Fate/Meltout   作:けっぺん

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Escape From Mooncell.-2

 

 

 旧校舎に新たな影が入ってこなくなって、十分あまり。

 恐らく、発生源の一切が消滅したのだろう。

 どうにか生き延びた私とランサーは、校舎内に入っていた。

 内部は争いの跡があり、面影がないほどにボロボロになっている。

 何があったかなんて知る由もない。いや、ある程度想像は出来るのだけど。

「リン、とうに限界は超えている筈だが。まだ行動は可能か」

「大丈夫、だっての。心配いらないから、周囲の警戒を続けて。悪いけど、私はもう戦力にならないから」

「承知している」

 宝石剣の使い過ぎが危険になることは、デメリットを把握したときから理解していた。

 それでも躊躇わなかったのは、意地もあったのだと思う。

 まあ、一応、戦いが終わるまで持ったのは幸運だった。

 惜しみなく使った結果、体の四割強が壊れていた。

 最初こそ大したことはなかったものの、塵も積もれば山となる。

 無視できない程に崩壊は進み、痛覚を遮断しないことには耐えられない状態となっていた。

 宝石剣の性質からすれば、この剣による崩壊から自然崩壊には繋がらない。

 つまり時間経過で広がることはないのだが、万が一、核となる部分に傷が付けば危ういことになる。

 痛覚遮断は、それが分からないのが欠点だ。

 現在進行形で傷が広がっていることは実感できない。

 だがそれでも、行動を早くしておくに越したことはない。

 ――先程、崩壊する体に術式が組み込まれた。

 地上に帰還するための術式。

 これはハクト君の手によるものだろう。ということは、彼らはキアラに勝ったのだ。

 ここまでやってきたことは、無駄にならなかった。

 悪は断たれ、全員があるべき場所に帰る時がくる。

「っ……」

 痛みはなくとも、体中の倦怠感は隠し通せない。

 壁を支えにしてどうにか進む。この術式が起動する前に、やらなければならないことがある。

 ようやく辿り着き、扉に手を掛けたところで、その部屋の中から声が聞こえてきた。

『――あーあ。これでまた元通り。ほんと、仕事どうしたもんかなー』

「……ふふ」

 呑気ながら、危機感を持った声。戦いが終わった矢先にそんな、現実的な悩みを漏らす緊張感のなさに苦笑する。

「なーに言ってんのよ。今は助かったことに喜ぶべきじゃない」

「はぇっ!? り、リンさん!? って、どうしたッスかその体!」

「貴女、見てたんじゃないの?」

「位置把握してただけッス! こんな状態になってるなんて知らないッスよー!」

 扉を開けた瞬間、ジナコは飛び上がって驚愕する。

「まあ、私は大丈夫よ。地上に戻ればこのくらい、なんてことないわ」

「そ、そうなんスか?」

「そうなの。それにこのくらいの修羅場、いくらでも潜ってるし」

 地上でも命の危機は数えきれないほどあった。

 それと比べれば、命は約束されている以上此方の方が気楽なものだ。

「……で、何しに来たッスか? お茶出せる程時間は残ってないけど」

「ああ、それ。さっさと要件を済まさせてもらうわ」

 咳払いの後、その要件を告げる。別に対したことではないけれど、面と向かって言うとなると少しだけ言いにくさのようなものが感じられた。

「――ジナコ、同じ世界に帰れる方法があるんだけど、どうかしら?」

「――――は?」

 その「は?」の意味が分かりかねて、小恥ずかしさに頬をかく。

 ぱちくりと瞬きを繰り返すジナコは暫くの呆けた顔のあと、訪ねてくる。

「なんで、ボクッスか? そう出来る手段があったとして、ボクなんて――」

「助けてもらったし、もう他人じゃないでしょ。私は貴女のこと、友達だと思ってるけど」

「あ――」

 何かの琴線に触れたように、ジナコが震えた。

 彼女の迷宮をハクト君と一緒に歩んだ私は、ある程度彼女の心を理解している。

 ジナコが自分を不幸と思っているのだとしても、それはあくまで「今までの話」だ。

 これから先なんて、どうとでもなるではないか。

「で、でも……ボクなんかがリンさんの友達なんて……」

「ほらほら、まずそのネガティブ思考をどうにかしなさい」

「う、うぅ……」

「まあ、良いじゃない。同じ世界に行ったところでデメリットなんてないんだし」

「それはそうッスけど……大体、どうやって……」

 ジナコのもっともな疑問に、ランサーが前に出る。

「オレの鎧ならば、ムーンセルの干渉を防ぐことができる。それを利用し、同一の転移の下にお前たちを地上に送り返す」

 ランサーの鎧は太陽神が賜したものだ。

 生前、彼に不死を与え、決して傷を付けなかったという黄金の鎧。

 ムーンセルの干渉をも防ぐこの宝具をもってすれば、転移を防いで手を加えることさえもできる。

 私がジナコに声を掛けたのは、ジナコを友人だと思っているのも事実だけど、後一つ、要因がある。

「そんなことが……」

「ジナコ=カリギリ。お前の後を頼むとアルジュナに任されたのでな。オレが出来るのはこれだけだ。そこから先は、リンが受け持つだろう」

「アルジュナ、さん……まったく、最後までお節介が過ぎるッスね」

 八階層、ノートとの戦いの際だけでなく、どうやらランサーは四階層の時点でそれを託されていたらしい。

 鎧を持っていながら、それを使ってこなかった。それは、万が一にも傷を付けてしまわないため。

 槍を持っていながら、真名開放をしなかった。それは、鎧を失わないため。

 こんな展開を最初から予想していたのか、ランサーは月の裏側において鎧を表出させなかった。

 そして、かつての宿敵の望みをまっとうする義理難さ。

 ジナコのアーチャー――アルジュナに勝るとも劣らない、お節介なサーヴァント。

 それが私のサーヴァント、カルナなのだ。

「さ、行きましょ、ジナコ」

「……一応、ボクが年上なんスけどねー」

「今更何よ。私がそういうの気にしないって、もう分かってるでしょ?」

 ジナコの手を引く。最後の命令を待つランサーに目を向ける。

「――ランサー。お願い」

「了解した」

 短く応えたランサーが手を振るうと、黄金の鎧が私たちを囲むように顕現した。

 後は転移の術式のうち、片方をムーンセルに応答させるだけでいい。

「お疲れ様、ランサー。貴方は――」

「このままムーンセルに回収されるだろう。それでオレの役目も終わる」

「……そう」

 当然か。それが役目を終えたサーヴァントの最後なのだろう。

 マスターが月からいなくなれば、やるべきこともなくなるのだから。

「物淋しさは感じまい。これまでもこれからも、君はそういう存在であり続けると確信できる」

「……まったく、貴方は」

 それが本心からの言葉なのか、彼らしくない冗談なのか。

 前者であれば、珍しい空回り。ここまで戦ってきたサーヴァント――言わば相棒との別れに、何も感じない訳がない。

 後者であれば、とことんまで不器用だ。核心を突いた冗談なんて、意地が悪いにも程がある。

「まあ……そうね。貴方がそう言うのなら、そうあってあげるわ」

「む……む? ……そうか」

 ああ、この反応は前者だったらしい。

 仕方のないサーヴァント。出てきたのは苦笑だった。

 やがて起動する術式に、身を任せる。引っ張られていく感覚はジナコと共通で、同じ地上への旅が始まる。

 月から旅立つ僅か前、ランサーに向き直る。

「じゃあね、ランサー。良いサーヴァントだったわ、貴方――ありがとう」

「ああ。後悔も未練もなく、役目を終わることができた。此度の契約には、オレも感謝している――ありがとう、リン」

「――――」

 最後にそんな、初めて彼から発されたかもしれない言葉を聞いた。

 ランサーはその時、微笑んだような気がして、しかし確かめることが出来ない。

 言葉を聞いた次の瞬間には、月の景色は遥か遠くにあって。

 ようやく私は、月の戦いの終わりを実感した。

 

 

 +

 

 

「はぁ……、はぁ……!」

 激しく揺れ続けていた船は、ようやく安定した。

 大荒れの航海を終えて、いつしか下を覆っていた影の群れは一体たりともいなくなっている。

 どうやらこの戦いの中で、発生源を消してしまっていたらしい。

 しかし、影の代わりに今は炎が迷宮を包んでいる。

 影の殲滅に力を貸しただけのようで、僕たちには損害を与えないものらしいが、どうにも落ち着かせない。

「っ――た、はあーッ! 疲れた! 生きてた頃もこんな航海したことなかったよ!」

 心からの勝利を叫びながら甲板に倒れこむライダー。

 そんな達成感に満ちた言葉とは裏腹に、その様は壮絶だった。

「……ライダー」

「ん? 何だいシンジ」

「体……大丈夫なのかよ」

「大丈夫な訳ないだろ? 一体幾つ致命傷負ってると思ってるんだっての」

 体を幾つも貫かれ、足は片方あらぬ方向に折れ曲がり、機能しなくなったらしい右目は閉じている。

 霊核をズタズタに引き裂かれてまだ行動できているのが不思議な程だ。

 無理もない。こうなったのは、紛れもなく僕のせいだ。

 船の上に上がってくる影の群れを一人で相手して、無力な僕を何度も庇い、一切を仕留め尽くした。

 正に海賊とばかりの戦いぶりで、ライダーは戦い抜いたのだ。

「ああ、気負うんじゃないよ。アタシはサーヴァント。これが正しい死に方さ」

「正しい死に方、って……」

 刻一刻と生命力を擦り減らしつつ、尚もライダーは気にするなと笑う。

 そんな彼女に掛ける言葉を探していると、気付けばライダーは目を閉じて、動きを止めていた。

「ッ――ライダー!」

 思わず、叫んでしまう。

 ここまで戦ってくれた彼女が目の前で死んでしまうというのが、どうしても許容できなかった。

「うるさい、ね。アタシは相当、往生際が悪いんだ。アンタが地上に戻るまで、死にゃしないよ」

 呆れたように溜息を吐いて、苦笑しつつもライダーは再び目を開く。

 それを聞いて、ようやく気付く。

 自分の体に組み込まれた術式。確かめても真髄は分からないまでも、節々の特徴から大体は把握できる。

 帰還の術式。これが組み込まれたということは、つまり。

「――紫藤、勝ったのか」

「はっ……やったじゃないか、あの坊や。案外お役御免も近いね、こりゃ」

 込み上げてきたのは、喜びだった。

 生きて地上に戻れることに対してではない。いや、勿論それもあるのだが、最たる要因は別にある。

 紫藤が勝った。黒幕だったキアラさんを倒して、世界を救った。

 友達としてそれが誇らしくて、そして嬉しかった。

「だったら、さっさと行きな。死に目見られるのは好きじゃない」

 ライダーと目が合う。

 この表情でない顔を見ていた方が少ないという、歯を見せた笑顔。

 もう、それを見ることは二度とない。そう思うと、目に込み上げてくるものがある。

「……なんだ。泣いてるのかい? まったく、いつまで経ってもお子様だねェ」

「う、うるさい。僕は子供なんかじゃ……」

「ガキだよ。そんなことで突っ掛かるんじゃないっての」

 黒いノイズに染まり、消え始めるその体。

 対して僕は、地上へと引っ張られる。

 それぞれ互いに、別々の場所へと向かう時が近づいてきている。

「ま、そんな性格含めてアンタ、嫌いじゃなかったよ。聖杯戦争に挑むマスターとしては三流も良いところだけど、相棒としては一緒にいて楽しかった」

「――」

 ライダーは、消える体を気にもせずに話を続ける。

「アタシの専門は格上相手だ。一回戦があの坊やじゃなきゃ何だかんだでぶっ倒してた。そう思うだろ?」

「……ああ」

 ライダーの言葉はきっと真実だ。

 フランシス・ドレイク。不可能だった航海を成し遂げた星の開拓者は強い相手ほど、その真髄を発揮する。

 最初の戦いが紫藤ではなかったら――実際どうなったかは分からないけれど、ライダーは絶対の自信を持っていた。

 僕が未熟だからこそ、ライダーが“好む”相手が多くなるのだ。

「まあ要するに、アタシとアンタの相性は良かった訳だ。シンジはどうだったよ、アタシはサーヴァントとして、合格点だったかい?」

「あ……当たり前だろ! お前以外のサーヴァントなんて……」

 考えられない。そう言おうとして、しかしライダーの高笑いに妨げられる。

「アッハハハハハハハハ! 嬉しいこと言ってくれるじゃないか! ……うん、なら、アタシは満足だ」

 言って、目を閉じる。眠るように、静かに。

 身を任せるしかない、引っ張られる感覚は最早残り時間が少ないことを示している。

「さ、行きな。シンジはまだ未来があるんだ。それとも、それを捨ててここでアタシと沈むかい?」

「……」

 そういう訳には、いかなかった。

 残り、ほんの数秒。ライダーに背を向ける。

 死に目を見られたくないと言っていた。ならば、こうして別れよう。

「――行くよ、ライダー。ここまで……ありがとうな」

「くは、らしくないねぇ。何も、確実にこれが最後ってことじゃない。縁があったらまた会えるさ」

 そんな可能性は、ゼロに等しい。聖杯戦争に似た事象が起こるなんて考えられない。

 だがまあ、それでも――少しでも何かがあれば。

「そう、だな。またな、ライダー」

「ああ。それじゃあ、次に会う時にはもっと歳食って、良い男になってなよ。酒の一つでも覚えてなきゃ面白くないからね」

 それが、僕が聞いた、ライダーの最後の言葉だった。

 ライダーに指摘された、込み上げてきたものはどうにか堪えきった。

 だけど地上に戻れば、思いっきり泣くのだろうなとは思う。

 月で多くの友が出来た。もう二度と会えないかもしれないのだ。

 それは勿論悲しいことだけど。

 ――ああ、間違いない。

 それを通して僕は、遥か先にいる友達に少しは近付ける筈だ。




凛とジナコ、慎二が脱出。そしてランサーとライダーはこれにて退場となります。お疲れ様でした。
ランサーは原作と同じ、こうした形での退場です。
用語集で詳しく書きますが、鎧を纏っていなかったのはここで使用するためです。
というのも、ランサーは最初から事の顛末を勘付いていたためですね。
ところで本作CCCで一番成長したのは慎二だと思うのですが、どうでしょう?

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