なめて周回用パーティで突撃してエヌマられたバカはここです。
さて、今回は色々、重要な事柄が判明します、どうぞ。
白融から、その宝具の、その英霊の知識が伝わってくる。
それは、英霊の最期という心象風景を攻撃的に解釈した固有結界の亜種。
――ああ、そういうことだったのか。
僕というバグが誕生するより以前。西欧財閥によって宇宙開拓が禁止されるより以前。
宇宙開発に特に力を入れている国が、偉業の先陣を切った。
生物を乗せての、地球軌道の周回。
その後の発展に大きく関係する出来事は、見事成功を果たした。
初めからその生物を生きて帰すつもりはない。ただ生きて宇宙へと飛ぶことだけが、その存在に与えられた使命だった。
だが、そんな理不尽を許容できようか。少なくともその存在は許容できず、足掻いた。
足掻きと祈りは届かず――その命は果てた。
ながら、天でも神でもないところから、救いの手は齎されたのだ。
無論、そんな事実は世界に広まってはいない。
世界に広がるその名の逸話は、初めて地球軌道を周った命ということだけ。
命が消える直前、その生命の強烈な生への執着を“感情”として拾った存在がある。
ムーンセルだ。
その後間もなく、その命は役目を終えた。しかし、ムーンセルに一瞬アクセスした命は、ただ望んだ。
生きたい、と。
故にこそ、ムーンセルは許諾した。自身と契約し、その命に安らぎを与えると。
自分の死後を月に売り渡したことで、ようやくその生命は安寧を得たのだ。
その生命が持った信仰は以降、ムーンセルによって使役されている。
自らは英霊としては扱われない。そもそもその生命は、人ではないから。
戦闘能力もない。その存在がサーヴァントとして持つのは、宇宙から地球を見た観測者としての力。
月の裏側の事件に登用された、観測の目――それこそ宝具『
ムーンセル内において異例の事態が発生した際、第三者として観測するための目だ。
先程発動された宝具は、その存在の肉体が死んだ情景の具現、『
世界中に伝えられた“彼女”の死は、毒による安楽死。
しかし実際は、宇宙船内の過熱が死因。それこそ彼女にとっては火の海に等しい地獄に思えたのだろう。
宇宙開発の偉大な一歩となった、英霊ならぬ英霊。
その後、西欧財閥によって封鎖される宇宙の海に最初に出航した船の長。
――ライカ。
二十世紀半ば、ソ連によって旅立った宇宙犬。
前人未踏の冒険の実行者として選ばれた、最も優れた命。
かくしてカレンに組み込まれた英霊として、
その先に報酬など何一つなく。
生前と同じくシステムとして使い捨てられた命が何を思ったか。
思考の一切は、伝わってこない。ライカという英霊は、既に白融から切り離されてしまったのだから。
しかし、彼女が自分の意思で命と引き換えの宝具を解いたのならば、それはもう役目を終えるべきと判断したからだ。
最後までそれが、与えられた役目に従っていただけなのか。それとも、もう終えてもいいと思ったからなのか。
その答えを知る者は、誰一人存在しない。
炎上する迷宮。
オブザーバーのサーヴァントとしての補正が、その炎には掛かっているらしい。
観測者がすすんでその役目を終える瞬間。それは即ち、観測を終了すべきと判断した瞬間。
観測対象の強制終了。それがこの宝具の受け持つ役割。
ただの炎ではない。時間経過によって迷宮が消滅していく。
キアラのやろうとしていることを強制的に終わらせようとしているように、崩壊が始まる。
これほどに大きな異変が起きてしまっては、ムーンセルが月の裏側に気付く可能性もある。
その瞬間が、キアラにとっての終わり。速やかに彼女は不正データとして処理されるだろう。
どうやら、この炎が刃となる対象は敵対している者のみ。傍に炎があるのに熱さを感じないのが、その証左だ。
だが……拙い。キアラが不正データとして処理されれば、即座にこの事件も終結する。
しかしそれでは、皆もまた同じく抹消される可能性も高い。
この炎が味方している内に、決着を付けることこそが最善の策だ。
「――……はぁ、はぁ……!」
「っ、ノート!」
泥から離れ、落ちたノート。
傷を隠していた宝具も消え去り、その華奢な体には斜め一閃の大きな切り傷が走っている。
一糸纏わない白い肌を染める赤い血と黒いノイズは彼女の残り時間の少なさを如実に物語る。
如何なる回復も間に合うまい。
駆け寄ろうにも、そう出来ない要員が大きすぎる。
キアラに加えてフンババがいる以上、考えなしに動くことは自殺行為だ。
「……どうしましょう」
ノートの様子と、炎上する周辺。そして事象選択樹に刺さった矢を順に見て、困ったようにキアラは呟いた。
「神々への供物が脱出してしまうとは……もうこれでは使い物にならないでしょうし。こうなると分かっていれば、ローズマリーの肉体も残しておいたのですが」
「――――ッ」
嘆息しつつのキアラの言に、握る拳の力が強まる。
ただの道具としか考えていないのは分かっているものの、やはり平然と言い放たれるのは許しがたい。
「まあ、限界まで使ってから考えましょうか。どうせなら、他の階や迷宮の外から拾って来ればいい。アルタ―エゴはまだいますし、BBも生きているようですからね」
そんな、激情を煽る物言いと共に、キアラはノートの髪を掴んで引っ張り上げようとする。
それを止めるべく、この距離を詰められる宝具を探ろうとした瞬間だった。
「……夜」
「え?」
「夜、が……嫌いなんです」
声を掠れさせながら、ノートは口を動かしている。
脈絡もなく、ただ最後に伝えたいことを伝えるための言葉に、耳を傾ける。
「私は最初に作られた。BBがサクラの名を捨てたとき、私はその名を与えられました。この事件の象徴、
それは、初めて聞く事柄だった。
桜から分かれたBBは、アルタ―エゴを順に作った。
その中でノートは最初に作られ、母の名を与えられた。
夜の桜。それはBBの事件に対する決意なのかもしれない。
「だけど私は、夜が好きになれず、黒が嫌い――私という存在が、BBの罪悪感の具現だから」
BBは、自身の黒を許容できなかった。自身が織りなす夜を許容できなかった。
それが無意識のうちに、ノートに嫌いなものという性質を与えたのか。
「だから、こそ。私は……ノートと名乗る。BBが良い道に進んでくれるよう。BBが、誤った過去を決して繰り返さないよう」
「……末期の言葉とは、哀れなものです。困りました、私もそんなモノを生かしておく程非情じゃありませんし……良いでしょう、その苦痛、今すぐ終わらせて差し上げます」
生命力を刻一刻と擦り減らしながら言葉を紡ぐノートの首に、キアラの手が掛けられる。
だが、
「――これは、嫌い、なのですが」
「ッ――――!!」
その手が生命を終わらせることなく、キアラはその場から退避した。
広がる闇。夜の刃。深淵の無。
全ての色を覆い尽くす黒は、ノートの傘――であったものから広がっていた。
それは、異形としか言えない剣だった。
柄と思える部分から離れて浮く刀身らしきものはゆっくりと回転し、周囲の闇を御している。
鍔は砂時計を思わせる形状だ。碾き臼のように互い違いに回転し闇を増幅させる役目を持っているらしい。
そんな異形はまるで、剣という概念が生まれるより先に作られたようで、その予感を助長させるように圧倒的な神秘が伝わってくる。
間違いなく、それはEXランクに位置する宝具。ノートが持つ、女神の泥とは別に最大宝具。
「くっ……その人形を潰しなさい、フンババ!」
闇を広げるノートを討つべく、巨人がその手を伸ばす。
「……貴方も、間が悪い」
消えかけた虚ろな眼が、巨人に向けられる。
巨人の手を躱し、懐へと飛び込んだノートは、手を振るい、
「私の傑作の大本は、貴方を殺した王の斧なのですよ」
いつの間にか持っていた、“お気に入り”たる斧によって巨人の首を断っていた。
その斧は、ノートが体に馴染ませた僅かな泥に収納していたものなのだろう。
しかし限界を迎えたらしく、振り抜いた勢いそのままに斧を握った左手は体から離れ、黒い粒子となって消えた。
そんなことは気にもせず、頭を失くし倒れる巨人の体を蹴ってノートは此方に跳んでくる。
「っと」
「……っ」
受け止めたその体は、かつてのヴァイオレットの如く軽かった。
力なく、しかし残った右手は異形の剣を離さない。
「……初めて、センパイに触れましたけれど……やはり、温かいのですね」
崩れ落ちそうになる体を支えると、ノートはその目に涙を浮かべながら笑う。
「困った、ものです。イナンナもエレシュキガルも、私の嫌悪も知らずに神々を招き入れるんですもの」
自嘲するノートが口にした二柱の女神は、ノートに組み込まれたものだろうか。
確信までには至らず、ノート自身も説明することはない。
「ありがとうございました。じゃあ、行ってきますね」
「え……?」
「私だって、少しはセンパイのお手伝いを、出来るんですよ」
最後に何か、僕の手に術式をおいて、ノートはふらふらと離れ、歩いていく。
その背に何も、声を掛けることができない。
ただキアラに向かっていく彼女を見送ることこそを――ノートは望んでいると感じたから。
「……その死に体で、何が出来るのです」
「手と口さえあれば、これを解くくらいは出来ます。貴女の欲望の断絶、その引き金を引くくらいは、ね」
「そうですか。では腕を折り、口を裂くとしましょう。それに匹敵する神の力も、私は備えていますわ」
キアラは余裕を崩さない。
これほどにイレギュラーが発生してなお、勝利を確信している。
その絶対を崩すのならば、更なるイレギュラーが起きるより他にない。
『――――最上位命令が発令されました。繰り返します。最上位命令が発令されました』
「なっ……今度はなんです!?」
「どうやらムーンセルが何かやらかしたらしい。恐らく今しがたの斬撃が原因だろうよ。どうしたキアラ、慈悲とやらで固めた化粧が剥がれているぞ!」
自身に発生した異変に気付くまで、そう時間は掛からなかった。
ムーンセルによる何らかの強制が働いている。
それは僕だけでなく、キアラも同じらしい。
『ムーンセルはこれより命令に従、い、ランダム、な、転……』
「これは……?」
今までこのようなことは起きたことがない。
機械的なムーンセルの音声にノイズが走っている。しかしその強制自体は、しっかりと進行している。
「どうやらお前とアイツ、二人による最終決戦と相成るらしいな。粋な計らいじゃあないか、キアラ?」
「っ、少し黙っていなさいアンデルセン! 私とハクトさんの、決戦ですって……?」
どういうことかは分からないが、予測される事態は一つ。
ムーンセルによってこれから転移が始まり、その場所で僕はまた、キアラと戦うことになる。
「そう……そういうこと」
その全てに納得がいったように、ノートは頷いた。
と、同時に剣の回転が速度を増す。より闇は深く、広く、濃くなっていく。
「では、アナタの策に乗るとしましょう。最後まで私は、利用されるのですね。ふふ、それはそれで……」
「ノー、ト……?」
「健闘を、センパイ。私の助力、無駄にしてはダメですよ?」
その体が闇に呑まれ、見えなくなる。
キアラの動揺がなければ、ここまで広がるより先にその首を打つことが出来ただろう。
だが今の隙に乗じるように、ノートは最後の攻撃に打って出た。
「目覚めなさい、
闇の中から、ノートの声だけが聞こえる。
闇の中心は球状になり、ブラックホールが如き絶対性を感じずにはいられない。
何なのかを察したのだろう。その闇から逃れるようにアンデルセンは歩いて離れていく。
これはきっと、ノートの生涯最後の宝具使用。そして、その最後を僕は見届けることが出来ない。
だが、いや――だからこそ、それを無駄には出来ない。
彼女が命を賭すならば、全力で酬い、キアラに勝利することが、最大の返礼になるだろう。
「さあ、渦に呑まれ、無へと帰し……然らば冥界へと誘いましょう――
その剣の真名開放と同時に、中枢の景色が視界から消え去る。
もう、ノートに会うことはない。恐らく戻ってきたとき、その姿は既にないから。
悲しんではいられない。寧ろ、これで奮い立たなければノートに対して面目が立たないというものだ。
始めよう、最後の決戦を。これら全てを、終わらせるために。
これにてノートもとい、サクラ・ノートは退場となります。お疲れ様でした。
夜嫌い云々のくだりの伏線は傘の使用を嫌がる面もそうですが、宝具蒐集家であるノートが唯一、ローズに『夜の帳』を貸し出した辺りにもあります。
また、カレンに組み込まれたサーヴァントはライカでした。宇宙犬です。
ぶっちゃけこれは予想不可能だと思います。
通常の英霊ではなく、EXTRAの無銘と同じ、ムーンセルと契約した守護者のような感じです。
え? フンババ? 慈悲はないです。