数年前にMHP3rdで仙骨粘ってたときにキレてぶち込んだフィストがじわじわと効いたようです。
全部ドボルのせい。
――痛い。
――痛い。痛い。痛い。
「っ……痛いよ、センパイ」
体が、軽くなっていく。
ひどい喪失感と虚無感。
この世界から、少しずつ離れていくような感覚。
だけど、どうにか耐えていられた。女神の力を先に消滅させることで、どうにか時間を稼ぐ。
もう少しだけこの世界に射続けなければならない。せめて、この時間くらいは。
「一緒に……行こう、センパイ? 行ってくれるよね?」
結ばれるのは、別にこの世界じゃなくても構わない。
剣の片方だけでも、センパイの傷を増やすには事足りる。
一つ。二つ。三つ。四つ。だけど――何度刺しても、深く刺さらない。
「……なんで?」
力の限り、思い切り突き刺す。だけど、それは小さな傷にしかならない。
致命傷には程遠い。これじゃあ、センパイが付いてきてくれない。
「一緒に来てよ。センパイ、ボクが嫌いなの? ねえ、どうして……」
その時だった。
「――いた」
「――――」
背後から聞こえてきた声に、振り返る。
「……」
サーヴァントがいた。
その姿は、花嫁としか言いようがない。
武器を持つ反対の手に、さっきのアーチャーが纏っていた布切れを持っている。
……そうか。アレで隠れて、こっちまで来ていたんだ。
「……何か用?」
「かえして」
コイツも、センパイを奪いに来たのか。
だけど、そうはいかない。センパイはボクのものだ。センパイは、ボクだけのものなのだ。
「センパイはもう死んだよ。ボクと一緒に、あの世に行くの。向こうでボクはもう一度楽園を作って、今度こそセンパイに喜んでもらうんだ」
その花嫁は、虚ろな目でセンパイを見ている。
機械のようだった。凡そ生物とはいえないほどに、暗い瞳。
「……そう」
「そう。だから消えて。ボクとセンパイの、この世界での最後の時間を、邪魔しないで」
花嫁は俯いている。
何を考えているのかは分からない。
ただ、出て行ってほしい。今すぐこの場から消えてほしい。
「……ごめんなさい」
小さく、声が漏れる。
「……たすけられなくて、ごめんなさい」
「何、言ってんの?」
「でも、おわってない。あなたの、ちからに、なりたい」
意味が分からない。もしかすると、会話が可能であるだけで、頭の螺子が飛んだバーサーカーなのかもしれない。
「おねがいします。わたしのいちぶを、どうかあなたへ――」
「ッ――」
――宝具!?
武器を床に突き立てて、花嫁は雷を周囲に放っている。
その威力は、圧倒的だった。
ボクでも叩きだせるかどうか分からない程の魔力の塊である雷が、体中から発生している。
「何を――」
「さよなら。たすけてくれて、ありがとう。うれしかった」
――ボクを見ていない。
ここに来て、最初から最後まで、この花嫁はセンパイしか見ていない。
そう――最後。
ただこのサーヴァントは、命を捨てるためだけにここに来たのだ。
「とどいて――『
「――――――――――――!」
何の躊躇いもなく、そのサーヴァントは宝具を起動させた。
蒼白い雷が落ちる。
周囲に凄まじい音が轟き、辺りを蹂躙し尽くしていく。
ナアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――オオオオゥッ!!
それはまるで、滝のようだった。
次から次へと、破壊はひたすらに襲い来る。
削る。貫く。砕く。焼く。雷で再現できる全ての破壊を、その宝具は担っていた。
単純な広範囲への破壊兵器。何故ここに来て、そんな馬鹿げた威力の宝具を使ったのか。
理解に苦しむ。センパイの身までが危ないのに――
「ッ、センパイ――!?」
そうだ。センパイは――良かった、無事だ。
ボクは残った全ての女神の力を盾にして、どうにか凌いだ。
どうやら、敵と見なしている相手にしか牙を剥かない、利口な雷だったらしい。
センパイを助けに来たらしいサーヴァントは――その雷が巻き起こした煙が晴れたところから、忽然と姿を消していた。
別れの言葉を掛けていた。彼女はボクと相打ちになるつもりで、自分の命を代償とした切り札を使ったのだ。
「――残念」
本当に、残念。ボクは無事だ。
それに、安心すべきはセンパイが無傷だったこと。
あんな訳の分からないサーヴァントに、センパイに傷を付ける権利なんてない。
体をくまなく探る。綺麗な肌には、傷一つない。雷の影響がなかった事に、笑みが浮かぶ。
「……ざまーみろ。無駄死にだよ」
もう一度、サーヴァントがいた跡を見る。
嘲う時間もあればこそ。もうボクに残された時間は少ない。
早くセンパイを――
「……傷が、ない?」
おかしい。致命傷はまだだったけれど、それでもセンパイには小さな傷を幾つも付けていた筈。
それが――ない?
「え――」
確かめようとした瞬間、
「――――」
その体が、起き上がった。
+
――遠くで、声がした。
何かを求めた、誰かの声が。
かつて、儚く果てた絶望の物語。
もう、彼女に出会ったのは、随分前になる。
恐らくはBBの手に掛かり、マスターを不要と処理され、自分は命からがら逃げ延びた。
それを――僕は保護しただけだった。
まったく見たことがない、知らないサーヴァントだったというのに。
敵かもしれない。BBの手先かもしれない。そんな憶測すら考えずに、死に瀕した彼女を放っておけなくて。
何度か、迷宮に赴く際に手を貸してもらった。
どうして助力をしてくれるのか。マスターを失い、何もなくなったというのに、何が彼女を動かしていたというのか。
その回答は、初めて聞く彼女の言葉として耳朶を打った。
――さよなら。たすけてくれて、ありがとう。うれしかった。
それだけだったのだ。
命をたった一度だけ助けた。それだけの事で、幾度となく助け返してくれた。
小さな救いに対する、大きすぎる恩義。それが彼女を、生かしていた。
最後までその命を、返礼のために使った。
宝具『
最上級のサーヴァントでさえ悉く屠るだろう威力ながら、発動には致命的な代償が伴う。
そう、致命的。まさしくその言葉通り。
この宝具が代償として求めるのは、即ち彼女の命。
サーヴァントの死がマスターの死となる聖杯戦争において、使い時など皆無であろう自爆宝具。
命の雷の熱さを感じる。
かつて、アルジュナが自身に雷を浴びせて復活させたのと同じ。
彼女の命そのものが、心の深くにまで飛び込んでくる。
手を伸ばす。茨のように覆っていた傷を焼き払い、押し退けて、外から伸びてくる手に向かって。
そして、届いた。彼女の意思が介在する雷に。
桜から受け取った彼女のマトリクス。その宝具欄に、確かに書かれていた。
この雷は――時として、“第二のフランケンシュタイン”を生み出す可能性がある。
命の雷は、彼女の意思そのものなのだ。
役目を終えて雲散霧消するだけになった意思は、周囲を蹂躙する雷となって痕跡を残す。
その中で誰かに手が届けば、雷をそこに根付かせるのだ。
元々根付いている傷など、邪魔であるだけ。体中の傷が全て、焼き払われていく。
契約を断っていた根も跡形もなく消滅し、大切なパスが再び繋がる。
宛ら、心肺停止となっていた患者にAEDを使用するように。
リセットされた命が、活動を開始する――
起き上がり、目を開く。
ローズの驚愕の表情が、視界に入った。
「――な……なん、で……?」
その体は、凄惨たるものだった。
一糸纏わない体は、左腕の肘から先がない。
心臓の中心を撃ち抜かれたように胸には穴が穿たれており、白い肌は黒いノイズと真っ赤な血で染まっている。
何かと戦っていたのだろう。そして、その末にローズはこの世界との繋がりを断たれたのだ。
「どうして、傷が……」
「……フランの宝具だ。ローズ、君の宝具は傷を根付かせる宝具。その根を焼き払ったんだ」
「そんな……」
何故かは分からないけど、ローズは既に剣を持っていない。
霊核が破壊されたことでその力は少しずつ消滅している。
最早彼女に、戦う力は残っていない。
「――ハク!」
「っ……メルト!」
迷宮の向こう――いや、入り口の方向か――から、掛け替えのないパートナーが駆けてくる。
「待っ……」
完全に体の機能は戻っているようで、足を動かすのにも支障はない。
断絶したパスが繋がったことを、再会によって実感する。
確かな繋がりを、傍に立つことで感じることが出来る。
「大丈夫? 怪我はない!?」
「ああ……大丈夫だ」
あの刃によって付けられる傷は、普通の傷ではなかったのが幸いした。
物理的な傷よりも、それは概念的なものに近い。
体に根付くことで治癒は不可能にこそなっているが、傷自体は言ってしまえば外付けによる“見かけ”に過ぎない。
その根を焼き払ってしまえば、傷は体に残っている事が出来ないのだ。
『ハクトさんの救助、完了したようですね』
「レオ……」
『今回はミス黄崎のお手柄ですよ。それに、シンジも手を貸してくれました』
そうなのか……あの二人が。
礼に行かなければ。二人だけではない、フランも力を貸してくれたのだ。ジナコのところにも、顔を出さないと。
「……セン、パイ」
ローズが小さく呟く。
今まで見たこともない、悲壮と不安に満ちた表情だった。
「どうして? センパイ、ボクと一緒に、来てくれないの……?」
「……ああ。僕はまだ、死ぬ訳にはいかない」
どんな過程があったかは分からない。
だが、きっとローズはメルトや白羽さん、慎二たちとの戦いに敗れたのだろう。
メルトたちは僕を助けに来てくれた。そして――紛いなりにも、ローズは僕を“守ろうと”していた。
狂っている。他者から見ればそうとしか言えないが、ローズはその愛に全てを懸けていた。
それでも――その愛に、答えることは出来ない。ここで終わるのは、それまでの過程全てを無駄にすること。そんな事は、絶対に出来ない。
「で、でも……ボクは、もう、ここにはいられないんだよ……? 消えちゃう……死んじゃうんだよ……?」
――だから、一緒に来て欲しい。
そう言いたいのだろう。どこまでも純粋で、だからこそ、狂気に見えてしまうのだ。
「ボクは、センパイが好きなんだ。離れたくない……だから」
「ごめん、ローズ――君の気持ちに答えることは、出来ない」
はっきりと、言わなければならない。そうでなければローズは暴走したままだ。
「……」
告げた言葉が沁み込んでいくように、ローズの瞳から狂気は消えていく。
煉獄の如き熱が、冷えていく。
目尻から零れた一滴の涙は、きっと、彼女にとって初めてのものなのだろう。
「……そっか。ボクの、空回りだったんだね」
自嘲するように、ローズは笑う。やがて零れる涙は、止め処ないものになった。
「仕方ないよね。BBに作られたんだもん。全員が全員、何処かしら壊れてる。この愛も全部、壊れたモノだったんだ」
今の一言で、ローズは納得したらしい。
盲目だったのではない。今まで、目を瞑っていただけ。
目蓋を開いて、視力を取り戻すことで――全てを悟ったようだった。
「……そう言って、油断させようとしているんじゃないの?」
警戒するように近付くメルト。しかし、ローズは見向きもしない。
「油断させてどうなるのさ。女神三柱、全部使っちゃったボクには、不意打ちする余裕だってないよ」
後は消えていくばかり。
女神全てを使った。それは恐らく、戦闘によるもので、壮絶な戦いだったであろう事が窺える。
「まあ、それでも、ボクはボクだ。最後まで、ボクらしく振舞わせてもらうよ」
「ッ」
その言葉に、メルトは構える。
しかし、ローズはそれに苦笑すると、背中を向けた。
足を引き摺りながらも、少し離れた場所の床まで歩いて手を掛ける。
すると――透明になっていたらしい、アイテムフォルダが出現した。
「……あの考えなしに壊されてなくて良かった。こんな状況、予想できてなかったけど、無駄にならなかったのはラッキー、なの、かな……?」
そのファイルを持って、戻ってくる。
「これ、あげる。ボクに出来る、センパイへの
警戒を続けるメルトを気にしつつも、そのファイルを受け取る。
膨大な量の、恐らくは違法データ。これは……
『っ、ちょっとそれ、BBの詳細データじゃないの!?』
「え――」
「そうだよ。どうせなら、最後までBBに逆らう悪い子でいい。それに、センパイ、BBを止めるんでしょ? きっと、有効に使えると思うよ」
表情は、悪戯的な笑みへと変わる。
BBに対する、最後の反抗。BBの詳細データの奪取。
もしかすると、レオとガウェインの攻撃さえ無効化せしめたチートスキルの正体、そして、その対抗策も分かるかもしれない。
「……ありがとう、ローズ」
「――うん。お礼って、いい気分だね。最初っからいい子でいれば、良かったのかな」
そんな反省も、全てが遅い。体を侵食する黒いノイズは、少しずつ増えていく。最早そう時間は残されていまい。
「帰ってくれると、嬉しいな。看取られるなんてみっともないし、最期は、一人でいたいんだ」
それは、ローズの最後の矜持なのかもしれない。
望みが叶わない以上、死は恥でしかない、と。
「……レオ、帰還を頼む」
『……はい』
術式が体を包んでいく。
間もなく、旧校舎に帰還することが出来るだろう。
ただ、その僅かな時間で――ローズは一つの行動を起こす。
「……最後。最後。ぜーんぶ、最後。だから――欲しいな」
「何を……?」
「分かんないかな。キスだよ」
その望みに、思考が暫し止まり。
微笑んだローズが、近付いてくる。
「ばっ……そんな事させな――」
そして、止めようとしたメルト。
「――油断」
その唇に、ローズは素早く唇を合わせた。
「ッ――」
「……え?」
何が起きたのか、その把握に時間を要したのは僕だけではない。
メルト自身も暫く停止し、
「……っ! ん、っ――!」
激しく抵抗を始めた。
「っ……ぷは」
その抵抗を止める力の残っていないローズは振り払われ、その場に尻餅をつく。
「な、な、な……!?」
「ご馳走様。センパイの味、美味しかったよ」
自身の唇を舌で舐めながら、ローズは手を合わせた。
顔を真っ赤にしたメルトが何を言う前に、帰還の術式は役目を発動させる。
「――じゃあね、センパイ」
静かに告げられた別れの言葉。
旧校舎に意識が引き戻されていく中、最後に見えたローズの表情は、どこか信頼の込められた――柔らかな微笑みだった。
申し訳程度の百合要素。
これが一年以上前の初期のプロットからあった辺り、本当に重傷だと思います。
そんな訳で、フラン退場となります。お疲れ様でした。
外典勢では最初に仲間になって、最初に脱落した子ですね。
未だに外典勢では一番好きな子なので、感慨深いです。
BBのデータは、原作で緑茶から渡されたものになります。
本作は緑茶が味方なので、こういう展開となりました。