兄貴がキャスターだったり、ゴールデンさんがいたりと期待が高まりますね。
……で、メルトは?
メ ル ト は ?
自身が視るものを、女は認めはしなかった。
――映るすべてが、冷たかったからだ。
静かな世界で、女は光を求めて歩き続けた。
――目を覆ってみても、景色は化粧をしただけだ。
凍り付いた時間は、女に慈悲を与えた。
――道程の先に、光を見つけたのだ。
+
「それで……どういう事か、説明してくれるわよね?」
僕、ようやく回復したメルト、そして後ろに立つエリザベート。
僕たちに向けられているのはいつもとは違う、疑いの目。
向けているのは、口を開いた凛だけではない。
「あの壁を壊した術式の正体、それと、そもそもなんでエリザベートを助けたのか。全部、私たちが納得するように!」
「落ち着いてください、ミス遠坂。術式については私が説明します」
声を荒げた凛を諭すラニは、普段と変わらない視線を此方に向けてくる。
「ハクトさん、術式を此方に」
「……ああ」
術式を表出させるプロセスは、一秒にも満たない。
手に現れた銃身を、ラニに手渡す。
「――これは、アトラスに伝わる七大兵器の一つ、
言いながら、ラニは銃身を手に取り、もう片手で術式を組む。
黒い箱のような術式――それは、以前見たことがあるものだった。
「しかし、黒い銃身は、確かにここにあります。本来二つある術式ではありません。これは一体……」
「白斗君の決着術式は? あれなら、その術式も模倣出来るんじゃないの?」
「――いや、そうじゃない」
確かに、『
しかし――それは嘘を大きくする。
これ以上何かを隠してボロを出すよりは――否。
ここまでの好き勝手をした以上、隠し通すことは難しい。
「――メルト」
「……そうね。ハクなら、一日と持たないとは思ったけど」
メルトの溜息には、呆れと小さな共感が含まれていた。
本当に悪いとは思っている。だが、無理だ。
これ以上大きな嘘になる前に、本当の事を明かした方がいい。
「これは――決勝戦の
「え……? しかし……」
記憶とは結びつかない、ということだろう。
当然だ。決勝戦の一日目、対戦相手の発表から先のことを、誰も知らないのだから。
「ごめん、皆には黙ってたけど、言っておかなきゃならない事がある」
もう、隠すことはない。これが正しい選択のはずだ。
「……なんですか?」
「聖杯戦争は――もう、決着が付いている」
たったそれだけ。吐き出すのに要した勇気は、決して小さいものではない。
その事実に直接関係があるのは、レオとラニの二人。
だが、“聖杯戦争に続きがある”のと“聖杯戦争が終わっている”のでは状況がまったく異なるのは明らかだ。
未来に選択肢があるか、選択肢が存在しないか――戦いが残っているか、勝者が決定しているか。
それによって、既に敗北が決定していた皆の価値観も変わってくるのだから。
「ああ――その話ですか」
しかし、レオはまるで「何を今更」とでも言うような反応だった。
「……え?」
「いや、しかしこれで記憶が正しいと分かりました。情報提供、感謝します、ハクトさん」
記憶が……正しい……?
「すみません、此方こそ、黙っていたことがありました」
それは、レオを始めとした全員共通の記憶。
「最初から、僕は記憶を最後まで取り戻してたんですよ。聖杯戦争の行方まで、全部」
「じゃ……じゃあ、記憶が決勝戦の一日目までだっていうのは……」
「記憶が戻った直後に突きつけられた事実、僕は皆さんと違い、受け入れることができませんでした。咄嗟に吐いた嘘ですが、或いは願望があったかもしれません」
本当は……最初から結末を知っていた?
今それを告げてくれたという事は、既にその運命を受け入れたという事でいいだろう。
だが、だったら何故それを言わなかったのだろうか。
「咄嗟の嘘が、ハクトさんと噛み合ってしまったのです。どうにも、言い出すことが出来ませんでした」
「それを……皆には……?」
「はい。告げてあります」
つまり、この時点で全員が、真実を把握している。
しかし、それで良いのだろうか。
レオの敗北が決定しているという事実は、当然レオを支持していた人物にとっては不利益にしかならない。
「……ユリウス」
彼は、レオを勝たせるためだけに聖杯戦争に赴いた。
レオが真実を告げたということは、彼もそれを知ったということだ。
「……表に戻らない限り、レオの敗北という結末すら存在しないも同然だ。そこまでを補佐してきた俺の価値もな。その結果を確認するまでは、俺は何をするつもりもない」
――黙認。
訪れる結末を知っていて尚、暫くは放っておくという事か?
「……でも、それだと結局――」
「それ以上言うな。紫藤 白斗、単刀直入に聞く――表側に帰りたいか」
結局、敗北の運命は変えられない。
それを言い切ることはできなかった。
全員の視線を受けている。嘘は吐けない。もとより、吐くつもりもない。
「――帰りたい。そうでないと、なんのために勝ってきたかも定まらない」
「そ。なら、私たちはそれに手を貸すまで。表側に戻りたい勝者の手助けをする。今までと、なんにも変わらないわ」
凛は微笑んだ。変わらず、手を貸し続けてくれると。
「ハクトさん、ここには、貴方を迫害する方はいません。怖がる必要はありませんよ」
正直なところ、孤立――最悪誰かに殺されても仕方ない状況だった。
安堵に胸を落ち着かせていると、カズラが此方を案じるように手を伸ばし――
「……」
「……」
メルトによって阻止された。
「……なんですか?」
「いえ……別に……」
「……で、メルトちゃんとそーいう関係になったのはいつから?」
何故か妙にピリピリした空気がカズラとメルトの間に流れかけたその時、白羽さんがじっとりとした視線を向けてきた。
「シラハ、そんなゴシップほっときなさいよ……」
「えー、だって気になるじゃない。弄く――いや、弱み――じゃなくて、中心人物な訳だし、色々聞けることは聞いておいた方が良いんじゃない?」
「ハクト君、答えなさい。あんだけ暴露したんだしこの程度どうって事ないでしょ?」
「私も興味があります。私が知る限り、貴方とメルトリリスはそのような関係では……あったような」
「メルト……サーヴァントだからって、抜け駆け……!」
白羽さんが色々訂正しながら出した提案に、凛とラニ、そして姿を現したリップが怒涛の勢いで参戦してきた。
「関係ないでしょ、ハクを困らせないで」
メルトのフォローで、空気は良くなるどころか悪くなる。
本当に関係ないと思うが、ここまで責められるべきことなのだろうか。
「……そんな事は今は良い。エリザベートの処遇が先決だ」
半ば呆れたユリウスが脱線しすぎた話題を元に戻してくれた。
「それもそうですね。ハクトさんが皆さんにフルボッコされるのも大変面白そうですが、やるべき事を済ませてからにしましょう」
毎度の事ながら、何故この会長は止めるという事をせず、寧ろ煽ろうとするのだろう。
今回ばかりはどうにもいえないが、何度も被害に遭っている僕の身にもなってほしいのだが。
自身の話題になったとエリザベートが前に出てくる。
しかし、その表情は晴れていない。迷宮時のハイテンションが嘘のように黙り込んでいる。
「そうね。話を始めに戻しましょう。ハクト君、エリザベートを助けたのは何故?」
凛は恐らく、答えを予想した上で問うているのだろう。
一切の虚偽は許さない。目を見て、本心を答えろ――言葉の内に、そんな意思を込めている。
「――助けずには、いられなかった」
「ッ――」
「……分かってる? 彼女が何をしてきたか。今も生前も含めて、何人の人生を壊してきたか」
エリザベート・バートリー。
六百人以上の領民を虐殺し、自身の美貌を維持し続けた鮮血魔嬢。
当然、彼女が犯した決して小さくない罪は理解している。
何をしたところで赦されることは無く、彼女を“助ける”という選択自体が異常以外の何物でもないことも理解している。
それでも、助けずにはいられなかったのは一体何故か。
「分かってる。絶対に赦されない事だって。でも――」
「もういいわ、ハクト」
でも――と理由を言おうとしたが、それはエリザベートの手によって制された。
自嘲気味に笑い、首を横に振った彼女は凛に――生徒会に目を向ける。
「熱が冷めたわ。あんなに取り乱すなんて、やっぱり私は狂ってる。さ、どうとでもしなさい。出来れば……監禁だけはやめてほしいけど」
エリザベートは手を軽く挙げた。降参だ、とでも言うように。
「要求できる立場ではない事は、分かってますか?」
「分かってるわよ。だから懇願で留めてるんじゃない。何されても抵抗はしないし、受け入れるわよ」
ああ、でも――と思いついたように付け加え。
「後悔はしてないわよ。反省もしない。監禁でも拷問でも陵辱でも、何をされても私はエリザベート・バートリーを否定しないわ」
その言葉には、信念が篭っていた。
どんなことをされても、それだけは曲げられない。貫き通す意地であり、プライド。
否定され非難されても、自身の犯した過去は省みないと。
エリザベートは悪であり、恐怖によって君臨した反英霊だ。
しかし、その堅く強い信念は――間違いなく英雄たるものだった。
「それほどの信念を持っていながら、何故反英霊などに……?」
「勘違いしてるようね。私の心は英霊のものじゃなくてエリザベート・バートリーのもの。意思の強弱と行いは関係ないわ」
同じサーヴァントとして、ガウェインは疑問だったのだろう。
しかし、エリザベートは断固として答える。自身の行いは間違いではないと、心から思っているのだ。
「……ハクトさん、これでも、彼女を助けたいと思いますか?」
「僕の答えは変わらないよ。エリザベートは変わることが出来ると思う」
「ハクト……なんで……?」
「それは……」
自身が何故迫害されず、助けられるのか。
エリザベートも疑問だったらしい。それに答えようとしたときだった。
『――――――――』
割と聞き慣れたノイズ音が、生徒会室に響き渡る。
「え……?」
「いや……ちょっと、さすがに空気を読んで……」
Now hacking…
OK!
『この放送は、ムーンセル特設スタジオ、サクラガーデンからお送りいたします』
『ブルースカーイ! オオイソ・パライソ・ピーチピーチ! ネットの海のブラクラウェーブを乗りこなし、ライフガードはノーセンキュー、BBチャンネルの時間です!』
――どうやら、BBには空気を読む力はないらしい。
この期に及んで、まだこのコーナーを続けるつもりなのか。
いや、もしかすると、BBからしたらこれも至って真面目なコーナーなのかもしれないが。
『さてさて、エリちゃんを突破し、残る迷宮はあと三階層。しかし!』
もったいぶるようにそこで一旦止めて、BBは不敵な笑みを浮かべる。
『BBちゃんはセンパイの快進撃をここで止めるつもりです。お遊びはここまで、今回ばかりはセンパイも一筋縄ではいきません!』
それは、宣戦布告だった。
次の衛士は、恐らくアルターエゴ。それはそこまで強力なのか――
『そんなBBちゃん本気の六階層に控えるのは――』
『海開き大特集☆水着
「……は?」
『じゃーん! そう、水着ですっ!』
……。
……いや。
……何を言ってるんだ、このAI。
『ワンクールのアニメに水着回はつき物です! 此処まで来たセンパイのリビドーに敬意を表して、張り切っちゃいますね!』
「……メルト、BBは何を言ってるんだ?」
「知らないわよ。あれが理解できるほどスイーツな脳はしてないわ」
「ヤンデレって……何……?」
「それ以前に、海って……迷宮じゃないんですか?」
発言権を共有できるエゴの三人は総じて疑問符を浮かべている。
本気で止めるつもりとか言っておきながら即座に突っぱねるような状況に、僕も疑問を抱かずにはいられない。
『まあ、そういう事ですよ。今回は、センパイの更なる頑張り次第で少しだけご褒美を考えています。水着イベント、本当は期待してるんでしょう?』
「……」
まあ、どちらかといえば。
『そうそう。そうやって、リビドーを高めてくれると私もやる気が高まります。でも、あくまで頑張り次第ですよ? すぐにご褒美にありつけるほど、世の中は甘くないんですからね』
満足げに頷くBB。
毎度のことながら、このBBチャンネル特有の空気には呑まれてしまう。
ご褒美とやらはとりあえず置いといて、本題に入ってほしい。
「BB、今回の衛士は誰なんだ?」
『あっと、そうでした。じゃあ、毎回恒例のボスキャラ紹介といきましょうか』
ポン、と教鞭で手を叩き、大きく振るう。
『出でよ、私のブレーン! 今回のテーマはずばり――管理! 海水浴場にはルールがいっぱいなのですっ!』
BBの傍に煙が上がる。
そして現れたのは見知った姿。
後ろで一つに結んだ長い髪。タイトでぴっちりとした戦闘服。そして、眼鏡の内に秘めた魔眼。
時に敵対し、時に味方をしてくれたアルターエゴ・ヴァイオレットだった。
バレました。結局ハクは嘘が吐けない人間なのです。
レオの記憶については、大分後に書くと思います。
そして、次の衛士はヴァイオレットさんでした。待たせたな。水着だ。
さて、この回で今年の更新は最後とさせていただきます。
来年も頑張ります。良いお年をお迎えください。