もうどうしようもない気がするけどどうにか盛り返して欲しい。
あの黒い炎に呑まれると危険だというのは、本当らしい。
試しにアタランテちゃんの矢やライダーの砲撃を撃ち込んでみたけれど、炎を吹き飛ばすどころか衝撃で内部を確認することさえ出来ない。
メルトちゃんはすぐにでも突撃せんとしているし、早く突破口を見つけないと……
「私の宝具なら――」
『やめた方が良いと思います。生徒会のリソースにより戦闘に支障がない程度には魔力を賄えていますが、宝具の使用ともなると想定される戦闘に差し支えます。別の手立てを考えましょう』
「だったらどうするのよ! こうしてる間にもハクが危険な目にあってるかもしれないのに……!」
うん。それが気がかりだ。
だけど飛び込むのは危険だし、振り払う方法も現状見当たらない。
『ランサーを送ってみる? 炎への耐性はばっちりだし、もしかしたら突破できるかも』
『いや、無理だろう。あれはどちらの性に対しても作用する
妬みの炎……“炎”っていうよりは、感情が物理的攻撃力を持ったって感じなのかな。
だとすれば、これに対処するには単純に炎への耐性を上げるだけじゃ駄目か。
同じように、感情が基盤となっている攻撃じゃないと効果が薄そうだね。
となると、メルトちゃんの宝具もそうみたいだし――リップの宝具ももしかすると効果があるかも。
メルトちゃんは宝具を使える状態じゃないし、ちょっとリップに試させてみようか。
「リップ、宝具を――」
「あ――」
提案してみようとしたところで、慎二君が声を漏らす。
それが、何に対してのものかは模索するまでもない。
揺らめく炎の中に見える人影。ゆっくりと此方に向かって歩いてきて、やがて炎から出る。
「なっ――!?」
「……えぇ……」
『……あー』
三者三様のリアクション。
出てきた存在が予想通りだったのに何故そうなったのか。
その標的が――何も纏ってなかったためだ。
「な、おま、何を……ッ! 何でっ、裸っ……!」
「あー、えっと……落ち着いて慎二君。多分動揺させるための作戦だから」
顔を真っ赤にする慎二君は赤と青の対照的なコントラストを顔に表している。
結構遊んでるような印象だったけど、存外初心だったりするのかな?
まあ、私が言える立場でもないんだけど。
「……別にそんなつもりないし。ただ単に面倒だっただけだよ」
心底やる気がなさそうに、それでも殺意と嫌悪感だけははっきりと出しながらローズちゃんはぼやく。
その両手には、双剣が握られている。あれでも十分戦闘態勢みたいだ。
「あちゃ……こりゃ、シンジは駄目だね。で、ローズってったっけ? 坊やは何処にいるんだい?」
「センパイならこの階の一番奥だよ。アンタたちの死体を見せて気分を悪くさせたくないし」
「で、この炎は宝具だろ? アンタを倒せば、消えるんだよな?」
「そうだけど。決まってるじゃん」
「じゃ、話は早い。とっととアンタを倒して、炎の海を越えるとしようか」
ライダーが拳銃を構える。
アタランテちゃんもジャックちゃんもエリちゃんも、各々の武器を構えてローズちゃんを狙う。
「……ふーん。数を増せばボクに勝てると思ったんだ。単純っていうか能無しっていうか。すっごく不愉快」
「そう。なら不愉快なまま死になさい――ハクは返してもらうわ」
メルトちゃんのこれほどの戦意は今までにない。
リップも同じ。まあ、白斗君の命が懸かってるんだから、仕方もないよね。
「――確かに数で勝ちに来たけど、ローズちゃんに勝ち目はあるのかな? これだけのサーヴァント相手だと、アルターエゴでも辛いんじゃない?」
「勝ち目? あるに決まってるじゃん。センパイがボクを愛してくれる限り、ボクは無敵なんだよ」
その言葉が――メルトちゃんの琴線に触れた。
「――――」
反応も予備動作もなく、棘を突きたてに掛かる。
それをローズちゃんは左手の短剣で防ぐ。そして下から湧き上がった炎に、後退を余儀なくされた。
戻ってきたメルトちゃんの目は――困惑と驚愕に染まっていた。
「……? どうしたの、メルトちゃん?」
「――何、今の――」
「へえ。あの傷ってアンタと共同なんだね。さすが、パスが繋がってただけの事はあるよ」
そして、その驚愕の答えを知っているのはローズちゃんだけらしい。
「ボクはこっちの剣でセンパイとアンタのパスを断った。そして、こっちの剣は傷を広げる。アンタが剣に触れる度に、センパイからは離れてくんだよ」
右手の剣で契約を断って――左手の剣で傷を広げる。
魔術的な契約を断絶する宝具と、それをより絶対的なものにする宝具?
「この剣は、相手に癒えない傷を付ける宝具。肉体でも精神でも概念でも、
「――」
契約を断った状態を、傷として根付かせているって事?
それを広げる宝具があるというと、その絆はどんどん離れていくという事で。
その傷がある限り、白斗君が戻ってきてもメルトちゃんと契約は――
「どうする? ボクと戦うと、センパイが離れてくよ? アンタたちも同じじゃないかな。この刃で受けた傷は契約の疵も同じ。それでも戦う?」
そう言われると――迂闊に近寄ることが出来ない。
契約の断絶は死活問題。必要な魔力を供給できなくなると、即ち戦力の下降にも繋がる。
だけど、そんな問題が気にならないサーヴァントが一人、ここにいた。
「なら、私が行くわ。どうせ誰とも契約してないし。なんの問題もないで――」
「な訳ないじゃん。この剣が付ける傷はバッドステータスと判断出来るものなら分け隔て無し。アンタが何を傷と見てるか知らないけど、無理はしない方がいいよ?」
半ば呆れを込めたローズちゃんの言葉に、今にも飛び掛らんとしたエリちゃんの動きが止まる。
「ま、ボクが傷と定めたものでも良いんだけど。どうする? アイドルってんだから、発声不能にでもしてみようか」
あの剣は、どこまでも万能って事?
ローズちゃんか相手、どちらかがバッドステータスと判断するものであれば、それを傷として付けることが出来る。
それが発声機能の喪失であり、契約の断絶。
広すぎる傷の定義。そして、その傷を深めて悪化させるのがもう片方の剣。
言わば、その二つで真価を発揮する。二つ揃えば完全無欠。あの宝具が女神そのものであるならば、それは二柱で一つともいえる女神。
「さあ、始めようよ。ボクの炎を超えて、二つの刃を越えられるなら、ボクに届くかもよ?」
そして、あの炎もローズちゃんの宝具。
全てを焼き払う、嫉妬の炎。
攻撃にも防御にも展開できて、あれだけでも十分に一級のサーヴァントと互角以上に戦える。
当然、その全力はまだ発揮されていないだろう。だけど、ローズちゃんの背後に未だ燃え盛っている炎の勢いを見ればそれが分かる。
だけど――やっぱり、諦めるなんて意思は、誰にも存在しない。
「ら、らららライダー! アイツを倒してやってよ! あの格好、まるで痴女じゃないか!」
「……OK、殺す。見ていいのはセンパイだけだってのに、誰の許可を得てるのさ」
「お、お前が勝手に素っ裸で出てきたんだろ!」
どうしてこうも、緊張感が抜けるのかなあ。
慎二君からすれば真面目なんだろうけど、サーヴァントであるライダーは苦笑している。
「はいはい。坊やのためだ。一丁、はりきるとしますか。シンジ、ちょっと余所見してな。アンタには刺激が強すぎるだろ」
ライダー、アタランテちゃん、ジャックちゃん、エリちゃん――そして、メルトちゃんとリップ。
全員、その戦意は確かだ。
そして、絶対に白斗君を助けようとしている。
「メルト……今回は、手伝うよ?」
「……頼むわ」
何せ、どこまでも仲の悪かったメルトちゃんとリップが、始めから共闘を決意するくらいだもん。
「――ごめんね、ローズちゃん。白斗君、返してもらうよ」
「出来るものなら。全員纏めて、ボクとセンパイを祝福する炎の燃料にしてあげるよ」
大丈夫。勝てる。勝てる――
だけど、何処か嫌な予感がして。
相手がアルターエゴという規格外な存在である以上、その予感は絶対に的中してしまうという確信が脳裏を過ぎっていた。
+
「――ハクトさん、攫われたらしいッスね」
「……ウィィ」
独り言のつもりだったそれに、傍に座っていた花嫁さんが呻って答える。
暫く一緒にいて、少しは彼女の呻り声に込められた意思が分かった。
低い狂化のおかげで理性を多少なりとも残したバーサーカー。それゆえに、その呻り声には意味がある。
そして今のは、不機嫌なものだ。
しかし、その不機嫌の要因までは分からない。
その辺り、もうちょっと分かりやすくしてくれても良かったのに、なんてどうしようもない
「ゥゥ……ァァ……ッ」
「何スか?」
レベリングのためにただキーボードをポチるだけの作業。
その手を、花嫁さんが引っ張る。
まるで、何かを催促しているように。
「ちょっと……言いたいことがあるならはっきり言うッス。引っ張られても訳分かんないッスから」
「……ゥィィ、ァ……」
――駄目だ。分からない。
いつもなら、それで諦める。
だけど、今回はそうではなかった。
しつこく――寧ろ引きずってでもという精神。
「ちょ、ちょ、ちょ――痛たたた……タンマ、タンマッス!」
それで一旦止まった花嫁さん。一体彼女が何を言おうとしているのか。
考えても出てこない。でもそれは何かしら、彼女がバーサーカーなりに何かを考えて行おうとしていること。
「……んー」
なら、その意思をどうにかして理解しなければならない。
何より、このままだとうるさくて仕方ない。
「……出来るか分かんないけど、ま、どうせ使わないし……」
特に未練だの何だのは沸いてこない。
聖杯戦争の猶予期間。戦う気すら起きてなかったアタシに、アルジュナさんが教えてくれたことがある。
念のため――彼からしたら、アタシが戦う決意をしたときのために。
――ジナコの令呪では私の意思に反する命令への効力は薄いでしょうが、合意ならば力となりましょう。
結局、アルジュナさんとの契約下では使うことのなかった、三画の文様。
それについての説明は、口喧しい彼の説教の一つ程度だと適当にあしらっていた気がする。
でも、彼の極まった純粋さによる言葉は何でもかんでも、頭にしっかり残っている。
――そして、令呪の力は命令だけではない。ジナコの判断によって、それこそ使い道は無限に渡るのです。
だからなんだ。結局戦わないのだから、アタシには関係ない。
そう、思っていたけれど、もしかするとという事もあるかもしれない。
令呪の使用法が、必ずしも戦闘だけではないのではないか。
三画もあるし、一画くらい試してみても良いよね。
どうせ敗者だ。全部無駄になる。だったら、こういう事に使っても構わない。
「――日本語でOKッス。令呪を以て命ずー。花嫁さん、日本語で喋りなさい」
確か、アルジュナさんは命令の内容によって効力が発揮される時間も変わるとか言ってた。
普通バーサーカーに喋らせようと思うんだったら、「狂化を無効化しろ」とかが最適かもしれない。
ただ喋らせるだけだと、そのバーサーカーは狂ったまま。その言葉がバーサーカーの本心であるのかが分からない。
だけど、アタシの魔術師としての実力は底辺も底辺。令呪の力だって、
そんなアタシが狂化を消そうとしても、大して効果は持たないだろう。
幸い花嫁さんはそれなりに意思を持ったバーサーカー。
だったら、会話能力を与えるだけの方が長い時間保つ筈だ。
文様が光りつつ一画消えていく。こんな風になるんだ、と少し感動があった。
「で、何が言いたかったッスか? 花嫁さん」
そして、その令呪は効果を発揮したみたいだ。
「――たすけ、いく」
言語能力が戻ったって言っても、普通に喋れるくらいにはならないらしい。
まあ、それはアタシの能力が低いせいなんだろうけど。
「……ハクトさんをッスか? 今頃皆が助けに行ってるッスよ。花嫁さんが行っても、そこまで役には――」
「それ、でも」
薄々分かっていたけれど、本当に意思が固いっていうか。
アルジュナさんの後を継ぐにはとことん相応しいサーヴァントだと苦笑する。
そして――それはアタシが止める筋合いのないものなんだろうと。
「勝手にするッスよ。ボクは行かないから」
「……あり、がと」
心なしか、花嫁さんが微笑んだように見えた。
花嫁さんは迷宮の十八階においてもハクトさんに付いていって、助力をしていた。
どうしてそこまで力になりたがるのか。大体は分かっている。
本当に些細だけれど――きっと彼女にとっては大きなこと。
「全力出してくるッス。ハクトさんが最大のピンチなら、助ければポイント高いッスよ」
頷いて、出て行こうとする花嫁さん。サポートらしいサポートなんて出来ないけど、強いて言えば。
「もう一画使うッスか? 力を高めるくらいなら出来るッスけど」
令呪で強化をしてあげるくらい。
命令だと大して効力を発揮しないけど、ステータスにブーストを掛けるくらいならアタシにだって出来る。
「――たいせつに」
二画残った令呪に触れながら、花嫁さんは言った。
そうして、今度こそ出て行く。ハクトさんのピンチを救いに。
判断は全部、彼女に任せる。もし
だとすると――もうこの目で花嫁さんを見ることはないのかもしれない。
「……どうにも、しんみりするッスねぇ。普通に帰ってきたら、それはそれで肩透かし喰らいそうッス」
いつの間にか止まっていた作業。レベリングはもう、する気にはならない。
寝る――目は冴えてる。お菓子――切らしてるし。
はいはい。見てりゃ良いんでしょ。精々応援くらいはしておこう。
万事上手く、いけるように。
痴女×2+αVS痴女。ひどい絵面だ。
せっかく出てきたのにワカメが使い物にならねえ。
ライダー姐さんお願いします。
そして、フランも動くようです。
キャラの脱落に次いで慎重に決定し且つ描写も捗るのが令呪の使用シーンです。
キャラごとにある利便性抜群の切り札ってのが最高ですね。
……実際こんな使い方できるんでしょうか?
そこはかとなく感じる嫌な予感? 知りませんよ、そんな事。