Fate/Meltout   作:けっぺん

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卒業してきました。
友人と別れるのは辛いものがありますね。
虚無感というかなんというか、妙な気持ちです。


Deepest Love Fire.-1

 

 

 通信は唐突に切れた。

 視界が戻る寸前に聞こえたバツン、という音はまるで、苛立ちに任せてスイッチを押したかのようだった。

「……ローズマリー……殆ど情報のない相手ですね」

「彼女の戦闘能力について、何か知っている事はないのかね?」

「……すみません。私は何も……女神を宝具にまで格下げしたくらいしか……」

 十五階での、彼女との邂逅。

 あのときに得た情報は、それだけだ。

 彼女の双剣は、それぞれが彼女を構成していた女神が格下げされたもの。

 ヴァイオレットの例を見れば、アルターエゴに構成されている女神は三柱。

 そのうち二柱が、双剣に使われているとなると……

「宝具はあの双剣と、あと一つが考えられるか」

「問題は、女神そのものが宝具なら、それがどれくらいの性能かって事よね」

「参考までにですが、メルト、リップ、カズラ。三人の宝具のランクと、種別を教えてもらえますか?」

 ラニの問い。しかし、ランクはあまり参考にならないだろう。

「私のはEXランクの対界宝具よ。本来は対衆、対都市宝具として機能するものだけど」

「Cランクの……対心宝具です」

「私の宝具はCランクの結界宝具ですが……内部を陣地と定めて魔術行使をする場合、最大でA+ランクまで上昇するようになっています」

「ふむ……やはり、女神によってばらつきがありますか。ローズマリーを構成する女神が分からないことには、宝具の性能を予想することは出来ませんね」

 ヴァイオレットの宝具も、マトリクスは開示されている。

 『空間凍結・無限眼光(メドゥーサ・クラックアイス)』――ランクAの対軍宝具。

 『攪拌せし乳海の手綱(アプサラス・サムドラマンタン)』――ランクCの対獣、対物宝具。

 『紐解かれし獣の蔵書(メイドメリジューヌ)』――ランクAの対人宝具。

 それぞれが凄まじい宝具だった。そして、種別は見事に分かれておりヴァイオレットがあらゆる状況に対応できる万能の存在であることが分かる。

「剣という形状も、どこまで信用して良いものか。あの刃そのものに効果があるか、または――ビームもありえますよね」

「然様です。相応の神秘を宿した剣ならばビームを撃つのは当然。中には竜特効とステータスアップの効果しかない残念な聖剣もあるようですが」

「……」

 レオとガウェインに同意を求められるように視線を向けられたセイバーも沈黙のまま頷く。

 そういうものなのか。確かに、多くの神秘を蓄えた剣ならば、その神秘をぶつけるという攻撃も可能だろう。

 ガウェインやセイバーのそれは見たことがある。どちらも凄まじい威力を持った、彼らの切り札に相応しい宝具だ。

 ガウェインが蔑むように語った剣についても気にはなるが、その効果があれば特殊な攻撃法を持たずとも相当に使い勝手が良いのではないだろうか。

「そういった、単純な威力攻撃ならまだ良いでしょう。問題は、アサシンのように対策が必須な宝具だった場合です」

 ラニは無意識からか――傍に控えたジャックの頭を撫でながら呟く。

 気持ちよそうに目を細めてそれを受け入れるジャック。外見相応の子供らしさを見せるジャックだが、その宝具はアサシンらしいものだ。

 ジャックが持つ宝具は二つ。その内一つは彼女が持つ四本のナイフを出力としたもの。

 条件さえ出揃えば、暗殺者(アサシン)という性質に相応しい殺害能力を発揮する宝具。

 確かに、ジャックのような宝具があるのであれば、対策が必須となる。

「ヴァイオレットのように、厄介なid_esを持っている可能性もある。現時点では、情報が少なすぎるな」

 しかし……情報がないからと言って迷宮に潜らないわけにもいかない。

「誰が同行するか……今回も重要となりそうですね」

「ん……わたしたちが行く」

「――ジャックが?」

 レオが本題の話を切り出すと、ジャックが手を挙げて言った。

 ラニに手を置かれた状態ながらも、その目は真剣で決意の色が見られる。

「ローズは、絶対にゆるさない」

 どうやら、BBの下にいた頃にジャックはローズと関わりがあったらしい。

「うむ……私も行こう。奴は私が倒す」

 ガトーの傍に控えていたアタランテも姿を現して宣言する。

「……分かりました。では、あと一人、近接戦闘に秀でたサーヴァントがいた方が良いですね」

「なら、私の出番ね!」

 飛び跳ねながら挙手したのは、エリザベートだ。

「私の槍の冴えなら、何の問題もないわ! 万事任せておきなさい!」

「……どうします?」

「むぅ……」

「何で私だけそういうリアクションになるのよ!」

「あ、ああ、でも、エリザベートなら心強いし」

「そうよね! そうよねっ! アイドルの手を借りれるなんて、最高の栄誉じゃない!」

 胸を張って、エリザベートは大笑する。

 生徒会の面々は半ば呆れているが、その性質はともかくエリザベートの戦闘能力は高い。

 連れて行けば、きっと力になってくれるだろう。

 ジャック、アタランテ、そしてエリザベート。

 バランスの良い布陣だ。それぞれの面でトップクラスの実力を持つサーヴァントでもある。

 今回は倒すのではない。彼女を理解し、SGを抜かなければならないのだ。

 しかし、用心するに越した事はあるまい。戦闘も十分にありえるし、この三人を連れていくのは正しい判断だ。

「では、今回はこの五人での探索とします。目標は十九階の突破、良いですね?」

「ああ」

 立ち上がる。用心をし過ぎるのは、決して悪い事ではない。

 そう――思っていた。

 カズラは「ローズは戦闘能力が、自身に次いで低い」と言っていたのも、あるかもしれない。

 一つ誤りがあるならば――――

 

 ――――僕たちは、思い違いをしていた。

 彼女の特化しているもの――いや、唯一持っているものを、理解していなかったのだ。

 

 

「――――え?」

 迷宮十九階。

 そこに最初に訪れて感じたものは、清々しいまでの多幸感と満足感だった。

 甘いという訳ではないが、それ以上に素晴らしい、例えようのない香りが鼻腔を突く。

 温かな羽毛のような感触が肌を撫で、天上のオーケストラが如きオルゴールの音色が耳朶を打つ。

 そして、通路の外――見えない壁の向こうには多種多様、色鮮やかな花が見事なまでに咲き誇っている。

 何も乗せていない筈の舌でさえ、感じたことのない満足が支配している。

 楽園(エデン)という場所がもしあるのであれば、こういった場所なのだろう。

 全てが完璧で、一切の不満は生まれず、五感がこれ以上を求めない空間――そんな場所が、迷宮に存在していた。

「……これが、十九階?」

 生まれた驚愕は、満ちた感覚が包みこもうとする。

 生まれた疑問は、必要ないと優しく諭してくれる。

『……凄い、ですね。これは……』

『なんという迷宮だ……』

 しかし、生徒会室からの声は楽園を見る驚愕とはまるで反対だった。

「悪趣味にも程があるわよ……何これ」

「え……メルト?」

「アーチャー……」

「……大丈夫だ。安心しろ。怖くはない」

「うわ……」

 ジャックも、アタランテも、エリザベートも、そしてメルトも、何か様子が変だ。

 驚愕に恐怖が織り交ざった――地獄を見ているような目。

「メルト、何が見えてるんだ?」

「え? ……真っ黒な焦土、よね?」

「くさいし……耳がいたい。舌も、ぴりぴりする……」

「肌に棘が刺さるような感触もある。汝は違うのか?」

「あ、ああ……まったく逆、居心地が良いくらいだ」

「ああもう、肌が荒れてしまいそう!」

 もしかして、僕以外にはこの迷宮は違うように見えているのか?

 それも、楽園とは程遠い。

 “まるで”ではなく“正に”地獄そのものなのだ。

『ハクトさんにだけ、感じ方が違う空間……SGに関係しているのでしょうか?』

『あれ……いえ、これは……?』

「どうしたんだ、桜?」

『は、はい……ちょっと調べてみたんですけど、この迷宮、シールドがありません』

「え……?」

 シールドがない? つまり、この階には対応するSGが存在しないのか?

『どういう解釈なのかは分かりませんが、今までとは根本的に違うようですね』

 とにかく……進んでみないことには何も分からないか。

 見たところ、まっすぐ前方に道は続いている。

 とりあえず道に沿って歩いていくと、広場に出た。

 そこまで大きなものではない。だが、この迷宮のメインとなる広場のようだ。

「……」

 ここに来るまでの道のりは、正直今までの何処よりも楽だった。

 一切疲れない。しかし、サーヴァントたちは違うようで、嫌悪感を覚えているように見える。

 そんな、人によってまるで感じるものが違う迷宮。

 中心の広場に、衛士は立っていた。

「――あは」

 背を向けて立っていた少女は、此方に振り向き屈託のない笑みを零す。

「こんにちは、センパイ!」

「――ローズ」

「うん。やっと会いに来てくれたんだね。待ってたんだよ」

 走り寄ってくるローズ。しかし、メルトが一歩前に出て遮ることでその走りは止まる。

「……ハクに近寄らないでくれる?」

「……またアンタなの」

「ええ、私よ。私がいる限り、ハクには触れさせないわ」

 一触即発、どころではない。もう既に臨戦態勢、ローズの湧き出んばかりの殺意を、相応の敵意でメルトは返す。

「そうよ! にわかアイドルなんかにハクトは渡さないわよ!」

「アンタ誰?」

「エリザッ! 鮮血アイドル! エリザベート・バートリーよ! なんで知らないのよ!」

「ああ――アンタが」

 何やら合点のいったようにローズは頷き、その目は他のサーヴァントに向けられる。

「ジャックたちまで……アンタたちも?」

「うん。ローズ、かくごして」

「……数だけやたら沢山、揃ってボクとセンパイを引き裂こうとする泥棒ネコ――――許さない」

 その瞬間、今までの殺気が矮小に感じるほどに肥大化した。

 ローズが動く前に、メルトは駆ける。

 更にジャックとエリザベートが続き、アタランテは有無を言わずに矢を放つ。

 殺しはしない。反撃を抑えるだけ――そんな四連撃。

 しかし、その一切は届かない。

「ッ――――!」

 退避。ローズを囲むように現れた黒い業火によって、攻撃全ては防がれた。

 跳躍で下がらなければ、サーヴァントたちは揃って焼かれていただろう。

「許さない。許さない。許さない許さない許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない――」

 たったそれだけの単語。

 一つ口から零れる度に、火炎は勢いを増していく。

「消えて無くなるよ――逃げないと」

 怨嗟を込めた警告で、火炎が此方に襲い来る。

「っ、ローズ――!」

「――なあに、センパイ!?」

 戦慄から、思わず口に出した名前に飛びつくような声。

 そして――炎は消えた。

「え……?」

 今までの殺気も嘘のように掻き消え、満面の笑みを向けてくる。

『――紫藤、お前の言葉なら聞くかもしれない。SGを聞くなり、降伏を求めるなりしてみろ』

 恐らく今の提案は、ローズには聞こえていない。

 理由は分からないまでも、ローズは僕に好意を向けてきてくれている。

 ならば、話してみる価値はあるか。

「……えっと。ローズ、ちょっと良いかな」

「うんっ」

「ローズは、この階の衛士なんだよね?」

「そうだよ。BBはもう中枢に掛かり切りだし、ノートと交渉してこの階層を貰ったの」

 ――どうやら、BBはムーンセルを手中に収めるための最終段階に入っているらしい。

 BBとムーンセル、どちらが勝るかの力勝負。今は多分拮抗状態だが、天秤が僅かに傾いた瞬間、勝敗は決する。

 時間がない。早くこの迷宮を抜けなければ。

「じゃあ、ローズにもSGが?」

「ある……筈なんだけど。なんでだろ、シールドが出来ないんだよね。これって秘密がないって事かな?」

 首を傾げるローズ。SGがない……それが本当であれば、厳密には衛士ではないのか?

「でも、まあ……SGに覚えがあったら、ボクはセンパイには隠さないよ? だって、センパイに隠し事なんてする訳ないもん」

 つまり、この階層は既に攻略したと考えていいのだろうか。

「ローズ、僕はローズと戦いたくはない」

「うん。ボクもだよ。最初から、戦うつもりはないけど」

「僕は中枢に向かって、BBを止めなきゃならないんだ」

 BBの名前を出した途端、ローズの表情が不満に染まっていく。

 だがそこで話は終わりではない。あくまでもそれは、本題の前提だ。

「事は一刻を争う。出来るだけ早く行かなければならない。だから、この階層を明け渡して欲しいんだ」

「……」

 ローズは黙り込む。それが果たして正しいことかと考えるように。

 出来れば、戦いたくはない。話し合いで解決したい。

 それに、ここで階層を明け渡してくれれば、一気に中枢に近付くことが出来る。

「……うん。分かった」

 柔らかに微笑み、ローズは頷いた。

 良かった――と嘆息する。どうやら、何事もなく終わりそうだ。

「じゃあ、この階層はセンパイにあげるね。BBも、ボクがどうにかするよ」

「――」

 快く降伏してくれた。

 ――ように聞こえる。

 だが、話が何処か、噛み合っていないような――

 

「――ぜーんぶ、ボクに任せて。センパイの願い、全部叶えてあげるから」

 

 視界が一瞬で、黒に染まる。

「ッ――!?」

「熱っ、ハク――!」

 メルトの悲鳴。熱さは感じられず、ただ目の前に黒い炎が蠢いていることしか分からない。

 驚愕はすれど、ただそれだけだ。

 しかし、それは今までと同じではないか。

「サーヴァントは邪魔でしかないの。ボクとセンパイ、二人だけの状態が完璧。他の存在なんて、センパイの外敵も同然なんだよ」

 僕以外を外敵として排斥するローズ。ならば、この炎は紛れもなくサーヴァントにとっては凶悪な破壊の権化だ。

「レオ! 帰還だ!」

『は、はい――!』

 交渉は決裂に等しい。このままでは、サーヴァントたちが危険だ。

 この炎への対策を練らなければ。結局ローズは話し合いが通用しない――!

『帰還します――!』

 レオの通信は、それで終わった。

 だが、いつまで経っても目の前の黒はなくならず、旧校舎の夕焼けは見えてこない。

「やった。邪魔者が消えたよ、センパイ。これでボクたち、やっと結ばれるんだね」

「え――メルトたちは!?」

「帰ったみたい。可哀想なセンパイ、サーヴァントに見捨てられるなんて」

 帰還した――この炎によって、術式が妨害されたのか!?

 パスは繋がったまま。ながら、辺りにメルトたちの気配は消えている。

 歓喜に震えるローズとは反対に、焦燥が駆り立てられる。

 炎が消える――周囲には、ローズを除いて誰も居ない。

「さ、行こ。ボクね、センパイのために色々作ったの。いっぱい見てもらいたいし、いっぱい褒めてもらいたいな」

「ッ――」

 一歩後ずさる。しかし、その分ローズは一歩近付く。

「……あれ? どしたのセンパイ?」

「……旧校舎の力を借りなきゃ、BBは止められない」

「大丈夫。言ったでしょ、ボクに任せれば大丈夫だって。心配いらないよ。あんな奴ら、いらないから。ね?」

 話が通じない。ローズには、自分の世界しか映っていない。

「駄目だ。僕には――」

「……そう」

 メルトが必要だ――続く言葉を察したのか、ローズの笑みが凍りつく。

 しかし、笑ったままで。

 底冷えする微笑は、何か謀を企んでいるようで、どこまでも不気味なもの。

「うん。じゃあ、いいや。そうだよね。BBに従わないくらいだもん、聞き分けが悪いんだよね」

「ッ」

 ――気づけば、ローズの顔がすぐ傍にあった。

 胸に何かが触れている。いや――何かが、体の中に飛び込んできているような。

「――――」

「ちょっと眠っててね。次に起きたら、センパイは楽園の真ん中だよ。そしてずっと幸せに、ボクと暮らすの」

 冷たい刃だ。痛みは感じなくとも、理解できた。

 双剣の片方、女神そのものであるローズの宝具。

 その効果、ようやく理解できた。大きな喪失感――何よりも致命的なもの。

 駄目だ、これは――

「――あは――ははははははははっ!」

 しかし、凍てつくような眠気には逆らうことが出来ず――――目を閉じると同時、意識は刈り取られていった。




分断。そしてハクが捕まりました。
ローズの迷宮はハクを受け入れ、他を拒絶する仕様になっています。
奉仕系ヤンデレって良いですよね。
え? ガウェインがディスってる剣? 一体何ロンダイトでしょうね。

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