残る時間は、六時間を切った。
少し短い休憩時間。だが、生徒会室に集まった皆の調子は、これまで以上に好調らしい。
最後となるであろう戦い。
こんな所まで、力を貸してくれた皆。
彼らの助力を決して無駄にする訳にはいかない。負けられない戦いを直前にして、いつも以上に気は引き締まっている。
「――以上が、今回の作戦です」
相手は、ノートとプロテア。BBの切り札である、二人のエゴ。
彼女たちを相手に、レオが発案した作戦。
それに暫し、言葉を失った。
「……本当に、それで?」
「はい。ヴァイオレットが此方にリソースを回してくれたおかげで、補助の問題も少ない。これが最善の策でしょう」
確かにそうだ。これ以上に良い作戦は思い当たらない。
これを今までやらなかったのは、リソースの問題。だが、それを考える必要は今やない。
単純ながら、ノートとプロテアを相手取るには最も相応しい。
生徒会の最強戦力。これで、勝てないわけがない。
「ノートの戦闘能力の底は未だ見えず、プロテアについては殆どが不明……時間をあまり取っている余裕はありません。今すぐにでも出撃したいところですが……」
レオは部屋を見渡す。
誰一人、それに否定する者はいない。
もしかすると、数時間と掛かる戦いになるかもしれない。
だとすれば、その戦いに向けて、少しでも早く出撃した方が良い。
「ハクトさん。ノートとプロテアの撃破後の行動は分かっていますか?」
「ああ、勿論」
ラニの問いに頷く。
今回は、二人を倒して探索を終了するのではない。
迷宮の八階層。その先は、終局。これが迷宮の最後の砦なのだ。
攻略後、僕は更にその先に行く。そして、BBの行動を止めて、中枢に辿り着く。
それで全てが終わる。二階層や四階層のときのように、BBにしてやられることはない。今度こそ、彼女の暴走を食い止めなければ。
「最後の任務、だな。儂も、この組織に携われて良かった」
「小生も然り。我が麗しき女神は小生を見限ったのではなく、この楽園に導いてくれたのだな」
微笑むダンさんと、満面の笑みのガトー。
それぞれが思い思いに、感想を漏らす。
「ま、でもまだ終わりじゃないのよ。浸るのはハクト君を送ってからでも良いんじゃない?」
「その通りです。ハクトさんが中枢に辿り着くまでは、油断は出来ません」
「うんうん。だからこそ、念入りな作戦なんだよね」
「お前は特に考えてないだろう。何を自分の発案のように誇っている」
凛、ラニ、白羽さん、ユリウス。
「ようやく、終わるのですね。随分と長かったです」
「カレン……! 本当に貴女は……」
「ノートにプロテア……二人も、一緒に来てくれれば……」
「今更気にしたって仕方ないわ。敵として戦うしかないのよ」
カレン、桜、カズラ、エリザベート。
ここまで世話になってきた皆に、感謝を込めて。
「――皆、ここまで、ありがとう」
「お礼なんて良いわよ。私たちが好きで付き合ってきたんだし」
全員が頷き、それを合図にしたように、レオが立つ。
その風格は、少しも衰えていない。
ここまで、正しい指揮で僕を導いてくれた王が口を開く。
「皆さん。いよいよ、最後の階層です」
誰もそれに、口を挟みはしない。
「この、長いようで短かった戦いの集大成。絶対に失敗するわけにはいきません」
レオだけではない。全員が、その言葉で確たる意思を持ち直す。
「作戦の達成条件はただ一つ、ハクトさんを中枢に送り届けること」
息を呑む。
緊張。集中。決意。様々な要素が一つになった空間で、レオは宣言をする。
「その一点に全力を懸けましょう――ここに、
こうして、紛れもなく今までで最大の戦いが幕を開ける。
失うものは決して小さくなく、それでも、ただ一つの達成だけを求めて。
「ところで、白斗君」
「何?」
「……メルトちゃんのその服、どしたの?」
「……」
何故か、服をひけらかすように姿を見せていたメルトに、当然疑問は持っていたようで。
皆が見て見ぬ振りをしていたらしい中で白羽さんが見かねたように口に出したのが引き金になったらしい。
「ああ、そうそう。私も気になってたの。戦い前とは思えないわね、ハクト君?」
「ハクトさん……貴方の趣味嗜好に口出しをするつもりはありませんが、やはりそれは……」
「というか、どうやってその服を……」
「また、メルトばっかり……」
「右手の聖骸布がアクセントになってますね」
「やはり、和装より当代風の服の方が……」
「ハクト! 貢物なら、わ、私にも……」
あらぬ疑いと、理不尽な質問責めにあって、出撃の時間が遅れたのは、言うまでも無い。
どうして最後だというのにこうも、緊張感が続かないのだろうか。
明け渡された八階層の二つ、二十二階と二十三階。
その二つは、百メートルほどの直線だった。
エネミーはおらず、周囲は闇がただ広がるのみ。
衛士のいない、空っぽの迷宮。
すぐに通り過ぎ、最後の階、二十四階に到達する。
そこは――何もかもが乱雑に置かれた、おもちゃ箱だった。
「――」
道らしいものはない。ジナコの階層やヴァイオレットの階層にあったような、一つの広場。
しかし、そこに幾つも屹立する摩天楼が、以前の二つとは明確に違う性質であると主張している。
大きさは区々だが、それでも全てが天へと届かんばかり。
倒れることなく立つことで建造物としての体裁を保っているものの、一つ残らず錆びや風化、皹などで劣化している。
都市のように規則的に並んでいる訳でもない。
考えなしに配置されたそれらによって、迷宮らしさが生まれている。
それだけでなく、古めかしい西洋建築物の破片らしきもの。かと思えば、和風建築物の経年した成れの果てや倒れた鳥居。元が何なのかも知れない、巨大な骨。中ごろから折れた、宮殿の柱。
今までの、『終わった』迷宮に使われていた材料が綯い交ぜになって、適当に放り出された墓場のような印象を抱く。
外側の
いや、宇宙空間と言った方が正しいのかもしれない。
上空だけでなく、横を見ても、透き通った床の下を見ても、遥か遠くに輝く星が無数に見える。
そして、前方。迷宮の中心に、最強の敵は立っていた。
「――ようこそ。最後の迷宮へ。どうですか、この意匠は。終着点に相応しいでしょう?」
ノートは漆黒の傘を差しながら、不敵に微笑む。
終着点。即ち、迷宮の旅はここで終わり、BBに辿り着くことは出来ないと言っているのだろうか。
だとしたら、否定する他はない。突破しなければならない障害としてノートが立ち塞がるのなら、打ち砕かなければならないのだ。
「にしても、考えた……のでしょうか。その策は確かに有効でしょうが、単純すぎるのではなくて?」
「そうだろうね。だけど、これならば負ける筈がない。そう思ってるよ」
「何度も苦汁を飲まされたけど、これで終わりよ。今度こそその面、地に付けてあげるわ」
メルトもそれを確かに思っているらしく、得意げに笑っている。
底が見えないことはメルトも分かっているだろうし、それは虚勢かもしれない。
だが、勝率は間違いなく、未だかつてない程に高い。
「そうね。あまり趣味じゃないけど、色々貴女に迷惑は掛けられたし、偶には良いかしら」
「同感です。私のバーサーカーの矜持に傷を付けたこと、謝罪してもらいます」
サーヴァントを侍らせた凛とラニが、戦意をノートにぶつける。
メルトに便乗するように笑う凛とは違い、ラニは眉根を寄せている。
ラニにしては珍しい、明確な怒り。
自身のサーヴァントの尊厳を知らぬように使役しているノートへの、強い激情だった。
「マスターも同伴とは。なるほど、リソースの流れで生まれた余裕をこうした形で利用するとは思いませんでした」
感嘆の声を漏らすノートだが、驚愕はない。
寧ろ、喜ばしいといったように笑みを深めるばかり。
「お前こそ、大した余裕だ。状況は絶望的に見えるが、この期に及んでまだ慢心か?」
「いえ、今更貴方たち相手に慢心などする訳もないでしょう。一人で来ようと、全員で来ようと、今度こそ全力を出すつもりでしたよ」
既に術式の兆しを見せながらも問うユリウス。
全力という言葉に、気が引き締まる。その全力に打ち勝たなければならないのだ。
圧倒的なノートの力。だが、負けるという気はしない。
皆が居てくれるから。そして、
「それは良かった。いよいよ、貴女の底力を見られるのですね」
「貴女に加減など不要でしょう。互いに、全力をぶつけあいましょうか」
場を支配するほどの影響力を持つ少年、レオは白銀の騎士を連れて前に出る。
最後の迷宮に挑むにおいて、レオが提案した作戦。
それが、マスターの出陣。凛、ラニ、ユリウス、そしてレオ。
リソースが自由に使用出来る上で、生徒会室の機能で補える限界として五人のマスターの観測を可能としている。
更に、生徒会室に残ったマスターたちも、随時術式の使用は可能。ノートを倒すために、生徒会室の機能を戦闘特化に移行した結果だ。
そして、五人のサーヴァントに加えて、アタランテとリップが同行している。
総勢、マスター五人サーヴァント七人。
メルトとリップは女神に属するハイ・サーヴァントの要素を持った、一級以上のサーヴァント。
そして、セイバーのクラスが二人、アーチャー、ランサー、アサシン。それぞれがそのクラスにおいて、最強レベルの力を持っている。
最強のエゴ二人を相手取るにおいて、これ以上ない布陣。これが、負ける筈があろうか。
「面白い――実に、面白くなりそうです。最後の戦いならば、こうでなくては」
ノートは目を閉じ、胸に手を当てる。その仕草からも、喜ばしいという気持ちはまざまざと感じられる。
これから、戦いが始まる。だが、どうしても一つ、気になる事があった。
「――ノート」
「何でしょう、センパイ。手の内でも探るつもりでしょうか?」
「いや、違う。プロテアは何処に?」
衛士である筈のプロテアが、どこにも見当たらない。
普通、衛士となった存在は迷宮から切り離すことが出来ない。
プロテアは途方もなく巨大であるようだし、すぐに目に入っても良い筈なのだが……
「ああ……あの子なら、戦いが続けば否が応にも相対することになりましょう。それがこの戦場です。恐らく暫くは、戦いに興じれるとは思いますが」
答えになっていない答えを返すノート。
その言葉から察するに、まだ顔を出せないという事なのだろうか。
いつ現れるか、それはノートにも分かっていないようで、笑みを浮かべたまま首を傾げている。
分からない以上、追求していても仕方が無いか。念頭に置いた上で、戦うしかない。
「ふむ……衛士がいないというのは聊か気になりますが、幸い戦いには集中できますか」
その通りだ。僕たちには、この迷宮に赴いているメンバー以外にも仲間がいる。
『任せといて。私たちがきっちり、周囲の状態を把握しておくから』
『うむうむ! メアリーセレスト号にでも乗った気概で戦いに臨むが良い!』
『それ前に聞いたから』
『その喩えは置いておくとして……ガトー殿の言う通り。君たちは戦いに集中してくれて構わない』
マスターたち、そして、桜やカレン、カズラやエリザベートもいる。
『ノート……どうしても、戦う運命なのですか?』
カズラの、悲しみを込めた問いを、やはり笑ったままノートは肯定する。
「ええ。私はBBを守るアルターエゴ。楽園の反逆者に向けられる剣であり、槍であり、反逆者から主を守る盾なのですから」
黙りこむカズラ。
話は終わり、と判断したのか、ノートが傘を閉じる。
臨戦態勢を取ると、それで良いと言わんばかりにノートは頷いた。
「では、始めましょうか。貴方たちにとって、時間もあまりないようですからね」
「その通り――ガウェイン、決して遠慮は要りませんよ」
「承知。月に巣食う不浄、今度こそ焼き払いましょう」
レオの命令で、ガウェインが炎を踊らせる星の聖剣を構える。
「ランサー、分かってるわね。手加減無しよ」
「無論だ。オレからしても、奴は少しばかり赦せんものがある」
凛の念押しにランサーは太陽の槍を出現させ、体勢を低くする。
「アサシン、油断はいけませんよ。貴女は貴女らしく、戦ってください」
「うん。ぜったいに勝つよ、
ラニの当たり前の注意を笑顔で受けたジャックは、頭に置かれた手が離れると同時に建物の陰に隠れる。
「セイバー、お前の望む通りに戦え」
「感謝する、ユリウス」
ユリウスの短い命令に、やはりセイバーも短く答える。
『リップも頑張って。今度こそ、アピールするチャンスだよ』
「は、はい! 頑張ります……!」
『麗しき狩人よ、そなたに我が麗しの女神の加護を! アーメン! ハレルヤ!』
「……モンジ、汝は『麗し』と言いたいだけなのではないだろうな」
リップが張り切るように爪をギリギリと鳴らし、アタランテはガトーの良く分からない言葉に呆れながらも弓を出現させる。
「――メルト。頼む」
「任せておきなさい。最後の扉、切り開くわ」
ざわり、と周囲の雰囲気が一変する。
紛れもなく、ノートによるものだ。
「来なさい。泡沫の夢は終わりを告げる。此処に、引導を渡しましょう」
宣言と同時に、分かれていく女神の泥。
数を補うように、泥は形を成してかつて散った英雄へと変わっていく――
「――、バーサーカー……!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
黒と血色に染まった、かつてのラニのサーヴァント。
絶望の咆哮を上げるバーサーカーもまた、敵として戦場に降り立った。
マスターたちとの夢の共闘。ユリウスと一緒に戦うとか胸熱。
迷宮の内装のイメージはオモチャ箱。都市戦を一度やってみたかった。
ところで、前書きで色々書いてましたけどぶっちゃけ早見ライダーはツボです。
馬が主騎乗物のライダー、日本刀。そしてぽんぽこぽん。メインで育てたいと思う子でした。
……で、メルトは?