Fate/Meltout   作:けっぺん

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彼女のターン。
多分三分くらいの出来事。


Wont Love.-3

 

 

 ノートはガウェインとランサーを打ち払って距離を取り、バーサーカーの消えた跡を見る。

「……お見事です。私の供給が追いつかない速度で、体そのものを消し飛ばすとは」

「なるほど。これで再生は出来なくなるのですね」

「その通り。幾ら私の粘土細工といっても、基であるサーヴァントがいなければ成り立ちません。一度全て消されてしまえば、二度と再生は効きませんわ」

 つまり、これでようやく、バーサーカーはあの束縛から解放された。

「ですが……これで終わりとは、思っていませんよね?」

 空を仰ぐ。ノートの視線は、高い建造物の上に向けられている。

「――」

 そう。この月の裏側で消滅したと思われていたサーヴァントは、アサシンとバーサーカーで終わりではない。

 その内、ノートの手によって倒されたのは一人。

 絶対に相手取りたくはなかった大英雄が、まだ残っている。

「――伏せろ!」

 最初に察したのは、ランサーだった。

 彼らしくない大きく張った声。それに反射的に従い、頭を伏せた瞬間。

「ッ!」

 この場にいた、ノート以外の全員の頭があった位置目掛けて、凄まじい勢いの矢が飛んできた。

「アルジュナ……!」

 遥か高みにいても分かる、黄金の輝きは健在だった。

 だが、その輝きは今度は味方ではない。

「くっ……ランサー、行って。あのサーヴァントを相手にするんじゃ、貴方以外じゃ分が悪いわ」

「元より、そのつもりだ。しかし、あの男は――」

 ランサーは何か言いかけて、自分に向けて放たれた矢に中断される。

 それを槍で打ち払い、言葉を交わすことは出来ないと判断したのか同じ高みに向けて返す刀でもう一度槍を振るう。

 炎の魔力放出、その一撃だけで、アルジュナが立っていた建物は上半分が消し飛んだ。

 そして、降りてくる。右腕だけが黄金を失っているその様はまるで義手のようだ。

「私のとっておき。自信作です。アサシンの叛逆を見る限り、精神性など失くした方が良いですからね。バーサーカーと同じ、私の人形です」

 ……清廉潔白な精神は、今の彼にはないのか。

 その眼は濁っていないが、それは判断材料にはならない。

 ノートが自信作というならば、相応に力を注いだのだろう。であれば、如何に大英雄といえども逆らうのは不可能なのではないか。

 ――しかし、策はある。

 苦しい選択だ。酷ではあるが、あの場でアルジュナが消滅している方が、彼にとっても、()()にとっても幸福だったかもしれない。

 何をするかは分からない。だが、彼女があそこまで真剣に言ったのならば。

 

「――なーにやってるッスか、アルジュナさん。マスターとして情けなくて、泣きたくなってくるッス」

 

「なっ……!」

 迷宮の入り口から、呆れ声を出しながら歩いてきたのはジナコだった。

 いつも通りの雰囲気で、やる気など微塵も感じさせない。

『ちょ、何やってるのジナコちゃん! 迷宮に行くんだったら一言言ってよ!』

『いや、そういう問題ではないと思うが……』

『わたしは観測していましたよ。随分前から二十三階に居たようですが』

『そういう問題でもないんです!』

『だから、何でカレンは報告をしないんですか!』

『あのメスブタ……私と同じくらいの自由人ね』

『ジナコ=カリギリ……お主、何をするつもりだ?』

 生徒会室に残った面々も(カレンを除いて)予期していなかった事態のようで、口々に動揺の声を漏らしている。

 ジナコは喧しそうに片耳を塞ぎ、溜息を吐いて。

「何をするって、決まってるでしょおっさん。ダメダメサーヴァントの体たらくの落とし前を、ダメダメマスターが落とし前を付けにきたの」

「馬鹿なことを。今や彼は私の忠実な人形。かつてのマスターとはいえ、貴女の声になど耳も傾けませんよ」

「あーはいはい思い上がり乙。知ったかは恥ずかしいッスよーゴスロリサクラさん」

『あの……ジナコさん。その呼び方はちょっと……』

「ちょ、そっちから苦情が来るッスか? 悪いけど邪魔しないで欲しいッス。これから最初で最後のジナコ無双、始めるから」

 得意げに笑うジナコ。誰もが、彼女の言葉に目を見開いた。

 ジナコ無双。その言い方はともかく、ジナコはこの場で戦況を変えると言っているのだ。

 唯一無表情なアルジュナの傍に移動したノートは、怪訝な表情をジナコに向けている。

「無双、ですか。貴女程度のマスターが、この状況をどうやって動かせると言うのです?」

「いやいや、ボクでも出来るッス。寧ろ、アルジュナさんのマスターであるボクしか出来ない芸当ッスよ」

 何やら、ジナコは絶対の自信を持っているらしい。

 ノートは怪訝の色を深め、知って知らずか、得物を握る手を強めた。

「ジナコ=カリギリ、挑発のために出てきたのなら今すぐ止めて旧校舎に戻れ。危険が過ぎる」

「うげ、ユリウスさん……その目こそ止めて欲しいッス、怖いから。……で、帰れ? 無理。だって、ハクトさんと約束しちゃったし」

「何……?」

 ユリウスの目が此方に向けられる。

 確かにジナコは昨日旧校舎に帰還して、休む前に訪れた用具室で、

 

 ――もし――もし、の話ッスけど。アルジュナさんが敵として出てきたら、ホントのホントに一回だけ、助けてあげるッス。

 

 確固たる決意の下、そう言っていた。

「一回こっきりの人助け。きっと役立つ筈ッス。ま、要らないって言ってもやめないけど」

「……ならばその自信、抱いたまま死になさい。苦しまぬよう、一息の内に断ち切ってあげましょう」

 ノートは剣の切っ先をジナコに向ける。ジナコは怯えたように一歩下がるが、逃げたりはしない。

 どころか、それを真正面から見つめて、不敵に笑った。

「――聞こえてるッスね、アルジュナさん」

「ッ――――!」

 咄嗟にノートは、名前を呼ばれた自身の人形の傍から退避した。

 瞬間、鋭利な斬撃が通り抜けていく。

 黒く染まった、黄金のサーヴァント。アルジュナが、ノートに叛逆をしたのだ。

「まさ、か……!」

「精神性の剥奪を試みた、それは確かに正しいでしょう。しかし、心というものは私が誇れるものの一つなのですよ、ノート」

 薄く笑みを浮かべて、アルジュナは今しがた斬撃に使用した弓に矢を番える。

「くっ……」

 一射。正確無比に心臓を狙った一撃を、ノートは斧で切り落とす。

「アンタの目に映る宝ってのは、モノだけッスよね。体とか精神とか……んー、まあ、その辺に作用する存在には、見向きもしなかった」

「相変わらず、格好付けようとして空回りしますね、ジナコ」

「う、うるさいッス。久しぶりに再会したマスターへの第一声がそれッスか……まあ、いいや。ノートさん、アルジュナさんには五つ目の宝具があったッスよ」

「……五つ、目?」

 絶対必中の矢、『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』。

 神が施した弓、『大黒よ、天に座せ(マハーカーラ・ガーンディーヴァ)』。

 同じく、神の矢、『大黒よ、地に刻め(マハーカーラ・パーシュパタ)』。

 そして、信ずる御者によって真価を発揮する戦車、『勝利の御旗は我にあり(クルクシェートラ・ヴィジャヤ)』。

 これだけ強力な宝具の数々を持っていながら、まだ隠された宝具があるというのか。

「馬鹿みたいに誠実で、疑いを知らない程正直で、誰よりも平和を愛した心そのもの――静謐の王冠(キリーティ)ッス!」

 『静謐の王冠(キリーティ)』。アルジュナの心そのものが、宝具に昇華したもの。

「私の精神は、この宝具によって護られています。虚偽を言わず、ただ正しくあろうとし続けた。その果てで上り詰めた(いただき)、自ずから絶対たらんとする自己防御です」

「絶対的……精神防御……! ずっと、私の人形になった振りを……っ!」

「その通り。嘘というのは存外難しい。騙されぬこの身を騙し続けるのは、ジナコの怠惰を容認する以上の苦しさでした」

「ちょっとアルジュナさん何なんスかさっきから」

 絶対的。如何なる干渉をも受け付けない、究極の精神防御。

 それによって、ノートが消し去ろうとした精神に傷が付くことは一切なかった。

 敗北し、体が泥に塗れようとも、その心だけは穢すまいとするアルジュナは、完璧なまでに抵抗していたのだ。

「カルナには察されたようですが、まあ、当のノートを上手く騙せたので良しとしましょう」

「芝居がひどく不自然だった。お前であれば、躱すを見越して全員纏めて射抜くのも容易いだろう」

 ランサー――アルジュナの天敵として戦い合った大英雄カルナは、それを知っていたらしい。

 虚偽を見抜く性質を持ち、何より深い縁があったからこその確信だろうか。

「では……あれを万が一躱せなければ、どうなっていたのでしょう」

「ああでもしなければ、信頼されません。カルナであれば、いざとなれば全て纏めて弾くのも容易いでしょうし」

 レオの問いに、アルジュナは当然とばかりに返す。不思議なまでの信頼に、ランサーは是とも否とも言わない。

 ジナコの傍まで歩んできたアルジュナはジナコに向けて一つ頷くと、ノートと向かい合う。

 それは再びの共闘のようだった。この上なく心強く感じられる助っ人が、来てくれた。

「……しかし、貴方の生殺与奪権、誰が握っているか――」

「勿論、知っていますとも」

 悔しさに歯噛みしながらも、奥の手のように放った言葉は、しかしアルジュナに封殺される。

「私は既に死体。それが今更死に怯えると思っているのですか?」

「……ならば、今すぐ死になさい……! 私に従わない人形など、価値はありません!」

「ッ――!」

 目を見開いたノート。瞬間、周囲の空気が変貌した。

 アルジュナの体――『女神の繰り糸(エルキドゥ)』の一部分に、何かを細工した。

 その何かとは明白。胸部から広がる黒いノイズがそれを証明している。

 霊核を、破壊したのだ。

「無論、これ以上の叛逆など許しません。その手も、返しなさい」

 続け様に、右手が爆散する。矢を持つべき弓兵の命とも言うべき腕は、あまりにも呆気なく消滅した。

「アルジュナ、さん……」

「……分かって、いた、事でしょう。その上で、出てきたのでは、ないのですか?」

 しかし、アルジュナの笑みは消えていない。

「……でも」

「気にしては、いけません。情を無くして命じなさい。それが――マスターの、行いです」

 どころか、アルジュナはそれを分かっていたようで。

 ジナコもまるで覚悟していたように、頷いた。

「アルジュナさん、令呪を以て命ずるッス――」

 この僅かな時間で再び繋げた契約(パス)を示すように右手の令呪を突き出しながら、命令する。

「そんな事――」

 確実にそれは大きな隙になる。それは明らかだ。

「メルト!」

「分かってるわ――!」

 斧を振り上げた瞬間、ジナコとアルジュナ以外に対して無防備を晒したノートに、メルトが突っ込む。

 力を耐久力に特化させる『さよならアルブレヒト』によって、斧を受け止める。

「くっ……!」

 ジナコが令呪の命令を紡ぎ終えるまでの時間。

 それを稼ぐのには、一撃防ぐだけで十分だった。

 斧を弾き、退避する。それはまるで、ジナコとアルジュナが考えている事をメルトが察しているようだった。

「――――ノートに一矢報いなさい!」

 殺せ、ではない。倒せ、でもない。

 凡そ令呪で命令するには、あまりにも小さな命令。

 ただ反撃をしろ、それだけ。

 だが、ジナコの命令をアルジュナは笑って受ける。消えていく二画目の令呪の力を受けて――アルジュナは姿を消した。

「ッ」

 背後。ノートが気付いたときには既に遅い。

 転移したアルジュナは、巨大かつ剣のように鋭い弓をノートの首に掛け、動きを止めていた。

「それで、良いのです、ジナコ。成長、しましたね」

 採点をするように、アルジュナはジナコを讃える。

 令呪の命令は、アバウトになる程効力が薄くなる。

 だが、命令の直接的な拘束力を失うことで、アルジュナは令呪の魔力を自由に扱えているのだ。

 その影響による、背後への転移。そして、ノートに脱出をさせないほどの力強さ。

 残る魔力は――最後の一撃に込めて。

「もう、貴女は一人で、外に出られる。しかし――扉が開けられ、なければ、助けを求めても、構いません」

「ぐっ……この、程度で……!」

 抵抗するノート。背中から外に弾き出すように突き出した剣が、アルジュナを貫く。

 それでも、動きを封じる力は毛ほども揺るがない。絶対に動くまいとする、アルジュナの信念そのものだった。

「っ……カ、ルナ」

「……なんだ?」

 残る時間が後僅かなのは、誰が見ても明らかだった。

 最後の言葉を選ぶ素振りを少しの間見せてから、カルナに目を向けて言う。

 ジナコに言うべき事は、全て言い終えた。

 ならば、後は好敵手への言葉のみ。

「後を…………頼、みます……」

 何を、とは言わない。言う時間はないと判断したのかもしれない。

 言い終えてから、ほんの数秒。その言葉の真意を図ることも、ランサーが言葉を返すことさえも出来ないほどの、短い時間。

 捕えられたノートが左手の剣を捨て、体から何かを取り出そうとして、しかし、そこから攻撃に転じようとしても決して間に合わない。

 予兆を感じ取ったらしい、唯一のマスター、ジナコが小さく声を漏らした瞬間。

「――――――――――――ッッ!!」

 激しい破壊の色。攻撃力だけに特化した、凄まじい爆風。

 離れていても、その余波で体が浮きそうになる。

 予め撤退していたサーヴァントたちは、その様を各々の感情を込めた表情で見守る。

 周囲の建物は打ち崩され、倒壊していく。砂煙が濛々と上がり、爆風の光はすぐに見えなくなった。

 それを、半ば茫然と見つめ、ようやく悟る。アルジュナが打った、最後の一手の正体を。

 サーヴァントが危機に瀕したとしても、使わないであろう禁忌に近い最終手段。その一撃を決定的なものに出来なければ敗北に直結する、たった一度限りの決戦兵器。

 歴史を、伝説を、神話を作り出した英雄たちの誇りに込められた全てを破壊に使う、秘技の中の秘技。共に人生を駆けた相棒の喪失と引き換えに吹き荒れる、魔力の嵐。

 ――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 宝具の中に秘められた魔力を解放し、暴発させる非常手段。

 正気の沙汰では使われない。当然ながら宝具を失うという事は多大というレベルではない戦力低下だ。

 だが、だからこそ、使用した際の威力は尋常なものではない。凡そその宝具で出しうる、威力の極みがそれにある。

「……ぁ」

 誰かの、無意識だろう声が聞こえる。

 煙の中に見える、一点の黒。

 見覚えのある、絶望の色。以前全力の攻撃を、無傷のままに防ぎきった闇。

「まさか……」

 煙が晴れる。その身を守っていた闇が、縮小していく。

「……何故……私の、人形なのに……誰、一人……っ!」

 右手に斧。そして、左手に傘。

 その二本はまったくの無傷。だが、担い手はボロボロだった。

 黒いノイズに塗れているわけではない。致命的なダメージは負っていないのだろう。

 だが、体の幾割かが罅割れて欠落している。応急措置のように泥で固めた断面は、無機質に輝いている。

 傘を取り出すために捨てた剣はどこにもない。建物の残骸に埋まった可能性もあるが、どの道この戦いでもう見ることはないだろう。

 アルジュナは、その残滓さえ見せずに消えた。爆風に呑まれたのか、使命に殉じる弓に先駆けて逝ったのか。それは永遠に分からない。

 誇り高き、黒く染まって尚輝きを燻らせなかった清廉潔白な大英雄。サーヴァントとしての最期は、あまりにも壮絶だった。

「バーサーカーでさえ……最期の瞬間、私の知りえない何かがあった……何故……ッ!」

 うわ言のように、呟くノート。怒りのような、悔しさのような、初めて見る表情だ。

 それは、大きな隙。突かない手はない。

 サーヴァントたちがその一点に飛び込む体勢を構え、今にも一斉攻撃を開始せんとした時だった。

「――――!」

 大きな地揺れと共に、床を突き破って巨大な腕が出現したのは。




もう少し先までこの話で書こうとしてたのに、やたら描写を長くしたせいで切ることになったでござるの巻。
そんな訳で、アルジュナさんは今度こそ退場となります。お疲れ様でした。
一回使わせてみたかった壊れた幻想。なんか知らないけど脳汁出まくりで描写が捗りました。
私に出来る限りのジナコ無双です。
自分の力の弱さを分かった上での小さな命令が成功に動くという、前回の命令との共通点。
ジナコさんはやれば出来る子なのです。子じゃないけど。

ちなみに、アルジュナの五つ目の宝具ですが書き始めた当初は没宝具となる予定でした。
しかし暫く進んで、外典四巻が出た際、どこぞのギリシャが宝具五つ持ってきたので「あ、自重しなくて良いのか」と採用になりました。
アルジュナさんはインドのアイツみたいな立ち位置だし、構わないよね。うん。

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