たった一ヶ月ですよ一ヶ月、余裕じゃないですか!
再延期? ありえへんありえへん! ……ありえへん。
ヴァイオレットと新たにパスが繋がる。
それは、この一時。僅かな間の契約だ。
サーヴァントの多重契約は決して不可能ではない。
聖杯戦争においても、二人分の魔力を賄う技量とその不正をクリアする手段があれば可能ではある。
だが、どちらの制約もこの空間では必要ない。
メルトの魔力供給は一時的に断絶している。恐らく、この空間と外部が完全に切り離されているためだろう。
ともなれば、今支払うべき魔力はヴァイオレットへのもののみ。
この場限りの多重契約。その繋がりを確認する。
「でも、どうして……?」
「どうしてとは? 私がこの場に来たことでしょうか。それとも、私が生きていることでしょうか」
ヴァイオレットの問いで、もう一度考える。
彼女がこの場に来たのは――凛によるものだろう。
しかし、どうして凛に従ったのかが分からない。
また、ヴァイオレットが生きてこの場にいるというのも理解ができない。
要するに、
「……どっちも、かな」
「……」
途端に呆れ顔になるヴァイオレット。
仕方ないといった風に溜息を吐き、首を振った。
「……まず、私が生きていることについてですが。これは遠坂 凛の手によるものです」
「凛の……」
「消える寸前、魔力の流れを停滞させる礼装に捕われました。消耗を刺激しないように魔力を込められ、ようやく活動できるほどにまで回復したのです」
魔力の流れを停滞させる礼装……それは、凛の部屋にあった鳥篭のことだろう。
凛はきっと、生徒会室から様子を見ていたのだ。
それでヴァイオレットの体の一部であった鳥が消滅する寸前、自室の礼装に転送した。
奇跡に近しい偶然だ。
或いは凛にとって有効な力を持った礼装なのかもしれないが、そんなものを所持していたこと。
そして、礼装に収まるほどの小さな容量になったヴァイオレットが、礼装発動まで消滅に耐えたこと。
彼女が、また元の力を得るにまで回復したこと。
「助けられた理由は至極勝手なものでしたが、それでも恩に変わりはありません。よって、此処で出るという形で返させてもらった。以上です」
話し終えたとばかりに、ヴァイオレットは彼方を見やる。
まだ聞きたいことはあるが、ともかく最低限の謎は解消したか。
「……じゃあ、手を貸してくれるのか?」
「はい。とはいえ、此処は権能が古の如く力を振るう女神の世界。加えて――」
瞬間、視界の端で何かが煌く。
それを正面に捉えたときには既に、すぐ近くにそれはいた。
――一本の繊維によって、束縛される形で。
「私の戦闘方法はメルトリリスとは違います。普段と同じでは困る」
水をそのまま浮かせたような、透明な魚。
捕らえたそれを寸断した繊維を腕に戻しつつ、ヴァイオレットは続ける。
「私を扱う、貴方の采配に期待します。マスター」
「……ああ」
とはいえ、何をすべきか。
この空間に来たはいいものの、何処へ行けばいいのかが分からない。
『――ハク、聞こえてる?』
「っ、メルト!?」
天上から聞こえてきた声。紛れもなくそれはメルトのものだ。
『そのまま、まっすぐ正面に向かって進んで。そうすれば、何かある筈だから」
「何か……?」
『そう、何か。そこは私でも、何があるか分からない空間。ただ一つ分かるのは、意識もなく支配しているだけだった女神が十全な力を振るえる場所よ』
これは、メルトの支配する空間ではない。
正真正銘、女神が支配する世界だ。
「……確かに。先程の弾丸がその証です。あれほどの神性の高さ、流石は女神といったところでしょうか」
『…………余裕そうだけど。貴女、なんとしてでもハクを守りなさい。何かあれば許さないわよ』
「そのつもりです。この任に就いた以上、私は全うしましょう。少なくとも戦闘及び護衛において、貴女に勝る自覚はありますが」
『そう。信用するわ。精々ハクの分まで苦しんで』
「……」
もう大体想像出来ていたが、やはりメルトは攻撃的だ。
対して、ヴァイオレットは敵を見るかのような眼で空を睨んでいる。
一応味方であるのだが。眼鏡に手を掛けながらヴァイオレットは、敵意だけでなく嫌悪感すら向けていた。
「……これに無駄な彩色を加えたのは貴女ですか」
『無駄って、中々に洒落ているじゃない。地味な貴女には良すぎる代物でしょ』
「余計です。これに割く力を他に回せば良いでしょうに」
どこまでも真面目なヴァイオレットは、メルトのそれを容認できないのだろう。
たかが眼鏡の事なのだろうが、そんな細かい点でも気にするのが彼女だ。
ならば一応フォローはしておくべきか。
「……だけど、ヴァイオレット。似合っているから、そのままで良いと思うよ」
「っ」
『……』
息を詰まらせたヴァイオレットは、驚愕の表情を此方に向ける。
暫く目を瞬かせて、こほんと一度咳払いをした。
「……そのままにしておきますよ。戻すのも力の無駄です。……それと」
その目を細めながら、睨んでくる。
「決めた相手がいるのならばそのような言動は控えてください。生産性がなく……相手に間違いを起こさせますから」
「え……?」
「分からないのであれば、後々自らのサーヴァントに罰されることです」
『口実を作ってくれたことは感謝するわ』
どうやらまたも、地雷を踏み抜いてしまったらしい。
そういったものを見抜く眼力は一体いつになれば開花するのだろうか。
『ともかく。万全の注意を払って頂戴。どれだけ手強い相手になるか、想像も出来ないから』
それ以降、再び世界を静寂が支配する。
メルトが話すべきことはもう終わったらしい。
後は僕たちが自分の目で確かめるしかない。
「……では、行きましょう。あまり時間がないのでしょう?」
「……ああ。そうだった」
忘れてはいけないことだ。もう、すぐに訪れるような時間。出来るだけ早く事を成した方が良いのだ。
「じゃあ、行こう、ヴァイオレット」
「はい。先導は任せます」
地面に生えた草を踏む感触はどこか新鮮だ。
幾らでも此処にいたいという感覚を捨て去る。
歩き出す――この先にある何かに向けて。
はっきり言って、ヴァイオレットの力は凄まじかった。
「ヴァイオレット、アレを!」
「承知しています――目を開きなさい」
十弱の魚群に向けて、ヴァイオレットが腕を振るう。
その腕に止まっていた『それ』が飛び出し、命令通りに目を開ける。
瞬間、魚群が全て停止した。
「ッ」
巨大な隙を逃さない。右腕を繊維化させた数百の鞭が、魚群を切り裂き無数の水滴に変化させた。
「戻りなさい」
再び目を瞑った『それ』が腕に止まる。
鶏を基盤にして、トカゲを掛け合わせたような姿。
雄鶏の腹に卵を作り、爬虫類に孵させるという特殊な孵化法で生まれるとされる魔獣、コカトリスだ。
ヴァイオレット自身や、彼女を構成する女神の一柱であるメドゥーサのそれには及ばないまでも、このコカトリスも石化の魔眼を所持している。
軽い対魔力を持っていれば簡単に防げる程度のランクだが、襲い掛かってくる魚の群れを止めるのならばこれで事足りる。
そして、ヴァイオレットの周囲に待機している複数の黒い犬。
ヘルハウンドという魔獣だ。その特性上、夜でなければ力が減るが、それでも強力な番犬となる。
――隙がない。
万全を期するというヴァイオレットらしい戦い方だ。
「外敵の排除手段でしょうが、どうも完成されすぎていますね」
「完成……?」
「此方を試すように、隙である場所を縫う軌道の弾丸です。まるで、この先に辿り着くに足る者かを確認しているかのような――」
ヴァイオレットが言葉の途中で口を止める。
見えてきた。
清澄にしてどこか退廃的な神殿の中でも、そこは特異を極めている。
三つの柱。それらは傷どころか苔すら生えておらず、淡い光を放っている。
近寄りがたい雰囲気は、その柱の正体を否が応にも証明している。
「……女神」
「そのようです。ああいった形で、封印されていたのですね」
レヴィアタン、アルテミス、そしてサラスヴァティー。
あの柱が、女神を封じているもの。
というよりも、あの柱は女神を守っているのか。
最上位の、掛け替えのない命を守るための盾。権能を守るための封印。
「この三つを、打ち崩す必要があります。そうして初めて、メルトリリスというサーヴァントに三つの権能を付加できる」
「解放して、認められないといけないか……」
女神は三柱。
三人の女神に認められるというのは当然、神話に匹敵せんばかりの試練となるだろう。
メルトのマスターという影響か。三つの柱のそれぞれから、声のない声が伝わってくる。
『――我、力を求める』
『――我、供する物を裁定す』
『――我、流るるままに』
それが、彼女たちが僕たちを認めるためのもの。
このうち、単純明快なものは唯一つ。向かって右側の柱だ。
力を求める――即ち、『我を力で抑えよ』ということだ。
柱を壊し、中に在る己を打ち倒せ。ある意味、最も覚悟していた条件だ。
「……ヴァイオレット、あの柱を壊せるかな」
「防御力が見えませんから、問題なしと言い切ることは出来ません。ゆえに、最大威力をぶつけます」
全ての魔獣を自身に戻し、次の手の一振りでヴァイオレットは天馬を呼び出す。
それは、ヴァイオレットが最も得意とする幻獣なのだろう。
「――
全身を繊維化させ、天馬に浸透させる。
能力を飛躍的に上昇させ、最上級の力を込めて突進する。
魔力を背後に放出してブーストしながら、出来る限り自身にも魔力を込めて。
凄まじい威力をそのまま柱にぶつけ、体が浮き上がる感覚に必死で耐える。
「ッ、なっ――――!?」
しかし、天馬は勢いそのままに弾き返された。
咄嗟に分体し、降り立ったヴァイオレットは吹き飛ぶ天馬を自身の体に戻す。
「……足りないようですね。今のが、私の最大威力です」
これ以上の火力を出すのは、僕には不可能だ。
いや、ランサーの宝具の模倣を使えば、或いは……
「しかし、一度ぶつかって分かりました。あれは最上位の盾。防御性能に関して、あれの上を行く宝具はないでしょう」
「っ……」
最上位の防御宝具……正しくは、それ相応の防御力を持っていると。
もしかするとランサーの宝具を以ってしても足りないのではないか。
そうなるともう、手段はない。
「……」
どうする……記憶には勝つ方法なんてない。
ならば、記憶にない箇所から探すしかない。
何か僕に、あの柱を打ち壊す方法はないか。
「……?」
探る。探る。探る。探る。
脳を。目を。胸を。腹を。右足を。左足を。右手を。左手、を――
「え……?」
何かが、引っかかった。
「どうしました?」
分からない。だが、ここに何かがある。
今まで感知していなかった。いや、存在すらしていなかった何か。
後付――増築されたファイル。内に何かを秘めた入れ物。
――構わない。可能性があるならば、それに頼る。その封を開けた瞬間。
「ッ――――――――――――――――!?」
「マスター!?」
頭に入り込んでくる、膨大な情報。
それは――百を超える“名”であり、形、大きさ、秘める力だった。
加えて、その入れ物の正体を知る。
これは、
「ッ……! ヴァイオレット……」
「……なんですか?」
「あれは、僕が壊す。その後の対処を、頼む」
「なっ……マスターにあれをどうにかできると!?」
「出来る。一つ、見つけた」
検索を掛ければ、すぐに一つを見出した。
「まさか、貴方……いえ、承りました。存分にその力、振るってください」
頷いて、見つけた一つに手を伸ばす。
内部から外界に出力。それに際して、体が耐えられるように身体強化を掛ける。
問題はない。在るべき形に戻すというだけの作業は、滞りなく完了する――!
「――――これは」
上げた左手には、一本の大剣が出現していた。
無骨に見えつつも、確かな仕上がりに纏まったシンプルな形状。
その大きさは三メートルを超える。だが、ぴったりと体にフィットしているように軽く感じた。
感じ取れる、圧倒的な魔力。紛れもなくそれは、宝具の一振り。
体が最適化される。仮初の英雄が、身に宿る。
――力を貸してくれ。全てを終わらせる礎として、貴方という名を使わせてくれ。
「――、
それはかつて、発動した盾の術式をいとも簡単に打ち砕いた剣。
こと防御という概念を砕くにおいて、この剣は何より上を行く。
なにせ、防御概念そのものを破壊するのがこの剣の力だ。あれが女神を守る柱であるのならば、例外ではない。
振り下ろされた剣。抵抗すらなく、一つ目の柱は粉微塵に砕け散った。
ようやく自覚する。あの時、最後にノートが授けてくれたもの。
残った『
泥に追従したid_esスキル、サーヴァントセル・オートマトンの一片。
必ず勝て。
左手に眠る泥からは、そんな意思が確かに汲み取れた。
『
北欧神話の王ディートリヒの持つ名剣。本来は巨人の持ち物。
如何なる鎧や盾であっても打ち砕き、激しい戦においても傷一つつかなかったという。
多分実際こんなに大きくない。
ハク最終強化。ってかこれ以上強くできねえ。
真名解放は出来ますが憑依経験は無理です。当たり前だ。
次回は多分もっと戦闘です。多分