Fate/Meltout   作:けっぺん

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突き指って一週間以上も痛み続くものだっけ
人差し指超痛い

……うん、一年以上前の前書き引っ張ってくるのもいいですね。

そういえば、明日、というかこれUPしてから三時間と少しで、EXTRA編が完結してから一年経つみたいです。
そう考えると、随分と長く続いたなと思います。
飽き性の私が継続できているのも皆様のおかげです。ありがとうございます。
さて、という訳で五章ラストとなります。どうぞ。


Bathory Erzsevet.-2

 

「いえ……身分違いの愛、許されぬ二人……それはそれで、ロマンスよね……はぁ」

 エリザベートの一つ目のSG。

 それは本当に、予期できない事件を巻き起こした。

 主賓として巻き込まれたからこそ、その秘密は切実に突きつけることが出来る。

 砂糖(シュガー)蜂蜜(ハニー)で煮溶かした糖蜜(シロップ)泡立てた(ホイップした)かのような甘ったるい女子脳(ドラゴンブレイン)

 胸焼けを起こしかねない汝の名前は――

「この――恋愛脳!」

恋愛脳(ロマンス)っ!?」

「後――料理好き!」

(アンド)料理好き(スイーツ)!?」

 おっと、うっかりした。

 あまりにも隙だらけだったので、つい二つも同時に突きつけてしまった。

「い、良いじゃないの! 何が悪いの!? プライベート流出、深夜のコンビニデート、電撃的マリアージュ、スキャンダルはアイドルの花道でしょ!?」

「いや……結婚(マリアージュ)したら、アイドルは終了だと思うけど」

「はっ!? 言われてみればそうだった――! ……そ、そうよね。ちょっと先走りすぎたわ」

 反省するようにエリザベートはうんうんと頷く。

「そこは、思わせぶりにインタビューよね。好きな殿方のタイプ、求めること、してあげたいこと、行きたい場所……そして、記事を読んだファンは悔しがりながら自分こそが恋人だったらって、不遜な妄想をするの」

 ……何も言ってないのに、またも自分だけの世界に勝手に入っていった。

 恋愛脳というよりも、寧ろ重度の妄想癖と言った方が良いのではないだろうか。

「たった一人の私、何万人もの幻想の恋人。これこそアイドルの醍醐味よ……それで、その……ハクト?」

「え……何?」

 頬を紅潮させ、手を胸の前でもじもじと動かしながらエリザベートは此方を見てくる。

「貴方がどうしてもっていうなら、貴方っぽい理想像を答えても……良いのよ?」

「謹んでお断りします」

「ふふ、そうよね。更に! どうしてもっていうなら、毎日私の作った料理を食べさせてあげええええええええっ!?」

 満足そうな笑みから、一気に驚愕の表情に変わった。

「あ、あれ……? 今、謹んで、の後の言葉が間違えてなかった? もう一度、はっきりとどうぞ?」

「謹んで、お断りします」

 聞き返されないように、はっきりと告げる。

 未だに信じられないという表情のエリザベート。

 とりあえず、納得が出来るように理由くらいは言っておいた方が良いだろうか。

「雑誌に名前や写真が載って喜ぶ趣味はないし」

「そ、そこは私が全力で守るわ!」

「アイドルの相手は疲れそうだし」

「公私は分けるわよ! 貴方は公私の“私”の部分なんだから!」

「最後はボロ雑巾のように捨てられるのが目に見えてるし」

「私はボロ雑巾になっても大切に取っておくわ!」

「僕にはメルトがいるし」

「そんな理由あるなら最初に提示したらどうかしら!?」

 幾ら好条件を出されたところで、僕はそれに靡くことはない。

 今理由にしたことは全て本音ではあるが、なんにせよエリザベートの誘いに乗るわけにはいかない。

「こんなに情熱的に私を追いかけて、今だって私の尻尾を掴んでいるのに、恋の欠片もないなんて……恋さえあれば、私の退屈は終わるのに……退屈で退屈で、頭が割れそうなの」

 エリザベートは自分の肩を抱き、切なそうに眉を寄せる。

 どんな恋でも、どんな愛でも、どんな非日常でも。

 変化がなければ、その先に待っているのは倦怠。必ずそこに帰結してしまう。

 しかし、エリザベートは変化を望んでいない。

 貴族は永遠に貴族。家畜は永遠に家畜。若く美しい彼女は、永遠に若く美しいまま。

「……退屈の永続性が、頭痛の種なのか?」

「……そうなんでしょうね。永遠に終わらない、故に永遠に癒えない、私の唯一の傷よ」

 エリザベートを閉じ込めるように、心に巣食っていた無数の棘。

 毎日毎日、彼女を蝕んでいた頭痛の種は、退屈の延長に出来たものであり、退屈を加速させるものだった。

「でも、別におかしくはないわ。美しく高貴な美少女が繊細なのは当たり前だもの。倦怠は貴族の華よ。貴方みたいな下等な単細胞生物と違ってね」

 その生まれつきの格差と永続性。

 どれだけ領民の少女たちを拷問し虐殺し、ブラッドバスの生贄にしても、彼女に屈託も反省もないのはそのせいだ。

 貴族主義はエリザベートに根付いた当然の思想。家畜は家畜であり、同じ人間でないのならば罪の意識が生まれる理由なんてどこにもない。よって、後ろ暗さも生じるはずがない。

 乙女の人格に乗った歪んだ価値観――それが、エリザベート・バートリーの根底か。

「貴族が特権階級なのは当然なの。美しさは敬われるべきもの。財産は尊ばれるもの。血筋は永続させるものなのよ」

「その為なら……何も惜しくはないって?」

「そうよ。美しさも血筋も城も名声も。私は夜毎に変わる月じゃないの! 永遠に輝く太陽のように生きるの!」

 強迫観念に近い叫びだった。

 貴族でなければならない。美しい少女でなければならない。

 それこそが自分にとって絶対であり、それを徹底するあまり、新しく何かを得るために踏み出せない。

「永遠に変わらずに、いなければならないって事か」

「そうよ。だから私は――」

「純潔なんだね」

「変態――――――――ッ!」

 とりあえず、流れに任せて最後のSGを指摘する。

「貴方空気を読むとか知らないの!? いえ、そんな事より、変態に尻尾握られて、という事は……痴漢! 痴漢がいるわ! 助けて、監禁されちゃうーー!」

「なっ……」

 名誉毀損も甚だしい……! 家畜(ブタ)で変態で痴漢とは、落ちるところまで落ちてるではないか。

「誰が痴漢だ、なんちゃってアイドル!」

「きゃっ!?」

 一喝とともに、尻尾を放り出す。

 尻尾はびたんと力なく床に這った。

「ちょ、ちょっと、やめてよ……乱暴にしないで、何でも言う事聞くから……!」

 SGを全て指摘した事で、心の弱みが表に出ている。

 目を潤ますエリザベートに罪悪感こそ覚えれど、ここで声を掛けて安心させてはいけない。

 心を鬼にして、彼女を問い詰めなければ。

「第一、純潔のどこが悪いのよ! アレするって事は、事は……む、無理! 絶対無理ぃ!」

 顔を真っ赤にして、エリザベートは尻尾を抱え込んで顔を隠してしまった。

 そのまま、何かをぼそぼそと呟いている。

 何を言っているのか確かめようとしたが、すぐにエリザベートは泣き出してしまった。

「どうしてよ! 私は誰にも仕えない、私の美しさは減らせない! 私は永遠の、本物の貴族なの! そうでなくちゃ、生きてけないの!」

「生きているものに永遠はない。永遠に変わらないなんて、不可能だ」

「嫌! イヤイヤイヤッ!」

 子供のように駄々をこねるエリザベートに、ただ現実を突きつける。

「そんなの嫌よ! こんなに美しいのに、傷一つだってないのに!」

 エリザベートは止め処なく涙を流し続ける。

 縋るように制服を掴み、近付きながら彼女は叫ぶ。

「ほら、見てよ、私を。ねえ! こんなに美しいでしょう?」

「――ああ」

「思わず愛してしまうでしょう?」

「そうかもしれない」

「愛には、愛には、永遠があるんでしょ!?」

「……」

 続け様に放たれた言葉。その最後には、同意が出来なかった。

「――年月が経って変わっていっても、エリザベートは愛される令嬢だった筈だ」

「馬鹿なこと言わないで! そんな情けを掛けられるような美しさじゃ意味ないの! 完璧ってのはね、変化しちゃったら、劣化以外の何ものでもないの!」

 それでは、決して耐えれないとエリザベートは恐怖している。

 変化すること、歳を取ることが怖い、と。

 変わる自分を、彼女は信じられなかったのだ。だから、今という完璧な自分に固執するしかなかった。

 だが、だったら。

「大人になって、恋をすれば良かったんじゃないか」

 変わりたくない自分と、変わらないと遂げられない夢。その二つを同時に指摘する。

「そんなの……素敵だけど、駄目なの。だって……恋をして純潔を捧げてしまったら、私、乙女じゃなくなっちゃう。受ける愛も、減っちゃうの……」

 ――そうか。完璧でない自分になるには、完璧でない自分を愛する者が必要なのだ。

 しかし、最後の瞬間まで完璧であろうとした彼女の周りには、完璧を愛する人間しかいなかった。

「もっと、もっと殺せばよかった! もっと血を浴びてもっと美しくなったら、きっと皆、私のことを忘れなかったのに!」

 外的要因も働いて、変われなかった。だから彼女は、完璧に拘った。

「そうしたら、皆ずっと私を愛し続けてくれた。ねえ、そうでしょうハクト!? 貴方なら、私を認めてくれるわよね! このままでも良いって、言ってくれるわよね!?」

 ――必死に子供のように、変わりたくないと泣き叫ぶエリザベート。

 彼女に与える言葉は、後一つ。求めて止まない真実だけ。

「――駄目だ。君は、永遠に救われない」

「――――――――あ」

 沈黙が、空間を圧し潰していく。

「…………そんなの知ってる。私だって、知ってるわよ、そんなの――馬鹿! バカバカバカ――!」

 泣きじゃくるエリザベート。しかし、誰かが口にしなくてはいけなかった。誰かが終わらせなきゃいけなかった。

「悪かったの。悪かったの、全部、私が……ごめんなさい、ごめんなさい――」

 その謝罪は誰に向けたものか。僕には想像こそ出来れど、確信は持てない。

 何より、そこに踏み込むことを許された人間ではない。

「救えないのも当然よ。だって私、何がいけないのか分からないの。分からないものは救えないの――」

 永遠に愛されたかっただけ。ただそれだけを求めていた少女の心は、硝子のように砕けていった。

 

 

『戻ってきましたね、ハクトさ――メルトさん!? 大丈夫ですか!?』

「っ……けほっ……」

 メルトを抱きかかえた状態で、迷宮に戻ってきた。

 メルトは重傷だが、回復の術式を掛け続けている。暫くすれば、傷も塞がり落ち着くだろう。

 レリーフは崩れ去り、後は迷宮の主だけが残っている。

 衛士が心の内部での戦いで受けた傷は本体には影響しない。

 しかし、体力はその限りではない。実際、エリザベートは座り込み、抵抗する余力はなかった。

「……私を消すの?」

「……それは」

 その選択は、厳しいものだった。

 どの道、彼女が敵である以上は取り除かなければならない障害だ。

 だが、その心に触れた今、ただ倒すべき対象だけとは見られなくなったのも動かない事実。

「私が悪いから? 私がこうなったのは、周りが望んだからじゃない! それが私の存在意義だったのよ!」

 追い詰められたからか、エリザベートは自身の根底を告白する。

「皆、おかしそうに笑ったわ。私は可愛いだけのお人形、醜くなったら価値がないって! なのに、何よ! 皆が望んだ通りの美しさを追求したら、今度は悪だって罵るの!?」

 独白は続く。それは、エリザベートの主観でみた周りの世界の話で。

 僕が知るエリザベート・バートリーとは違う、真実の貌だった。

「ある日突然、貴族たちは私を捕まえに来たわ。変な罪状で私を石牢に閉じ込めたの。最後まで分からなかったわ。なんで閉じ込められたのか。なんで誰も助けてくれなかったのか」

 自身の罪を理解していない。社会的に見ればそれだけで、罰を受けるには十分すぎる。

 だが――

「お父様は何も言わなかった、お母様は初めからいなかった! じいやも執事も誰も彼も、私に教えてくれなかった! それが悪い事だったなんて、誰も私に教えてくれなかったクセにぃぃ……!」

 髪を振り乱し、エリザベートは叫び続ける。

 これが、エリザベートの真実。

 歪んだ貴族社会に育ってしまった。美しくあることを強制された。罪を罪と知らぬまま育った。

 形の崩れた歯車が幾つも重なり回り始めてしまった。止めるに止められない世界に生まれた悪の華。

「――エリザベート」

 その姿を哀れと感じてしまうのは、僕が第三者だからだろうか。

 不道徳に育てられた彼女は、不条理を育んだ。

 不条理によって、罪無き娘たちは何百と殺された。

 そんな悪行は、決して赦されることではない。

「……まだよ、まだなの。私は負けてない。心が暴かれたくらいで、私は負けな――」

『そこまでです。貴女には、これ以上好き勝手はさせません』

 戦う意思は、しかし無為になる。

 レオの宣言と同時に、立ち上がろうとしたエリザベートを何かが包み込んだ。

「っ、これは……!」

ICE(アイス)ウォール展開、意識体をホールド。詠天流コードキャスト注入開始』

『またBBに復活させられても面倒だからね。殺さずに封印するわ。多重ICEの迷路で永遠に彷徨うことね……!』

 ラニ、凛。……それだけではない。

 生徒会が力を結集して発動している、仮想の壁。

 サーヴァントをも封印できるほどの、強力な隔離術式だ。

「牢、獄……!? あ、あああ――いや、嘘! 幽閉は嫌! 暗いところに戻るのはイヤ!」

 目の色が変わり、今その目には恐怖しか映っていない。

 壁を叩き、どうにか脱出を試みながらエリザベートは叫び続ける。

「誰も会いに来てくれないの! 声を掛けても無視されるの! 皆に忘れられるの! 一生懸命歌ったのに、誰も聴いてくれないの!」

「ッ……」

 間近で聞いているからか。ひどく悲痛な叫びは焦燥感を感じさせる。

 泣き叫ぶエリザベート。彼女をこのまま放置しておけば、大きな壁が一つなくなる。

 表側に一歩近付くことになる。

「ねえ、やめて、お願い! せめて、せめて……!」

 壁が迫る。後少し経てば、術式は機能を発揮し、エリザベートを途方もない闇に閉じ込めるだろう。

 もう、それで邪魔されることはない。

 まだアルターエゴという障害があるのだ。考えている余裕はない。

「――せめて、殺して! ブタみたいに、あのブタたちみたいに、ズタズタに殺して……!」

 ――メルトを、ゆっくりと床に下ろす。

「……ごめん、皆」

 甘い。甘すぎる。

 ただでさえ、黙って皆を利用している立場にありながら、その頑張りを無為にしようなんて。

 しかし、それでも――

「ひっ……!」

『なっ……ハクトさん!?』

 牢獄の中では、何も変えることができないと思ったのだ。

『それは……何故、貴方がそれを……!?』

 ――乾いた音。氷の壁は、跡形もなく砕け散っていく。

 当然だ。どんなに強固な結界であれ、術式である限り、この弾丸は全てを消し去る。

 レオとの戦いでそうしたように。久しく触れていなかった黒い銃身の引き金は、どこか懐かしさを覚えるものだった。




何気にハクを「ハクト」と呼び捨てにする女の子はエリちゃんが初めてです。
このラスト、メルトの深層イベントと同じくらい書きたかったものなんですよね。
つまり当初から予定していたもので、寧ろEXTRA編完結前から考えていたネタになります。
術式ぶっ壊すモン持ってる、トラウマ術式、救済したい。
この三つ揃ってしまったからには、やらねえ訳にはいかねーですよ。

次回は章末茶番になります。
明後日……かなあ?

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