扇風機の風が温風になる今日この頃。
暑すぎて授業中すらマトモにプロットを書けなかったのでした。
「ん、こんな感じかな」
購買のデータを調べてある程度手ごろな値段のインテリアを揃えた。
とはいっても、教室の机と椅子を使って作り上げた即興の家具を新しいものに買えたのが大半だ。
後はベッドを二つ。別に疚しい意味などない。あくまでも就寝用だ。
それら全部含めて、約二万PPT。
戦闘に関係ないものだからか、良心的な値段で助かった。
そして、それらを遥かに上回る出費になったものがある。
「ふふ……やはり最高ね」
相変わらず謎の多い、相棒たる
いつぞやの暴走の際には買うつもりはなかったが、今はメルトの説得という重要な目的がある。
ご機嫌取り、と言ってしまえばそこまでだが、ともかくメルトが喜んでくれたので良しとしよう。
……一つ、床に落ちた人形が目に入る。
人型で、青いドレスを着た金髪の女性の人形。
何かを悟ったような表情で、どこか凄まじい邪気を感じるそれは、胸元に
騎士達の羨望の的となる王の様な威風を、その表情一つで台無しにするその人形は、スカートの端に『邪神』と刺繍されている。
セラフで扱うインテリアは地上に存在するもののデータを基にしていると聞くが、これも何だかんだで話題になったものの一つなのだろう。
メルトに指摘するのも怖いので放っておくことにしよう。君子危うきに何とやらだ。
ところで、ここまで喜びを露にしているメルトなら、協力の了承もしてくれるだろうか。
我ながら汚い手段だとは思いつつも、とりあえず言ってみる。
「メルト、白羽さんとの協力の件だけど」
「別に良いわよ」
「……え?」
あまりにも予想外、望んでいた答えではあったのだが、即答されるとは思っていなかった。
人形に心を奪われた上での軽い気持ちの了承ではない。
至って真面目な顔で、それを認めていた。
「どうしたのかしら?」
「いや……否定的だったのに即答したから」
「別に私はリップを心底嫌っている訳じゃないわ。リップはどう思っているか知らないし、その手前さっきは否定したけど」
「……」
手の平返し、というのだろうか。
何か釈然としないが、ともかくメルトの了承は得られた。
後はリップなのだが、これは白羽さんに任せるしかない。
再び人形を愛で始めるメルトを見て、普段とのギャップに苦笑しながらマトリクスを開く。
僕と白羽さんが倒すべき、違法行為を繰り返すマスターとサーヴァント。
マスターの意向なのか、サーヴァントの意向なのか、はたまた二人共の意向なのか。
『クラス:ランサー
真名:ヴラド三世
マスター:ランルー君
宝具:
ステータス:筋力B 耐久A 敏捷E 魔力A 幸運D』
串刺公に名高いヴラド三世。ワラキア公、ヴラド・ツェペシュ。
他でもない、吸血鬼ドラキュラのモデルとなった人物だ。
生前より
残虐にして合理的、人間以上の視野の広さを持つ武人。
トルコ侵略に対する防衛戦は有名だ。
十五万のトルコ軍に一万の軍隊で立ち向かうため、焦土戦術とゲリラ戦を指示。
そして首都の周囲に置かれた、のべ二万人超のトルコ兵の串刺し。
その異様と異臭は、剛勇・メフメト二世をはじめとしたトルコの侵略者を完全に意気消沈させた。
彼の串刺しの逸話はそれだけではない。
法王庁に届けられている記録によると、彼が生涯に串指しにした人間は十万人を超えるという。
この伝説を基にした宝具は厳重注意だ。
詳細は不明だが、串刺公に相応しい力を持った宝具だろう。
マスターであるランルー君なる人物が、どういった人物なのかは分からない。
ただ、違法行為がマスターの意向によるものであれば、このサーヴァントが手を貸す可能性は十分にある。
それを確定付けたのが、A+++という異常な高さで発現しているスキル、信仰の加護だ。
一つの宗教への信心から生まれる、精神と肉体の絶対性。
そして、高すぎるランクによる人格異変。
それによる変異がマスターの助力をしているのかもしれない。
さらに、生前の行いからのイメージによって在り方を捻じ曲げられた無辜の怪物たる姿。
あのキャスターの様に、低ランクのため大きな変化がない、という訳ではない。
Aランクに位置する怪物性がどの様な異変を齎しているのだろうか。
白羽さんとリップの実力が如何に強力であっても、この英雄相手にバラバラに戦って勝てる訳が無い。
やはり連携が重要になりそうだ、と再認識する。
リップの説得は、きっと白羽さんがやってくれるだろうと信じている。
「リップなら大丈夫よ。シラハがどうにかしてくれるわ」
「あぁ、そうだね」
「悩んでいる暇があるなら、ラニのところに行ったらどうかしら。せっかく助けたんだから仲直りくらいしておきなさい」
ラニ。
三回戦において、令呪を用いて助けた少女。
存在理由に傷をつけ、拒絶されてしまったが、許してもらえるだろうか。
悩むより行動、メルトに言われたばかりだ。
「うん、行こう」
「ふふ……少しはマスターらしくなってきたわね」
メルトの賛辞を受け、小恥ずかしくなりながらも、とにかくラニの居る保健室に向かった。
目を覚ましていたラニ。
相変わらず何も映さない瞳は、ただ虚ろに開いている。
何を言えば良いのかも分からず、その顔を見つめていると、唐突にラニは口を開く。
「――壊れた道具を眺めていて、楽しいですか?」
自分を道具扱いしているのだろう。
返すべき言葉が見つからず、黙っている僕の意を察してか、ラニは言葉を続ける。
「私は師の為に聖杯を得る道具、その為だけに生きてきました。その目的を失った私は、壊れた道具に過ぎません」
抑揚無く淡々と語る彼女は、生気の消えうせた人形の様だった。
聖杯戦争のマスターとしての資格と共に生存理由を失った道具。
そんな風に自嘲するラニに対して、僕に一つの疑問が生まれる。
「……ラニの師って、ただ聖杯を手にするためだけにラニを育て上げたの?」
それでは、あまりにも彼女の意思が存在しない。
「師は私の全てです。この世に私を生み、慈しみ、知識を授けてくれた。師が望むのならそれを叶えるだけです」
「それじゃあ、ラニに願いは無いの? 命を懸けて、師の為に尽くしているのに」
「師の言う事は絶対。
ラニが言葉を荒げる。
その目に光がうっすらと宿り、感情らしいものが言葉に乗る。
「……師を悪く言う人と話すことはありません。出て行って下さい」
昨日の拒絶とは違う。
心を開けるのならば、開いてあげたい。
それがこの子を助けた理由なのかも知れないから。
ふと彼女の師の存在が気になる。
彼女が命を賭してまで望みを叶えようとする人物とは、どんな存在なのだろうか。
「師は、私のすべてです。私を導き、生み出してくれた」
師の事を聞いてみたいと伝えると、少し表情を和らげて話してくれた。
「私は師によって生み出された道具。それなのに、師は人として私を育ててくれました。ですが……」
一旦言葉を切り、元の固い表情に戻って続ける。
「私には感情が無かった。だから、せめて師の期待に応えることで満たされていたのだと思います」
何となく、彼女の気持ちが分かる気がした。
僕とラニは同じ、空虚な器なのだ。
ラニには感情が無かった。
そして僕は――
「あなたは予選を通過した際にトラブルが起きたと聞きましたが、本当でしょうか」
「……うん、記憶が無いんだ。何をしてきたのか。どんな人と過ごしてきたのか、それさえも分からない」
そうだ、記憶もいつか取り戻さないと。
そうすれば、自分がどんな決意、願いを持ってこの聖杯戦争に望んだのかも分かる。
少なくとも、空虚な器を満たそうと必死に足掻いているのだ。
「……もしかして」
「え?」
何か言いたげな表情をするラニは、しばらく逡巡すると、咳払いをして此方に向き直る。
「いえ……記憶を取り戻すのはあなただけでは困難と判断します。ですので……わ、私でよければお手伝いする選択も、ありますが」
「え? ……え?」
思わず二度、言葉を受け入れることができなかった。
記憶を取り戻すのをラニが手伝ってくれる。
それが本当なら、こんなに頼もしいことなど無いが、どうして突然手伝いをすると言ってくれたのだろうか。
「……師が言っていた人物、それがあなたかもしれないから。それに、私の記憶では、“友達”とは助け、助けられるもの、だった気がしますが」
そういえば、最初に会った頃、友達としてラニに手伝ってもらい、友達としてラニを手伝った。
「こんな形であっても、あなたは私を助けてくれた。だから、私もあなたを助けます」
「ッ――ありがとう!」
感極まり、思わずラニの手を強く握ってしまった。
それにラニは目を丸くしつつも、すぐに笑みを浮かべる。
「……本当に、不思議な人ですね」
どうやら、許してもらえた、のだろうか。
「邪険にしたこと、お詫びします……明日も、お話できますか?」
「あ、うん。勿論」
首を縦に振ると、それを満足そうに見つめ、ほっと息をつく。
「……少し、疲れました」
「っと、ごめん。まだ休んだほうがいい」
はい、と短く応え、ラニは眠りについた。
少し無理をさせてしまったかもしれない。
『良かったわね。強力な味方ができて』
「……うん」
ともかく、ラニと仲直りできた事に安堵する。
これで一つ、肩の荷が降りた。
後は明後日行われるタスク、違法行為を行うマスターとの戦い。
とりあえず、教会の姉妹に聞いてみるのも良いか。
マスター達を強化させる役割を持つ彼女達ならば、ランサーたちの弱点も分かるだろう。
「うーん、悪いけど、力にはなれないかな」
ランサーについて聞いてみたところ、第一声はそれだった。
「残念だけど、教会に来た事のないマスターの情報は教えられないよ」
「来た事が、ない?」
それはつまり、改竄を知らないということか。
もしくは、改竄による強化が必要ないのか。
だとすると、そのサーヴァントはメルトの様に特別なものなのか。
ヴラド三世は史実に名を残す普通の英雄の筈だが。
「まぁ、どっちにしろそのマスターは変わり者だという事だな。名前は何て言うんだ?」
「あ、えっと……ランルー君、だそうです」
「ランルー君?」
青子さんが聞き返してくる。
「知っているんですか?」
「知っているっていうか、レンレンバーガーのマスコットキャラクターじゃなかった?」
「レンレン、バーガー……?」
聞き覚えの無い名前だ。
「あれ、知らない? 結構有名なファストフード店だけど」
聞くところによると、レンレンバーガーとは世界規模で展開されているファストフードのチェーンらしい。
ランルー君とはそのマスコットキャラクターであるピエロだという。
奇妙な容姿ながらネットでは何故か絶大な人気を誇り、ランルー教なる宗教も生まれたとか。
ちなみに橙子さん曰く、本名は「レンレン・ラン・ランルー」、誕生日は七月二十日らしい。
「ともかく、私たちから教えられる事はないかな」
「そうですか……」
残念だが、これ以上の情報は得られそうに無い。
「にしても、それが次の君の相手か。とことん相手に恵まれないな」
「いえ、このサーヴァントとの戦いは本戦じゃないんです」
二人は怪訝な眼差しを向ける。
事情を説明すると、納得したようながら、新たな疑問が生まれたのか青子さんが口を開く。
「それじゃ、今回の君の相手って?」
「この人たちです」
リップと白羽さんのマトリクスを見せる。
「ほう、黄崎 白羽か」
「似たもの同士の対決って事だね」
「似たもの、同士?」
「この子のサーヴァントも君のと同じで改竄できなかったのよ」
メルトと同じで、リップも改竄できないらしい。
姉妹という事が関係しているのだろうか。
「君たちの戦い、面白そうだし見に行ってみようかな」
「職務はしっかりとこなすべきだと思うがね」
「うぇ……はーいはい、分かってますよ」
何やら不穏な空気になってきたので、飛び火しないうちに二人に礼を良い、教会を後にする。
白羽さんはリップを説得できただろうか。
それが心配だが、信じるしかない。
ただ何となく、白羽さんの何事も即決しそうな性格に、嫌な予感しかしなかった。
お気づきの方も居るかもしれませんが原作にある例の夢を見ておりません。
その為ラニのデレまでの心境変化の描写が短くなってしまいました。
出来ればその部分、目を瞑っていただければ←
リアルのランルー君については、まぁ、アレです、はい。
こんな事この姉妹が知っているのか……?
ちなみに邪神はあの後ジゼルの錆になりました。