Fate/Meltout   作:けっぺん

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勝利の女神が微笑まずとも。

決定した流れの果てが勝利であれば、それでいい――


Meltlilith.-3

 

 

 ただ、命を奪おうと魔弾は飛んでくる。

 反応すら出来る筈もなく。

 次の瞬間には、心臓を貫かれて――

「――」

 バチリ、という電子音。それは、霊子体が弾け飛ぶ音か。

 意識が消える最後に、その音は耳に届いたのか――

「――――っ」

 ――いや。生きている。死んでいない。

 胸に孔も、空いていない。心臓は未だに鼓動を刻んでいる。

 間違いなく僕を穿ったであろう魔弾。それを止め得る存在がいたとすれば、それは――

「……メルト」

 彼女にとっては小さな反撃も同然だったのだろう。

 弾を受け止めた脚具には傷一つついていない。切り払って、舞うように一回転したメルトは、軽やかな音を立てて着地し此方に振り向いてくる。

「ハク。訂正するわ」

「え……?」

 それは、戦いが始まってから今までのメルトと違う。声色は低く、悦に染まった笑みの面影は既にない。

 殆ど見たことがないような、氷の如き冷たい眼。

「暫くそこを動かないで。この女の執念、私、甘く見てたわ」

 いつしかその絶叫は細くなり、痙攣するキアラは見開いた目を此方に向けていた。

 メルトが右手を振るうと、その声が収まり、力を抜いてぐったりと倒れ伏す。

「……ぁ、はぁ……」

 どうやら、メルトが毒を操り、痛みを消したらしい。

「――キアラ」

「……なん、です……?」

 その声色のまま、キアラに話しかけるメルト。

 名前を呼ぶだけで先を続けず、メルトはキアラに近づく。

 カツカツと金属が床を叩く音が静寂の中に響く。

 そして、

「――ギィ――――ァアッ!」

 一際甲高い音。先程の拷問のように加減はせず、振り下ろした脚具の先端はキアラの手を貫いていた。

 白い肌を染める紅。

 流れる血にも悲鳴にも、一切余韻に浸ることなくメルトは手から脚具を引き抜く。

「苦しませたまま消してやろうと思ったけれど、そこまで死に急ぐのね。この期に及んでまだ足掻こうなんて、よくも思い上がれたものだわ」

「くっ……は……」

「諦めない、生き足掻くってのは嫌いじゃない。だけどやっぱり、人によるものよ」

 言葉の節々から感じるのは――明白な怒り。

 しかし感情に任せて一撃で首を飛ばすことなく、落ち着いている。

「私にも許し難いことはあるわ。目の前で手を出されて黙っていられるほど、優しくないの」

 言いながら、メルトは足を振るう。

 宛ら、足元の砂を蹴って払うように。

 放たれた、ごく少量の水の魔力は、キアラの両目に降り掛かり、

「ッ――――!」

 瞬く間に眼球を溶かしていく。

 喉は掠れて叫びも出ない。視力を失ったキアラは動かない体を捩らせて苦痛を訴える。

「ああ、冷めてしまったわ。興醒め。もう終わらせてあげる」

 最早愉しむということもせず、メルトは戦いを終結させようとする。

 だが、キアラが右手を震わせながら振り上げたのを見て、足を振るうのを止めた。

 何かをするつもりならば、せめてそれを見届けてやろうと言わんばかりに。

「――令呪をもって命じます! アンデルセン、私をっ……この鎖の縛めから逃がしなさい!」

 それを命じ切るまで、メルトは何もしなかった。

 命令に動かされるように本を開いたアンデルセンは、令呪によって強化された奇跡の言葉を紡ぐ。

「飛べ。ここは日差しの届かぬ土中。逃げろ逃げろ幸福へ、旅の終わりは花の国――」

「ッ」

 紡ぎ終えた言葉は奇跡を成立させる。鎖に縛られたキアラの姿が消え、アンデルセンの傍へと移動していた。

 転移の文言は令呪の強化を受け、不可能を可能にまで押し上げている。

「は――!」

 転移と同時にキアラは反撃に移る。

 礼装として纏う底なしの欲を、無数の弾丸として周囲に展開させる。

 一つ一つが魔弾としての確かな威力。

 一斉に射出される。僕にはそれを受け止める余力は残っていない。

 頼れるのはメルトのみ。彼女は大してその攻撃に感慨も持たず、行動を起こす。

「さよならアルブレヒト――」

 幕のように薄く展開された魔力の防壁。

 メルトが持つ最大にして絶対の防御は魔弾の一切を通さず、完全に防ぎきる。

 だが、それは僅かな時間を稼ぐための手段だったのだろう。

 キアラを見れば、悍ましいまでの魔力を解き放っていた。

「宝具……!」

 体に群がる怨霊全てを両手に宿し、全ての力を込めて増幅させていく。

 世界の人類、文明、あらゆる生命が持つ欲をも集め、その手に集積させていく。

「負けては、いられない……最後に後悔するのは貴女です! 最後に勝つのは私です! これを終えてから招く快楽の質がどれほど落ちようとも、この場で死ぬより遥かにマシよ!」

 その願望の質を落として、その切り札たる一撃を肥大させる。

 ここで死んでは全てが水の泡。ならばその落ちた願望だろうと叶えてみせる。

 そのためにも、出せる全力を引き出すと。

「……私とはまた別の権能ね。望みの前借なんて、見下げ果てたわよ、キアラ」

「言っていなさい。現在過去未来、全ての欲を貴女にぶつけた瞬間には、勝敗が決していましょう……!」

 或いはそれは、強がりなのかもしれない。

 それでも、キアラは後戻りはできない。

 残り時間も少なく、傷も深い。精神的にも摩耗し、崩壊寸前ながら、堤防は壊れていない。

 神に等しくなった自身の権能。今まで追い詰められていようと、それだけはメルトに劣っていないと。

「望むところよ。その挑戦、受けてあげる。ハク、良いわね?」

「……ああ。終わらせようメルト。メルトも、宝具の使用を」

 キアラが最大をぶつけてくるというのならば、此方も最大で迎え撃つ。

 万が一があってはいけない。ここで油断してはならないのだ。

「わかったわ。括目なさい、貴女のサーヴァントの、その全力を」

 キアラに対抗すべく、メルトも魔力を解き放つ。

「キアラ、正念場だぞ。その底意地、見せてみろ」

「ええ――負けて、なるものですか」

 宝具と宝具の激突。これで、全てが決着するだろう。

 先に動いたのは、メルトだった。

 大きな跳躍を合図として、遠くから聞こえてくる水の音。

 メルトが落とした雫が呼び水となり、波が起こる。全方位からの清流がすぐに戦場を満たす。

 メルトは呼んだ水とは比較にならない魔力を纏っている。

 正に、水の星。メルトを中心として煌めく塊は、今か今かと開放の時を待っている。

 対してキアラは拳を握りこみ、纏う欲の全てをそこに込める。

 自身を満たすのに使うのではなく、たった一人の敵を打ち砕くために、それを利用する。

 互いが思うは、絶対の勝利。敗北など信じず、片や事件の収束を、片や願望の成就を目指し。

 そして――

 

 

「――――弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)

 

 

この世、全ての欲(アンリマユ/CCC)――――!」

 

 

 宝具の真名が解放される。

 弾けた水の星は滝のように、雨のように降り注ぐ。

 キアラは跳躍し、極めた拳を振り上げる。

 二つの宝具を間近で感じる。「流れ」と「欲」、人の文明というものを築きあげてきた、当たり前の概念。

 それらを極限まで昇華させた、規格外の宝具。

 互いの信念たる全力の攻撃。

 

 ――果たして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――一瞬の均衡すらなく、あまりにも呆気なく。

 

 

 ――――欠片も残らず、雄大な滝に砂粒が挑むように、当然の摂理の如く。

 

 

 ――――キアラの存在は融けて消えた。

 

 

 

 水は不浄を遍く融かし、全てを回帰させていく。

 カレンの炎と共存し、広がる水は瞬く間にこの空間を満たし。

 後には静かな水音が、静寂の中に響き渡った。

 

 

 +

 

 

 ――ぶつかる前から、勝負の帰趨は見えていた。

 逃れることの出来ない戦いに挑み、そしてキアラは敗北する。

 あまりにも見え透いた、自分がかつて書いた物語よりも見え透いた結末。

 何かが足りなかった訳ではない。何かが間違っていた訳でもない。

 こうなる運命だったのだ。

 足りなかったと後悔するのであれば、どうしようもない寿命の如き時間が足りなかった。

 間違っていたと後悔するのであれば、そも目覚めたことが間違っていた。

 不正は正されるためだけに存在する。殺生院 キアラは容赦なく罰されるためだけに目覚め、当然のように敗北し消え去った。

 何たる皮肉か。かつての自分が目的のために取り込んだ存在が、自分を蹂躙し尽くして挙句の果てに殺されるなど。

 この事件の元、その結末なんて俺は知らない。

 メルトリリスが知らなかったのだから、それから再現された俺が知ろう筈もない。

 だが恐らく、同じ結末だったのだろう。

 黄金の劇場か。常世の呪いか。無限の剣製か。原初の地獄か。

 そうした神話に上塗りされて、このどうしようもない毒婦の野望は潰えたのだろう。

 その果てに何があったかなど興味すら湧かない。どうあっても、あの女は報われなかっただろうし、俺もまた然りだろう。

 それをまた、繰り返しただけ。

 どうせこうなるだろうとは、最初から思っていた。

 思っていて、それでもオーダーに従って俺は筆を執った。

 サーヴァントとしての役目だから。ああ、まったくもってその通りだ。

 マスターの命令だから。そう、逆らえようことがあろうか。

 だが、そんな義務とは別の、俺を動かしていた私事は他にあった。

 あの馬鹿女の物語、その結末を俺は書きたかった。

 反吐が出るほど醜悪なハッピーエンドか。夢も希望も詰まって彼女に回帰するバッドエンドか。

 どちらにしろ、その果てを見届けたかった。

 キアラが生み出す世界になど興味はない。それでも、その結果に至る過程だけは、興味があった。

 

 ――まあ、その、なんだ。

 

 とどのつまり、「キアラの物語」は「俺が読みたかった物語」なのだ。

 

 書きたい話であり、読みたい話。それを筆に乗せて紙に感情諸共ぶちまけるのが作家というもの。

 その端くれとして、俺は動いた。宝具を脱稿して終わりではない。その先こそが、キアラの物語の完結だった。

 俺はそこに至れなかった。所詮は最弱のサーヴァントということなのだろう。

 謝罪すべきはただ一点。「キアラという人間を書き切れなかった」。

 なんという三流作家。いつか会った盗作騒ぎの大法螺吹きの方がまだマシというものだ。

 こんな捻くれた人間に、サーヴァントなど務まろうか。

 愛した女への告白も恋文も懐に仕舞い込んで、強情を張るろくでなし。

 そんな男が書く物語がこういう結末に至ったのは、当然なのだろう。

 最後まで書き切ることなく、未だ白紙の数ページは燃え尽きて、灰も残らず消え去った。

 机の何処を探しても、引き出しの中身をひっくり返しても、書斎の全てを漁っても、代えの紙なんて存在しない。

 つまりはここで完結。最後のページの末端に、「しかして女は敗れ去る」と記して終わり。

 どんでん返し(デウス・エクス・マキナ)も甚だしい。たったこの一文で、生涯最高の傑作は生涯最低の駄作へと姿を変える。

 心底、欲を張るにはそれに足る力がないといけないと感じた。

 キアラの欲深さを、俺の欲深さが地に落としたのだ。

 駄作だ。凡作だ。こんな後悔、さっさと消えて忘れてしまいたい。

 ああ、でも。

 間違いだらけのこの作品に、一つだけ良い評価をするのであれば。

 

 紛れもなく俺は、俺の愛を書き切ったのだ。

 

 魔性に堕ちた女。それがどうした。

 俺は人間を愛さない。だが、それ以外の何かに成り下がったのなら話は別だ。

 愛してやるのも一興といえよう。無論、想いを打ち明けたこともない俺は今度も同じく消え去るのだが。

 恋を知らぬ女と、愛を知らぬ男。そうした面でも、敗れるのは当然だった。

 恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は恋の前では無力になる。

 だが、例外はどこにでも存在するということなのだ。

 ――現実も、愛も、悉く融かす恋があったとすれば、この結末は必定だ。

 短絡的に言い表せば――喧嘩を売る相手を間違っていた。それだけのこと。

 

 かくして魔王は滅び、姫と勇者は世界を救った。

 この世の何処にでもある英雄譚。何千何万とある消費娯楽。

 されどまあ――愛を求める女を生前死後、合わせて二度も殺してしまった男の最後の作品ならば、それも仕方ない。

 筆は折れ、物書きは忘れ去られる。満足ではないが納得はできる。これはこれで、清々しいことだ。

 一秒の後には、この体は跡形もなく消えていよう。

 ゆえに、ここで締め括る。

 反吐が出る程純粋な、愛する女の(ものがたり)を。




これにてラスボスたるキアラ、アンデルセンは退場となります。お疲れ様でした。
このあまりにも呆気ない決着は一度書いてみたいものでした。
波に飛び込んだ飛沫も起きず、流れの中で一瞬たりとも存在が残ることなく、触れたときには既に消滅しています。
黒いノイズも粒子も、一切ありません。
ついでにキアラには救いもありません。ザマァ。

さて、ここからは少しずつ更新速度を上げていきたいところ。
目標としては、十月中の完結を目指したいです。

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