Fate/Meltout   作:けっぺん

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ここからメルトのターン。
最終決戦もいよいよ大詰めです。


Meltlilith.-2

 

 

「アンデルセンッ!」

「いいだろう。精々殴り合え馬鹿共!」

 キアラの指示に、アンデルセンが本を開いて力を発動させる。

 魔術を使えず、一切の戦闘能力も持たないキャスターのサーヴァント。

 そんなアンデルセンが唯一できることは、マスターであるキアラの強化。

 本の文字が光を放ち、キアラに更なる力を与える。

「メルト――!」

「いいわ、ハク。暫く休んでいなさい」

 対してメルトは単騎で戦う。

 僕はもう殆ど戦えないし、出来ることはある程度の術式を紡げるだけ。

 しかしそれは必要ないとメルトは微笑んだ。

 今のメルトには、術式なんて大した効果を成さない。

 ならば、ここぞという時に備えておくべきだろう。メルトが万が一、必要とした瞬間に使えるように。

「はっ!」

 此方の様子を窺っているらしいキアラが攻めてこないのを僥倖と、メルトが駆ける。

 神話礼装の力、一体どれほどのものなのか――予想を立てていたものの、現実は更に上を行った。

「ッ――――!」

 膨大な数の令呪で強化されたキアラの肉体が、紙のように軽く吹き飛ぶ。

 転がった先で体勢を立て直したものの、反撃に移ることが出来ない。

 驚愕の表情はこのときばかりは僕もキアラも同じだった。

「ほら、どうしたのよ。この程度、蚊に刺されたようなものでしょ? 黒幕さん?」

「この……調子に、のッ――」

 言葉は途中で切れる。メルトにとって主力であった足の速さは一層極まり、目視さえ難しいほどになっていた。

「どうかしら。これが権能というものよ。最強として君臨するレヴィアタンの力――貴女が力を高めれば高める程に、それは私の強さになるわ」

 力の窮極……レヴィアタンの持つ権能は、その場の最強として在ること。

 即ち、この権能を持つ限り、メルトのスペックは誰よりも上を行くのだ。

「『大海統べるニムロドの布(レヴィアタン・クライムバレエ)』って言うの。さあ、超えてみなさい。出来るんでしょう?」

 得意げなメルト。キアラとまったく対照的だ。

 恐らくその権能は、戦場内の存在のパラメータを自身に加算するもの。

 ゆえに最強存在たりえる。そうである以上力で戦うとなれば、キアラに勝ち目はない。

 自身を強化すればするほどに、メルトは更なる高みへと歩みを進めるのだから。

「キアラ、どうする。真っ向から戦って勝てる相手ではないぞ」

「っ……まだです。諦めてなるものですか!」

 アンデルセンの忠告を聞かず、キアラは一撃打ち込もうとメルトに迫る。

 先程まで、神々の宝具を存分に使って戦っていたが、キアラは格闘術もかなりの冴えだ。

 格闘で最初に思い浮かぶのがユリウスのアサシンだ。彼とキアラの術理は根本から異なる。

 だが、どちらも達人の中の達人といえる。

 その極めた業をもって、メルトの命を刈り取ろうとする。

 拳だけではない。神に近しい存在に至ったキアラならば、その正確無比な手刀で首を飛ばすことでさえ可能だろう。

 ――あくまでも、当たればの話だが。

「ふっ――」

 身を反らし、受け流した手を蹴り上げ、キアラのバランスを崩したメルトは間髪入れずに横腹を蹴り飛ばす。

 その動きには一切迷いがない。

 当然だ。武術がキアラの戦闘能力の一端であるならば、メルトはそれさえも力に加えている。

 正にそれは最強。キアラがその術理をもって、何をするかすら予測がついているのだろう。

「か、は……っ」

「つまらないわね。どうせなら悲鳴を聞かせなさいよ」

 倒れ伏したキアラに歩み寄るメルト。

 傲岸なメルトらしい物言いに返すこともできないキアラは、それでも立ち上がろうとする。

 その手の甲を、メルトは容赦なく脚具の先で踏みつけた。

「ぐ、あああああああああああ――――!」

「ええ、そう。それよ。やっぱりたまらないわ、散々好き勝手してくれた毒虫に罰を与える……この瞬間を待ってたのよ!」

 ギリギリと、孔を開けんばかりに踏みにじるメルトは悦を隠さない。

 それがメルトが最も好む状況であることは、その表情が何よりも物語っている。

「性懲りもなくまたムーンセルに手を出したこと、後悔なさい。まだ殺しはしないわよ」

 痛みに悶えるキアラを離さず、そして反撃の余地すら与えず、メルトは更に痛覚を刺激させる。

「あァ、が、ぁ、づぁああ! ぐうううううぁ、ッ!」

 臓腑を灼くセイレーン。その脚具に灼熱を纏わせ、敵を焼き、同時に力を吸収する術。

 キアラに対して、それは更なる拷問として牙を剥いた。

 尖った脚具の先端から手の甲に伝わる灼熱に、キアラは身が捩れる方がマシとばかりに叫び、暴れる。

 その悶え方の激しさ、或いは手を千切ってでも逃れようとしているのかもしれない。

 圧倒的、そして一方的。

 喉が張り裂けん程に叫ぶキアラを助ける者は誰一人存在しない。

 戦闘能力のないアンデルセンでは、この状況をどうすることも出来ないのだ。

「うううううううううううっ……! あァアア!」

「おっ、と……」

 その苦痛から解放されたのは、自身に纏わせた影の形をとった欲望が彼女を守ろうと動いたおかげだった。

 特に攻撃の意思もなく、自身が貪る女を焼かれたくないがために取った防衛本能といったところだろう。

「ぅ……は、ぁ、ハァ……!」

 苦も無く回避したメルトが離れると、荒げた息を整えようとする。

 その手は焼きごてでも押し付けられたかのように真っ赤に染まっていた。

 血が滲み、震える様は痛々しさを増長させ、メルトはそれを、頬を紅潮させながら見下ろしている。

「馬、鹿にして……っ、この程度、で……勝った気に……ならないことです……!」

「あら、まだ余裕があるのね。良かったわ。ええ、()()この程度だもの」

「……ぇ?」

 立ち上がろうとするその執念に、寧ろ安心したようにメルトは笑った。

 まるで、たったこれだけで死んでしまっては困るとでも言うように。

「ハク。イヤなら耳を塞いで、目を閉じてなさい」

 そんな警告を、やはり笑いながらメルトは告げてくる。

「……ううん。大丈夫だ」

 この戦いは、最初から最後まで見届けなければならない。

 警告をするからには、先程以上の何かの用意がメルトにはあるということで。

 怪訝と恐怖の混じったような目で、キアラは見上げる。

「何を――」

 そしてその瞬間、

 

「――――――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 目を剥いて、人の肉体で可能なのかと思う程に体を捻じ曲げて、キアラは声にならない悲鳴を上げた。

 絶叫と称するにはあまりにも悲痛が過ぎて、込めた感情が大きすぎる。

 それまで戦いの様子を見ていたアンデルセンでさえ、その惨状から僅かに目を離した。

「あ゛ァ、あああああああああああ! 痛い! いたい、イタイ、イタ、ァ――!」

 メルトは触れていない。何もしていない。

 いや、もしかすると――もう手を施した後なのか。

「それがアルテミスの権能、『蛇蝎の穿つはオリオンの星(アルテミス・メルトウイルス)』よ。私が知識を持つあらゆる毒を、自在に打ち込み、自在に起動できる。どうかしら、神でさえ不死を投げ出すヒュドラの毒は」

 生きて感じられる最大の、しかし死には至らない絶妙な毒。

 本来ならば打ち込んだ時点で即死するだろう。だが、メルトはアルテミスの権能によって、毒を操り、キアラの命を掴んでいるのだ。

 ヒュドラの毒はメルトも良く知っている。

 ヴァイオレットとの戦いで呼び出されたヒュドラをメルトは侵し、その身を融かした。

 十分すぎる程に、毒は把握していておかしくない。

 元々毒はメルトの専売特許だ。その再現率は相当高いものだろう。

「ついでにもう幾つか打ち込んでおいたわ。それで死ねないのも哀れなものね。まあ情けなんて掛けないけど」

 キアラは嗚咽の混じった絶叫を上げ続けている。

 自身の手で首を絞め、床に頭を打ち付けて、毒より優先される痛みを自ら生み出そうとしている。

 しかし、手には力が入らない。頭を打ち付ける前に、震えて勢いをなくす。

 神経を侵す麻痺毒も混じっているのかもしれない。決して殺さない――そんなメルトの意地さえ感じる。

「ぁ――――ッ、!」

 その苦悶の中で、キアラはその目に救いを見た。

 カレンが出現させた炎。

 この事件を終わりへと導く消滅の火。あれに呑まれれば、一瞬で昇華されよう。

「……ふん、無様ね」

 麻痺する体をそれでも動かし、手を伸ばす。

 願望を捨てて――いや、忘れているだけか――救いを得ようとする救済者。

 メルトは毒を使わず、しかし動きを留めようと近づいて。

 それより先に、左手が動いた。

「え――?」

 何が起きたのか、と把握する前に左手から飛び出したのは、それまで僕を戦わせてくれていたノートの泥。

 誰の指示を受けたでもなく動くそれは、まるでノートの最後の意思のようで。

「くっ、あ……!?」

 鎖と化した泥がキアラを捕え、拘束する。

 救いを封じ、絶対に苦痛から逃すまいと縛り上げる。

 BBを狂わせた張本人。自身を利用した黒幕。それを自身の意思で死なせてなるものかと。

 そしてその時、脳に直接響いてくる声のようなものを聴いた。

 それが、『聖者の選択(ロンギヌス)』の力の一つなのだと分かるまで、そう時間は掛からなかった。

 かの槍は真名開放により、任意に四つの力を発動する。

 秘跡を刃に変えた攻撃と同時に、もう一つ発現させた効果。

 一度だけ、啓示と呼ばれるスキルと同等の力を発揮する――声ならぬ声がその状況での最適を導き出した。

 果たしてそれは最適といえるのか。だが、啓示……上位たる存在の声だとすれば、納得もいく内容。

 或いは、自身たちの存在を利用し冒涜した、愚かしい成り上がりへの罰なのかもしれない。

 ならば従う。従って、口を開く。

「――道は遥か恋するオデット(ハッピーエンド・メルトアウト)

「あら……?」

 鎖はキアラを中心に、幾つにも分かれてその先端は周囲に転がっている。

 それら一つ一つの上に出現させるのは、剣であり、槍であり、絆だった。

 今までの戦いで、紡いできた絆。

 一斉に、突き立てる。鎖を留めて、自害という選択を喪失させる。

 そうしてここに――終わらない苦痛が完成された。

「グッドよハク。それに、貴女も。その意地くらいは、認めてあげる」

 ここまで、全てが計算されたような流れだった。

 メルトの決定の下で戦況が動いていたかの如き完璧さ。

 サラスヴァティーは流れるものを司る。もしかすると、この戦いの“流れ”をも、彼女は決定できるのかもしれない。

「さあ。キアラ、まだ打つ手はあるかしら。なんなら、付き合ってあげてもいいわよ?」

 メルトの余裕が崩れることはない。

 この戦いにおいてメルトの圧倒的優勢は絶対であり、キアラには一縷の勝機もありはしない。

 他ならぬメルトがそう確信している。

「……とのことだ。まだ可能性は残っているぞ、キアラ。往生際の悪さ、見せてみるか?」

「――か、ふ――――ァ、ッ!」

 喉を枯らしながらも苦痛を訴えるキアラは、アンデルセンの言葉に返せない。

 歩み寄るアンデルセンに目も向けることができないらしい。

 火は広がる。月の裏側が徐々に崩壊していく中で、暫くの後、メルトが口を開く。

「ハク。貴方の持ってる二つのプログラム。白融で間違いないわね」

「え――ああ」

 カレンから渡されたもの。そして、ノートが最後に渡してきたもの。

 互いが拒絶反応を示しているが、時間の経過と共に弱まってきている。

 これは間違いなく白融。ムーンセルを絶対とする、究極の守り。

 それなら、とメルトは事象選択樹に目を向ける。

「ムーンセルに接続して。そろそろ終わらせましょう」

 それで、事件は収束。なんの否定も生まれない。頷いて、足を進める。

 ボロボロになった体は、それこそ歩くだけで精一杯だった。

 だが、ムーンセルへの接続くらいならば出来る。事象選択樹の真下へと歩いていく。

 未だ悶えるキアラの横を通り抜けようとしたとき。

「――――――――ぁぁぁああああっ!」

「ッ――!?」

 今までの叫びとは違う。明確な攻撃色を示した声は、此方に向けられている。

 咄嗟に目を向けると、手に巻かれた鎖を引き千切ったキアラが欲の塊をその手に纏わせていた。

 憤怒の眼をもって敵を見据え、殺意を撃ち放つ。

 心臓目掛けて、真っ直ぐに、魔弾は走ってくる――!




・全編通して戦闘は苦戦←よくある
・最後まで俺TUEEな蹂躙タイム←よくある
・最後だけ苦戦←よくある
・最後だけ俺TUEEな蹂躙タイム←みない

メルトが楽しそう。
本当ならムーンセルによる自然消滅までいたぶりたかったのですが、他のマスターたちが戦っている関係でメルトは仕方なく戦いを終わらせようとしています。
しかしハクに向かわせたのはその様を最後まで見ていたいからです。駄目だこいつ。
……本当、こんな最終決戦で良いのでしょうか。

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