アルトリアさんが強いです。宝具の威力不足感が否めませんけど。
さて、エリちゃん回? です。どうぞ。GOではエリちゃん未だに来ません。
――そして、わたしは観測する。
彼らが去ってすぐの迷宮。残されたサーヴァントを。
「っ、あ――!」
『あらあら、どうしたのです。サーヴァントとは、この程度なのですか?』
エゴが放った拳は、正確無比にエリザベートの心臓を狙う。
どうにか槍で弾いたエリザベートは、しかし反撃に転じることはできない。
容赦のない踏み込みと連打。弾くエリザベートは防戦一方だ。
竜の血を持つ彼女は他のサーヴァントと一線を画す、強靭な耐久力を持っている。
だが、それをもってしても万全では防ぎきれないと確信しているのだろう。
「くっ、この……いつまでも守ってばかりじゃ、なくってよ!」
ようやく見つけた小さな隙を縫うように、エリザベートは槍を振るう。
これは不味い、そう判断したらしい。エゴは防御姿勢を取り――見事にそれを更に大きな隙とした。
エゴの首元を掠めた槍をそのまま振り切り、エゴに背を向けると同時に尾を叩き込む。
『――なるほど』
槍を防ぐために前に出していた腕を、尾に対する防御に使用する。
ここまで、エリザベートの作戦だったのだろう。
尾で相手の視界を防ぐことによって生まれた死角を正確に見抜き、槍を突き出す。
「そおれっ!」
防ぐ手段を持たないエゴは、それに貫かれて終わり――それが普通の終結。
しかし、
『見事。ですが、一手足りませんわ』
心臓目掛けて迫る槍を、膝を突き上げることで弾く。
勢いそのままに槍はエゴの肩の表面を裂き、槍に持っていかれるようにつんのめったエリザベートは、文字通り致命的な隙を晒す。
彼女の命運を救ったのは、尾を両手で防いだエゴの判断だった。
しっかりとした姿勢を取らずに放った拳は腹を強く抉ったが、大きな傷には至らない。
「く――はっ……!」
大きく後退し、エリザベートは膝を付く。
息を整えるのにそう時間は掛からないが、そんな余裕をエゴは当然与えない。
『ほら。防ぎきらないと、ハクトさんとの再会もままなりませんわ』
「ッ――――!」
安い挑発。それが必要ないほどに正確な拳が次々と叩き込まれる。
頭、心臓、首といった致命的な部位から、奪えば勝利が確定する腕、足までもを喰らおうと、蛇の如く拳は素早く襲い掛かる。
どうにか防いではいるものの、形勢の逆転は非常に難しい。
偶然か故意にか、エゴはエリザベートの肺に大きな負担を与えている。
大きく増幅された
防ぐばかりでは一向に形勢はエリザベートに傾かない。
ゆえに、彼女は別の選択に打って出た。
『おや――?』
「あ、ぐ……っ!」
エゴの右腕を、左腕で受け止める。
ミシリ、と砕けるような音が反撃の狼煙となる。
「こ、のぉ――!」
ようやく攻撃に使われた槍は、咄嗟に退避したエゴの脇腹を切り裂くだけに留まった。
決定打は与えられないまでも、ようやく生まれた余裕。
エリザベートは立ち上がり、息を整える。ながら左腕は力なく垂れ下がっていた。
「はあ……はあ……これで振り出しね」
『どうでしょう。片手で私の相手が出来ると? まあ……腕以上に厄介な尾があるようですが』
戦いが初期状態に戻った訳ではない。
エゴはさして障害にもならないだろう僅かな傷を二つ負ったのみ。
対してエリザベートは左手が使用不可能と言っても良い。
更に一撃受けている以上、既に彼女の消耗は大きいだろう。
「ふん。貴女如き、私が本気を出せば一瞬なんだから。精々今のうちに吠えてなさい。後で泣いて命乞いしても許さないわよ」
『あらあら。威勢はよろしいですね。では本気の貴女を相手できるよう、私も少し、上げていきますよ』
「……っ」
それを聞いてエリザベートは表情を苦くする。
僅かに後ずさる。槍を握る手が強くなり、小さな恐怖が観測できた。
「……やっぱり、一緒に行けば良かったかしら」
小さく、呟くような言葉は、彼女の掛け値なしの本心だったのだろう。
今更悔やんだところで何も変わらない。
目の前のエゴは決して自身を逃さない。それを分かっているからこその呟きなのかもしれない。
『では、覚悟してくださいな。心配せずとも、殺しはしません。その命は
「は……? それ、どういう意味よ」
『言葉の通り。あらゆる罪も、若さや美しさへの葛藤も忘れ、快楽に溺れるのです』
エリザベートは黙ってそれを聞く。
エゴの言葉はエリザベートの、生前から持っていた枷を断ち切るものだった。
『貴女が望む永遠を、私が与えましょう。私は貴女を拒みません。これ以上戦い苦しまずとも、望むならば貴女を楽園に招待しますわ』
戦いなど馬鹿げているとばかりの、思考を溶かすような言葉。
その何処かが――琴線に触れたようだ。
「……」
『さあ――』
「……、馬鹿じゃないの?」
明確な拒絶と怒りをもって、エリザベートはエゴの誘いを否定する。
「永遠の美と快楽、それはほんっっっっのちょっとだけ良いかもって思ったわ。でも、もう一つは論外」
絶対零度の如く冷たく、それでいて劫火の如く燃える眼差しでエゴを睥睨しながらも、否定は続く。
「死を偽装してこそこそ隠れてた貴女は知らないでしょうけどね。私、自分の罪と向き合うって決めたの。そんな決心を崩しにかかるなんて、そんな権利貴女には存在しないわ」
いいえ、と首を横に振る。
その決心は微塵も揺らいでいない。
きっとそれは、この月の裏側で誰かとの関わりによって芽生えたものなのだろう。
「誰であろうと否定はさせない。たとえハクトでもね。あ、もしかすると、ちょっと悩んじゃうかもだけど……」
『……そう、ですか』
まあ、仕方ないとエゴは嘆息する。
誘いに乗れば御の字。乗らなくても、それはそれでいい。
それならば叩きのめしてからだ――そうエゴは結論付けたようだ。
『それでは多少強引にでも、楽園に招きましょう。一度踏み入れれば、拒む気などなくなりますわ』
「やってみなさいよ。片手だろうと貴女程度に遅れは取らないわ」
同時に構える。
槍と拳。そのリーチは大幅に異なる。
槍の間合いならば、拳ではどんな使い手だろうとリーチが足りない。
拳が届く程度に近付かれては、槍では碌に戦えない。
即ち、近付かれる前に槍が貫くか、槍の餌食になる前に懐にまで迫るかで戦いは決まる。
両者同等の状態ならば、どちらにも勝機はあっただろう。だが、既に拮抗は破れている。
エリザベートは痛烈な二撃を受け、かなりのダメージを負っている。
痛覚によって動きは少なからず鈍る。であれば、次に戦場が動いた瞬間にはエリザベートが敗北しているだろう。
だが――偶然か必然か、その運命は崩された。
凄まじい勢いで迷宮を下りてきた、第三者によって。
「――ああ、あれに見えるは忌まわしい竜の娘! 如何とする、妻よ!」
「ヨーシ、助ケチャオウ。ランサー、ココデ戦ウヨ」
「心得た! おお天上の主よ、妻とこの身に慈悲を与え給え!」
膨大な魔力が迫ってくる。声がなくとも、二名は気付いていただろう。
ゆえに動くことが出来た。反応できなければ――少なくともエゴは消滅していたに違いない。
「いざ受けよ、
エリザベートの耳元を掠め、言葉の主から投擲された槍が突き抜けていく。
それまでエゴの心臓があった場所を正確に通り、その先の床に槍は刺さった。
そして、続けて通り抜ける――というより、滑空するように宙からそれは落ちてくる。
「ぬうん!」
「着地、成功ー。流石ランサーダネ」
血に塗れた黒鎧を纏い、襤褸切れのようなマントを羽織ったサーヴァント。
残忍に微笑みを浮かべたまま、床に刺さった槍を引き抜く。
豪快かつ傲岸なまでの挙止だが、その肩に乗せた痩躯のマスターが落ちないように配慮をしている。
彼らは、旧校舎において何度もその姿を確認している。
ランサー――ヴラド三世とそのマスター、ムーンセル登録名・ランルー君。
『な……なんですか貴女たちは?』
「何、とは無粋な。この身は妻のためにある。妻が望んだためにこの場に馳せ参じたまでよ」
しかしながらヴラドのその姿には、多少差異があった。
白かった肌は余計に白みを増し、目は邪悪な黒と赤に染まっている。
まるで、人であった種族そのものに手を出し、変えてしまったような。
――いや、変えてはいないのだろう。
ヴラド三世は保有スキル、無辜の怪物によって存在そのものを捻じ曲げられている。
後世のヴラドに対する間違った解釈によって、その体は
恐らくこの体は、その侵食の濃度を増したもの。
より信仰によるドラキュラに近くなっている、ということか。
「この謝肉祭、我らも混ぜてもらおうか。良いな、竜の娘」
「へ? ……あ、ええ。良いわよ。貴族たるものパーティは寛大に盛大に開かなきゃ。少し風体が小汚いけど、今回は特別よ」
「うむうむ。その傲岸、実に良し。では妻よ、共に踊ろうではないか!」
「リョウカーイ。キチントエスコートシテヨ、ランサー」
彼らの意図を理解したのか、エリザベートは再び捕食者の笑みを浮かべ、ヴラドたちの参戦を容認した。
三対一では分が悪い、と分かっているのだろうが、しかしエゴは下がらない。
『……良いでしょう。三人だろうと遅れを取るつもりはございません。詠天流の境地、ご披露しましょう』
まったく恐れず、エゴは構えなおす。
だが、ヴラドもエリザベートも動かない。
エリザベートは、新たに現れた二人の挙動が気になっているのだろう。チラチラと彼らを確認している。
ではヴラドは。
――笑いながら、ランルー君を肩から下ろした。
「ジャア、ランルー君モ頑張ルカラ、ランサーモ頑張ッテネ」
「応とも妻よ! 妻のためならばこの身、この血に宿る呪詛、全てを認めてやろう!」
至極愉快そうに、唯一無二の朋友を迎えるように、ヴラドは禁忌の紐を解いた。
それを隙と見たのかエゴがヴラドに向かう。
しかし、エリザベートの槍によってその拳は届くことなく切り払われる。
『ッ』
「アンタのやろうとしてること、分かったわ。さっさとやっちゃいなさい! そんなに時間は稼いであげないわよ!」
エリザベートの言葉に、ヴラドは答えない。
ただ慶びに打ち震えるように呵呵大笑しながら、迷宮中に轟かん叫びをもって宣言する。
「さあこの身、存分に喰らうがいい。我は
それは、ヴラドがこれまで持っていた究極宝具だった。
『
自身を変貌させる宝具。いや――このヴラド三世に限っては、正しい在り方へと回帰する宝具。
発動された宝具の影響は、すぐに現れた。
顔つきはより白く。牙はより鋭く。そして、存在そのものの濃度をより強く。
「お、おお、お――――」
まず始めに、彼が持っていた決して外すことのできないスキル、無辜の怪物が消滅する。
更に信仰の加護が消え、交換するように新たにスキルが追加された。
狂化、変化、怪力、吸血、魅了。とある系譜のスキルの数々。
この宝具の力は単純明快――その身を
「……ランサー?」
「…………ぬ、う。問題ない、妻よ……てっきり禁忌だと思っていたが、存外落ち着いておるわ」
口伝によって広まった、ドラキュラ伝説。
当然ながらヴラド三世が血を啜っていた訳でも、暗がりで暮らしていた訳でもない。
ゆえの無辜の怪物だ。しかし、自身の怪物性を認めたことで無辜は消え去り、今ヴラドはその力の全てを振るえる状態になっている。
真実、ステータスは引き上がっている。
圧倒的な力を与えるこの宝具だが、メリットばかりではない。
「さて。その弱々しい体で、貴様はオレを倒せるか」
『……正直、難しいですね。ですがその宝具こそ万能ではありません。聖印に造詣はありませんが、聖なる文言には覚えがありますわ』
そう、この宝具によって吸血鬼に変われば、大きな弱点が生まれる。
一般的に吸血鬼を殺す手段、それら全てが弱点となるのだ。
太陽、杭、銀、流水――そして聖印などの信仰。
エゴが持つという言葉は聖印とは性質が違う。
だが十分に効果は持つだろう。
「――だったら、聞かなきゃ良いんでしょ。その耳、塞いであげるわ――カモン、マイ宝具、
そんなヴラドに軽口を聞きながら、エリザベートは槍で床を叩く。
エリザベートの号令に応える代わりに地鳴りを起こしながら、迷宮の引き口たる十四階への階段前を塞ぐ巨大な城が現れる。
かつて多くの乙女が命を散らした城は怨嗟と絶望の悲鳴を響かせる。
「ここまで来て背中を見せはしないわよね、血塗れ
皮肉るような言葉に、ヴラドは鼻を鳴らす。
「血の伯爵夫人如きが、なんと不遜な。だが赦そう。中々に良きオーケストラである。さあ始めようではないか、実に心躍る!」
槍を振り回しながら、ヴラドはエゴに突っ込む。
回避、反撃。それをヴラドは正面から受け、気にもせず二撃目を振るう。
当然エリザベートも続く。だが、その前にこの場の誰にも聞こえないほど小さい声で。
「…………なんだろ。今日の貴女たちの悲鳴、あんまし気持ち良くないわね」
その後は特に気に留めず、エリザベートは再び戦いへと戻る。
戦いは続く。だがその帰結は既に決したと見て良いだろう。
二人の竜の子――完璧な相性の組み合わせに、たかが一つのエゴが勝てよう筈もない。
ランルー君:十五階
エリザベートと共闘、キアラ・エゴと対峙。
『
多少効果というか、発動による変貌の仕方は違いますが。
次回は多分、迷宮も終盤です。多分。