Fate/Meltout   作:けっぺん

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Escape From Mooncell.-4

 

 

 戦いを終えて、随分と時間が経った。

 やることと言えば、下の階から上がってくるそこまで多くもない影を倒すことだけ。

 決して油断はせずとも、多少退屈を覚えていた。

 その、影すらもやってこなくなって数十分あまり。

 変化は、実に唐突に訪れた。

「――ハクトさん」

「彼は……やったのですね」

 ガウェインも、どうやら感じ取ったらしい。

 突如として体に組み込まれた術式が誰のものであるかなど、考えるまでもなかった。

 こうなることは予想できていた。彼が負ける筈などないのだから。

「流石は、我々を打倒した主従。少し勝利を疑いましたが、まったくの杞憂でしたか」

「おや、ガウェイン。貴方はハクトさんが負けると?」

「いくら聖杯戦争の勝者といえども、彼は未熟です。サーヴァントが如何に優秀でも、完全などありえない。そう考えていたのですが――」

「ええ。そんな一抹の不安をわざわざ呼び込み、それでいて真っ向から打ち砕くのが彼です。きっとこの戦いも、そうした末路だったでしょう」

 彼はどうにも、窮地に陥らなければ気が済まない性質らしい。

 しかしそれでも死の一歩手前で踏みとどまって、逆転の可能性を拾い上げる。

 この月の裏側で共に迷宮攻略を進めていく過程で嫌でも理解した。

 支えている分には、これ以上なくやり甲斐を感じる相手だっただろう。

「キアラさんは倒れ、ハクトさんは表側に帰還する。これで、冒険も終わりですね」

「未練がありますか、レオ?」

「もちろん。地上では学生としてはいられませんから。もっと学校生活(スクールライフ)を謳歌してみたかったです」

 まあ、それは単なる冗談なのだが。

 しかし、この短い期間は実に充実していた。

 生徒会として皆と語らい、さながら本物の学生のように一日を楽しむ。

 そういえば、いつか食堂について話をしていた。

 結局果たされなかったことだが、あれも未練といえば未練になろうか。

 ああ、そう思えば、本当に楽しかった。

 縁起でもないが、幾らでも続けていたいくらいに。

「しかしそれは叶わない。いえ、叶ってはいけない」

「その通り。彼が道を示唆した以上、貴方は元の道に戻らなければなりません」

「そうですね。名残惜しいですが……夢は醒めるが道理。皆と悪ふざけをするのは、ここまでですか」

 仕方のないことだ。この結末にならなければいけなかった。

 そうでもしなければ、ハクトさんが生き残れない。

 それに、地上に戻れるのは願ってもいないことだ。

 価値観は変わるまい。地上に戻ったところで、西欧財閥がすべきことは変わらない。

 だが、再会の約束をした。聖杯戦争の最後、メルトさんにそれを許された。

 そんなエゴに動かされるのは最上に立つ人間として相応しくはないだろうが、それでもあの約束は果たしたいと思う。

 しっかりとした方向性など決まっていない。だがいずれ、もう一度ここへ。

「はい。貴方は地上へと戻る。そして私は、今一度眠りにつきましょう」

「――ガウェイン」

 そうだ。そしてここにも一つ、別れが存在する。

 当たり前のように傍にいてくれた剣と、ここで別れなければならない。

「ガウェイン。僕は、この月で王として成長できたでしょうか」

「答えるまでもないでしょう。貴方は敗北によって完成された。その先があるならば、輝ける道でない筈がない」

 一切の疑いも持たず、ガウェインはそう言ってのけた。

「今の貴方は、かつて尽くした王に似ている。その貴い光に皆が従うでしょう。しかし――」

「わかっています。アーサー王と同じ結末を迎えてしまわないよう、励むつもりですよ」

「――ならば、私が言うべきことはありません」

 かの約束された王と姿を重ねられるのは、後に連なる者としては最大の栄誉だ。

 騎士の頂点にある、常勝の王。聖剣を担い、騎士王と称された、あらゆる戦士の羨望が行き着く先。

 そうした対象になれるのならば、これ以上ない誉れではないか。

 栄光であり、教訓。生きて戻れるのならば、アーサー王伝説が終焉を迎えたカムランの丘が如き結末は避けなければなるまい。

 ガウェインは、その結末を――サー・ランスロットとの確執を拭えず、アーサー王を死なせてしまったことを今も後悔している。

 ならば、その後を追うのは彼のマスターとしてあってはならないことだ。

「貴方は良いサーヴァントでした、ガウェイン。貴方が僕の騎士であったこと、嬉しく思います」

「その言葉こそ――私にとって最大の報酬です。私こそ、レオが我が主であり良かった」

 言葉を交わす。

 この、一夜の夢から覚めればもう、傍にガウェインはいない。

 しかし、その別れは必定。寂しさのようなものはあれど、王として、感情を出す訳にはいかない。

「――時間のようです。では、ガウェイン」

「はい。幸運を、レオ。貴方の王道は紛れもなく、大いなる光に照らされていることでしょう」

 それは、ガウェインにとっての最大の激励だったのだろう。

 最後までその関係は、王と騎士のものだった。

 それに不満はない。寧ろ、その完全なる騎士の在り方が好ましかった。

 ただ、一つ言えば――この騎士と、友にもなりたかった。

 月の裏側で何人か友を得た。その一人にガウェインがいれば、それより上はなかっただろう。

 まあ、仕方ない。ガウェインはそういう存在だ。

 視界から消えていく騎士。礼を尽くすその姿に苦笑する。

 地上へと戻っていく。

 その流れに身を任せながら、夜明けの時を待つことにした。

 

 

 +

 

 

「む!?」

 ガトーさんが目を見開いて飛び上がったことに、私も驚いてしまう。

「ど、どうしたの、ガトーさん」

「今、我が女神から神託を受けた! 今こそ地上に帰るべしと!」

「へ……?」

 地上に帰る、って……つまり――

「白斗君が、勝ったってこと!?」

「うむうむ。つまりはそういうことだろう。じき御女神が手を下してくれるようだ」

 ガトーさんの言葉は独特すぎるけど……つまりは、白斗君とメルトちゃんが勝利して、マスターたちを地上に帰す術式を起動させたってことだろうか。

「そっか……勝ったんだ」

「良かった……ハクトさん……!」

「ええ、これで――!」

 ほっと息を撫で下ろすリップ。カズラちゃんなんかは涙を流してまで喜んでいる。

「彼ならば、小さな勝利の可能性を引き出すと確信していました。信じて、良かったです」

「せんぱい……かったの?」

 冷静を装いながらも、微笑みを隠さないヴァイオレットちゃん。

 そして、状況把握が出来ていないように小首を傾げるプロテアちゃん。

 私自身も、喜ばずにはいられなかった。これでようやく、全てが終わったのだ。

「だがしかし……先程麗しき狩人との契約が切れた。もしやとは思うが……」

「っ……」

 この戦いで、誰も消えずに戦いが終わるとは思っていなかった。

 きっと上でも、何人か倒れているだろう、と。

 アタランテちゃんも、もしかしてその一人となってしまったのだろうか。

 確定したことではないけれど、やはりただ喜ぶだけともいかないようだ。

「……しかし、令呪の命は完遂したのでしょう。サーヴァントとしての務めを果たしたまでです」

「……言われてみれば、確かに、願い奉ったな」

「忘れていたのですか……?」

 ガトーさんが、アタランテちゃんと別れる前に与えた令呪の命令。

 戦いが終わるまで生き延びろ――たとえ致命傷を負ったとしても、その命令は彼女の力になる。

 きっと、あの命令はいい方向に繋がった筈。ガトーさんは覚えていなかったみたいだけど。

「しかし……あの者も後悔はあるまいか。迷い子共々、無何有の郷に旅立ったろう」

「そこはアルカディアで良いでしょう……相変わらず貴方は中途半端にごった煮ですね」

 まったくブレないガトーさんの、冗談めいた言葉に苦笑する。

 確かに、アタランテちゃんはきっと、ジャックちゃんと同じ場所に旅立ったのだろう。

 そう思えば、何となく、気が楽になった。

「それで、貴方がここにいられる時間はあとどれほどなのですか」

「む? ……ふむ。分からぬ! 小生術式の知恵にはとんと恵まれなかったのでな!」

「……」

 割と重要だろう問題を笑い飛ばすガトーさんに、ヴァイオレットちゃんが眉間を抑える。

 最早突っ込みすら馬鹿馬鹿しくなったように、考えるのを放棄したのが分かった。

「まあそれはそれとして……これでおぬしと会うのも最後になるな」

「ん……そうかも。ガトーさんはこれからどうするの?」

「さてさて、どうするべきか。麗しき女神とも別れてしまった以上、もう一度世界を周って探してみるも悪くはないかもなぁ」

 ガトーさんの言う、麗しき女神。

 それは多分、彼のサーヴァントのことなんだろうけど、違うのかな。

 彼の信仰はごった煮すぎて本当に分からない。

 それでもただ一つ、確かな信仰心を持っていることだけは明らかだ。

 その彼特有の宗教観の下、また旅に出るのだろう。

「うん、まあ……良くわかんないけど、頑張って」

「うむ! 次に会うことがあれば、小生の至った境地、存分に伝――」

「あっ」

 出来れば遠慮願いたいようなガトーさんの盛り上がりの最中、唐突に言葉が途切れた。

 というより、ガトーさんの姿そのものが消えた。

 言葉の最中に、術式が起動してしまったらしい。

 なんとも格好がつかない形で、ガトーさんはムーンセルから退場した。

「……しらは」

「え!?」

 微妙な空気になったのを気にもせず、普段通りの声色で、プロテアちゃんは初めて名前を呼んできた。

 そもそも名前を覚えていたことに驚く。見上げると、プロテアちゃんが微笑んでいた。

「せんぱいのところ、いこ。しらは」

「ああ、うん。そうだね。それとも――白斗君の方から迎えに来てくれるかな」

 と、その時。私の体にも、転移の術式が組み込まれる。

「あ……」

「今の――」

 どうやらそれは、全員同じことらしい。

 表側への帰還。ようやく、私たちの戦いも終わるんだ。

「あー、やっとのんびり出来る」

「あ、あの……シラハさんは、普段からのんびりじゃ……」

「リップ、それ禁句」

 そもそも、月の裏側と表側では事情が違いすぎる。

 ここから先は戦いなんてない、月での日常が始まるのだ。

 それが楽しみでない筈がない。気も楽になるというものだろう。

 ――まあどうせ、すぐに戦いになるんだろうけど。

 平和になったからこそ、余念なく事が起こせるというもの。

 白斗君にとって一番は変わりなくとも、二番はまだ不明。

 ライバルはかなり多いけど、それでこそ戦い甲斐があるというもの。

「……? なんですか、シラハさん?」

「ううん。カズラちゃんも、手強いかなって」

「へ?」

 武器を振るう戦いではない。女子力は正直、私より遥かに上を行く。

 まあそれでも、負けられない。そう、考えるだけで――なんとも楽しみだ。

「さて。じゃ、行こうか――!」

 一緒に戦った、アルタ―エゴの皆を見渡す。

 完全な勝利とは言えないんだろうけど、そんな反省は全ての結果を白斗君とメルトちゃんに聞いてからでいい。

 後十秒あまりだろうけど、その間――勝利と達成に浸ることにした。




レオとガトーが地上へ。また、これでガウェインは退場となります。お疲れ様でした。
次回からはいよいよエピローグとなります。
それぞれの結末と未来、どうか見届けてくれれば幸いです。

で、GOのハロウィンイベントですが、また超周回が始まりますよ。
いや、それは好きなんで良いんです。だけど新規鯖がキャス狐だけってのは……ねえ?
ハロウィンに日本の主神の荒御ってのは首を傾げます。
……呼符で少しは引きますが、何か?

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