二日に一回程度になりそう……
避けようのない死、
逃げようのない終わり。
結末を前にした時、本質は表れる。
祈りも救いも不要。
戦いは今日、ここで終わる。
その狭間で――どうか、見せてほしい。
かつてそうであったように、
人間の全てが、
絶望の中で光を見いだせるのかを。
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――何か、夢を見ていたような気がする。
どんな夢を見ていたか思い出すことが出来ないのは初めてだ。
きっとメルトに関する夢だったのだろうが、どうしてだろう。
「ん……」
「メルト、おはよう」
ちょうど目を覚ましたメルトに挨拶すると、メルトも目を擦りながら応える。
新たな決戦の幕開け。
白羽さんとリップという強敵を相手に、また、どうにか勝つことができた。
次は五回戦、折り返しを通過し、遂に戦いも後半に突入したという事だ。
ラニという心強い味方が居てくれなければ、自分は負けていた。
本当は自分は、今ここにいるべき存在ではないのだろう。
だが、自分は預かっているのだ、戦ってきた皆と、皆がそれまでに倒してきたマスター達の命を。
だから、次も勝たなくてはならない。
相手がどんな強敵であっても。
後半ともなれば、少なくとも残るマスターは全て強敵だろう。
レオや凛、ユリウスとも、そろそろ当たるかもしれない。
今まで以上に気を引き締めなければ、モラトリアムの内に倒されてしまう可能性もある。
夢に関しては、多分後々思い出すだろう。
今は、携帯端末の指示に従って対戦相手を確認しに行くのが最優先だと判断した。
二階、階段前の掲示板。
対戦相手が掲示されている、運命の場。
見慣れてしまった、白く大きな模造紙。
しかし、その名は確認するまでも無く、この場に足を踏み入れた瞬間から薄々感じ取っていた。
『マスター:ユリウス・B・ハーウェイ
決戦場:五の月想海』
何度も味わった、凍りつくような殺気は今度こそ僕だけに向けられていた。
漆黒の男はその鋭い視線を此方に向けている。
「……」
熱を持たない冷たい瞳。
今までのマスターたちとは段違いの威圧感に圧され、身動きが取れなくなる。
鋭い短刀が首元に突きつけられているような感覚さえある。
「……いっぱしの目をする。随分と腕を上げたようだ……これだから、魔術師というものはわからんな」
殺気をそのままに呟くユリウス。
此方は何を言う事も出来ない。
本能的な死への恐怖が、口を縫い付けている。
暗殺者は目を逸らして傍を歩いていく。
近づいてくる度にその威圧感は増していき、押し潰されそうになる。
「だが、それもここで終わる」
静かな、それでいて何よりも現実的な死刑宣告。
「聖杯はレオが手にするだろう。イレギュラーなど、決して起こらない」
何故かレオの必勝宣言を残し、ユリウスは去っていく。
そう言えば、ユリウスとレオは姓が同じだ。
ハーウェイの代表として、この二人が選抜されたという事だろうが、だとしたらユリウスはレオが確実に聖杯に辿り着くための捨て駒だという事だろうか。
そうまでして、ハーウェイは聖杯を求めている。
遠ざかっていくユリウスの気配に、少なくとも僕の様な死への恐怖は感じられない。
事情は分からないが、彼は彼で自身の使命を全うしようとしている。
その次の標的は、他でもない僕。
「ユリウス――只者じゃないわね」
「メルト……」
メルトが最初から真剣な目で相手を見据えたのは、今回が初めてだろうか。
それ程までに、彼は強敵だと。
「彼の気配遮断能力は強力よ。それだけなら
気配遮断をパーソナルスキルとして持つアサシンと同等までの能力。
まさに暗殺者に相応しい能力だろう。
あの強敵を相手に、どうやって勝てばいいのだろうか。
夕方、対戦相手についてラニに知らせるために保健室を訪れていた。
昨日の勝利報告をした時の笑顔とは反対に、ユリウスの名を聞いたラニの表情が硬くなる。
「ハーウェイ家の黒い蠍。都合の悪い者を排除する暗殺者ですね……」
ラニはどうやら、ユリウスの事を知っているようだった。
凛は叛乱分子対策の大元、と言っていた。
西欧財閥にとって、都合の悪い叛乱分子を始末する存在。
「私も詳しくは分かりませんが、当主候補レオ・ハーウェイの影であり、ハーウェイの敵を確実に処理する男と聞きます」
その針は鋭く、その毒は確実に標的を死へ誘う。
ラニの言葉は本当なのだろう。
悍しいまでの殺気を思い出し、背筋が寒くなる。
「今までの相手とは踏んだ場数でも実力でも、格が違う相手と言わざるを得ません」
「……ダンさんを超える程?」
「……恐らくは。ユリウス・ハーウェイ程死線を潜ってきた人間はそういないでしょう」
だとすると、此方が相当な準備と入念な情報収集をしても、或いは届かないかもしれない。
全てが僕では見上げても見えないほど、遠い存在。
だけど、負けるわけにはいかない。
「私もお手伝いします。体ならもう大丈夫ですから、何でも言いつけてください」
ラニの言葉は、危険極まりないものだ。
暗殺者との戦いを手伝うという事は、自分からその標的になるようなものだ。
しかし、止めようにもラニの目は本気だった。
心配だが、ここで無理矢理止めて仲が決裂してしまうのは嫌だ。
だから――
「……絶対に無茶はしないで」
「……はい」
それだけ約束してくれれば、安心できる。
トリガーの生成を携帯端末が告げる。
「じゃあ、行くから」
「はい。お気をつけて」
保健室を出て、アリーナに向かう。
もしかすると、ユリウスとの戦いがあるかも知れない。
そんな事を考えつつ、改めて気を引き締めるのだった。
アリーナ入った瞬間、冷たい殺気を感じ取る。
明らかに、ユリウスがいる――そう思った瞬間、気配は消える。
……気のせいか?
「油断はできないわ。気配を隠している可能性も十分にあるわよ」
「そうだね、注意していこう」
不意打ちの危険性もある。
気を抜かないように、慎重にアリーナを進む。
そして、その階層のエネミーを見る前に通路の奥から歩いてくる漆黒の男。
最早その姿を見紛うはずも無い。
しかし、ユリウスの傍にサーヴァントの姿は見えなかった。
アリーナ内だというのに、連れていないのだろうか。
三回戦の一日目に襲撃された、燃えるような赤い髪の男がユリウスのサーヴァントだろうが、その赤は辺りを見渡しても目に入らない。
余裕を見せ、此方を油断させる作戦というのもありえるが……
「サーヴァントを連れていないなんて、随分と余裕ね」
メルトが一歩前に出て言う。
挑発、それは分かるが、それに易々と乗るユリウスではない。
しかし、その言葉で事態は確かに動いた。
「呵々、なんの。その見当違いぶりではぬしの勝ちよな。奇妙な容姿にしては単純と見える」
その声は真後ろから。
振り向く間も無く、体の横を背後から一陣の風が過ぎていく。
凄まじい重圧と、何か巨大な質量が床を叩いたような音。
「何も無い」。風が何かの前兆であったのなら、前方に何か変化が起こっている筈なのに。
視界には、その一瞬で起きた出来事の結果が映っている。
「――メルト!」
外傷は見当たらない。
しかし、今その瞬間、確かにメルトは「何か」を受けた。
力なくその身を床に投げ出すメルトに駆け寄る。
「っ……今の、は……」
細い声で言葉を紡ぐメルト。
既に戦う力は無い事が見て取れる。
「終わったな。行くぞ」
ユリウスは踵を返し、歩いていこうとする。
「……ふん?」
ユリウスの傍から、あの赤いサーヴァントの声が漏れる。
しかし、その姿は相変わらず見えない。
不可視のサーヴァント、そんな事がありえるのか。
「どうした。やはり首でも削ぎ取っておくか?」
「いやさ、それには及ばん。確かに心穴を衝いた。衝いたのだが……ふむ、よしとするか。いずれ死に至ろう」
「そうか。では行くぞ」
歩いていくユリウス。
助かった、のか?
いや、ユリウスのサーヴァントらしき存在は何と言っていた?
いずれ、死に――
「ッ!」
メルトは動かない。
まだ呼吸はあるが、生気が一切感じられない。
あの頼もしかったサーヴァントが力なく倒れ伏している光景は、思考を真っ白にするものだった。
だが、とにかくまずはアリーナを脱出しなくてはならない。
懐のリターンクリスタルに魔力を注ぐ。
視界から消えていくアリーナ。
突然の奇襲を受けて、結果メルトが倒れた。
見えないサーヴァントの正体。
何もかも理解がつかないが、今はメルトの治療が先決だ。
気を失ったメルトをベッドに寝かせる。
その襲撃を、僕も、メルトでさえも感じ取ることが出来なかった。
アサシンのパーソナルスキルとしての気配遮断は、攻撃の際にその効果を失くすものだ。
だが、あのサーヴァントの攻撃は察知できなかった。
高ランクの気配遮断か、或いは違うスキルによるものか。
だとすれば、あのサーヴァントのクラスがアサシンであると断定は出来ない。
姿が見えないというのは、気配遮断とは異なるスキルによるものと考えたほうが良いか。
それを使用した奇襲は、メルトの警戒網の上を行った。
いや、僕の無能さゆえか。
こんな時にまで、メルトの助けになる事もできない。
今メルトにどんな異常が発生しているか分からない。
回復のコードを使用しても、何も変化は無い。
お手上げの状態だった。
自分だけでは何も出来ない、その事実が突き刺さる。
力を得たい。
少なくとも、メルトの助けになれるだけの力。
メルトを、助けたい。
「――ハ、ク」
「っ、メルト!?」
メルトは細く目を開けていた。
苦痛に顔を歪ませ、明らかに重傷である事を物語っている。
「ごめ……なさい……私が……もっと、気を、張っていれば……」
違う、僕の責任だ。
未だに何の役にも立たないマスター。
他のマスターが聞けば笑うことだろう。
だが、それは紛れも無い事実なのだ。
だから、今までの恩返しとして、一刻も早くメルトを回復してあげないといけない。
自分の無能さを噛み締めながら、とにかく夜が明けるまでメルトの傍にただ立ち尽くしていた。
メルトも防ぐのは無理だったようで。
という訳でアサ神先生、出番です。