Fate/Meltout   作:けっぺん

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リップ「共に生きる人類を抹殺しての理想郷なんて、愚の骨頂です!」
アサシン「ッ……! ならば儂が正しいかお前が正しいか、決着をつけてくれるわ!」
リップ「はい! 李氏八極(キングオブハート)の名に懸けて! おおおおおおおお!」
アサシン「はああああああああ!」
リップ「行きます!」
アサシン「応ッ!」
リップ「流派!」
アサシン「李氏八極が!」
リップ「最終ぅ!」
アサシン「奥義ぃ!」
リップ「猛!」
アサシン「虎!」
『硬爬山ッッッ――――!!』


Grimoire "Sword, or Death".-4

 

 

 ランサーは、上手く時間を稼いでくれている。

 乞われれば、如何なることであろうと請け負う施しの英雄。

 怪物は凄まじい勢いでランサーを殴りつけんと腕を振るう。しかし、それを大人しく待っているランサーではない。

 躱す。躱す。躱す。躱す。殴殺せんと襲い来る拳を躱し、生じた隙で的確に数多い目玉を貫く。

 如何な怪物であろうとも、生物である限り目玉は等しく弱点だ。

 それを突かれ、悶える怪物。

 更に大きな隙。その間に僕がするべきは、一刻も早くあの槍を模倣することだ。

「――」

 全身の魔術回路を励起させる。百二十パーセントの魔力を流す。

 限界を超えなければ、あの槍の模倣など不可能だ。

 槍の形を想起する。槍の威力を想起する。槍の威光を想起する。

 零を一に。一を二に。二を三に。四、五、六――

「――――あ――ああ――――!」

 激痛。気にならない。気にしている暇があるなら、その間に一歩でも強く踏み締める。

『ちょ、ハクト君、貴方――!』

 凛の驚愕。気にならない。あと少しだ。

 レオとの戦いで、鎧の模倣も出来たのだ。ならば槍も出来る。自身を奮い立たせ、激励する。

 あの怪物を、一撃で倒しえるもの。魔力を望むなら、持っていけ。その代わりに、力を貸してくれ。

「――――――――あ――ッ、――――あああああぁぁああぁああああぁぁぁああ!」

 雷神が給わした宝具。神の槍を、この手に。

 模倣品に過ぎない。しかし、同様に神を倒すことが出来る槍。

 あの、体が壊れんばかりの凄まじい衝撃を思い出せ。あれが雷神の槍だ。あれの模倣が叶えば、怪物を倒すことが出来る――!

「――、ぁ」

 ――次の瞬間、手には紫電に輝く槍が顕現した。

 あまりにも重い。優々とランサーが振るっていた槍は、ここまでのものなのか。

 或いは、槍に認められていないのかもしれないが。意思が介在するようなものではないのに、そんな抵抗すら感じえる。

『凄い……』

 感嘆の声は、誰のものか。

 それすら気にならなくなるほどの疲労。

 身体強化で、ようやく槍を持ち上げることができる。完成度としては、申し分ない。

「ラン、サー……!」

 出来る限りの声で叫ぶ。ランサーは怪物に槍を叩き付け、一度の跳躍で戻ってきた。

 それを追い、怪物も此方に走ってくる。速度は十分、僕でも確認出来るくらいだ。

 ふと、視界の端では、邪悪なる竜に対してセイバーが今こそ止めを刺さんとしていた。

 どういう戦いだったのだろうか、という疑問が浮かぶ。その答えは出てこないが、最後の一撃だけは理解できた。

 セイバーの剣には、黄昏が点っている。なればこそ、勝利は必然であり、今この場で怪物二体が倒れるだろう事は確実だ。

 それ程までに、セイバーは自身の聖剣を信じている。それと同じように、僕も自身が模倣した槍を――ランサーが誇る究極の槍を絶対的に信じている。

 真名解放は――可能だ。

「――ランサー」

「構わん。それが出来るのならば、やってみるが良い」

 僕に出来るか――客観的な目線で見れば、“分からない”としか言えない。

 だが、出来るという確信がある。根拠なんてない。だが――ごく近い未来に、勝利が見えている。

 ――神々の王の慈悲を知れ。

 苦しみは一瞬。刹那の灼熱の後には、全てが昇華されている。

 ――インドラよ、刮目しろ。

 ここまで真に近付いた。貴方の槍を僕は此処まで模倣した。

 ――絶滅とは是、この一刺。

 少しだけ、ズルをした。

 全力で槍の真に近付いた。神の兵器に、百パーセント近付くなど出来よう筈もない。

 だから、一つの属性に特化した。目の前の怪物を倒すための力。即ち、ただ神殺しに特化した槍。

 あの宝具を基礎として、一つの特性を窮める――僕の決着術式なら、それが出来る――!

 ――灼き尽くせ。

 

幻想大剣(バル)――」

日輪よ(ヴァサヴィ)――」

 

 奇しくも、セイバーと決着の瞬間が重なった。

 これもまた稀有な運命。浮かんでくる笑みを堪え、槍を怪物に向ける。

 

天魔失墜(ムンク)ッ!」

死に随え(シャクティ)ッ!」

 

 果てで、黄昏の極光が爆発する。

 同時に、凄まじい衝撃が槍から腕を伝い、脳髄までもが震撼する。

 まるで全身を殴られているかのように、体外体内関係なく激痛が蹂躙していく。

 これが神代の宝具を行使するということ。体が吹き飛ばないように、外部から圧殺されないように、内部から粉々に砕け散らないように。あらゆる破壊を、ただ堪える。

 永遠であるかのように錯覚した痛みを超えて、ようやく雷神の槍が閃光を広げた。

 雷光の如き灼熱を、ただ怪物にぶつける。

 実感は無かった。感じている暇もない。あらゆる側面からの破壊で、それどころではない。

 耐えれる痛みではない。だが、耐えるしかない。そうでなければ全てが終わりだ。

 ふと、怪物の叫びが聞こえた気がした。或いはそれは、断末魔だったのかもしれない。

 それを確認することは出来ず、槍がその灼熱を収めるのを待つしかない。

 ようやく槍気が消える。その瞬間、槍は消滅し、限界を超えた体から力が抜ける。

「――――っ」

 倒れかけた体を、ランサーに支えられる。それでようやく、前方の確認が出来た。

 怪物は――いない。どうやら、倒すことが出来たらしい。

 セイバーも、剣を振り下ろした状態で立っている。邪悪なる竜はどこにもいない。

「見事だ。これほどまでだったとは。では、オレは次に何をすれば良い?」

「――、メル、トを――」

 手伝ってくれ。言い切る前に限界が訪れる。

 しかしランサーには伝わったようで、ゆっくりと床に下ろされると、ランサーは再び槍を構えてメルトのもとに向かっていく。

 セイバーもまた同じ。これで、ヴァイオレットの相手は三人。

 少し遅れて、迷宮の端まで怪物を追い詰めたフランが、迅速にそれを片付ける。

 指示を出せる距離ではないが、フランはすべきことを分かっているようだった。

 ランサー、セイバー、フランの三人が、ヴァイオレットに向かう。これで四人。俄然有利になった。

 ――リップは。

 見ると、そう遠くない場所でリップとアサシンは戦っている。

 先程までとは違う。リップは攻撃を受けるだけの立場から変わり、アサシンの拳を受け止め、反対の拳でアサシンを倒そうと突き出す。

「くはは、良いぞリップ――!」

「――はい――ッ!」

 最早、殆ど交わす言葉はない。

 どちらがダメージを受けているかは、一目では判断がつかない。

 リップの鋼鉄の腕には少なからず皹が入っているし、アサシンがその拳から流す血も少ないものではない。

 拳。拳。拳。リップはその悉くを防いでいる。

 しかし、一際強く入った一撃で仰け反った隙を、アサシンは逃さない。

「覇ァ――!」

 踏み出した一歩、同時に鋼鉄に力強く肘を叩き込む。

 頂肘。真っ向から受け止めたリップは、吹き飛びそうになる体を必至で踏み止めさせている。

「まだ――」

 僅かに開いた距離を、アサシンは一息もしない間に詰める。

 八極拳は、極短距離において最強を誇る武術。八極において最強を誇る李書文であれば、この距離において右に出る者など居よう筈もない――!

「まだだァ――っ!」

「く、ぁ――!?」

 距離を詰めると同時に突き出した拳は、その寸前防御に徹していたリップを今度こそ吹き飛ばした。

 思わず、息を呑んだ。一連の流れがある種芸術にさえ思える。

 絶招歩法。接近と同時に放たれる拳。八極拳の窮極に至ったアサシンのそれは、その単純さに圧倒的な力を込めている。

「此処までか? 確かに、始めた頃よりは強くなっている。しかし、そこまで。極みには至らんか」

「……っ」

 ぜいぜいと、肩で息をしながらもアサシンは力強い笑みを浮かべている。

 勝利を求める。成長を求める。どちらにしても、アサシンとしては此処で終わってほしいとは思うまい。

 そして、リップもその求めに応じる。その不屈は、普段のリップを見ていては決して信じられないものだった。

『リップ……』

 白羽さんが零した呟きは、勿論心配によるものだろう。

 だが、同時に信頼が篭っている。彼女であれば、必ずや“先”に至れると。

「……まだ……まだ、です……っ!」

 立ち上がる。その目からまだ闘志は消えていない。そして再び構えると、アサシンは喜色に笑みを濃くした。

「それで良い。これでまだ、存分に死合えるな」

『……リップ、まだいけるの?』

「はい――ちょっと、体が、重いだけ、です……後、お腹……」

 そんな、リップの呑気な言葉に白羽さんのみならずアサシンも苦笑する。

『そう……じゃ、終わったら、たっぷり食べよっか』

「そう、ですね。楽しみです」

 リップも微笑む。それは、他愛の無い会話。ともすれば、そこで終わりだ。次の瞬間には既に、意識はアサシンとの戦いへと向いている。

 再びぶつかり合う二人。戦いは中盤、ないし終盤に動いているといって良いだろう。

 ヴァイオレットは、無数の繊維に姿を変えたゴルゴン化の形態で四人と互角に渡り合っている。

 どれだけ強力であっても、物理攻撃である以上はヴァイオレットの繊維の体に傷は付けにくい。

 しかし、メルトだけだった状況から三人が加わり、戦いは膠着から徐々に有利に動いている。

 どこから来るかも分からない攻撃。だが、四人いればそんな隙は皆無に等しい。

 セイバーの背後に繊維を固めた槍が現れれば、フランがそれに戦鎚を叩き付けて対処する。

 一度に襲い来た十を超える鞭を悉く薙ぎ払ったランサーの僅かな隙を、メルトが補う。

「っ……」

 ヴァイオレットが攻めあぐねている。四人も決定打こそ与えられていないが、ダメージは蓄積できている。

 このままならば、僅差で勝てる。そう思った瞬間だった。

「この――ならば――」

 繊維が瞬間的に集まり、ヴァイオレット本来の形を作る。

 それはランサーの一撃から退避しただけのようだったが――攻撃でもあった。

 繊維は全て集まらず、残された数百万という繊維がもう一つの形を作っていく。

 今までの怪物とは桁が違う。ヴァイオレットが決着を付けるべく、選んだ怪物。

 巨大な腹。手足はない。分かれて存在する――九つの頭。

「――ヒュドラ」

 それは、ギリシャ神話に登場する多頭の毒蛇。

 その体内に宿す毒はその他のあらゆる毒に勝り、息を吐けばそれをばら撒き、牙が刺されば数分とせずに毒は全身を侵し尽くす。

 大英雄ヘラクレスによって対峙されてからは毒矢として、神話に名を残す。

 死して尚強力な毒は、ヘラクレスの誤射によって森の賢者ケイローンを射抜く。その苦しみは、不死の賢人が不死を返上して死を望むほどに凄まじいものだったという。

 最終的に、その毒によって、ヘラクレス自身の英雄譚も終わりを告げる。ギリシャ神話において、代表的な“破滅”だ。

 ヴァイオレットが呼び出したのはまさしくそれだ。どうやら、毒を口から吐くことはない。しかし、その体に宿す毒は健在だろう。牙を突き立てられれば、如何な英雄と言えど死は免れない。

「……とんでもないモノ、呼び出してくれたわね」

「……ウィィ」

「俺の鎧でも、防ぐのは難しいか」

「牙を受けず、全てを首の命を奪う――なるほど、切り札に相応しい」

 ランサーの言は、“首を切り落とす”ではない。

 ヒュドラの特性を知ってのことだ。あの多頭の蛇は、首を落とされてもその切り口から更に二本の頭が現れる。

 そして、中央にある首は不死。召喚されたアレがそうでないとしても、耐久力は他の首の比ではないだろう。

「アサシン! 早急に終わらせなさい!」

 それはヴァイオレットの思惑か。決着を望む声にアサシンは哄笑する。

「呵々々々々ッ! 応さ、どうせこの体も最早ガラクタ同然よ!」

 決着――ほんの少し先に、一つのそれが訪れる。

 アサシンの腕は血みどろだった。しかし、体に損傷は見られない。リップの攻撃全てを、アサシンは躱し続けていたのだ。

 そして、リップの皹だらけの腕。しかし、やはり体は無傷。アサシンの一撃必殺の拳を、リップはその腕で防いでいたのだ。

 互いに“攻撃”は限界を超えている。それでも、諦めなど微塵も無い。

 互いの“防御”は無いも同然。どちらも一撃喰らえば、それが即ち決着。

 故に、躱し続けた。受け止め続けた。そして、それも最早限界。ならば二人がする選択は一つだけ。

 捨身(インファイト)。狙うは相手の霊核(しょうり)のみ。それ以外には、何も見えていない。

「――往くぞ」

「――往きます」

 全ては、決着の一撃を叩き込むため。

 アサシンが、技を選ぶ。リップが、技を選ぶ。

 極僅か早く、アサシンが動いた。

 呼吸、重心、意識。三つを一つにして、一歩を踏み出す。

 あらゆる要素をたった一つに込める。その要素とは、体だけではなく、重力さえもが含まれる。

 最も素早く、最も力強い一撃を。アサシンは、確実にその二つを兼ねる八極の基本――暗勁を選んだ。

 リップに触れた瞬間、それが決着だ。瞬間的に掌から放たれる気は、サーヴァントであろうとも全身を破壊するに足る一撃だろう。

 リップは、その速度に追いつけない。自身が選択した技に、移行できない――!

「――ッ」

 違う。

 まずリップが選んだのは、アサシンに先手を打たせること。

 自身が追いつけないのは百も承知。ならば、それよりも先に対処のために動く。

 巨大な爪で、掌を打ち払う。それによって、アサシンは体勢を崩した。

「たぁ――!」

「ぬ……!?」

 腕を振り下ろした体勢のまま、リップは踏み込む。

 攻撃はその腕ではない――背中だ。

 鉄山靠。アサシンは、抜かっていた。リップがその腕以外による攻撃をするなど、思っても見なかったのだろう。

 リップにアサシンが教えを授けているのを見たのは少ししかない。その中で、アサシンがこのような技を教えているのは見たことがない。

 或いは――教えたことがあるかもしれない。しかし、リップのメインは当然腕であり、逆を返せば腕以外による攻撃は見込めない。

 早めに見限ったのか。それでもリップだけは、自身を信じていた。

「ッ――――!」

 リップの表情が、驚愕や苦痛や嫌悪といった、様々なものが混じった表情に変わる。

 あまりに慣れない感覚によるものか。だが、それで隙を晒すなどある筈もない。

 強くぶつかられたアサシンは、それでもすぐに体勢を立て直そうとする。

 だが僅かに、リップが次の一撃に転じるほうが早い。

 それこそが――リップの決着の一撃。

「アサ――シン――さん――ッ!」

 力強い震脚。鋼鉄の拳を、アサシンのど真ん中に向けて突き出す。

 アサシンに諦めは、未だにない。絶体絶命の状況において尚、その拳に応える。

 それしか、アサシンには残されていなかった。自分の何倍という巨大な拳に対して、自身の生涯を懸けて鍛え上げてきた拳を向けるのが、彼の師としての礼儀――

 

 

 思わず耳を覆いたくなる程の轟音。

 

 

 鮮血が飛ぶ。

 

 

 そして、

 

 

「――見事だ」

 限界を超えても砕けぬ自身の拳。

 それに対する苦笑と、リップに対する賛美と共に、アサシンは崩れ落ちた。




リップ「ヒートォォォォ・エン――」
アサシン「――――よろしい」
リップ「ッ!?」
アサシン「今こそ、お前は本物の免許皆伝(キングオブハート)となった――」
リップ「――し――師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


決着×4。でもって、ヒュドラさんが降臨されました。
毒属性を持つ最強モンスターです。ケイローン先生やヘラクレスさんの死因です。
あ、アサシン先生はまだ退場なされてませんよ。

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