ……? どうしたんだ?」
「次の相手が兄さんと聞いたもので。今の内にお別れの挨拶をしておこうかと」
「兄さん?」
ユリウスの事だろうか。
「おや、ご存知なかったのですか? 僕と彼は腹違いの兄弟なんです」
ラニがレオの影と言っていたから何らかの関係はあるだろうとは思っていたが、同じ姓、というだけではなく兄弟だったとは。
「もっとも、その事実と兄さんが聖杯戦争に参加している事とは何の関係もありませんが」
「……? じゃあ、何故?」
「彼は単純に、ハーウェイ家次期当主の護衛として、ここにいるのです」
ハーウェイの代表として二人が選抜された――その考察は強ち間違ってはいなかったという事か。
しかし、護衛という事は、レオとユリウスが当たった時はユリウスは何もせず負けるのか?
いや、この考察はいいだろう。
僕がその結果を知る事はないのだから。
「それで、お別れって?」
「言葉の通りです。貴方では兄さんに勝てません。ですから、お別れの言葉を」
……確かに、僕とユリウスの力の差は大きい。
だが、此方とて負けるつもりはない。
「残念ですが、意思だけではどうにもならない現実があります」
「……この世に絶対なんてない。勝負はやってみなければ分からない」
今までの相手だって、マスターとしての戦力差は明白だった。
それに勝つ事が出来たのは、いつだって紛れも無く、自分の諦めの悪さだった。
どんなにユリウスが強敵だろうと、全力で喰らいつく。
戦いをメルトに任せる以上、それが僕の意地だ。
「――」
レオはしばらく驚いたように目を開いていたが、やがていつも通りの柔らかい笑顔に戻る。
「それは、そうですね。彼とて絶対ではない。貴方の言う通りです」
静かに頷くレオは、何かを憐れむような雰囲気を出している。
僕――ではなく、ユリウスに向けたものにさえ思える。
「僕は今回の勝利者は兄さんだと思っていますが、もし兄さんが敗北するのならその時は不運と思いましょう」
腹違いとはいえ、兄に対して随分と冷たい考え方だ。
レオはユリウスの勝利を願っているわけではないのだろうか。
「それは王の行いではない。僕が兄さんの勝利を願うことはありません」
断固としてレオは言う。
さも当たり前の様に。兄に対して何も思っていないかの様に。
「冷たいようですが、僕の中には彼の勝敗で揺れ動くものは何もありません。彼の尽力は彼のもの、主君に届かなかったとしても、主君には何の関係もありません」
レオの考え方は、どうにも僕には理解ができなかった。
「何より、願う意味がない。最終的にこの戦いで勝ち残るのは僕だけなのですから」
確かに、言ってしまえばこの戦いは、たった一人だけが生き残れる殺し合い。
「……だからどこで死のうと、関係ないと?」
「はい。いずれ兄さんも僕に倒される。今一時、彼の生を願ってどうするのです」
レオにとって、この戦いは言わば出来レース。
勝利が決定しているからこそ、兄に対して無情になれるのか。
「ただ、一つだけ救いがあるのなら、それは無意味な死ではない、という事。世界を統治する為に礎になる、それは人々にとって揺ぎ無い成果でしょう」
世界に君臨する事を約束された、完全なる王者の思想。
そういった教育を受けた記憶がないからか、やはり僕には理解できない。
「――さて、用事は済みましたので、僕はこれで失礼します。貴方がこれが最後ではない、と信じる以上、お別れはまだいえませんね」
その通り。
やはり決意は揺らがない。
二人がどんな関係だろうと、絶対に負ける訳にはいかない。
「機会があれば、いずれ」
遠ざかっていく威厳に満ちた足音。
レオがその場からいなくなると、心なしかその場の空気が和らいだ気がする。
彼特有の空気は、ここまで息苦しいものだったか。
と、レオがいなくなると同時に携帯端末が音を鳴らす。
ラニからのようだ。
「ラニ?」
『私よ。ハク、終わったから保健室に戻ってきて』
その声はメルトのものだった。
「メルト、大丈夫?」
『えぇ。心配かけてごめんなさい。私はもう大丈夫よ』
良かった。どうやら回復したようだ。
簡単な連絡を済ませ、保健室に向かう。
そこには、混沌の世界が広がっていた。
「ハク」
メルトは無事立ち上がっていた。
外傷は見られない。
完治したといっていいだろう。
「メルト、ラニは――」
コートに隠れた腕を奥のベッドに向ける。
そこには、何故か頬を紅潮させ、荒々しく息を吐くラニが力なく倒れていた。
部屋に漂う甘い芳香は未だ健在で、入室を許可されたらしい桜が換気ソフトを起動させている。
「ラニ――」
「お触り禁止よ、ハク。しばらく寝かせておいてあげましょう」
「……一体どんな方法だったんだ?」
ラニがあれ程消耗する儀式、僕には到底出来ないだろうが、内容自体は気になるものがあった。
後学の為にも、教えてもらいたい。
「……気になる?」
「え……う、うん」
メルトは暫く考える風な素振りを見せる。
説明が難しい事なのだろうか。
「まぁ、良いけれど、
「問題?」
「えぇ。規制が掛からない程度に教えるわ」
「――と言う訳よ」
「……」
数分前の自分の好奇心を死ぬほど後悔した。
これを聞いて、今後どんな顔でラニと向き合えば良いのだろうか。
忘れ去ろう。今の数分の出来事は、全て記憶から消し去ろう。
それが平和的な解決法であり、正しい選択だ。
「さて、それじゃ行きましょ。今のままではユリウスには勝てないわ」
「そ、そうだね」
さっさと保健室を出て行くメルトを追いかける。
ある意味衝撃的な今の出来事で忘れかけていたが、相手はメルトを一撃で戦闘不能にせしめた強者。
少なくとも今のままでは、彼らと戦う上で不足に過ぎる。
今はとにかく、特訓で腕を上げるのが先決なのだ。
「でも……特訓で埋まるような差、かな?」
「泣き言なんて、ハクらしくないわね。大丈夫よ、勝算はあるわ」
「――それは勇ましい事だ。死にかけていた奴とは思えんな」
黒い暗殺者の声が聞こえた。
階段を降りてくるユリウスは、冷たい殺気を此方に向けながらそう零した。
やはり見えないが、サーヴァントも傍で待機しているだろう。
「あら、その節はどうも。言っておくけど私はやられたら二倍三倍返すんじゃ済まないわよ?」
「呵々、期待するぞ。そうでなくては此方とてつまらんわ!」
やはり、不可視のサーヴァントは、そこにいるようだ。
「あの攻撃、確かに強力よ。けどあんな事出来る英雄なんて、そういないんじゃないかしら?」
「ほう。小娘、儂の拳を見抜いたと?」
「こういうの、なんて言うのかしら。詳しくは無いけど、“気を呑む”って言うのかしらね」
一撃を受けたメルトだからこそ分かる、攻撃の真髄。
メルトが言う「気を呑む」の意味は分からないが、それを前提として続ける。
「私はそっちに精通していないけど、中国武術にそういう技法があった気がしたけど」
中国武術――そうと分かれば、正体に一気に近づく。
ユリウスのサーヴァントはそれを聞いて大笑した。
「く――はははははっ! 上出来、上出来だ!」
手を打ち鳴らすサーヴァント。
一頻り笑った後、尚も笑いを堪えながら言う。
「今回の相手は実に良い。五体を打ち砕き、一心を踏み躙る。いやはや、この悦楽、幾つになっても止められぬ悪酒よな、ユリウスよ!」
「……俺に殺しを愉しむ趣味は無い。すべて仕事だ。簡潔に済ませろ」
同じ暗殺者ながら、その在り方は決定的に違うようだ。
「ふむ、そうか、そこだけは相容れぬな。ではぬしらはどうだ? 戦いは愉しいか?」
問いを投げられた。
僕としては論外、戦いを楽しむ事は、恐らくいつになっても出来ないだろう。
「そうね、ハク――私のマスターは戦いを愉しむ事はないと思うわ」
メルトが代弁してくれた。
しかし、まぁ予想は出来ているが、マスター“は”とは……
「私は愉しいけど。相手を嬲るのはたまらないわね」
復活早々、加虐体質万歳であった。
「……ぬしら、逆でありながら相性は良さそうだな」
息を吐くサーヴァント、呆れているようにも思える。
「にしても、貴方も奇妙ね。それだけの境地に達しながら暗殺だなんて。理解し難いわ」
「呵々、これは痛いところをつく。確かに儂は大きく道を違えている。だがそれも武の末路よ」
暗殺が……武の末路?
「毒手もまた真髄の一つ。武の先に死があるか、死の先に武があるか、どちらもそう変わらぬさ」
不可視のサーヴァントは、言いながらその殺気を確かなものにしている。
何度も窮地を切り抜けてきた故の慣れか、戦意がある事を直感で察する。
逃げることは敵わない。
やらなければやられる以上、戦うしかない。
「やはりぬしらは面白い。この場で殺すのを躊躇う程だ。まぁ仕方あるまいな……」
来る――そう感じた瞬間。
「待て」
いつから見ていたのか、言峰神父が割って入っていた。
その一言で、場の空気が一気に冷める。
重く厳粛、運営NPC特有の空気が、その場を支配する。
「知っていると思うが、学園側では戦闘は禁止されている。こうも堂々と始められては止めない訳にはいかん」
ユリウスはその鋭い目で言峰を睨んでいる。
余計な事を。さもそう言うかのように。
「続けるというなら双方、相応のペナルティを科さねばならないが、どうするかね?」
「構わんよ。そうだろう、ユリウス?」
サーヴァントは未だ闘る気のようだ。
だがユリウスは、目を閉じて踵を返す。
「……興が醒めた。行くぞ、この程度の相手を殺すために後々までのペナルティは負えん」
去っていくユリウス。
サーヴァントは、むう、と呟きその気配を消失させた。
恐らくはユリウスを追っていったのだろう。
「君達もアリーナに行くのだろう? あちらで存分に力を振るいたまえ」
そういい残し、言峰も去っていく。
まぁ、彼の言う通りだ。
メルトの調子も元に戻ったようだし、アリーナに行くとしよう。
「ハク、ちょっと良いかしら」
「ん、何?」
「一旦部屋に戻りましょう、ここで話すのも何だし」
なんだろうか。
良く分からないが、メルトが重要な話をしようとしているのは分かる。
何を話すのだろうかと考えつつ、とにかく個室に向かった。
部屋に戻ると、メルトは椅子に座る。
「ハク、約束したわね。四回戦に勝ったら私の事を教えるって」
「……」
頷く。
四回戦の一日目、リップの情報を得る際にそう約束した。
五回戦に入ってすぐにトラブルが発生したため、タイミングを逃していた。
そして、メルトは復活した今、話すべきだと判断したようだ。
「今から話すことは信じがたいことでしょうけど、全部真実。しっかり聞きなさい」
そう言ってメルトは話し始めた。
自身が経験した全て、一つの物語の始まりから終わりまでを。
溺れる夜の物語を。
七行の間にメルトによる貴重な講義がありました。
ラニは次々回くらいには多分復帰します。
次回は暴露回になります。
CCCの重大なネタバレを含みますのでご注意下さい。