Fate/Meltout   作:けっぺん

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突き指って二日も痛み続くものだっけ
小指超痛い


二十二話『ありすのおちゃかい』

 

 

 踊るように、素早く鋭い攻撃をするメルトだが、それは一撃たりともありす達に届かない。

 キャスターのクラスに相応しい、数々の魔術を武器に戦うのは分かる。

 だが、それはサーヴァントに限っての話だと思っていた。

 マスターと二人で魔術を使われては、余りにも相手の手数が多すぎて攻撃が届かないのだ。

「追いかけたくなっちゃうよね。ウサギとか!」

「こんがりおいしくしてあげるね!」

 吹雪と火炎が同時に襲い来る。

 メルトはそれを衝撃波で払いながら次なる一撃を与える機会を探る。

「お姉ちゃん、避けるの上手だね!」

「こんなものじゃ話にならないわ!」

「それなら、アレをやりましょう、あたし(ありす)!」

「分かったわ、あたし(アリス)!」

 ありす達が鏡のように対照的に右手を、左手を前に出す。

「きらきらきらめくお星様!」

「一体あなたはどちら様?」

 物語を紡ぐような詠唱で、新たな魔術が発動される。

 綺麗な光の矢が無数、メルト目掛けて放たれる。

 踊るように回避するメルトを、寧ろ少女達は楽しみながら眺めていた。

 きゃっきゃとはしゃぐ二人は年相応の姿だが、メルトを狙う矢を放っているのはほかでもない彼女達である。

「お姉ちゃんダンスも上手!」

「いつまで逃げ切れるかしら?」

 っと、何もしないわけにもいかない。

 ともかくメルトのサポートをしなければ。

shock(16)(弾丸)!」

 ありすに弾丸を放つと、二人は一旦離れて回避する。

 矢の連射が収まり、メルトが此方に戻ってくる。

「ありがと、ハク」

「メルト、気をつけて。あの子達、思ったより強敵だよ」

「ふふ、お兄ちゃん。もっともっと遊びましょう」

「遊びましょ!」

 黒いありすが放つ弾丸を避け、メルトが接近する。

 その接近に合わせてコードキャストを使用する。

gain_agi(16)(敏捷強化)!」

 突然に加速したメルトに、ありすは反応できない。

「あ……」

 一瞬の斬撃に反応できず、黒いありすは腹から真っ二つに裂かれた。

 勝敗は決した、と思ったものの、目の前の少女は何ら動揺した雰囲気はない。

 寧ろ、まだ嬉々とこの戦い(あそび)を愉しんでいるような。

「ずっと、ずーっと遊ぶの。あたし(ありす)も、あたし(アリス)も――!」

 ありすの詠唱で発生した光が倒れた黒いありすを包み込む。

「一体何を――」

「ッハク!」

 その瞬間、ありすから流れ出す大きな魔力は、僕でも感じ取ることが出来た。

 

『add_revive()』『release_mgi(a)』

 

 二連続で使用されたコードキャストの内容は分からないが、その内一つは僕とメルトに衝撃を与え、動きを完全に制止させた。

 そして光が治まったとき、二人のありすは無傷のまま立っていた。

「一体どういう……」

「瞬間的な蘇生術式と攻撃術式の同時使用ね。並の魔術師には到底不可能な事よ」

 メルトの説明に驚愕する。

 攻撃術式はともかくとして、蘇生術式は恐らく最上位のコードキャストだ。

 そんな代物を他のコードキャストと併用できるありすは、やはり見た目に反してかなりの実力を持っている。

 サイバーゴーストゆえの、半永久的に魔力を使用できる特性も相まっている。

 二人のありす、どちらもコードキャストを自由に使えるとなればこのままではジリ貧だ。

 同時に二人を倒さない限り、勝つ事は出来ないのだろうか。

『さぁ、次の遊びは何かしら?』

 白いありすと黒いありすは、手を合わせて同時に言い放つ。

 その言葉は遊びの転換、即ち新たな魔術の使用の兆し――

「リジー・ボーデン斧取った!」

「お母さんを四十回!」

「リジー・ボーデン気がついた!」

「お父さんは四十一回!」

 新たに紡がれた物語が具現化した事象に目を見開く。

 宙に浮いた数十はあるか、という程の斧の群れ。

「……アレはまずいわね」

 メルトの言葉に同意する。

 一気に襲ってくるタイプのものだとしたら、あれを避けきるのは無理だ。

 しかし考えている間に、案の定多数の斧が回転しながら迫ってくる。

「撃ち落せるか――shock(16)(弾丸)!」

 放った弾丸は斧の一本に命中し、それを消滅させた。

 だが、あまりにも数が多すぎる。

 メルトの衝撃波一撃で落とせる斧も精々三つ程度が限界。

 後は動きを見て避けるしかない。

あたし(アリス)、全部避けられちゃうわ」

「安心してあたし(ありす)。それなら次の遊びがあるじゃない」

 しばらく避け続けていると、この攻撃手段を諦めたのか、ありす達が構えを解く。

 すると斧が一斉に消滅し、しかしありす達の口元は未だ笑みを浮かべている。

「金と銀は?」

「盗まれちゃうわ!」

 新たな詠唱。

 メルトがそれを止めようとするが、まるで水流の様な魔力の流れが発生しており、前進が出来ないほどになっている。

「針とピンなら?」

「折れちゃうわ!」

 弾丸を放ってみるも、それはありす達に届く前に霧散してしまった。

「木と粘土なら?」

「流されちゃうわ!」

 同じようなやり取りをする二人に、何か違和感を覚える。

 此方を油断させておいて突然攻撃に転じるような――

 その瞬間、背筋を悪寒が襲う。

「メルト、その場を離れて!」

「ッ!」

「丈夫な石なら?」

「そうしましょう!」

 詠唱を完成させた途端、メルトが()()場所に巨岩が落ちてきた。

「あらら、また避けられちゃった」

「凄いわね、お姉ちゃん」

 メルトが此方に戻ってくる。

「……間一髪ね。助かったわ、ハク」

 あの詠唱と魔術、一体何通りあるのだろうか。

 ともかく、この圧倒的不利な状況を覆す一手を考えなければならない。

「メルト、何か策はないか?」

「……そうね。少し試してみましょうか」

 メルトが前に飛び、一回転して着地する。

「ハク、テンポを上げるわ――許されぬヒラリオン」

 短く告げ、メルトを覆う魔力が変異する。

「あら怖い。泥棒猫の目だわ」

「あら怖い。泥棒猫は退治しなくちゃ」

 ありす達が新たな詠唱を謳おうとする前に、メルトの一撃が叩き込まれる。

「――」

 黒いありすがその場に蹲る。

 明らかに致命傷、だがありすには蘇生のコードキャストがある。

「油断したわね、人形さん。陽動にまんまと引っかかったわ」

「え?」

 ありすは、先ほどの様にコードキャストを発動させようとしない。

「あの子達が見ているのは夢。同じ夢はもう二度と戻ってこない。つまり――」

「使った技術は、二度と振るえない?」

 メルトが頷く。

 特殊すぎるマスターとサーヴァントに課せられた、最大の欠点。

 もう二度と、同じコードキャスト、同じ魔術は使用できない。

 だからこそ、彼女達は多くの魔術を持っていたのだろう。

 復活が出来なくなった今、今度こそ勝敗は決した。

あ、たし(あ、りす)……」

「うん。やりましょう。お茶会の時間よ、あたし(アリス)

「そう、よ、あたし(ありす)。このお兄ちゃんも、永遠に、閉じ込めるの」

 黒いありすが立ち上がる。

 片方に傷が出来、鏡ではなくなった二人が並んで立つ。

「まさか――」

「……発動を許したわね」

 二人の少女を中心に逆巻く魔力は勢いを増し、メルトや僕の介入を許さない。

 二人の間に出現した魔力の塊、それこそが彼女達の真髄。

 

 ――超えて、超えて、虹色草原。白黒マス目の王様ゲーム。

 

 魔力の塊が空へと消え、次の瞬間、展開される。

 キング、クイーン、ジャック。

 トランプを連想させるファンシーなマークが無数に浮く世界。

 

 ――走って、走って、鏡の迷宮。みじめなウサギは、サヨナラね!

 

 ありすの心を鏡の様に映す固有結界。

 キャスターにして、ありすにして、彼女達の世界の全て。

 この幻想的な世界こそ、『永久機関・少女帝国(クイーンズ・グラスゲーム)』、彼女の宝具に他ならない。

「さぁ、ようこそ、アリスのお茶会へ!」

「フフ……ウフフ……アハハハハ!」

 物語は永久に続く。

 か細い指を一頁目に戻すように。

 あるいは二巻目を手に取るように。

 その読み手が、現実を拒み続けるかぎり。

「これは……」

 全てが、始まりに戻った。

 ありす達の傷は癒え、魔力が、ページが始まりへと還る。

 いや、戻ったわけではない。

「ッ……」

 二巻目に入ったのだ。

 読み手(ありす)だけは始まりへと戻り、登場人物(ぼくたち)は、ありす達が負った傷の全てを肩代わりしていた。

 傷が移るわけではなく、受けた傷が疲労となったように、行動を、思考を阻害している。

「ハク……まだ、いける?」

 そのダメージはメルトも変わらないようだ。

 傷は二分割されたようで、どちらも致命傷には至らないが、精神に重圧が掛かった感覚はいい気分ではない。

「大丈夫だ……ただ、早く決めないと」

 ありす達の状態を始まりへと還すこの宝具がある以上、もう一度これが発動する前に決着をつける必要がある。

「うふふ、お兄ちゃん。これでまだまだ遊べるね」

「お願いだから、まだまだ終らないでね」

 そう言いながら二人の少女は手を前に出し、次の瞬間光の矢が放たれた。

 今の状態では回避は敵わないが、コードキャストは問題なく使える。

 モラトリアムで発見した新たなコード、今はそれに頼るしかない。

「メルト、そこを動かないで――shield_mgi(16)(防御)!」

 僕とメルトを護る様に展開した盾が数多の矢を受け止める。

 修得したばかりであまり強度も高くないが、矢を受け切るのには十分だったようだ。

 次にありす達が展開した斧も受けるのは不可能ではなかった。

 しかし、圧倒的な物量に、さすがに耐え切れず盾に罅が入る。

「っ、gain_con(16)(耐久強化)!」

 盾の耐久性を強化させ、何とか斧の攻撃を防ぎきった。

「……今までの遊びは通用しないみたいよ、あたし(アリス)

「それならお友達も呼べばいいわ、あたし(ありす)

 どこまでも無邪気に言う二人に戦慄する。

 彼女らのいうお友達、それに該当する圧倒的な存在を思い浮かべたその瞬間には、召喚者を護るように巨大な怪物が立ちふさがっていた。

 初期の頃、バーサーカーと錯覚した怪物、ジャバウォック。

 そして少女の戯れは終らない。

『あなたのお名前はなあに?』

 少女によって塗り替えられた世界が、更にその上から塗り重ねられていく。

 黒と白。

 あらゆるものの名前を忘却する死の森。

 アリーナで散々苦労させられた固有結界、名無しの森。

 取り込まれると同時に、自分の、サーヴァントの、目の前の少女の、そして怪物の名前が消え去っていく。

 しかし動揺している場合ではない。

 名前がなくなっても怪物の戦闘力は衰えてはいない筈だ。

 あの怪物が襲ってくる前に、この結界を解除する必要がある。

 念のために腕に残しておいた油性マジックで書かれた文字。

 というか、まだ残っていたのか、フランシスコよ。

 前回のあの失敗は覚えている。

 自分の名前は、フランシスコな方ではなく、こっちだ。

「僕の名前は――紫藤 白斗!」

 たったそれだけで、名無しの森は消失した。

「あらら、もう名無しの森も通用しないわ」

「ならやっぱりジャバウォックに頑張ってもらいましょう」

 ありす達が手を前に出すと、ジャバウォックがゆっくりと此方に歩み寄ってくる。

 もうヴォーパルの剣はない。

 今度こそ、万全な状態のジャバウォックを倒さなければならない。

「メルト、いける?」

「回避を主体にすればいけないこともないと思うけど、問題は……」

「うん、分かってる。ありす達は僕が相手をする」

 メルトがジャバウォックと戦っている間、ありす達がサポートをできないようにしないとならない。

「任せるわ、ハク。行くわよ!」

 それぞれ別々の方向に走る。

 メルトとジャバウォックがぶつかりあい、僕はありす達に向かい弾丸を放つ。

「お兄ちゃんはあたし達と遊んでくれるの?」

「面白いわ。遊びましょう!」

 炎が、氷が、風が襲い来る。

 盾を展開しながら弾丸を放ち、二人の意識を此方に向けさせる。

 その一方でメルトはジャバウォックと戦っている。

 力強い攻撃を上手く躱し、その隙を突いて攻撃するその戦況は有利なものに見えた。

 だが、ジャバウォックが耳を劈く程の方向を上げた事でその戦況が逆転した。

 元から高い攻撃性がさらに増し、ただ力任せの攻撃でもメルトの反撃を許さないほどの風圧を伴うものだ。

 アリスイーター、怪物ジャバウォックの本領。

「余所見をしている暇があるのかしら?」

「駄目だよ、お兄ちゃん!」

 だが此方もありす達の攻撃に集中しなければならない。

 メルトのサポートに向かえない以上、せめてありす達の意識をメルトに向けないようにしなければ。

「うふふ……とっておきの遊びをしましょう!」

「行くわよあたし(ありす)。あのお兄ちゃんとの遊びもお終いよ」

 とっておき。

 それを発動させるための詠唱が始まる。

「誰が駒鳥さんを殺したの?」

「誰が死んだのを見つけたの?」

「誰がその血を汲み出したの? 誰が死に装束を作ったの?」

「誰が墓穴を掘ったの? 誰が司祭を務めるの?」

 膨大な魔力二人のありすを覆う。

「誰が付き人を務めるの? 誰が松明運ぶの?」

「誰が喪主に立つの? 誰が棺を担ぐの?」

「誰が棺覆いを運ぶの? 誰が賛美歌歌うの?」

 魔力で作り上げられていく巨大な鎌。

 決戦場全体を範囲に出来るかとも思えるそれは到底少女に扱えるものではない。

 だがありすが作ったものである以上、決着を付けるのに相応しい魔術に違いない。

「誰が弔鐘を鳴らすの?」

 弾丸を放ってもありす達を覆う魔力がそれをかき消してしまう。

「空の上から全ての小鳥が、溜息ついたりすすり泣いたり」

「皆が聞いた。鳴り出す鐘を、かわいそうな駒鳥さんのお葬式の鐘を」

 詠唱が完成し、鎌に魔力が込められる。

 あれを振るえば、対軍宝具同等の威力となって決戦場を包むだろう。

「さあ、お終いよ、お兄ちゃん」

「――サヨナラね!」

 最早ここまで――そう思った瞬間、

 

「そうね、お終い。アナタ達の夢も、ね」

 

 二人の少女は貫かれた。




ありす達の詠唱はマザーグースから。
盾のコードは今後使う機会はあるのだろうか。

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