Fate/Meltout   作:けっぺん

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水曜or木曜、日曜の週二回更新がそこそこ安定しそう。
出来る限り、このままやっていきたいです。


Wont Love.-7

 

 

 とりあえず、明るい場所に出る。

 相変わらずジャックの出した深い霧は迷宮を支配している。

 サーヴァントは問題が少ないらしいが、視界が狭まるのはマスターにとって致命的だ。

 視力強化の術式を紡ぐ。それでも、先程より視界が狭い感じは否めない。しかし、霧は少し薄くなっており、視界への負担は幾分か減っていた。

 めちゃくちゃになった迷宮。方向感覚が失われ、先程まで戦っていた場所が何処なのかも分からない。

 全てが死角になりえる地形に仕上がっている。今まで以上に、注意をしなければ――

「ッ!」

 突如、セイバーが向きを変え、剣を構える。

 リップもいつのまにか戦闘態勢を取っている。その理由など、ただ一つ。

「あ……」

 黒と白、二色の少女。セイバーに重傷を負わせ、この迷宮をここまで破壊した張本人。

 最後の敵として立ちはだかっている最強のアルターエゴ。

 ノートはどうやら気付いていなかったようで、此方を目に捉えると、驚愕に表情を変える。

「ノート……」

 その片手には、相変わらず斧。

 そしてもう片手。一見すると紙切れにしか見えない宝具がある。何か書いてあるのだろうが、ここからでは判然としない。

「……、此処にいましたか」

 くしゃり、と紙切れを握り込み、体に収容すると、斧を肩に乗せて微笑む。

「随分と数は少ないようで。ご安心を、散り散りになってはいても、まだ誰一人死んではいませんわ」

「……そうか」

 何を企んでのことか、ノートは全員の安全を告げてきた。

 完全に信憑性がある訳ではなくとも、安堵する。

 だが問題は、どうやって合流するかだ。

 戦闘を再開すれば目印にもなるだろうが、セイバーとリップ、そして僕だけでノートと戦うのは、無理があるだろう。

 皹の入ったボロボロの姿でも、戦闘能力にそう衰えがない事は既に分かっている。

「まあ、貴方たちにはこの場で消えてもらいますが。逃がしませんよ、センパイ」

 他の誰かが来るまで、時間を稼げるかどうか。

 視界が狭いのは致命的だ。プロテアの位置も分からないし、近くに誰かがいたとしても気付けない。

 そもそも、何故霧がノートに効果を成していないのか。

 以前これの効果を防いだときは、布のような宝具を使用していた。

 今回、何かしらの対策を施してきたとすれば、可能性が一番高いのは、『女神の繰り糸(エルキドゥ)』による概念創造。

 ランクが低い宝具の効果を打ち消す。決して不可能ではないだろう。

 せめて、この霧が有利に動いてくれれば良いのだが――そう思った直後。

 

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)――――ッ!」

 

「……っ――!」

 音もなく、予兆もなく、まったく突然に霧は決定的に状況を動かした。

 

 

 +

 

 

「――さん(ター)おかあさん(マスター)!」

「う……っ」

 痛覚に感じた強い刺激。体に発生している異常を検索する。一部に軽い打撲があるようだ。

 問題は少ない。戦闘続行は可能だし、私という存在において最も重視される演算機能には一切支障がない。

 体を起こし、目を開く。視界を染めていた霧は、最適化によって消えていく。

 勿論、迷宮内部の霧が晴れたのではない。あくまでも、視界を晴らしただけだ。

「よかった、おかあさん(マスター)……!」

「……アサ、シ――」

 サーヴァントの姿を捉え、名を呼ぼうとして、止まった。

「……それは」

おかあさん(マスター)はわるくないよ。……ちょっと、逃げるのが遅れちゃっただけ」

「私自身、気づくのが遅れた。すまない」

「アーチャー……」

 アサシンの反対側、すぐ隣にアーチャーは腰掛けていた。

 その傷は、決して浅くはない。

 状況の重さは、すぐに理解できた。あの対軍宝具から逃げる術を持たない私を範囲から退避させるために、二人は傷を負ってしまったのだ。

「今、治癒を……」

「わたしたちは、大丈夫。アーチャーをおねがい」

 そんな風に言うアサシンを、アーチャーは苦々しい目で見つめている。

「……しかし、アサシン」

「本当に、大丈夫。しゅうげきには、もんだいがすくないから」

 それが強がりだというのはすぐに分かる。

「同時発動も可能です。少し時間は掛かりますが――」

「だったら、なおさら。……わたしたち、ちょっとだけ、いってくるから」

「え……?」

 アサシンは笑いながらも、視線で何かを此方に告げてくる。

 状況からすれば、その意図など明確で。

 現に向こうは気付いていないようだが、敵の姿は既に捉えていた。

 まったく無防備。アサシンがその真価を発揮するのに、これ以上向いている状況はない。

 だけど、それは、規格外の相手に、成功するか分からない暗殺のために、接近するという事。

 もし失敗する事があれば、アサシンは反撃を防ぐ手段が皆無だ。

「アサシン……」

 殺害、悪くて致命傷を与えることができれば、それは大きな進展。

 それでも、何かがその決行を拒もうとする。

 成功率だとか、ただ倒すだけでは駄目だとか、そういう問題ではなく、もっと別の何か。

おかあさん(マスター)……?」

「……」

 その何かには、覚えがあった。

 否、あったというよりも、あったような『気がする』。

 記憶の判然としない、曖昧なもの。だけど事実、感じたことがあるものだった。

 そうだ。きっとこれは――愛情。

 長い間の契約ではない。それでも、数日を過ごしただけで、私はアサシンに愛を抱いていた。

 行かせたくない。離れたくない。いつかは分からない。だけど確かに、感じたことがある。

「……ラニ、といったか」

 気付くと、拳を握りこんでいた。そんな様子を見てか、アーチャーが細めた目を向けてくる。

「何ですか……?」

「汝は、アサシンの母であろう?」

「……そう、ですが」

「……ならば、決めよ」

 アーチャーの言葉は、いつもよりも少ない。

 到底平常ではなく、とはいえ諦観でも怒りでもない。

「アーチャー」

「む……」

 そんな心情を察したのか、アサシンは彼女の胸に飛び込む。

 受け止めて、その瞬間アーチャーははっきりと、その表情を悲痛に歪めた。

「……後は私に任せておけ、アサシン」

「うん。ごめんねアーチャー。さいごまで、迷惑かけて」

「良いのだ。だが、一つ問おう。アサシン――()()()()()()?」

 アーチャーは問う。

 実のところ、私も不安だった。そして、聞いておこうと思っていた。

 二週間にも満たない僅かな期間だった、旧校舎でのささやかな安寧。

 生まれることすら許されなかった『彼女たち』にとっては、最初の生。

 果たして、アサシンを楽しませることが出来ただろうか。

「すごく。……すっごく、楽しかった。本当はなごりおしいけど、『わたしたち』にしか、出来ないことだから」

 責任感。或いは価値観。

 自己犠牲の意思は、いつか私が実行しようとしていたものと同じで。

 駄目だ、と言いたいのに、諭すことなど出来ない。

 ここで罪悪感を持つのは、きっと間違いなのだ。私はアサシンの『母』として、他にやらなければならないことがある。

「……そうか」

 僅かにアーチャーは微笑んだ。

 アサシンの答えに満足したように、その小さな頭に手を置く。

 そして、そっと離れ、今度は私のところにやってきた。

「ありがとう、おかあさん(マスター)

「はい。アサシン、私は……良き母でしたか?」

「うん。だからわたしたちは、おかあさん(マスター)の役に立ちたいの」

 その小さな体を、抱きとめる。

 人肌以上の温かさが、手を通して伝わってくる。

 触れた熱は、即ちアサシンが感じている痛み。

 なのに、そんな顔は少しも見せないで、ただ笑っている。

 まるでそれは、未だに迷っている私を勇気付けているようで。

「――――分かりました」

 ならば、私がすべきことは一つだけ。

「どうか、お願いします、()()()()。頑張って、やれるだけの事をやってください」

 信じて、笑って、送り出してあげるのだ。

 それに対してしてあげられること。

 お祈り、おまじない、お願い。

「ジャック、令呪をもって命じます」

「ん……」

 アーチャーがやったように、アサシンの頭に左手を置きながら。

 そこに残る、たった一つの刻印に働きかける。

 ゼロとなれば、その時点で聖杯戦争の敗北が決定付けられるマスターの証明。

 だが、私はアサシンのマスター。表側では既に敗北が決まっているだとか、そんなことは関係ない。

 彼女のために使うのが、最も正しい行いだ。

「宝具を使用し、どうか私たちの窮地を救ってください」

 消えていく。視認出来るアサシンとの絆が、その形を失っていく。

 それでも、構わない。目に見えない絆は私の中に、しっかりと残っているのだ。

「はい――おかあさん(マスター)。いってきます」

 その、子供らしい笑顔のまま、離れていく。

「……いってらっしゃい、ジャック」

 親離れというのは、存外複雑だ。

 様々なものがごちゃ混ぜになって、気付けば私も、微笑んでいた。

 ジャックは走る。令呪の命令を完遂するために。

 そう。『殺せ』ではない。『窮地を救え』。その意味を理解していなくとも良い。私自身、確信ではない。

 けれどこれは、アサシンにしか出来ないこと。

 きっと、アサシンはやってくれる。そして万事、上手く行く。

 私は見届ける。母として、離れていく我が子の末を。

 今度こそ彼女たちに、生きた意味をあげるために。

 

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)――――ッ!」

 

 

 +

 

 

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は娼婦を最低でも五人は殺した『かもしれない』。

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は高度な医療知識を有していた『かもしれない』。

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は男だった『かもしれない』。

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は女だった『かもしれない』。

 立て続けに発見された十数人の死体も、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が殺した『かもしれない』。

 『かもしれない』。『かもしれない』。『かもしれない』。『かもしれない』。

 その存在は、ただひたすらに曖昧だ。

 誰も、正体の欠片すら知らなかった。ゆえに、未解決事件としてミステリーの一角に深く名を残した。

 分かっていることは、たった一つの事実。殺害現場の状況のみ。

 曰く――『霧』の『夜』に『女』が殺害される。

 

 ――『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』。

 

 その状況こそが、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の究極宝具。

 宝具が最強の力を発揮するには、三つの条件が必要だ。

 条件その一――『霧』。アサシンのサーヴァントとして召喚された切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は、もう一つの宝具によってそれを容易くクリアする。

 条件その二――『夜』。時間に縛られることもない。サクラ迷宮の内部は、夜という概念に固定されている。何をせずとも、クリアしている。

 条件その三――『女』。最大の束縛であろう条件もクリアした。

 三つの条件が揃った瞬間、世界最凶の殺人事件が成立する。

 問答無用の殺人。齎されるのは、ミステリーの再現。

 まず初めに、『殺人』が訪れる。

 その結論を追うように、『死体』が到着する。

 そして、最後に大幅に遅れて、『理屈』がやってくる。

 理屈よりも先に、全ては終了しているのだ。

 解体しつくして、バラバラの死体にする。治癒不可能になった臓器を、外に弾き出す。

 それがジャックの宝具の力。

「し――ま――――っ!」

 この時のノートの驚愕は、アルジュナの叛逆を遥かに超えていただろう。

 予測していた事態ではあったはずだ。

 それでも、一瞬の油断が、致命的なミスとなる。

 気付いた瞬間には、宝具の真名解放は完了しており。

「――――――――ぁ」

 解体が始まる。殺人現場の全てを、視界は収めている。

「ッ――」

 血、ではない。

 もっと別の、人が理解できる範疇の外にある何か。

 要素。要素。要素。要素。

 外に弾き出される筈の臓器は、一切現れない。

「う――ああああああアアアアアアアァァァァァッ!」

 宝具を使用した本人、ジャックは絶叫する。

 自身の切り札を解放したことによって、体に大きな負担が掛かっているのだ。

 先程の嵐に巻き込まれたのだろう。霧を維持できていたことが奇跡に思えるほどに、その体はズタズタだった。

 殺害が即座に完了しないのは、標的の性質ゆえ。

 耐久力と、意地の戦いだ。

 殺害が終了するか、犯人に限界が訪れるか。

 ジャックは最奥に向けて、手を伸ばす。

 凄絶な光景に、声も出せない。

 

 絶望に染まった目を見開いたノートだけが――

 

 

 

「――――プロテアァッ!」

 

 

 

 ――被害者(しまい)の名前を、ただ、叫ぶ。

 




割と衝撃のラストっぽく仕立てられたと思います。
ジャックの宝具でヒャッハーの巻。
ヒャッハーされる人がプロテアだと予想できた人は、果たしてどのくらいいるのでしょう。
ってかさっきからノートさん余裕こいては崩されの繰り返しですね。

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